( 160859 )  2024/04/18 01:56:57  
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アルテッツァって名車? それとも迷車? トヨタ渾身の力作ミッドサイズセダンはなぜ1代で消えてしまった?

ベストカーWeb 4/17(水) 22:00 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/ecf9b7d26c0297533bd41ca9760af4d677637cf1

 

( 160860 )  2024/04/18 01:56:57  
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1998年にデビューしたトヨタアルテッツァは、コンパクトでハイパワーエンジンを搭載した4ドアセダンだった。

当時話題となり、FR駆動方式に注目が集まったが、売れ行きは振るわず、2005年に販売終了となった。

エンジンやハンドリング性能は高評価だったが、低速域でのトルク不足などが課題とされ、BMW3シリーズを超えるスポーティなセダンを求める若い世代と上質な走りを望む年配の世代の要望を満たし切れなかった。

(要約)

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ベストカーWeb 

 

 トヨタアルテッツァを覚えているだろうか?1998年10月30日にデビューした4ドアセダンだ。全長4400mmと比較的コンパクトで、ハイパワーエンジンを搭載。このクラスのFF化が推進される当時の流れにあって敢えてFRを採用するということで、開発の情報が漏れ伝わった前年頃から「ハチロクの再来か?」とか「BMW3シリーズに比肩するスポーツセダンがトヨタから登場する」など、ベストカーのみならず、自動車雑誌界隈では話題沸騰!!期待がワクワク盛り上がったのでありました。さて、アルテッツァとはどんなクルマだったのだろうか!? 

 

【画像ギャラリー】アルテッツァって名車?それとも迷車?トヨタ渾身の力作ミッドサイズセダンはなぜ1代で消えてしまった?(9枚) 

 

 文/梅木智晴(ベストカー編集委員)、写真/ベストカー編集部 

 

 トヨタアルテッツァがデビューしたのは前述の通り1998年10月30日。形式名を「E10型」といい、海外に向けてはレクサスブランドのコンパクトセダン「レクサスIS」としてデビューした。この当時、日本国内ではレクサスブランドを展開していなかったため、国内向けにはトヨタブランドで「アルテッツァ」と名付けられたのだった。 

 

 全長4400mm、全幅1720mm、全高141mmでホイールベースは267mm。サイズ感としては同時代のコロナプレミオ(11代目、T210型)の全長が4520mm、日産プリメーラ(2代目、P11型)が4430mm、ブルーバードSSS(10代目、U14型)が4565mmなので、4700mm級のマークやローレルクラスよりもワンサイズ小さい、ミドルサイズセダンという位置付けだったことがわかる。 

 

 同クラスのライバル車はみなFFなので、敢えてFRを採用したアルテッツァにクルマ好きの期待が高まるのは当然のことだった。ちなみに、当時も今もミドルサイズセダンのベンチマークとされるBMW3シリーズ(E36型)の全長は4435mm、全幅1695mm、全高1395mmだったので、サイズ感的にも3シリーズとガチンコを狙ってきたことが見て取れる。 

 

 比較的短い2670mmというホイールベースにフロントオーバーハング=750mm、リアオーバーハング=980mmと前後を切り詰めたプロポーション。直4エンジンを搭載する「RS200」グレードではエンジンをバルクヘッド側に押し込んで前後重量配分を54:46とするなど、パッケージングもフロントミドシップ的で本格派だ。 

 

 搭載されるエンジンは直列4気筒DOHC、1998の3S-GE型と、直列6気筒DOHC、1998の1G-FE型。いずれもNAで、特に6速MTが組み合わされる3S-GEは最高出力210ps/7600rpm、最大トルク22.0kgm/6400rpmというハイスペックがおごられた。 

 

 これはいやがおうにも期待が高まるというものだ。 

 

 それを証明するように、アルテッツァ初めて紹介する1998年12月10日号(11月10日発売)では「FRの守護神」と題し、16ページを割いて徹底的に、多角的に解剖している。ちなみにこの号では2カ月後の1999年1月にデビューするR34GT-Rが、ニュルブルクリンクで初めてベールを脱いだ姿で走った姿を伝えてもいる。そう、初出しのGT-Rを抑えた大特集を組んだのだ。期待の高さがうかがえるだろう。 

 

 

 続く1998年12月26日号(11月26日発売)ではデビューしたばかりのアルテッツァRS200とAS200をヤタベの高速周回路に連れ出してスカイラインやインテグラタイプRなどのライバル車との比較テストを実施した。 

 

 210ps、22.0kgmを発揮する直4、2リッターNAエンジンに6速MTを組み合わせたアルテッツァRS200のゼロヨンタイムは14秒836。1998年当時のテストデータを見ると、GT-Rやランエボなどの280馬力ターボ4WD軍団は12秒台中盤。FD3S型RX-7が13秒38というタイムをマークしている。 

 

 2リッタークラスのNAエンジンを搭載するモデルだと、MR2 Gリミテッドが14秒73、三菱FTO GPXが15秒00、2.2リッターのプレリュードSiRが14秒20、3リッターNAのスープラSZ-Rが15秒05なので、アルテッツァRS200の動力性能は期待を裏切らない高性能だった。 

