( 161039 )  2024/04/18 16:06:19  
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契約件数減少に苦しむWOWOWとスカパー!だが、業績や株価では大きく明暗が分かれている(撮影:尾形文繁) 

 

 「この厳しい環境下での社長就任に高揚感はない」――。 

 

 有料衛星放送のWOWOWで4月1日、9年ぶりの新社長が誕生した。1990年に入社した、山本均氏(59)だ。スカパーJSATや銀行出身者が歴代社長を務めてきた同社において、初のプロパー社長となる。 

 

【図表で見る】WOWOWとスカパーの契約件数は大きく減少している 

 

 3月の定例記者会見に出席した山本氏は冒頭のように、言葉の端々に緊張感と危機感をにじませた。 

 

 それも無理はない。WOWOWは今、先の見えない苦しい戦いを強いられているからだ。 

 

■WOWOW・スカパーともに契約数は激減 

 

 コロナ禍も後押しし、ネットフリックスやU-NEXTなど動画配信サービスが普及する中、WOWOWやスカパー! などの有料放送の契約件数は減少が続く。 

 

 契約者の月額課金を主な収入源とする有料放送は、広告費を収益源とする地上波放送以上に、配信サービス台頭の煽りをもろに食らう。近年は有料放送から配信サービスへと会員が流出する事態が起きている。 

 

 WOWOWやスカパー! も、「WOWOWオンデマンド」(月額2530円)などの独自の配信サービスをそれぞれ展開している。ただ、いずれも認知度向上に苦戦しているのが現状だ。有料放送の会員基盤がある中で、配信サービスの料金だけ安くすれば、単価の高い有料放送からの乗り換えリスクもあり、他の配信サービスに対して割高感も生まれてしまっている。 

 

 これまでWOWOWやスカパー! の競争優位性を保ってきたのは、大型スポーツコンテンツだった。現在もWOWOWはサッカーUEFAチャンピオンズリーグなどを、スカパー! はプロ野球の公式戦全試合を放送している。 

 

 しかし最近はこのスポーツ領域で、配信サービスを交えた競争が激化。動画配信業界の関係者は「コアのスポーツファンはお金を払うことに対する抵抗が小さく、会員を獲得しやすい。そのため今は配信各社がスポーツに力を入れている」と話す。 

 

 U-NEXTは昨年3月に韓国のスポーツ配信サービスSPOTV NOWと提携し、直近ではネットフリックスもプロレス団体「WWE」との独占配信契約を締結した。こうした流れを受け、スポーツファンを中心に有料放送から配信への顧客流出が加速しているようだ。 

 

 WOWOWは2023年度の期初段階において、契約件数の純減傾向に歯止めをかける計画を発表していた。しかし昨年10月には早々にこの計画を撤回し、通期業績予想も下方修正。4月2日に発表された月次情報によると、2023年度の契約件数は、約246.7万(前期末比3.6%減)となった。 

 

 

 会社全体の業績も売上高755億円(前期比2.1%減)、営業利益9億円(同72.1%減)の減収減益に沈む見通しで、会社関係者は「投資家に向けて、簡単に『契約件数は底打ちする』と言いづらい環境になっている」と漏らす。 

 

■スカパー社長「会員数は決して増えない」 

 

 同じくスカパー! も、2023年度の契約件数は4.6%減に落ち込んだ。だが、番組制作費を積み増すなどして反転攻勢にもがくWOWOWに対し、スカパー! の受け止め方は若干異なっている。 

 

 「今後の会員数は減る一方で決して増えたりはしない。見栄を張っても仕方がない」 

 

 そう話すのは、スカパーJSATホールディングスの米倉英一社長だ。米倉社長は「『(スカパー! を運営する)メディア事業が会社の成長ドライバーになる』だとか、『100億の利益を目指す』などとは口が裂けても言うつもりはない。できるわけがない」と断言する。 

 

