( 159254 )  2024/04/13 12:52:27  
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大谷翔平選手が全国の小学校に寄贈したグラブ(写真:共同通信社) 

 

子どもの野球離れが止まらない。全日本軟式野球連盟によると、2023年度の小学生の野球人口(軟式野球登録選手数) 

は16万2380人と、2017年度から4万197人減っている。中学生も同様で5年間で2万9473人のマイナスだ。 子どものスポーツ事情に詳しい尚美学園大学の田中充准教授は、子どもの野球離れの現状を「令和の子育てスタイルと指導方法などが合わなくなっている」と分析する。 

 田中氏は、このまま野球人口が減っていくと、日本でも諸外国のように野球が「一部の人しか楽しめないスポーツ」になっていく可能性があると指摘する。 

 (湯浅大輝:フリージャーナリスト) 

 

【写真】ケツバット、口汚く叱責…令和の子育て世代にかつての少年野球の指導法は合わない 

 

■ 怒号・叱責当たり前の指導法は令和キッズに合わない 

 

 ──「巨人・大鵬・卵焼き」はすでに死語ですが、現代でも大谷翔平選手の活躍もあり、野球人気が拡大する要素はあるはずです。にもかかわらず、なぜ子どもの野球離れが進んでいるのでしょうか。 

 

 田中充・尚美学園大学准教授(以下、敬称略):子どもの野球離れという現象は、子育てスタイルの変化によるところが大きいです。 

 

 現代の親が「習い事」としての野球を敬遠するようになった理由は3つあります。1つは、労力負担の重さです。昭和の大衆スポーツの代名詞である少年野球は、保護者も「一丸」となって子どもを支える必要がある、という文化が根強くあります。 

 

 土日もグラウンドに顔を出さなければなりませんし、球拾いをする必要もある。最近はかなり変わってきましたが、お母さんに対して監督への「お茶くみ」を求める慣習もあります。一昔前までは「この監督はコーヒーの砂糖多め」「このコーチはブラック」など、コーヒーのテイストまで知っておく必要があったのですよ。 

 

 現代の親は共働きが一般的で時間資源に限りがあります。自分の趣味を大事にしたいと考えている保護者も増えています。週末を子どもの野球だけに労力をかけられない/かけたくない、と思うようになってきているのです。 

 

 

■ 少年野球が保護者に敬遠される理由とは 

 

 2つ目は金銭的な理由。サッカーやバスケットボールといった他のスポーツと比較すると、野球は初期投資が重いのです。サッカーであれば、せいぜいボールとスパイクを買えばいいものの、野球は数万円するグラブや5万円のバット、ユニフォーム、練習着などを購入する必要があります。 

 

 最後に、監督・コーチの指導スタイルの問題。野球においては、監督・コーチが口汚く叱責したり、怒鳴ったりという指導スタイルがまだ伝統として残っています。ちょっとしたことでも「ハラスメント」だと糾弾されかねない「ハラスメント時代」に生きている令和の子育て世代には、こうした指導方法を素直に受け入れることは難しいものです。 

 

 実際、私が少年野球の取材でよく聞く話が「指導者と軋轢が生じてやめた」という話。少年野球チームも最近は厳しい指導方法を敬遠する親が多いという事情を知っていますから、公式HPで「ウチはエンジョイ・ベースボールです」と謳っていても、実際は古くからいる監督がよく怒るという事例も耳にします。「話が違うじゃないか」と野球をやめてしまうケースもあるのです。 

 

 今の少年野球は習い事として「選んでもらう」立場です。子どもの体力の向上を願う親にとっては水泳もサッカーもありますし、勉強させたい親にとっては英語も塾もある。芸術に親しんでほしい親はピアノも大事。必ずしも野球をさせなければならないインセンティブは特にありません。 

 

 そうした状況の中では、継続するのに異常な負担がかかる野球は敬遠されるようになっているのです。 

 

 ──とりわけ「労力の負担」に関しては他の習い事と比較しても、少年野球は保護者に求めることが多い印象を受けます。 

 

■ 「保護者も一丸」はもう維持できない 

 

 田中:少年野球の運営システムは伝統的に、「PTA」に近いものになっています。少年野球の月謝相場は約3000円と、水泳やピアノ、英会話といった他の習い事の月謝が1万円ほどであることと比較しても破格の安さです。 

 

 この3000円のうち、監督・コーチの報酬は含まれていないことが多く、彼らはほとんどボランティア状態で指導しています。月謝の使い道としてはグラウンド確保料やイベントの積立資金として活用されることが多いです。 

