( 162102 )  2024/04/22 00:06:07  
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- 個人同士の権利には賛成だが、公共においては多様性やマイノリティを認めるべきでないとの主張が見られる。

公共の安心や安全を保つ必要があると考えられているようだ。

 

- レインボーカラーを否定的に捉える声や、選挙期間の東京15区の話題掲載に関する提言がみられる。

 

- イベントや運動の内容や表現に関する意見が複数あり、肌露出や性的な表現への懸念、結婚や性の定義に対する議論、多様性の向上と他の社会問題とのバランスなどについての考えがある。

 

- 多様性への理解や尊重が求められる一方で、過激な要求や行動が問題視される意見も見受けられる。

 

- 民主主義や多様性におけるバランス、公共利益と個人権の関係についての討論が見られる。

 

- 報道やメディアに関する問題提起や、性の多様性に対する違和感や議論、法的規定や社会制度の見直しに関するコメントが見受けられる。

 

 

(まとめ)

( 162104 )  2024/04/22 00:06:07  
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・個人同士の権利としてはいいと思いますが、公共の場所で多様性、マイノリティを許容するのは止めて頂きたい。公共の安心安全の崩壊につながりますので。あくまでも公共はマジョリティが優先されなければいけません。 

 

 

・昔はレインボーカラーってなんとなく好きだったけど、こういう自分たちの価値観の押しつけ団体に利用されるようになってからは、レインボーカラーを見ると嫌悪感を覚える。 

 

 

・Yahooのトップニュースには必要な話題なのかもしれませんが、選挙期間に入った東京15区の話題もトップに入ってほしいですね。 

東京15区の一部の立候補者と陣営が、他の立候補者の口撃や妨害が酷いです。 

投票には行かない国民も多いでしょうが、アラフィフになると日本人としては折角与えられた権利なので、投票に行かないのは残念だなと思うようになりました。 

今後の選挙にも影響を与えるような東京15区だと思うので、話題にして行かない日本人達に投票を促して民意を示してほしいと思います。 

 

 

・活動自体は賛同したいです。 

 

しかし内容ですよね。 

何であんなに肌を露出させる必要があるのでしょうか。下着姿になっていたり、ほとんど上裸でセクシーさ、エロさを売りにした姿で周りにちやほやされることが目的なっていないだろうかと、毎回思うイベントです。配られているパンフレットも性を売りにしているとしか思えない内容も見受けられます。 

このイベントでは非日常を売りにしたいのかなと思います。下着姿の人が普段街の中にいたら、違和感を持つ人はたくさんいると思います。 

 

自由!ってこういうことなんでしょうか? 

もっと主催者側で出展される内容を精査すべきだと思いますが、こういった肌を露出することを目的とした内容がないと人も集まらないのでしょうか。 

そろそろこういったところも議論していただき、イベントの意義を感じさせる内容にして欲しいと思いました。 

 

 

・性的志向には多様性があるかもしれないが、性には、男性と女性しかないのでは。同性の人が一緒に生活することには反対はしませんが、結婚の定義はやはり、男女で子どもをつくり、次世代に子孫を残していく役割が大きいと思いますが。医療、住居、相続の問題などは、改善の余地はあると思いますが、結婚という概念には入らないと思います。 

 

 

・社会が素の自分を受け入れてくれず、生きづらさを感じているのは、何も性的マイノリティの人達だけではありません。 

 

出自や障害など本人にはどうにもならない問題は他にもたくさんあります。 

 

LGBTQ+は、その地位向上が世界的なブームになっていますが、これだけが実現すればダイバーシティが達成されるわけではありません。 

七色の外にはそれよりも多くの問題が山積しているのです。 

 

性的マイノリティの方達の地位向上は良いと思いますが、声の大きさに惑わされて、他の問題がなおざりにされることが無いようにと願います。 

 

 

・話題から逸れてやや壮大スケールな妄想にはなりますが…。 

 

医療が進歩して寿命が伸びた現代、少子高齢化の進行と同時に、社会はAI研究が進んで人間が働かなくてよい世の中を目指している。 

つまるところ出生率の減少は長い目で見れば問題にはならない。 

 

そんな今、子を産まない選択が一定数許容されるのは、社会の潮流に正しく従っていると捉える事が出来る。 

人間を個体単位ではなく社会全体として捉えた場合に限っては、社会が人口減少を望んでいる、自然かつ合理的な現象なのかもしれない。 

 

 

・多様な性は認めています。 

一体何を求めてるんでしょうか。 

勝手にしたら良いと思います。 

生物学的には男と女しかいないので、色々分類したり戸籍とか管理の面では仕方ないと思います。 

社会の秩序やルールは個別対応できないと思います。女湯に、心が女の男が入ってきたら、それは無理です。 

マイノリティーにいちいち合わせることを多様性と言うのは違うと思います。 

 

 

・そもそもまだ日本以外にも中国、ロシア、イスラム圏、北朝鮮、中東、南米の一部、ほとんどのアフリカ諸国もできないんだし、、、 

 

わざわざカナダ、オーストラリア、アメリカ、ヨーロッパ、台湾などの西側諸国、先進国やタイ、ネパールなんかと合わせる必要あるのか? 

 

海外にずっと住んでても感じるけど、LGBTのみならず外国人への偏見も強い日本はまだ他にやるべきことがたくさんあるんだから少数派より多数派のことをしっかり見てほしい。 

 

 

・時代に逆行するようだけど、民主主義なので多くのことが多数決で決まる。少数派の意見は汲み上げられず、思い通りにならないのが民主主義。もちろん表現や主張を淘汰抑制するものではないが、多数が暮らしやすい社会を壊してまで少数派の意見を尊重するとなると民主主義が崩壊する。落とし所は難しいが、歩み寄ってお互いにある程度の妥協点を見出していくしかないのでは。 

 

 

 

・1万5000人... 

