( 166704 )  2024/05/04 01:20:12  
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(※写真はイメージです/PIXTA) 

 

「安定を求めて正規雇用」という考え方は、ひと昔前の話になりつつあります。不確実性の時代である昨今は、「あえて非正規雇用」を選ぶ人も増えています。自由な働き方に、プライベートも充実……理想を叶える若者たち。一方で、異なる世代の考え方からは、理解しがたいものがあるようです。本記事では慶應大学卒業後、一度は大企業に就職するも、現在は非正規雇用者として働く斉藤彩さん(仮名/25歳)へのインタビューから日本の非正規雇用の実態を紐解きます。また、インタビュー内容をもとに、1級ファイナンシャル・プランニング技能士の川淵ゆかり氏が非正規雇用者の社会保障制度について解説を加えます。 

 

【早見表】大卒男性「フリーター→正社員になる年齢」で見る将来の年金額…いつ正社員になれば「まだ間に合う?」 

 

インタビューにご協力いただいた斉藤彩さん(仮名) 

 

転職や独立希望者向けのサイトやコンサルタント企業が盛んとなり、せっかく有名企業に正社員として就職できても、新たな道を求めて転職したり独立したりする人が増えています。なかには、若者が自由を求めて自らの考えで、あえて非正規雇用者として働くケースも。 

 

今回は、慶應大学卒という高い学歴を持ちながらも、あえて非正規という働き方を選択している25歳の女性(斉藤彩さん:仮名)に、働き方やお金に対する価値観についてお話を伺いました。 

 

慶應大学を卒業後、一度は総合職として大手企業へ入社した斉藤さんは、それまでの立場を手放し、2年で退社しています。 

 

Q なぜ2年で辞めたのですか? 

 

正社員として働いていたころは、毎日残業で家に帰るとだいたい21時~22時。疲れ果てて、コンビニで買ったご飯を食べて、お風呂に入ったらあとは寝るだけ、そんな生活が続きました。 

 

土日も次の週のタスクや取引先からの連絡を気にして、だんだん外に出るのも億劫になってきて……ひどいと1日中寝て終わってしまう。自分の時間がまったく持てないような日々のなかで、いくら大企業でも「私はこの仕事でキャリアを積んでいけるのだろうか?」と考えるようになりました。 

 

上司の様子をみたり、先輩からの話を聞いたりして、将来はこのくらいの仕事量でこのくらいの給料か、となんとなくの見通しがついたことも、自分の価値観とのギャップから、企業という枠の中で働くことに違和感を覚えました。 

 

組織に対して後ろ向きな考え方しかできなくなり、だんだんと体調も悪くなってきて、勤め続けることはできない状態となったんです。 

 

Q ご両親は反対しませんでしたか? 

 

以前は会社の社宅に住んでいたのですが、ときどき食料品などを持ってきてくれて私の様子を見ていた母親は理解してくれました。「辞めるなんてもったいない」とは言われました。内定をもらったことを報告したときは本当に喜んでくれたので、母がそう思うのも当然だとは思いましたが。 

 

父親は「2年で耐えられないようなら、この先なにをやっても続けられない」と怒っていましたが、結局、母があいだに入って説得してくれました。 

 

体調が戻るまでは定時で帰宅できるアルバイトで仕事をしながら就職活動をして、きちんと正社員として就職することを約束させられましたが、なんとか辞めることを納得してもらいました。 

 

Q 現在はどのように暮らしていますか? 

 

ある有名企業の非正規雇用者として働いています。当然、収入も大幅に下がって現在の年収は200万円ほど。社宅を出てからは実家に戻って、両親と暮らしています。 

 

非正規として働いている時間以外は、SNSの副業を始めました。私、SNSがとても好きなんです。 

 

投稿を見ることも好きですが……。大学生のころに、知り合いの美容院のお店の様子や、カット後のお客さんの髪型をお店のインスタにあげたら、お客さんが増えたんです。店長がとても喜んでくれて、すごく嬉しかった。ちょっとした成功体験っていうんですかね。SNSを好きな人は私以外にもたくさんいて、非常に需要が高いと感じますし、これが仕事にできたらいいなと、思うようになりました。 

 

いまはきちんと定時に帰れますから、ネットでお客さんを集めて、SNSを活かしたお店の紹介などをおこなっています。私にとっては、会社勤めよりもこちらのほうがずっとやりがいを感じられます。ゆくゆくは本業にしていきたいです。 

 

 

Q SNSの仕事による収入だけで食べていけるでしょうか? 