 

 ハンドリング面でも基本的には軽快で心地よいと評価されたのだが、RS200 Zエディションに装着される215/45R17サイズのタイヤがややオーバースペックで、AS200などに装着される195/65R15タイヤのほうがマッチングがいいというのがベストカー執筆陣の評価であった。 

 

 このようにデビュー直後には期待をもって受け入れられたアルテッツァだったが、当初の期待や評価のわりに販売面では今ひとつブレイクできなかった。それには当時も思っていた「理由」があった。 

 

 たしかに動力性能は高く、ライバルを圧倒する加速を楽しめる3S-GEエンジンだったが、低速域でのトルクが薄く、高回転をキープしないとパンチを味わいきれない扱いづらさがあったのだ。8000rpm手前まで一気に吹け上がるのだが、トルクが盛り上がりアクセルレスポンスもシャープになる6000rpmあたりから振動や音が大きくなり、6速MTのシフトノブにビリビリ振動が伝わるなど、荒さが目立ったのだ。 

 

 直列6気筒の1G-FEを搭載するAS200は滑らかなエンジンフィールでBMW320のような雰囲気を感じさせるものの、160ps/6200rpm、20.4kgm/4400rpmに4速ATの組み合わせがややアンダーパワーに感じられた。2000年5月にAS200に5速MTが追加されたのだが、これはエンジンのオイシイところをうまく引き出せて楽しかった。が、ミッドサイズセダンで3ペダルMTは、やはり主流とはならなかった。 

 

 2001年7月に、ステーションワゴンの「ジータ」が追加されるのだが、ジータにのみ搭載された直列6気筒3リッターの2JZ-GEエンジン(最高出力220ps、最大トルク30.0kgm)が最初からセダンにも搭載されていたら、アルテッツァの評価は大きく異なっていたのではないかと思うのだ。北米や欧州に向けたレクサスISでは当初からセダンにも3リッターエンジン搭載モデルが用意されていたので、これの国内投入が当時は期待されたのだがかなわなかった。 

 

 アルテッツァのデビューに際し、クルマ好きの若い世代は「ハチロクの再来」として、スポーティに走るFRスポーツを求めたし、一方でもうちょっと年齢層が上の世代は、BMW3シリーズを凌駕する上質で運転の楽しいスポーティセダンを求めたのだ。 

 

 その意味でアルテッツァは、やや"どっちつかず"の存在になってしまったのだ。工夫を凝らしたクロノグラフ風のメーターは、デザイン的には面白かったけれどBMW3シリーズの雰囲気を望むユーザーにはちょっと子供っぽく感じられた。さらにAS200の4ATモデルでは動力性能に物足りなさがあり、BMW320のような乗り味には一歩及ばなかった。 

 

 とはいえ、AS200の価格は207万円からという設定でBMW320に比べて圧倒的に安価だったのだから、しっかりとアピールすればバリューの高さで勝負できたと思うだけに残念だ。 

 

 一方でFRスポーツらしいドリフトコントロールを楽しみたい向きには、RS200の低速トルクの薄さと1340という車重がネックとなり、自在なコントロール性を味わうことが難しかった。最高出力をちょっと落として低中速域のトルクのつながりを厚くしたなら、もっと軽快で楽しい操縦性が得られたかもしれない。RS200の価格は最上級のZエディション6MTで250万円だったので、今にして思えばお買い得だった。 

 

 結局アルテッツァは2005年7月に販売を終了する。同年8月、日本国内でのレクサスブランド展開に伴ってアルテッツァ(海外ではレクサスIS)はレクサスブランドへと移行され、グローバルで2代目レクサスISへとモデルチェンジをした。このためアルテッツァの名称は1代限りで消滅することとなったのだが、現在のレクサスISにアルテッツァのDNAは受け継がれているのだ。 

 

 

( 160861 )  2024/04/18 01:56:57  
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(まとめ) 

アルテッツァは初期から後期にかけて、扱いや評価が大きく変わることが多かったようです。

初期は好意的な評価から始まり、ハチロク再来などの期待が高まっていましたが、実際に乗ってみるとパワー不足や扱いづらさなどが指摘され、批判も出てきました。

後期になると、レガシィB4やレクサスISなどとの比較特集が組まれ、価格や競合車種との差異が浮き彫りになっていったようです。

一部ではアルテッツァのポテンシャルを高く評価する声もありましたが、やはりパワーやデザインなどいくつかの点で改善が望まれる意見も多かったようです。

結局、一代で消えてしまったという意見もありますが、レクサスISとして今も続いていることから、名車かどうかは意見が分かれるところでした。

自動車メディアの影響やトヨタ自身の方向性なども、アルテッツァの評価や評判に影響を与えた要因の一つと言えそうです。

( 160863 )  2024/04/18 01:56:57  
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・初期と後期とで、メディアの扱いがガラリと変わったイメージが強い。 

 

ハチロク再来等、コンパクトFRを前面に打ち出してアルテッツァそのものの稀有な存在感、絶対評価を掲載する初期の好意的なものと、旧ハチロクやロードスター、BMWM3と比べて、どうも中途半端な立ち位置であると、相対的な評価に終始して、批判的な論旨で結論づけるもの。 