数の問題じゃないもはわかりますけど、パンデミック条約反対デモ 

1万9000人 4/13 池袋 

も、ちゃんと報道してくれませんか。 

メディアに電話したら、今後も報道する予定はないとのこと。 

多様な性発信と同様、今後日本人に関係してくるパンデミック条約を国会も何も通さず、ほとんどの議員も知らず、国連と日本がこんなようやく組んでしまって良いんでしょうか。 

 

 

・私は当事者ですが、TRPが果たして理解につながるかは疑問に思っています。 

 

ましてや、露出の多い格好をしたり、性に開放的な姿をみせることが、日本社会で受け入れられるとは思いません。 

 

理解してもらうためには、併せてこちらが大多数の感じ方も理解する必要があると思います。 

 

 

・性的志向に関しては、自分が該当しないからこそ、より理解しそれにより苦しんでいる方がいることは考慮していく社会であるのが理想です。 

 

しかしながら、「心の性」は理解するのですが、「身体が同性の結婚」に関しては慎重に考え、一般社会の中には不快に感じたり、理解されない方も一定数居るので、強硬姿勢だったり強引な理解を押し付けることのない「個々の考えはお互いに尊重する」が、いいと考えます。 

 

 

・明治通りを歩いていたら、このパレードに巻き込まれてしまった… 

パレード自体は車道を1車線潰して行われていたが、見物人?応援者?が歩道に滞留していて邪魔になっていたり 

信号を止めてパレードの何組かを通している間に信号待ちの人が溢れかえったり 

と日曜の渋谷原宿間でやるようなもんじゃないなと思いましたわ 

 

 

・批判を承知のうえで次のように考える。 

同性愛は認めてあげたいし、理解もできるし、そのための法律を整備すれば結婚も良いと思う。 

同性愛等の結婚には税制的な優遇がなければ、今よりは多くの理解が得られると思う。日本の最大の課題は少子高齢化であるとともに、限りある財源は未来の子どもたちのためにこそあるべきだと思う。そのための家族に対して税を投入すべきで、多様性の家族を面倒みる余裕は今の日本にはないのではないだろうか。 

 

 

・多様性を認めるということは、認めないということもありだと思うんですね。 

 

例えばお手洗いとか更衣室とか、主義主張ではなく物理的・生物的に割り切った区別は必要と思います。 

少数は大事なのは充分理解できるのですが、そこは大多数優先を理解して主張は控えめにしてほしい。多様性を認めるというのは、そういうことだと思います。 

 

 

・最近では多様性とか言われて正常の中に組み込まれようとしていますが、医学的には性同一性障害という位置付けです。 

正常として扱ってしまうと更衣室、トイレ、浴場、スポーツ大会など様々な問題が生じてくる。やはり身体や精神障害同様にノーマライゼーションという言葉を用いるべきではないでしょうか。 

 

 

・なぜ法的な結婚を認めなければならないんだろう。 

多様性って言われているのは、その人たちが生きやすい社会を作ること、様々な制度等でカバーすれば良いだけ。 

違和感を感じるのは、そういう選択肢もあるよって門戸を大きく広げていること。身体的な性別は男と女しかないし、心が異なる人は一定数いるんだろうけど、身体的な性別で生きようと思えば生きていける人たちを、その選択肢がある事でそっちの世界に引きずりこんでいる事を気付かなければならない。 

 

こういう事言うと批判される傾向にあるが、多くの意見はあっても良いはず。こういう事が言えない世の中の方が怖いよ。 

 

 

・全く反対というわけではないですが、法律に関わるようなことの場合は、本当に自分の性に対して不一致がある人とそうでない人の見極めができないとなると全てまとめてしまうといろいろ判断が難しいと思ったりします。 

法律などに関わる公共のことは性の不一致性が高い人の意見は優先して取り入れられるべきだと思うけれど、性の不一致というよりも趣味でそうゆうことをしている人たちについては存在は認めることはできるけれど、趣味を優先することは公共性がないようにも感じたりします。 

 

 

・そこの多様に必要性を感じない。 

あらゆる場面で性別が明確に区別されているから社会が安定しているわけだし。 

特殊な方はそこに合わせながら共存していかないといけない。 

社会性を育むことが重要。 

 

 

 

・私はマイノリティがいてもいいと思うし、偏見的な気持ちを持ったり差別するような事がないように気をつけようと思うけど、それは受け取り側の気持ちであって、マイノリティ側がさも当然のように要求してくる事ではないと思う。 

元男性が女性用トイレを使うのは女性からしたら快く受け入れられるものではないと思うし違った犯罪の温床になってはならないのだから、不便はマイノリティとして受け入れなければならないんじゃないかな。 

 

 

・性的マイノリティには偏見もないし、差別する気もない。そういう人や嗜好などがあることも理解できるし中学からの友人にもそういった人間もいるし、僕は彼のことが大好きで今でもご飯に行ったり家族ぐるみでの付き合いもあります。 

が、そういった方に差別するな社会は認めるべきだって言う風潮が強すぎてそれを認めないといけないみたいな所がありますよね。差別をしないにしてもそういった人を理解できない人種がいることも認めて初めて多様性なんじゃないかと思う 

 

 

・当事者じゃ無いので知らないだけかもしれないが、彼らの言う「権利」とは一体なんだろうといつも思う。 

これだけ世間が受け入れる空気になっているのだから、権利を認めろとか法律を改正せよと抽象的なことを言うよりも、一つ一つ具体的に訴えたほうが皆も考えるうえで分かりやすいと思うのだが。 

 

 

・多様性はLGBTだけではありません。 

 