 

もちろん上手くいくことばかりではありません。 

 

副業を始めたばかりのころは、「これをテーマに書いてみて」と指示されたものに対して自分がライティングをし、その成果物に対して1文字いくらです、と報酬を決められる形式のお仕事をいくつか引き受けました。これがシビアで非常にしんどかったですね。 

 

そのころはSNSの仕事とマッチできるアプリに登録していましたが、正直あまりいい案件のお仕事には出会えませんでした。大学が慶應ですし、大手にいたし、結構見栄えのいい経歴かと思っていたのですが、実際はそうでもなかったんです。 

 

現在では、高校や大学時代に培ったコネクションで仕事を紹介してもらうことが多いです。 

 

私は、関りを持った人とは連絡を途絶えさせないタイプで、節目節目にお世話になった方には都度連絡をするようにしています。会社を辞めました、とか、こういう仕事を始めました、とか。そうしているうちに就活のインターンで出会った方や、仲のいい友人と話をしているなかで仕事に繋がって……みたいなパターンでお仕事の数が増えていきました。 

 

いまはホームページやLP(ランディングページ)の制作も学んでサービスの幅を広げています。 

 

実際、売り上げもいまの仕事の収入を上回る月も出るくらい、上がってきました。会社員の場合、年収が上がるまでに時間がかかりますよね。若いときに体験しておきたいことがたくさんあるのに、お金と時間がそれを許してくれない。でもいまは、時間があれば、自分のスキルを上げるための勉強もできますし、挑戦したいことをすぐに試してみることもできます。頑張った分が返ってくる、モチベーションにダイレクトに繋がっています。 

 

それに、会社員時代は人間関係も辛いことが多かったです。いまは組織にどっぷり浸かる形ではなく、一人でやっている分、孤独を感じることも確かに多いです。ですが、なにかが起きたとき、前まではトラブルの渦中で胃を痛めていましたが、いまはいい意味で自分には関係ないと割り切れるようになりました。私にとっては、こちらのほうがストレスは少ないです。 

 

頑張らなければ食べていけるほど稼げるようにはならないので、土日や夜中まで仕事をすることもあって、結果として会社員時代よりも働いている気もします。ですが、労働時間が決まっている会社員とは違って何時からどのタイミングで働いてもいいので、自分の時間の使い方次第で、会いたい人に会いに行けたり、行きたい場所に行けたりできるようになりました。こうした点でも、非正規になってよかったと思っています。 

 

Q 目標はありますか? 

 

知り合いの先輩が、ご夫婦で世界を回って旅をしています。お2人はSNSで収入を得ながら時間や場所に縛られない自由な生活をしています。収入はSNSだけではないでしょうが、羨ましいです。 

 

SNSで海外の紹介リールなどを見ることが好きですし、もともと海外を始めとした行ったことがない場所への興味が強いです。私もいつかは仕事をしながら海外を回ってみたいと思っています。スマホとネット環境さえあれば、場所に縛られずに働ける、そんな生き方に強い憧れを持っています。 

 

 

[図表1]正規雇用労働者と非正規雇用労働者の推移 出所:総務省「労働力調査」 

 

[図表2]非正規雇用労働者の推移(年齢階級別) 出所:総務省「労働力調査」 

 

[図表3]不本意非正規雇用の状況 出所:総務省「労働力調査」 

 

総務省『労働力調査 2023年(令和5年)平均結果』から、非正規雇用者の現状をみていきましょう。 

 

同調査によると、2023年の雇用者は6,076万人。前年比で22万人増えています。そのうち役員を除く正社員は3,615万人で前年比18万人増、非正規社員は2,124万人で前年比23万人増という結果となっています(図表1)。 

 

非正規雇用の年齢別の推移は図表2のとおりですが、図表3をみると、正社員としての仕事がなくて非正規雇用で働いている人(不本意非正規雇用)の割合は年々減少傾向となっていることがわかります。2023年における不本意非正規雇用の割合は、非正規雇用労働者全体の9.6%で、10年前の2013年と比較するとおよそ半数近く減っています。 

 

つまり、自ら非正規雇用者でいることを選んでいる人が増加しているのです。 

 

さらに、非正規雇用でいる理由として多いものを順番に並べると、 

 

・「自分の都合のよい時間で働きたいから」34.7% 

・「家計の補助・学費等を得たいから」18.3% 

・「家事・育児・介護等と両立しやすいから」11.2% 

 

という結果が出ています。 

 

10年前の2013年と比較すると「自分の都合のよい時間で働きたいから」という割合は10.5%も増えているのです。つまり、この10年間で、「仕方なく非正規社員でいる人」は大きく減り、一方で「あえて非正規社員でいる人」は大幅に増加していることがわかります。 

 

特に増加幅が多いのがちょうど斉藤さんと同じ年代の20代。なかでも、20代前半では18.0%増、20代後半では11.5%増となっています。 

 

非正規になってよかった、と言う斉藤さん。ご自身なりに将来のことも考えているようです。 

 

一方で、人生の先輩であるご両親はどう思っているのでしょうか? 