 

そして最終的にはレガシィB4の方がターボと四駆が付く分、お買い得、といった論調までが登場していった。 

ベストカーでも、アコード/トルネオのユーロR等との比較特集を組んで、レガシィ最強論を唱えていた記憶がある。 

 

確かに当時スバルのディーラーでも、アルテッツァが『スポーツセダン』というカテゴリーを確立してくれた、といった声を、複数聞いた覚えもある。 

 

BE5乗ってたけれど、アルテッツァも、その佇まい等、スタイリッシュで好きだった。 

 

 

・前期のRS200 MTに乗ってました。 

確かオート店改め、ネッツ店の第一号ニューモデルでした。 

登場前後はベタ褒めだったのに、登場して半年位経過すると手のひらを返したような記事が、各誌を賑わしていました。 

当時は複雑な気持ちで自動車雑誌を 

読んでいました。 

個人的にはクルマの性能とかより 

アルテッツァを通じてアルテッツァ仲間と出会い、設計者の片山さんともお会いする機会を頂いたことはありがたかったですね。 

あと、このクルマの偉業として 

ディーラーが大々的にカスタマイズを始めたのも、あると思います。 

 

 

・アルテッツァジータAS200のATに以前乗っていました。 

エンジンが1G-FEだったのもあって、全体的には和製3シリーズを目指した車だと感じました。 

私が乗っていたのは廉価グレードでしたが、海外IS同様の内装だったLエディションや、3L版なんかどうだったのかな、と思ってみたりもします。 

この時期の国産セダンとしてはものすごいボディ剛性で安心感があり、FRならではのキビキビ曲がる感覚も楽しい車でした。 

ただ、ダッシュボードの樹脂がベタベタになるのは残念でした。 

 

でも国内専用に用意された3S-GEがもっと扱いやすいエンジンだったとしても、レクサスで売ることを想定した高剛性ボディは軽量だったハチロクの再来、と呼ぶにはあまりにも重いものでした。 

 

 

・アルテッツアの後期型6MTを新車で買ってまだ乗ってます。公道では、高回転域まで回しながら走ると、とんでもないパワーで危険を感じます。よく遅いとか言っている人は、サーキット走行を言っているのか、それともATとかで低回転域での話をしているのかな?って思います。4ドアセダンで荷物もそこそこ積め、5人ゆったり乗れて、そこそこ走るFR、MT車は貴重ですね。もっともっと走りに特化したかったら、4ドアセダンのアルテッツアじゃなくて、2ドアとかのスポーツカー選ぶと思うので、同列に比較するのは無理があると思いますね。おおむね満足な車ですが、ただインパネはアナログ2眼メータにしてほしかった。デジタルとかクロノグラフとかチャラいし実用性も低い・・。 

 

 

・新車で買って乗ってました。 

RS200Zエディションの6MT。 

レクサス言うだけあってボディ剛性はかなり高かったです。スポット溶接の数も多かったですし。 

ただただ遅かった笑 

エンジンフィールも運転してて楽しくなかった。 

軽量フライホイール、強化クラッチ、タコ足、マフラー、ECU… 

足回り、腹回り強化しても遅かった 

それが全てだと今でも思っています。 

AE86は速くはなかったけど楽しかった。 

アルテッツァはAE86ほど楽しくなかった。 

 

 

・発売前は割と話題になりましたが、乗ってみると普通のセダン。結局、現場に立つセールスマンの事を考えると乗り心地が悪かったり、エンジン音がうるさかったりすると売れないだろうと言うのが有ったのかも知れない。BMW3シリーズにもなりたかったけど、メルセデスCクラスにもなりたかった。そんな印象を受けます。 

 

 

・これベースはクラウンだから当然重い。で2LNAだから3500rpmから上でないとパワーがでなかったし、やっと高回転で速くなったと思ったら、それ以上にうるさくなるので全然気持ちよくない。 

スペックを良く見ると34スカイラインのオーバーハングだけを短くしたのと同じサイズで、重量級でコスト高いクルマなのに86の再来みたいな売り方したのが間違いだった。3L直6積めるからスープラと同じエンジン積んで最初から高い値段で売ったほうが成功しただろう。 

 

 

・AS200のMT車って超レア車だと思います。あと同時期のR34スカイラインの直6の2ℓNAのMTも。私はコレだっ!って思いましたもん。(当時は学生で買えませんでした・・)両車とも200万をちょっと超えるくらいで、社会人1年目なら普通に買えましたからね。この頃までは車選びがホント楽しい時代でした! 