また参加した1万5000人の中にも多様性がある。不寛容の寛容も理想が高いほど起きやすいと思います。 

 

何か一つになることは目的があるからですが、パレードに参加している人にもLGBT以外の多様性があります。 

 

LGBTが他のことに排他的になるのなら、それは多様性ではありません。 

 

集団で多様性を認めることと、集団で生きるために必要な個人の欲求の我慢。 

この2つのバランスを考える機会になると願います。 

 

 

・他人に迷惑を掛けないのなら旅行でも同居でも自由にすれば良い。 

集団で意思表示をしたくて集団行進を行うにしても、騒がず、道を塞がず、 

塵も出さず、他の人の通行の邪魔をしない様にして欲しい。 

多種多様な人が利用する施設などの場合は、個人毎の判断なんて不可能 

なので、大多数に合わせて対応するしかない。 

行き過ぎた自由行動は、他者への暴力と変わらない。 

1万5千人が多いか少ないかは、東京都に1千万人以上がいて、 

東京ディズニーランドの1日の入場者数が9万人程なので意見が分かれる。 

 

 

・恐らく、ここまで来て何も変わらないということはないでしょう。 

 

問題は、変わった先の社会の全体感をどのように描くかどうかという点に論じる段階に入ったように考えています。 

 

全体の仕組みの中で尊重を強化する以上、社会がよりよくなった世界という物を定量的にも議論していけないと持続可能な社会としてやっていけません。 

本来はそれが擦り合わさってマジョリティにも受容や応援の素地ができてくるように考えています。 

 

 

・パレードの目的がよくわからない。個々に好きなようにすればいいのでは?ただ、多様性を語るなら男性と女性も尊重してほしいです。身体の性別はほぼ男女しかない。特にトイレと風呂は身体基準の男女別にしてほしいです。少数派を尊重するが故に、大多数が我慢して辛い思いをするのは間違っています。 

 

 

・大学生当事者(トランスセクシュアル)です。 

こういうイベントの記事を見るたび辛くなります。当事者の1人として、さもこの人々たちが代表格なように振る舞い当事者全員が特別を望んでいるかのようなラベルを張られるのが辛いです。 

風呂は個人の風呂がいいし、トイレは多目的かなければ身体の性に従ってます。色々な考えを持つ人がいますから、無理に理解をしてとも願いません。ただ自分の自認する性に身体を近しい状態に直しひっそりと生きていたい。それだけなんです。権利をくれとか優しい言葉をかけるべきとか、本当にそうなんでしょうか…。 

お願いだから、代表のような振る舞いはしないで欲しい…。 

 

 

・性の多様性というところではすでに認められているところは多いと思う。 

残るは権利の問題についてだろうがそれも大部分認めるべきである。 

とは言えマジョリティに対して攻撃的な批判などをした場合にはそのことに対して嫌悪感を抱く人も少なからずいると思う。 

認識が足りない人に対して攻撃的すぎるのだと思う。 

穏便にすすめるためには強硬姿勢はやめるべきなのである。 

一部の人の過激な発言や行動をやめさせないと上手くいかないと思います。 

 

 

・多様性があって「自由」であることはいい。 

でも、「奔放」すぎてはいけないと思う。 

 

性的マイノリティの地位向上は個人的に賛成ではある。でも、公共の場にまで踏み込んであれこれ言うのはやめてほしい。 

 

例えばトイレとかもそうだけど、あくまでもそういったところは科学的・生物学的性別で分ける必要があると思う。そこに精神的な性別は入る余地はない。どうしてもと言うのなら、少なくとも性転換手術はしているべきだと思う。何でもかんでもごちゃ混ぜにはできないし、「配慮」や「地位向上」に取り組むことはできても「中心」にはできない。 

 

あと、子供にそういう思想を押し付けすぎるのもやめてほしい。あくまでも選ぶのは子供が将来物事の分別をつけることができるようになってからの話にするべき。「自由」をうたうのであれば、子供の性別もまた本人達の「自由」であるべき。海外…特にアメリカはそう言った点で混乱に陥っている節がある。 

 

 

 

・個人の自由ではあるし権利主張もいいけれど。生物界の本来的な枠組みからははずれていることだけは自覚した方が良いと思う。行き過ぎは種としての滅びの序曲、平和な世の中だからこそ可能な活動。生き残ることそれ自体が困難な状況下では無視というか求められない種類のもの。またその時が来るのも近いかも知れないけれど。どっちも行っても大変かもだけど。 

 

 

・正直な話、子どもを育ててないカップルや独身者は年金や控除が少なくなります、という制度になるんだったら、子育て罰の意識もなくなるし、マイノリティーが結婚しようがどうしようが構わないな。 

支払ってる額が違いすぎるもんなあ… 

で、トイレと風呂は、生物学的な性で統一してほしい。女性が被害を受けやすくなるのは防いでほしい。 

 

 

・以前、婚約者が直前でゲイだとカミングアウトを受けお別れしました。今となっては女性として愛されてなかったと思い返すことがあります。でも、5年一緒にいました。今はなぜ、もっと早くにお互いに自分を大切に出来なかったのだろうと、悔しく悲しくなります。私は貴重な20代をそんな風に過ごし、30代となり子どもを生むリミットが近づいています。 

 

自分を大切にする選択の参考として「自分が感じている孤独」は他の誰かも感じていることだったと「知る、共感できる」意味でのダイバシティであるべきだと思います。 

 

マイノリティだから尊重して!性的趣向をひけらかすようなこうな方が注目されるベントが目立つと本当の意味での苦しみや知るべきことが伝わらないなって思ってしまいます。 

 

 