 一見、白旗をあげたようにも映る発言だが、米倉社長が「われわれはそもそも放送会社ではない」と話す通り、これにはスカパーJSAT固有の事業構造が大きく関係している。 

 

 スカパーJSATは2007年、衛星放送のスカイパーフェクト・コミュニケーションズと、衛星の保守・運営を行うJSATが経営統合して誕生した。2008年には、JSATの競合であった宇宙通信を買収し、3社が合併している。 

 

 2022年度の通期実績を見ると、売上高1211億円のうち、宇宙事業が占める割合は47%だが、営業利益223億円に占める割合では83%にまで達している。有料放送であるスカパー! の知名度の高さからメディア事業に注目が行きがちだが、その実態は宇宙事業の会社なのだ。 

 

 足元では、船舶や航空機などで使用されるWi-Fiの提供などのほか、世界的な安全保障需要の高まりを受けた官公庁向けのサービスで業績を伸ばしている。宇宙事業の拡大により、2023年度は過去最高益を更新する見込みで、株価も今年3月に過去最高値を記録した。低迷するWOWOWとは、まさに対照的な状況といえる。 

 

■業界からはスカパーへ不満の声も 

 

 宇宙事業の収益のうち、衛星放送向けの回線提供が23%にまで低下する中、株主からは「衛星放送はやめたらどうか」という声も上がるほどだという。ただ、米倉社長はあくまで「衛星放送がなくなることはない」との認識を示す。 

 

 

 「会員数が100万人に減っても、メディア事業で利益を出せる構造にしていく」。米倉社長はそう強調し、現在は採算が取れている目玉のプロ野球全試合中継についても、赤字になったときには撤退も辞さない意向であると明かした。 

 

 有料放送は採算重視で背伸びせず、宇宙事業による成長のビジョンを明確化するスカパーJSAT。もっとも、こうした同社の姿勢に対し、スカパー! のプラットフォームを通して番組を提供する放送事業者の間では不満の声も出ている。 

 

 「スカパー社が長期にわたる加入者減に対して効果的な対策を打ち出していない」「(スカパー! の)現場担当者から諦めムードが出ている」 

 

 衛星放送協会のシンクタンク、多チャンネル放送研究所が3月21日に開催した研究活動報告の発表会。そこでは、放送事業者からの生々しい指摘が紹介された。 

 

 スカパー! の放送プラットフォームに依存する事業者からすれば、番組を視聴する会員を増やすためにスカパーJSATによるマーケティング強化を期待したいところ。一方のスカパーJSATにとっては、前述のような成長シナリオを描く中で、メディア事業に積極的なプロモーションをかけづらいといったジレンマがある。 

 

 米倉社長は「宇宙衛星ビジネスで稼いだお金をメディアに回していく、というのがわれわれの1つの回答だ。ただ、テレビCMをみて加入しようという人は減ってしまっているのも現実」と、複雑な胸の内を打ち明ける。 

 

■ショッピングチャンネル化する衛星放送 

 

 WOWOW、スカパー! といった有料チャンネルに限らず、衛星放送を取り巻く状況は厳しい。 

 

 3月末にはNHKが、事業再編の一環でBS103ch(旧BSプレミアム)の放送を終了(停波)する予定だった。ただ同チャンネルは、1月に発生した能登半島地震で地上波放送が見られなくなった被災地域のために使用されており、4月以降も放送が継続されている。 

 

 ある業界関係者は「災害の観点からしても、このまま本当にやめていいのか」と疑問を投げかけたうえで、「衛星放送の多くが、今や通販番組ばかりの“ショッピングチャンネル”と化している。NHKの一部チャンネル終了が、衛星放送全体のさらなる衰退につながる可能性がある」と指摘する。 

 

 業界全体が沈みゆく前に、起死回生の策を打ち出すプレーヤーは現れるのか。先行きは視界不良だ。 

 

髙岡 健太 :東洋経済 記者 

 

 

 
 

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