 

 

・直6のASは名車でしたよ。アンダーパワーと言うけれど、普通に走れば問題ないし、エンジンの回転フィールは、まさにシルキーシックス。4000rpm辺りから吸気系が高速タイプに可変し、そこからまたひと伸びし、レッドゾーンの6200rpmまで一気に噴上ある。4ATでしたが、マニュアルでシフトアップさせると1速で60km/h、2速で110km/hくらいまで引っ張れました。 

直4のRSをハチロク再来だのとスポーツ性能を売りにしたのが間違い。内装の質感を高め直6の大人のコンパクトFRセダンを目指せば良かったのにと思います。 

アルテッツァって、発売10年後の残存率が結構高かったみたいですね。今でも結構見かけますが、殆が変に改造されノーマル車は皆無に近いのが残念です。 

 

 

・前評判の「ハチロクの再来」が効き過ぎたのです・・・ 

当時もAE86はライトウェイトスポーツの入門的な立ち位置にあり、その後のAE92がFFになったこともあって中古車価格も高め、おまけに程度の良い中古車はどんどん少なくなっている状況でした。 

2Lの3S-GE搭載で馬力は上がり、AE86より機敏な走りが出来る4ドアのライトウェイトスポーツというイメージが先行した結果、実車の性能とイメージの乖離が迷車になった原因でしょうね。 

尚、発売当初の『6発にMT設定があったら買ったのに・・・』という断り文句を真に受けて発売した1G-FEですが、流石に需要がマニアック過ぎて全く売れませんでした。 

アルテッアが名車になれなかったのは、やはり馬力の無さです。 

仮にターボの3S-GTEを搭載していれば、また違った評価になっていたと思います。 

正直、「名車になれなかった迷車」というのが正解ではないでしょうか。 

 

 

 

・記事にある通りレクサスISとして車は残ってるので一代で消えたと表現するのは違うのでは? 

あとアルテッツァがセールス的に振るわなかったというよりセダン自体が下火になっていった時期だったと思う。 

FRでMTのセダンという触れ込みで話題になっても、それは一部の車好きの中での話であって、そもそも市場規模は小さかったのでしょう。 

当時、「歴代最高」と評されていたR34スカイラインだって数字を見たら、「失敗作」と言われたR33よりも売れてません。 

マークII3兄弟だって例外ではなく販売台数が低迷しており、その後テコ入れとしてマークXに統合されました。 

 

 

・アルテッツァRS200に乗ってます、 

 

所有して思うのは万能ながら唯一無二の存在であることです。 

 

5人と荷物沢山載せて旅行も行けますし冠婚葬祭でも悪目立ちしません。 

通勤に使ってもうるさい上司に目を付けられないでしょう。 

 

それでいて8000rpmまで回るエンジンをマニュアルとトルセンLSDが標準装備された後輪駆動で操る楽しさがあります。 

 

前後ダブルウィッシュボーンのサスのグリップは高くそれを受け止めるボディも上位のプラットフォームと共通点が多く剛性たっぷりです。 

 

ライバルと比べるとDB8の4ドアインテRも大好きですがやはりFRは捨て難いですしS2000だと不便な事も多いかな。 

 

維持費も安く同じパッケージングの車が無いので売る気にならない車です。 

 

 

・当時、RS200はカタログ値よりも実測でのパワー不足で不評だった記憶があるけど、パッケージングとしてはすごく魅力あるFRスポーツセダンでしたね。欲しい1台でしたが、迷った挙げ句4ドアのインテRにしました。 

今と比べてクルマも安く、めちゃくちゃ良い時代でしたね☆ 

 

 

・当初トヨタは『大人のハチロクは4ドアであるべき』と言っていたが、マイナーチェンジした後にハチロクの文言は消えてましたからね。 

サイズ的にコンパクトなFR車が減り、ライバルに4ドア車がよりインパクトの有るランエボやインプがターボでNAエンジンのアルテッツァは独自のポジションを獲得していたと思う。 

パワー的に3SGがメインになるでしょうが、個人的には6気筒の1G-FEのMTがいいと思ってました。 

ジータの3000ccエンジンが4ドアでも発売されたらBMW3シリーズとガチに対抗出来る車になっていたのかも知れない。 

 

 

・初めて自分で買った車がアルテッツァだった。発売前にベストカーのレビューだけ見て注文を入れた。2007年に発売されたばかりのBMW320iクーペに買い替えた。筆者の記事の通り、乗り心地や細かな所など雲泥の差を感じた。ただ値段はBMWの半額強だったので、コスパは良いんだろうが、LEXUS ISが出て短命で消えていったのは少し寂しかったかな。 

 

 

・23年前、21歳の時に新車で買った初めてのマイカー。スポーティーなRSではなく6気筒モデルのマニュアルでした。雪国のため親からはFRはやめとけと反対されたが乗ってみたくて買いました。冬は本当に大変でしたが今は良い思い出です。 

 

 

・アルテッツァの出だしは好調だったが、2ヶ月後にレガシィB4が出た。排気量と値段は同じ。そうなるとアルテッツァを買うくらいならターボで280馬力と4WDがタダでついてくるB4を買うほうがトク。アルテッツァは販売競争で競り負けてしまった。 

アルテッツァ自体は良いクルマだったけどライバルが強すぎたかな。 

 

 

・悪い車ではなかったけど、 

”86の再来”という触れ込みが、逆にアダとなっていたと思う。 

 

86の最大のメリットの軽量(だって、スカスカなんだもん)のイメージを、 

そのままアルテッツァに持ったら・・・。 

 

せっかくの高剛性ボディだったから、ジータ(ワゴン)に逃げず、 

カリカリにチューンされた、タイプR的なモデルも出したら、 

もっと売れたと思う。 

 