・とても良い事だと思います。子供達にも色んな人が居るんだよそれが当たり前なんだよと教えています。 

が、、つい先日娘とショッピングモールの女子トイレに入り個室から出たところ、 

明らかに女装をした男の方が鏡に向かって 

お化粧を直していました。 

正直、本当に心から女性なのか本当は中身も男性なのか、、身の危険を覚えかなり恐かったです。 

多目的トイレも隣にあるのでそちらに入れば良いのではないかなと、、思いました。 

差別はしません、区別はします。 

 

 

・誰かを好きになることに性別を気にする必要はないと思うし、自由に好きになってほしいと思う。でも、心の性と身体の性はいい加減区別してほしい。トイレ、銭湯、スポーツと心の性を引きずる必要がどこにあるのかな。多様性と言うならマジョリティの意見も聞いてほしい。 

 

 

・活動は自由ですが、レインボーカラーをシンボルにするのはやめてほしい 

 

レインボーカラーは皆のものなので、イメージをLGBTQだけのものにしてほしくないし、虹を使用する事で活動に反対する人からの嫌がらせに合う危険性がある 

 

LGBTQの方が自由を求めるなら、レインボーカラーも自由にしてやってほしい 

 

 

・人類はこれまで、二元的にオスメスを区別しようとしてきたが、最近の遺伝子レベルの研究では自然界ではそうしたことは極めて稀で、完全なオスやメスというのは稀でオスよりのメスやその逆だったり、どの程度の比率かもマチマチで、人類もその例外ではないことが明らかになってきています。なので、LGBTQなどの性の多様性はあって当然だと思いますし、存在する以上はマイノリティとして尊重されても良いと思います。 

 でも、基本は伝統的男女とそれらしさで惹かれ合い種として存続していこうとすることで社会基盤の大枠は維持されていくものだというのは間違いないと思います。最近は、多様性尊重の反動で伝統的、生物的性差が逆に肩身を狭くしている印象を受けます。 

 

 

・確かにマイノリティの方々にとっては生きづらさを感じる社会の現状かもしれないが、彼等の主張が全て通ってしまうというか、ビタビタに合わせた社会の姿というのは、そっちの方が違和感が強くなるし、実際問題実現不可能ではないかと。今、私たち人類が向き合わなければならない課題は、「受け入れる心をつくる」という努力だと、昨今の世情全体から感じ取ります。みんな一律で一緒にすれば良いのではなく、人は違うから美しいのだという感性ですよね。金子みすゞに学べます。 

 

 

・能登半島の被災地支援のボランティアへ 

応募した際、性別の選択に男、女、そして 

「その他」とありました。 

ボランティアが泊まる施設は廃校の体育館でしたが 

男女に分かれていましたが、 

その他の性別の人の場所があったようには 

見えません。そもそもスペースが限られていて 

性的マイノリティの人専用の場所の確保が 

無理だと思いました。 

多様性は確かに認めてあげたいけど 

細分化したらその分だけ準備する側は 

大変な労力になるでしょう。 

果たして緊急時にも権利を主張して 

それに対応出来るのか? 

要求は容易いけどやる方は大変だと思います。 

 

 

・同性婚が認められると私が友達を恋人と言って結婚し夫婦であることに対する税制優遇を受けられるのかな? 

 

同性婚を認めるなら異性婚による夫婦の税制優遇も撤廃しないと悪用されるのでは? 

 

同性婚を認めるなら婚姻による税や社会保障の優遇を撤廃してその財源を子育て支援に充てれば良いんじゃないかな? 

 

 

 

・同性婚が認められると私が友達を恋人と言って結婚し夫婦であることに対する税制優遇を受けられるのかな? 

 

同性婚を認めるなら異性婚による夫婦の税制優遇も撤廃しないと悪用されるのでは? 

 

同性婚を認めるなら婚姻による税や社会保障の優遇を撤廃してその財源を子育て支援に充てれば良いんじゃないかな? 

 

 

・多様性など求め知ってもらえたり意識してもらうなら賛同できない方も引き続き同じ立場になると思う。価値観も人それぞれで発言なども気にしないといけないから 

いちいち気にかけてしまう私のような人には生きづらさを余計に感じて人と接するのが怖くなる。 

私は不細工だしスタイルも悪いから 

身なりや人の動きなど気を遣ってても 

不快だと思われてるだろうなと思うし 

キリがない。 

あと既存のレインボーカラーでなく 

オリジナルデザインで活動してほしい 

なんにせよ相手に押し付けることなく 

色んな人がいるんだということは 

常に頭にはある。 

だからといってどう動いたらいいかは 

わからないし 

個人の性格や思いやりなどが不快なものでなければいいと思う。 

 

 

・生き物というのは人間に限らず子孫を増やしていかなければいけない。性的嗜好の多様性を否定はしませんが、肯定もしかねるのは生き物としての本能を無視してるのではと思ってしまうからです。それは食べるということも同様です。動物を殺すのは残酷なようですけど、それも人間に限らず生きとし生けるものすべてのものが背負った宿命ですよ。 

 

 

・ちょっと話ズレるけど、 

私は今まで何人かとお付き合いをしたことはありますが、 

自分にはあまり恋愛の感情がないんだとわかりました。 

人への愛情はあります。 

ただ、恋の感情はほぼないので、 

人を好きになることはありません。 

今後も言い寄られたらうれしくて付き合うことはあるかもしれないけど、 

自分から誰かを好きになることはないでしょう。 

 

で、異性でも同性でも、 

人に訴えかけたいほど好きな人がいるって 

すごく羨ましいなと思いました。 

 

 

・表現の自由は大前提。このパレードにも否定的な感情はゼロ。 

 

その上で、政府の方針に反するデモやパレードと報道の取り上げ方が違うところが気になって仕方ない。 

 

日本のマスコミにも報道の自由はあるけど、ジャーナリズムを強く待って欲しい。 

 