 

 監督・コーチがボランティアで子どもを指導する代わりに、「父親はグラウンドで球を拾う」「母親はチームのホームページを確認して日程管理をする」など保護者も関与しなければならない仕組みになっているのです。 

 

 共働きで時間もなく、週末に残っているエネルギーも少ない今の親世代は、野球独特の集団主義を敬遠している、というトレンドは確かにあると思います。 

 

 もう一点、野球がもはや大衆スポーツではなくなっていることも時代の流れとして指摘するべき重要な視点です。 

 

 そもそも、子どもに習い事としてスポーツをやらせる親にとって、スポーツの選択基準は「親や兄弟がそのスポーツをやっていた」というもの。柔道や空手といった武道やラグビーなどのコアスポーツを習い事として選ぶ子どもは大体がこのパターンに当てはまります。 

 

 ただ、野球は長らくそうした理由ではなく「身近に野球との接点があるから」という理由で選ばれてきました。地上波でも野球中継が毎日のように放映されていましたし、近所の公園や学校のグラウンドに足を運べば近所のお兄ちゃんが野球をやっている。 

 

 そうした状況が現在は大きく変化しました。野球中継はBSかCSでしかやっていないし、近所の公園でキャッチボールをしている子どもも少なくなっています。成長期に野球と触れる機会そのものがなくなってきているのです。 

 

 ──野球は大衆スポーツだったことに加え、「野球をやらせて厳しい練習に耐えれば、人間的な成長につながる」と考えていた親も多かったのではないかと思います。 

 

 

■ 熱心な層とライト層の二極化が顕著に 

 

 田中:今、少年野球の世界で起きているのは二極化です。つまり「ものすごく熱心に野球をやっている層」と「試合に勝たなくてもいいから楽しく野球をやらせたい層」にはっきりと分かれてきているのです。 

 

 前者の家庭は大体において、保護者が野球経験者。子どもが野球を続けている理由として親があげているのが「精神の鍛錬」「対人関係の学習」という、人格形成を期待したもの。保護者自身に「野球に育ててもらった」という体験があることから、子どもにも同じような機会を与えたい、と願っているのです。 

 

 こうした家庭は先ほどお話しした保護者にとっての3つの負担に難なく耐えられますし、多少旧態依然とした指導方法にも目をつむっているケースが多いものです。 

 

 反対に、後者の「楽しく野球をやらせたい層」は「保護者も毎週グラウンドに行かなければいけないのか」「子ども用のバットは5万円もするのか」と後から少年野球の現実に気づくことが多いのです。 

 

 熱心に野球に取り組んでいる層は、用具にもお金をかけますし、最新のトレーニング方法も熟知しています。楽しく野球をやらせたい親は、熱心な親との温度差に悩み、結局辞めてしまう、という現象も生じているのです。 

 

 ──野球に対して熱心な層しか野球をやらなくなると野球人口は減りますし、保護者ではなく子どもが「一生懸命野球をやりたい」と思ったとしても、その受け皿がなくなっていくことを意味します。野球界はこうした現状に危機感を持っているのですか。 

 

■ 大谷翔平の寄贈グラブも「使い方が分からない」 

 

 田中:東京五輪で日本代表監督を務めた稲葉篤紀氏も「人口に対して3倍のスピードで野球離れが進んでいる」と危機感を持っています。実際、私が取材している中で「大谷翔平からグラブが学校に贈られてきたけど、使い方がわからない」という現場の声も聞きます。 

 

 野球を楽しむには、ルールと戦術の理解が欠かせません。例えば、「点差によって、守備の定位置や、バッターをアウトにすべきか、ランナーをアウトにすべきかが変わる」といった戦術的要素は、基本的なルールを理解していないと、よく分からないでしょう。よく理解できないものを見ていても楽しくないと思います。動きが激しく分かりやすいサッカーなどの集団スポーツと比べると、そうした要素が大きいように思います。 

 

 野球に触れる機会そのものが減ると、将来的にプロスポーツとしての野球市場も小さくなっていく可能性があります。確かに、プロ野球の球団も近年はビジネスに力を入れていて、観客動員数やグッズの売り上げは好調ですが、お金を落とすメイン層は今の40代以上が多い。その下の世代にとって、野球はすでに一部の人にしか楽しめないものになっているのです。 

 

 野球離れを止めることは、時代の必然として難しいのではないか、と考えています。 

 

湯浅 大輝/田中 充 

 

 

 
 

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