 

・AS200Zエディションに15年乗ってたけどファミリーカーとしてもいい車でしたよ。 

街中でも高速でもパワーは十分だったし、中の広さは大人が4人乗っても問題なく、トランクも荷物が結構入る。 

何よりも前後オーバーハングの短い筋肉質なボディデザインがカッコ良かった。 

今でも街中で見かけたら目で追ってしまう。 

 

 

・IS-F 

 

この車が無ければレクサスISも無かっただろうし、その頂点たるIS-Fも無かったはず。それを思うと名車以外の何物でもないと思う。 

 

とはいえ、同じ車で直4と直6はやっぱり、というところも見え隠れして、当時のBMW、メルセデスとの商品ラインナップの関係を感じさせる部分はありました。 

 

今でもこのくらいのサイズ感、というのは丁度良い感を持っていると思います。購買層は少なでしょうけどね。 

 

 

 

・その当時自動車メディア各社が価格差を考えずに散々こき下ろしたのは原因の一つとしてあると思う。 

この記事でもそうだけど、高回転域で振動がある車も、欧米のメーカーならスパルタンな車って表現されるだろうし、非力なグレードも素性の良さが光るバランスがいいグレードって表現されるが、残念ながら日本車の場合はネガティブな表現を使われることが多い。 

 

 

・アルテッツァに憧れ購入する気でディーラーに行って2リッターの一番安いグレードを試乗運転したが出だしが遅すぎてビックリした。おまけにあまりに普通の地味な車だったためせめて四角いフォグランプをオプションの丸いフォグランプに換えてスポーティにしようと思ったらフルエアロにしないと丸いフォグランプに出来ないと言われフルエアロで60万くらい上乗せされて300マン近い見積もりを提示されたので諦めた。半年後に発売されたマツダアテンザは運転もアルテッツァよりも楽しく丸いフォグランプやフルエアロがフル装備で230マン円で発売されたのでアテンザにしました。 

 

 

・アルテッツァが名車か?と問われると返答に困るが個人的には好きな車。 

 

アルテッツァは発売前にメディアでハチロクの再来と騒ぎ過ぎたのが間違いの始まりだった気がする。 

 

要点だけを纏めればその表現は間違いでは無いが正確では無い。 

 

自分の解釈はハチロクで腕を磨いた世代の『元走り屋』が数年または10数年ぶりに選んで欲しいFR車。 

 

峠やサーキットでやんちゃしてたけど年齢を重ね家庭が出来たり生活環境が変わり、スポーツカーは買えないけど走る楽しさを感じられて家族から反対されにくいスポーツセダンという立ち位置だと思う。 

 

腕を磨く車でも峠最速を目指す車でもなく日常で大人の遊び心を満たす車。 

 

メディアの作った印象操作とユーザーの実際に運転した感想の乖離が評価を惑わせる結果になったと思う。 

 

 

・発売直後興味が有って試乗しました。 

トヨタ車としては内装が貧素だなぁって印象でした。プリメーラ(P10&P11)に比べれば遜色なかったけど、FRっていうだけで価格差は受容できないって判断した記憶です。中途半端だった。結局ISとして振り切る決断をしたのは間違ってなかったと思います。 

 

 

・発売直後に3SのMTを試乗したが何はともあれ遅かった。 

過給機を積んだモデルも出していれば全く違う運命だったと思う。 

事前の期待が高過ぎたのか拍子抜けだった。 

初期の86に試乗した時にこのアルテッツァを思い出した。 

 

 

・記事にある通りレクサスISとなって継続してると自分は思っているのですが 

 

アルテッツァだけに焦点を当てても決して悪い車では無かったと自分は思います。 

 

個人的にはもっとジェントルな方向を期待してたんですが内容が少々子供っぽかったんですよね。 

 

自分は故に若者に薦めてました。 

フル装備でお買い得だよって 

 

 

・アルテッツァはハチロクの後継としては値段が高すぎたし、高級車と言うには内装の仕上げとかが子供っぽい感じでどっち付かずという印象が強かった。正直トヨタはデザイン力に決定的に欠けていた。 

後にレクサスISとして大幅値上げされてしまったのは残念です。 

 

 

・乗ると内装はプラスチッキー、走りは日産のシルビアのQsとそんなに変わらない。 

 

ターボを付けるか、ホンダのVテックのエンジンのような刺激的な物を載せれば良かったのにやはり優等生のトヨタで無茶はしなかった。 

 

最近ではハイブリッド車の加速がそこそこ凄いので、今乗るとね。 

悪い車ではないけど、スポーツされるにはお金のかかる車でしたね。 

 

 

・普通に3S-GTE、つまりターボで出せばよかったのにね 

チタンバルブだっけ? 