 

・多様性、大事ですね。ただ同時に少数派はあくまでも少数派である、という事実も忘れてはなりません。過剰な要求を押し通そうする行為は余計に分断を招くので、お互いを尊重し、譲歩しながら歩み寄れるといいですね。最近はおそらくLGBTの方々の中でもさらに少数派であろう人達の声が大き過ぎて、どうにも受け入れ難いことも出てきています。多様性をただのファッション程度にしか捉えてないのに、声だけは大きい偽善めいた人達もチラホラ。当事者の方々が本当に望んでいる社会というのをもっと知りたい。理想や空想ではなく、今ある法律や制度を具体的にどう変えていきたいのか、というのを知りたい。デモだけでは見えないんだよね。 

 

 

・色んな人の意見を聞き入れるということは色んな人の常識を受け入れるということ。 

要はその人の価値観に合わせなきゃいけない。そんなこと出来るのか? 

この国の基準が一部のマイノリティのせいでおかしくなってきている。 

腫れ物に触らない精神がだんだんひどくなってきているし、言いたいことも言えなくなってきているし、いいかげんこの状態から脱しなきゃいけない。 

 

他人を尊重する、ただそれだけでいいじゃないか! 

 

 

・性志向の多様性は否定しない。誰も否定する人はいないと思うけれど、身体的な性については多様性なんて無い。身体的には男と女しかない。また、男性も女性も区別なく一緒という勘違いを起こさせるのもやめてほしい。 

法律上の婚姻にこだわるから反発が起きる。 

男女の婚姻を憲法も前提にしている。 

男女の事実婚同様に権利が主張できる、いわゆるパートナーシップ制度を確立すれば良いのではないのか。 

法律上妥当なことと、社会上妥当なことと区別すべき。 

 

 

・日本国憲法第十三条にあるとおり、「公共の福祉に反しない範囲」で、自由及び幸福追求権を行使するのは一向に問題ないと思います。 

生物学的に入場がNGなトイレや公共浴場に入るなどの「公共の福祉に反してでも」自分の自由を求めるのは間違っています。それでも自分の自由を行使したいのであれば、日本では憲法違反になるので他の国へ行く必要があると思います。 

 

 

・男女の結婚同様の権利を与えてしまう事ってそんなに難しいことなのでしょうか。認めたく無い何かが政治家の中にあるのか。 

政治家全員にその問題に対してどういう思いがあるのかをそれぞれにアンケートをとってそれを閲覧できることができれば応援の仕方も変わってくる。 

あとは民意を反映して議論してほしい議題は、国民から定義できる制度が必要ではないかと思います。国民の代表とか言ってるがあの人達は国民と感覚がかけ離れている事が多すぎる。 

根本から政治を変えていく必要があるのではないでしょうか。 

 

 

 

・各人の生き方は各人で責任持てば良いと思いますが前にテレビの特集かな。 

若い女性どうしだったかな?親が分からない赤ちゃんを貰い受け、この子を育てれば生んだも同じです。と言ってました。 その子も少年期から思春期へと育ってくれることと思います。しかし、同性同士で子は産まれないと知った時、育ての親が親身に説明して理解してくれたらその子も幸せな人生を歩んでくれると思いますが逆に自分は誰から生まれたのと考えればとても悲運を知り、次にこの育ての親は何なのと考えれば二重の苦になる可能性があります。  

個人が好きな事して生きる事に何も問題無いと思いますが責任は持つべきです。 

 

 

・少数マイノリティの法的整備が遅れているのは事実で主張するのは 

自由だが、女子校制度も廃止すべきだとか、父親、母親の呼称も親1 

親2に変更するなど、一体どこまで社会構造を解体すれば気が済むの 

でしょうかね。 

今だけ、自分だけのスタンスは他人(マジョリティ)を排除する事 

にも繋がっている。 

共存共栄とは主義主張ではなくお互いを認め助け合うという精神が 

あって成り立つものでしょう。 

 

 

・94歳のゲイと言う映画を観ました。とても考えさせられる映画でした。私自身は違いますが人と何かが違うと言うだけで阻害されてしまうのはLGBTだけで無くどこにでも存在する事。社会が変わって来ていると言ってもまだまだ弱い立場の人は多い。主張し過ぎることは良くないと言う人もいるが、主張しないと何も変わって行かない。勇気を持って行動している人たちは凄いと思う。 

 

 

・アメリカとかは性的マイノリティへの差別で傷害・殺人事件とかがあるから自衛としての権利主張や集団化による勢力増強はわかるんだけど、日本でそんなに権利主張する必要あるのかなと思う。 

 

あまり戦ったり目立ったりしようとせず、ひっそり活動する方がいいんじゃないかな。 

 

 

・権利の向上や社会理解を広めるためのこうした行進により、またこうして記事になることにより同性婚がより一般的に認知されて行けば良いと思います。参加企業も経済同友会が参加して、参加数も去年の2倍になったことも、前向きに捉えたいです。 

先月の高裁では、違憲との判決をされ同性婚を認めていないことは合理的な根拠を欠く差別的な扱いだとされ、同性婚を認めることを早急に議論すべきだと国に対して促しているわけです。 

これに、国も呼応すべきだと思います。国際的にも認められている国は増えていますし、差別的は現状をそのままにして良いのかが問われていると思います。 

 

 

・生まれ持ったものが性同一性であることは本人だって選んだわけでもないし責められることではないし差別されるべきことでもないと思う。 

その一方で、多様な性を認めて世の中に同性愛の生活を認めてと言うのはまた別な意味で難しい面はあると思う。 

人間と言うより生物の根本は両方の性が存在してはじめて種の保存が可能となること。 

国はなかなか認めたくないだろうな。 

ただでさえ少子化だと今になって焦りまくってるわけだから。 

 

 

・日本は違うかもしれないですが、オーストラリアのシドニーでもありますが普通にガイドブックにパレードのことが紹介されているから社会的な意味合いよりもお祭りの意味合いが強いものだと思っていました。 

 

 

・全てに対して急ぎ過ぎ。今ある制度をまずは受け入れて、そこからの改善じゃないかな⁇ 

うちは男同士のカップルです。パートナーシップ制度より、養子縁組を選びました。 

結婚式も挙げたし、今はとりあえず、不自由はない。 

むしろ、パートナーシップ制度は、病院でもなんでも、民間の判断に委ねる部分が多いので、いざとなったらどうなるか心配。その点、養子縁組なら完全に家族。 

そこの心配がないのは大きい。 

早急に法改正すれば、抜け道狙う奴らが出てきて、世間的には、そら見たことか。だからゲイは。とか言われる恐れがある。 

ゆっくり時間かけるしかない。 

そもそも大昔のゲイの方々は、誰にも言えず暮らしてきた。今はまだいい時代じゃないのかな⁇ 

結局はゲイ全体より、今の自分を考え過ぎてない⁇自分たちが良ければになってない⁇ 

それが心配。 

 

 

・多様性を求めるなら男と女、以外を作るべきですね。 

公共のトイレや入浴施設も男女以外を設けるよう声を上げてはどうでしょうか? 

ハッキリ言って男と女以外の「何か」が平気で利用してると思うとゾッとします。 

将来的にはスポーツなども男女以外の「何か」を作らないと、大事な記録などが意味を無くしてしまいます。 

 

 

・アメリカとか欧州はあからさまなLGBTQの方々への差別があったからこういう運動ができた。 

それはわかります。 

ただ日本は「結婚ができない」以外は昔から寛容な国だと思います。LGBTQという言葉が認知される前から「おねぇ」キャラのタレントさんが受け入れられ、TVに欠かせない存在になっていたし、あからさまな差別は当事者ですが感じたことはないです。 

そもそもこういった運動をしなくても日本はかなり生きやすい国だと思います。 

「認めて下さい」なんて言わなくても、ストレートの方々は特に差別感情なんて持ってないです。どうとも思ってないんで。一部の過激派LGBTQが騒いで、逆に生きづらくなってるLGBTQの人間がいるのも考慮してほしい。 

 

 

 

・2000年頃、まだレズビアン・ゲイパレードと言う名前だった頃、何回か参加しました 

ボランティアもやった事があります 

正式に性同一性障害者が参加するようになって、様々な人が参加する形態になりつつあった頃ですかね 

私達は当時、まだ性別を変更していない性同一性障害者同士のカップルでした 変更出来なかった時期でした 

それから二〇年ほど以上が経って 

性別は変更できる様になり、私達はお互い変更して婚姻届を出し、そろそろ結婚20年 

私は夫になりました 

時代は変わっていきます 

これからも変わっていくんでしょうね 

参加者は数千人だった気がします 

今はあるのかわからないけれど、絶対にマスコミさんなんかが撮影しない、撮影禁止ブロックがあって、そこを歩いたっけなあ 

 

 

・多様性を受け入れましょうという時代だと思うけど派手に押し付けになる様だと世の中に受け入れ難い状況になるんでは。マジョリティーもマイノリティーもお互いを重んじるバランスが大事だと思います。 

 

 

・私は当事者ですが、皆が皆こういうイベントに出て多様性だの理解しろだの言ってるわけではないのはわかってほしいです。 

ごく一部です。 

SNSで友達らとの集合写真をアップし、友達が多いのをアピールしてるだけの人も多いです。 

むしろあの露出の多い服装を着て「理解してほしい」ってやめてほしいなと思っている人が大半です。 

近年は「LGBTQのことを理解できない=悪」となっていることにも疑問を感じます。 

LGBTQのことを理解しなくていいのですが、ただ周りや親しい人にこういうマイノリティがあることがわかってもそっとしておいてほしいです。 

普段どおりに接してもらえたらそれだけで十分です。 

 

 

・私個人はマイノリティーをあまり認めていませんが、民主的に決まった社会的に認める方向の法律やルールには従います 

私の気持ちは私の自由だからそれは認めてもらわないと 

 

ただこれって今の状況が許してる話で、これが主流になって極端な話マイノリティーが9割とかになったら社会がたち行かなくなるのでその時はまた変わるだろうね 

 

 

・膨大な情報が行き交う昨今、伝統的・保守的な価値観は忌避される事が多い。しかし、そのような価値観がなぜ数百年、数千年続いてきたかを考えてみるといい。古い価値観には、少なくともその価値観の下で人類が滅びずに済んだという保障がある。その全く逆を行く新しい価値観を採り入れた先にどのような未来が待っているのだろうか。 

 

 

・パレードやデモというのは細かい内容を説明する場ではないのだろうけど、「権利の向上」って具体的にどういうことなのだろう。 

何となくスローガンや流行り言葉ばかりが先行していて、具体的な困り事が何でそれをどうしたいのかというのがなかなかメディア等から伝わってこない。 

 

もちろん詳しく調べれば分かるのだろうが、自分のようにそこまで興味のない人には伝わってこない。 

 

同性婚一つ取ってみても、婚姻とは役所に婚姻届を出すという行為に過ぎないのであって、それが認められないことでどのように困るのかが伝わってこない。 

同性愛者同士が同棲することと男女が婚姻することにどのような法的権利の差があって、どのように困るのかが分からない。 

 

具体的にこれが困りますというのが伝わってくれば、それは同性愛者が同棲する場合でも認められるべきだとかそうではないとか、もっと具体的な話ができるのではないか。 

 