NAを金かけてパワーアップするくらいなら、MR2辺りのターボ乗っけたら良かったのに… 

安上がり 

当時パワー無いと散々言われてた 

 

で、エンジンに金かける代わりに足回りにお金かけて欲しかった 

あとさ、フロントのメッキグリルはダサかった 

黒のグリルだったのに、今流行ってますよ、と言う若手の意見でシルバーメッキにしたらしい 

格好悪くなった 

 

フロントオーバーハングは短く、ボンネットエンドも低くて、さらに垂直に立ち上がるグリルとライトは、とても格好よかった 

リヤは駄目駄目だけどさ 

 

でも、これで失敗したレクサスFR系はフロントオーバーハング短くしなくなったもんな 

グリルとライト寝かせて、フロントオーバーハング長くして、格好悪くなった 

 

 

・これ当時自動車雑誌が煽った面もあるでしょ。良いスポーツセダンが出ると煽りまくってましたけどね。それによって期待値が上がりに上がりきった上で発表、過激に下回り評価も下がってましたよ。 

何故って、要因は色々あるでしょうが自分たちが煽り記事で金儲けした点は反省はしないのでしょうか。 

そういう都合のよい部分考察だけするような考え方してちゃダメだよ。 

この当時と同じことばかり繰り返してちゃダメだよ。 

「我々も反省しなければなりません。」位書いたらと思いますが。 

トヨタも良い迷惑だったと思いますよ、そういう方向の車じゃないんだよってね。 

 

 

 

・馬力無い馬力無いって言われるけど、触った感じ走らせる上で1番の問題は重量。ドンガラにしてやっと良い感じの動きになった。馬力はまぁこんなもんじゃない?電スロをROMかフルコンでセッティングを出すとさらに良さそうではあった。 

 

 

・2JZ載せたらフロントヘビーで、どうにもならないでしよう。実際、同じフロアパネルを使ったブレビスやプログレは1JZだったが、高級志向のせいもあったが動きは良くなかった。ジータの1JZはワゴンボディで、少し後が重かったので良かっただけ。 

そもそもアルテッツァが消えたのは、レクサスブランドに移行の為ですよね。一応はISはその方向ですし、アリストもレクサスブランドになりGSに。 

ソアラだって、SCになり消滅、セルシオもLSになり消滅。レクサスブランドが出来た時に各トヨタディーラーは主力車種を取られ、レクサス店の展開も限定的で相当に不満も出た。 

 

 

・因みに3S-GEの6MTモデルはチタンバルブエンジンでしたが、同じ2リットル4気筒DOHC4バルブNAエンジンでも設計が新しいVTECのアコードユーロRの方が高回転域の爽快感や実馬力は遥かに上でした。 

 

 

・あの頃は4ドアのスポーツカーは充実していたからな。トヨタならマークⅡのツアラーがあったしインプやランサーもあった。無理に小さくしたせいでずんぐりむっくり感があったからよほど気にいった人でないと買わなかったかと。 

 

 

・トヨタがやらかしたなんちゃって高級車として、今ではボッタクリ高額車として迷車として残っているだけマシですよね。 

自分もJZX100のツアラーVを買う時に、営業に勧められたけど、迷わずJZX100を買いましたよ。 

価格差は10万円程度だったけど、あの頃からボッタクリクルマの片鱗は有りましたよね。 

 

 

・前期のRS200に後期のファイナル入れて遊んでました。前期はホントかったるい加速してました。逆にファイナル変えただけでこんなに変わるかと思ったのがいい思い出。 

 

 

・アルテッツァに20年以上乗ってます 世間の評価は知らんけどめちゃいい車 

バワーがないとか重いとか言われるがそれわドリフト前提の意見ではないの 

オンザレールのFRの扱いはめちゃ楽しい 

 

 

・当時買おうと思って試乗に行った。1番馬力のある1番高いグレードだった。音だけうるさくて前に進んでない。当時下取りに出す予定だったアコードワゴンSOHCより凄く遅い。スポーツカーではなかった。 

 

 

・1代で終わってないよ 

レクサスISとして今も続いてる 

 

売れなかったのはスポーツセダンとしては遅かったからなのか 

あの車体サイズの割には車重が重いのがネックかも 

同じ3S-GEのエクシヴよりも全高以外は小さいのに、車重は100キロ重いし 

 

 

・ハチロクの再来か?当時、これを言ってたのは自動車雑誌だけだったように記憶してるのですが、自省もなく無責任だなぁ(笑)クロノグラフメーターとかいう計器盤が凝りすぎてて見づらいなぁと思ったのを覚えてます。私は中型セダンで同時期に出てきたレガシィB4に目移りしてしまってました。 

 

 

 

・10年前に、FRで4ドアで、MTの車を探したら、アルテッツァしかなかったので、中古で購入して乗っていました。 

値段の割にとっても楽しい車でしたよ。 

 

 

・当時の職場の後輩がMTを乗っていたので運転したことがあるが、重いのよ。 

車格と価格に、実際はレクサスという出自を考えたら仕方ないんだろうけど…これはメディアの「ハチロクの再来」という煽りが悪いと思った。 

車自体は良く作ってあると感じたな。 

 

 

・アルテッツァいいですよ。 

非力とかいうけど、個人的にはあれぐらいがちょうどいい。 

当時ハチロクの再来とか訳分からん事を言うから評判が悪くなるんですよ。 

一昔前は中古がゴミみたいだったが、最近ジワジワと中古価格が上がってますけどね。 

 

 

・>低速域でのトルクが薄く、高回転をキープしないとパンチを味わいきれない扱いづらさがあったのだ 

 

当時、乗った事あったがまさにコレだった。 

爆発的な加速感がないが 

いつのまにかスピードにのってる印象だった。 

足回りに欧州車意識したような感じだったけどな。 

 

 

・人生初新車購入と人生初のAT車RS200Z-ED、バトルシフトに興味持っていた。当時はチェイサーとスカイラインで迷っていた。記事は一代で消えたと言うが、海外ではレクサスISとして売っていたので、二代目からは日本はレクサスに統合しただけで今も新型を出していますよ。消えていません。今自分は最終型GS乗りですが絶版車、アリストが終了。 

 

 

・メーターのデザインはどうかと思ったが、パッケージはよかった。当時乗らせてもらったが軽快でMTのFR車の楽しみが詰まった一台という印象だった。過去トヨタは楽しい車を出していた。今のトヨタには当時の魂は残っていない。最近トヨタの文句ばかりコメントしていたら違反認定された。個人に対するコメントは一切していないにも関わらず。さすが大企業トヨタと言うところか。 

 

 

・重箱の隅をつつくのは好きではないが、「全高141mmでホイールベースは267mm」って、全高は最低地上高より低くてホイールベースはタイヤよりちっちゃいのか。 

 

配信前にチェックしてない様子がわかる。 

 

 

・RS200を新車で買った。走り屋さんというわけじゃなかったのでそれなりにレジャー用途で楽しめた。家族の圧力があってATを買ってしまったのが悔やまれる。それでも7年乗った。私の買った最後の国産車だった。 

 

 

・素人向けには凝ったエンジン作るより、手軽にターボ付けとけば良いんですよ。 

 

あれこれ考えずターボエンジンにしておけば、アリストやツアラーVみたいに売れたはず。 

 

 

・当時、トヨタが商標登録したALTEZZAの読み方を各紙が予想してたなぁ…。 

多かったのがスバルのインプレッサ(IMPREZA)に倣って「アルテッサ」という予想だったけど、ベストカーは「アルテッセ」とか言ってたっけ。 

 

 

 

・知識不足でしたら、、 

プリメーラの出来がよかったから、FRで対抗させるつもりだったのではなかったですかね 

プリメーラが1990デビューでこちらが1998ではそれはないかな 

 

 

・「なぜ一代で消えてしまった」って、国内レクサスブランドの立ち上げ時に、セルシオ・アリスト・ソアラと共に移行したからだろ。たまたまアルテッツァのタイミングが一代だっただけじゃないか。 

 

 

・結局、レクサスブランドとトヨタブランドでは大差はなくアルテッツァで売れなくても 

問題なく本来?のレクサスISとして生き続けているアルテッツァ。 

またいつかトヨタブランドから再起するのでは? 

 

 

・ヤマハチューンと言われても‥ 

なんか迫力無かったよな。 

正直、セリカSS-Ⅲの方が10馬力落ちでFF5速でも力強かったなぁ。 

アルテッツァはASの方がアルテッツァらしかったね。 

 

 

・グローバルではISになり、国内ではチェイサー廃止で実質後継扱いとなり最終的にマークXに統合。結果2000のMTはトヨタのセダン需要とに齟齬がでてしまった。でも中古で人気はその2000のMT。 

 

 

・新車から乗ってましたが、エンジンは良かったものの車重とタイヤにパワーが食われてる感がありました、もう少し軽快さがあれば良かった 

 

 

・EG6シビックに乗ってた時に試乗して 

エンジンが違いすぎてビックリしました。 

それから暫く経ってトヨタ86試乗して 

エンジンフィールが同様でビックリしました。 

 

 

・発売から1年ほど過ぎた頃にアルテッツァをべた褒めするムック本が3社から同時に出て苦笑した記憶が。 

ここまで広告費かけて需要を掘り起こそうとか、トヨタはよっぽど宛が外れたんだなあと思った。 

 

 

・当時よく比較されていたのが 

cl1アコードユーロR、BE5レガシィb4、E46320i 

あたりのスポーツセダンだったと思います。 

 

 

・スポーツセダンで3シリーズに勝てますかよ。何世代にも渡り、スポーツセダンを大中小製造してきたBMWに、たとえトヨタと言えども、たったの一代で勝てるとは思えません。 

 

 

 

・ホイールベース短か(笑)。 

 

テールランプ格好悪。 

多くの人はボディー同色のカバー付けてましたよね。 

メーターパネルがおもちゃっぽい。 

クロノグラフをイメージしたらしいけど。 

足硬い。 

通常の速度域では全く動かない感じ。 

 

 

・当時、AS200の評価は悪くなくて、RS200は重くて煩い3S-GEよりも、もっと軽い4気筒エンジンだったら評価は違ってたかもしれないって記事を読んだ気がする。 

 

 

・もう少しパワーが欲しかった。ターボグレードあっても良かったよなあ。良い車でしたよ。荷室を広げたグレードも最後の方で出た気がする。 

 

 

・6気筒ATより、4気筒MTの方が価格が高かった気が。 

なんかこだわりがあるのだろうなと思っていた。 

名前も素敵だったな。 

 