 

・マイノリティは別に良いと思う。ただ、その価値観を押し付けてこないでほしい。あなたはあなた、君は君で良いじゃない…逆に一緒にする方が不自然な感じがするし、極論的かもしれないが異性愛者が同性愛者を理解しないのと同じく、同性愛者の方々が異性愛を理解しているようには思えない。お互いの違いを認め合う形が良い。しかも、1万5千人行列で大行進している時点でマイノリティでもないですしね。 

 

 

・法案強要した米国より余程、日本の方が無駄に叩いたりせずに個性を許容出来る国だと思います。おかしな新法で女性が守られず犠牲になり、新たな社会問題を生む現状の解決には積極的にご理解とご協力をお願いしたいですね。 

 

 

・日本では少子高齢化が進んで、今は子供を増やさなきゃならない時代。「少子化」という点で見れば同性婚が増えるということは未婚者が増えるのも変わらず、なんの改善にもならない。 

当然性的少数者の意見を蔑ろにして良いワケではないけど、何事にも順序というものがあるし、日本には日本の事情があるワケだし、「国」という大きな共同生活をしているのだからまずは現状のルールの中で生活していただかないとね。 

 

 

・ちょうど現在は衆院の補選をやってます 

そのうち国政選挙も間違いなくあります 

主張を取り入れてくれそうな人に投票しましょう 

LGBTの方々が少数派のように 

昭和時代にはおそらく改憲派の方々も少数派だったのでしょう 

それが今では全社の世論調査で改憲に賛成が過半数です 

「両性の合意」の漢字一文字だけ変えれば法律を変えることも容易なはずなので頑張りましょう 

 

 

 

・心の性は多様であることが分かってきたので、結婚に関しては同性婚を認めてもいいと思いますが、その場合は血のつながった子どもはできないので、戸籍や相続等に関しては新しい法の整備が必要に思います。 

 

 

・マジョリティかマイノリティかでなく、権利を盾に甘えない自立した生き方を出来るなら応援します。 

私はノーマルですが、ノーマルである我らはマジョリティとか言ってる奴らは放っといても良い。自分の為に自分の道を切り開くのは自分しかいないんだし、堂々と頑張って下さい。 

 

 

・LGATQ主張するのは個人の問題ですからご自由に 

因みにもっとも多いマイノリティは左利き 

私もそうですが右利き社会に馴染んでます。 

マイノリティとは少数派という意味 

自販機・改札・ハサミまで 

基本右利き社会に合わせてます。 

郷にいれば…と言われるように 

主張も大事ですが、協調も大切です。 

 

 

・自然界から生物は進化して男女に分かれて、子孫を残してきた。 

それがスタンダードだ。 

人間も然り。 

 

高度な文明を持ち精神の発達をしてきても、ある種のマイノリティは出てくるし、色んなイレギュラーは自然界でも起こりうる。 

 

だが、それを持って多数派を侵害するのは違う。 

欧米や中東では宗教的な縛りが強く影響するが、日本では公共の福祉や公序良俗に反しない限り自由だ。 

 

他方、権利は多数派スタンダードの枠組みで作られるのは当たり前であり、イレギュラーである少数派の枠組みを広げれば多数派に影響を及ぼす。 

 

簡単に言えば、あらゆる偽装も出来る。 

 

従って法律上の権利は、ある程度縛るしかない。 

現実を見ればそれは致し方ない事だと理解するべき。 

 

 

・セクシュアルマイノリティの方に対して理解すれば、彼らは満足してくれるのかな?最終的になにを求めてるのでしょうか。認知してもうこと、受け入れてもらうとかならいいけど、お風呂やトイレまでとなるとそれは違うよね。彼らはいいけど、逆に私たちが我慢しないといけないことになるよね。子どもいる人や女性なんて、怖くてたまらない。犯罪だって増える。 

トイレはトイレの個室に入ればよくない?お風呂は貸し切り風呂に入るか、水着で入る温泉に入ればよくない?日本は欧米とは違って温泉は水着じゃなくて、裸だからね。 

その土地の文化、思想、歴史などと上手くやっていく必要がある。なんでも欧米では~みたいなのは間違ってる。 

 

 

・多様性と言う言葉は暴力的に日常に入ってくる。 

男同士、女同士、結婚しても良いと思うが基本的な男女の違いはあたりまえにある。結婚もよい。しかし、多様性とはなんでもありの言葉にすり変わりつつある。あらゆる事象を多様性で人括りにしないでほしい。 

アメリカの仕掛けた罠にはまり多様性と言う言葉の危険性を考えてほしい。 

 

 

・「自分は心は男性なのに女性用トイレに入れさせられる」といって人権侵害だと主張する方がいる。 

多目的トイレをLGBTQに配慮したトイレとして使用するのも一つの手だけど、カミングアウトやらアウティングやらでこれもまた揉めてる。 

多様性を認めろは分かったけど、LGBTの中でも更にいろんな意見を持ってる方が多いから事が進まないのではないだろうか? 

 

 

・法律は悪用を防ぐためにも変えるのはなかなかに時間がかかるもので、持続する根強い運動が大切だと思う 

ただ、少数派だからこそ敵の敵は味方で傍若無人で身勝手なものまで囲うのではなく、団体の中でよく考え自浄を働かせ続けなければ世の中は動いてくれないのではないかと、昨今のSNS等を見るに危ぶんでしまう 

 

 

・外国の街歩きの番組で、アメリカ(カルフォルニアだったか?)でたまたま出会った女装した男性の友人であるゲイカップルの誕生日祝いに参加するというのがありました。自宅に向かうと、参加者は全て男性でした。妙に納得しました。 

このような時はみんなで参加して虹色かもしれませんが、実際は単色。多様性と言いながら、結局は自分のことしか考えてないのではないでしょうか。 

 

 

・生物学的には、男性と女性だけが絶対唯一です。生物の起源から現在に至るまで中性という性は存在しません。デモを行うのは自由ですが、何でもかんでも自由を主張することには違和感があります。少子化が進む最中、国力が低下する最中、大きな違和感を感じました。 

 

 

 

・別に他人に迷惑をかけないなら好きにしたらいいと思うけど 

子供が欲しくなって養子を引き取った後 

その子供の性自認が心と体が一致してることに嫉妬したり 

親が同姓であることで子供の性自認が変わったりすることへの検証とか行っているのだろうか? 