 

・別に迷車ではないと思う 

少なくともトヨタとしては明確なビジョン持って発売できてるし 

消えたのも自然にレクサスISに移り変わっただけだし 

ただ名車ではないわな 

 

 

・4気筒を2.5Lにしてターボを付けてパドルシフトにしてほしかった。TOMSからコンプリートカーを出してくれればよかったのに。 

 

 

・懐かしいですね。 

当時友人がFDから乗り換え 

早速シャシダイのせたら 

175psしか出てなかったと 

ぼやいてたのを思い出します 

 

 

・性能面ではセダン勢のなかでは秀でていたかもだが、見た目はそうカッコの良いクルマには思えなかった印象。 

 

 

・プログレなどでもそうだけど 

この頃の自動車メディアって、 

出るまでは騒いでいたくせに 

いざデビューすると手のひら返しを 

するんだもの。 

 

要は便利な部数稼ぎとして 

利用されていただけで、 

クルマそのものが悪いのではない。 

 

それ以降、デビュー前から騒ぎまくる 

自動車メディアはもう信用しなくなった。 

 

 

・コマーシャル、、、まあまあかっこよかった 

名前、、、かっこいいインじゃない! 

値段、、、やや高めで、それなりの性能が楽しめそう! 

 

こんな期待がありながら 

 

フロントマスク、、、ん??? ただのセダン? 

後ろ、、、、うわっ手抜き? デザイン カッコ悪ぅ〜 

全体的なスタイル、、、タクシー? おっちゃんが乗る車かな? 

値段と釣り合わない。 

じゃあ、買うのやめよー  

 

だと思う。 

 

 

 

・高さとホイールベースはトミカ並にコンパクトでしたか?しっかりしてねベストカー しっかりしてないベストカー 

 

 

・勝手に1代で消してしまっていますが今でも3世代目がしっかりレクサスブランドに里帰りして販売されています。 

 

 

・トヨタ頑張ったとか 

面白そうだなとかは思ったが 

欲しいとまでは思わなかった 

パワーが後30馬力欲しいなあとか 

車重があと100kg軽かったらなとか 

なんだか微妙と言うか中途半端だったな 

 

 

・自分はアルテッツァRS200、R34 GT-t、BE5 B4 RSKを検討し、一番最初にアルテッツァが消えた。 

線の細さがどうしても気に入らなかった。 

 

 

・自分はこれのワゴン版のジータが好きでした。あんな小さいボディに3リッターなんてデカいエンジン積んで、ゆったり走るのに憧れた。燃費クソ悪かったらしいけどw 

 

 

・S耐に車両を作っていると 

車高を下げるとフェンダーの内側にあたって下げられないという不具合 

板金パーツで対応した記憶が…(´・ω・`) 

 

 

・出始めに試乗しました。ボディ剛性が良すぎるのか足回りが良すぎるのか、パワー不足を感じて辞めました。 

 

 

・もっと全幅拡げて2JZ-GTE載せてたらかなりカルト的な人気車になったと思う。 

 

 

・アルテッツァだけでなく 

アリストもセルシオもソアラも 

LEXUS店に乗り換えて 

好きな人は乗ってたんじゃない? 

 

 

・1代で消えてへんやん IS やろ? 北米レクサスを日本にはレクサスブランド無いから名前変えて売ってただけじゃん。 セルシオ、アリスト、アルテッツァ、ウインダム、ハリアー、ランクルシグナス……。 

 

 

 

・レーサーが 

「ヘタクソは速く走らせられないだろうから、面白くないと言うんだろうな」 

と、言っていたのが印象的だった。 

 

 

・当時のレガシーRSKの4駆ターボ280馬力と価格的に被っていて、アルテッツァはコスパが悪かった。 

 

 

・みんなアルテッツァ好きだね〜 

たったの数分でコメント50件超えです。 

そんな私も好きで乗ってます。 

 

 

・遅いし楽しくないから、そんなもん。 

FRならいけっしょと期待されてた。 

今出せばFRなら売れる…が崩れた車(笑) 

レクサスのISまでがその後継車と言われたのが迷惑(笑) 

 

 

・アルテッツァつい最近まで乗ってた 

世間では遅いだの重いだのバカにされるけどめっちゃ好きだった 

 

 

・テッツァは迷車です断言w 

消えてないですよ! 

IS=アルテッツァですからね。 

「レクサス」=「トヨタ」ですよね。 

レクサスブランドになっただけですよ。 

何も知らない記者が書いたとしか思えない記事でした。(なので題名しか見てませんwww) 

 

 

・全高141mmでホイールベースは267mm 

 

原稿チェックしてませんね。 

よろしくお願いします。 

 

 

・レクサスISはアルテッツァの進化版、レクサスGSはアリストの進化版て当時オレは習ってたが 歴史って後で書き換えられるの? 

 

 

・見た目は地味だし、走りならエボインプのほうがいいしで、中途半端な存在でしたね。。 

 

 

・今となってはこれぐらいのサイズのセダン出てくれたらと思うよ 

あっ…FRのプラットフォームがないか… 

 

 

 

 
 

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