子供への影響が全くないなら不幸な子供が救われるのでいいと思うが 

 

 

・結婚や資産相続などの法律は整えた方が良いとは思う。 

温泉などの男女区別は今のままが良い。 

性的嗜好は尊重すべきと思うが、 

アスリートの記録みたいに生物学的な区別が必要なものは今まで通りが良い。 

今の政治だと全て変更しそうで怖い。 

権利と区別すべきものを判断できるかな。 

 

 

・私は女性にしては声がかなり低く、子供の頃から声をマネをされたりバカにされたりすることが多かった。 

「男みたい」と言われ、男の子と間違われたことも一度や二度ではない。 

大人になって社会に出ても、大の大人がいちいちそれを指摘して、「男みたいな声。もっと女性らしい声を出せないの」と本人の努力ではどうにもならないことを言ってくるのだ。 

 

世の中には「男性はこう、女性はこうあるべきだ」という決めつけがどうしても存在する。 

そんな人たちにしてみたら、私の声は"女性の声"としての範疇を超えている異常なものなのだろう。 

 

人間のそういう性に対しての感性はどうしようもないものなのだと、私は諦めている。 

性的マイノリティが納得するような受け入れを世の中が出来るようになることはないと思う。 

 

 

・運動支持者は先進国ばかり追いかけているようだけど、残念ながら先進国は衰退の一途をたどっており世界ではマイノリティになりつつある。 

日本が性的多様性を容認すればするほど、世界のマジョリティからは奇異で異端な社会だと思われる危険性が高くなる。 

沈めかけた船にわざわざ乗り込む必要はない。世界の主流として今後も生き残るためにも、安易に権利拡大なんて妥協はしてほしくない。 

 

 

・これも欧州のビジネスですからね。 

EVなどと同様、やってみてある程度お金が儲かれば、仕組みが成り立たないとか言い出して、一気に廃れます。 

 

日本はこういうよくわからない文化に一々賛同しないでほしいです。 

私には付き合いで乗ってやっているように見えます。 

 

現実は、ただ合理性が失われているだけです。 

ただ、これで集票できる人たちが何人かいるのでしょう。 

全体の票の何十万分の一かわかりませんが。 

 

そもそもこれらの人たちはそっとしておいてほしいとのことでした。 

人にアピールして受け入れられたいという気持ちはないそうです。 

異常であることを自覚しつつ、ひっそりと生きたいそうです。 

 

 

・粗暴な性質の人が気持ちの赴くままに生きては困るように、才能やセンスがないのに画家や音楽家などにはなれないように、誰もが多少は己の気持ちに制約をかけ我慢をして生きるもの。自分たちだけが我慢を強いられているとは思わないで欲しい。多様性を悪用し女湯に紛れ込む男性が現れたりする危険を考えたら、どこか線引きは必要であることを理解してもらえたらと思う。多勢の安全や利益を守ることは決して悪いことではないはずだ。 

 

 

・多様性を口実にして良からぬことを考え、性的な問題を起こす人も一部混じっているように思えます。 

多様性と言われると正当な意見のように思ってしまうかもしれないが、何でも新しい考え方が良いとは限らない。 

この問題は時間をかけて方向性を決めないと、後々世の中が混乱する原因になっても困ります。よくよく考えないと。 

 

 

・この問題って、極端な人が混じってくるからヤヤコシイことになるのよね。 

常識的な範囲ですら、差別的な扱いをされてしまうことには同情するし 

是正しないといけないと思うんだけど 

何でもかんでも認められるべき、というと違うって話になってしまう。 

この行進だって、「極端なこと言いませんよ」というメッセージが伝わると 

より理解が深まり、社会が許容していくことになると思うのですが・・・ 

 

 

・こんなに大勢の方がパレードしていたんだ、と驚くとともに。多様性の時代だから増加したわけではなく。いつの時代でも一定数、多様な人がいて今の時代だから表立って発信できるようになったのだろうな。。とも感じました。 

 

少子化を問題としている行政の制度的には、同性間(子を授からない)関係性はタブー視されるかもしれない。 

 

男女が結婚して子を持たない場合もあるわけで。。子孫を残さないから社会的に認めない。なんていうことはなくなってほしい。 

 

海外のように養子を育ててママが2人。パパが2人。など本当の意味で社会が発展してほしい。 

男女から生まれた子が施設にいき、養子として迎えられることもあるわけだから。いろんな意味で優しい社会になってほしい 

 

 

・性自認がどちらでもない者です。 

LGBTQなど細かく分類するとたくさんありますが、極論として他者に迷惑をかけなければ問題ないと思います。 

考えの押し付けや我を押し通そうとするのは性の多様性だけでなく全てのことでNGです。 

互いの歩み寄りと尊重が何より大事。 

多様性や個性を認めるのは素晴らしいと思う反面、公共性の高いもので何でもかんでも譲れ認めろは違います。 

全ての個性が快適に過ごせる世界になればいいなと思いますが、それにはお互いまだまだ努力が必要かと思います。 

まずは自分も思いやりを持って毎日を過ごしていこうかな。 

 

 

 

 
 

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