 

Q 再就職を前提にいまは実家暮らしとのことですが… 

 

会社を辞めてそろそろ1年になります。実家に戻って3ヵ月も過ぎたころから「いつ、就職活動を始めるのか?」とうるさく言われるようになりました。 

 

最近は「結婚でもするか?」と、父の部下の写真まで見せられました(笑)。私はもちろん、もう正社員として就職するつもりはないし、まだまだ結婚するつもりもありません。 

 

売り上げが安定してくれば、家も出るつもりです。ですが現状、金銭的に一人暮らしは難しく、海外に出るためにはまとまったお金も用意しておきたいので、厳しいところです。 

 

実は先日、両親とひと悶着ありました。 

 

私は普段、スマホで仕事を探したり依頼を待っていたりします。ですが、両親から見ると、スマホで遊んでいるように見えるみたいです。動画を見たり、ゲームでもしていたりするように映るんでしょう。 

 

父親から「就職活動もしないし、なにを考えているんだ。そうやって毎日ダラダラ生きていくのか!」と怒鳴られました。 

 

父の価値観的に正直理解されるとは思っていなかったので、話してこなかったのですが、やっぱり向き合わなければと思って、今後について思っていることを話してみました。 

 

スキルを上げるために勉強をしていること、ちゃんと副業で売り上げも上がってきていること、そのうち独立して一人でやっていきたいこと……。 

 

Q お父様のご反応は? 

 

しばらく無言でした。後日、諭すように言われたんです。 

 

絶対にやめておいたほうがいい。独立なんてどれだけ厳しいと思っているのか。前の会社のようなところなら、そんな無茶な働き方をあえて選ばなくても安定した給料をもらえる。不安定でなんの保障もない生き方をさせるために、大金を出して奨学金も負わせずに私立の大学に行かせたわけじゃない。もっと地に足を着けて生きるべきだ、と。 

 

母親からも、非正規だっていつまで働けるかわからないんでしょ? いまのうちにちゃんと正社員で働くか、お嫁にいくか、しっかり考えないと、と言われました。 

 

大企業にいても、結婚しても将来のことなんてわからないと思います。でも、両親に理解されないこともしょうがないです。実際いまは実家に甘えていますし、いまの私には納得させられるだけの実績がないので。 

 

ただ、両親にそう言われたからといって考えを変える気はありません。自分の人生なので、自分の納得できるようにしなければ自分の思う幸せは掴めないと考えているんです。 

 

 

バブルが弾ける前の日本の景気がよかった1980年代にも非正規雇用者が急増したことがあります。若者が「新人類」と呼ばれていた時期で、非正規雇用者も一般的には「フリーアルバイター」と呼ばれていました。 

 

厚生労働省「平成25年版 労働経済の分析 第3節 構造変化と非正規雇用」によると、 

 

 

 

1985年から1990年にかけて、正規雇用が145万人、非正規雇用が226万人増加した。 

 

正規雇用は男性が89万人増、女性が56万人増となったのに対し、非正規雇用は男性が48万人増、女性が176万人増となった。 

 

1985年、1990年ともに非正規雇用の約8割はパート・アルバイトであった。 

 

とあります。当時の各新聞には、 

 

 

 

「当世アルバイト事情 ほとんど本業、末はフリーかオーナーか」 

 

「新人類志向 フリーアルバイター 学校出ても定職につかず」 

 

「会社拒否ヤングが急増 面白いアルバイトで 求人情報誌の3,000人調査」 

 

といった見出しも並び、当時の世相が見受けられます。 

 

当時のフリーアルバイターには、マスコミ関係や芸能人、いわゆるカタカナ職業(カメラマンなど)を志す若者が大半で、アルバイトでなければ仕事が見つけにくい状況だったことから、アルバイトをしながらチャンスを待っている人たちが多かったようです。 

 

ほかにも、最終的な職業の決定は後回しにして若いうちはやりたいことをやるという考えも広まりました。実際、冬場だけペンションなどでスキーのインストラクターのアルバイトをし、あとは好きなことをして過ごすという人たちもいたのです。 

 

しかし、当時のアルバイトは時給も高く、なかにはサラリーマンの初任給以上の収入を得ているアルバイターも決して少なくなかった、といいます。 

 

現在の非正規とは違う面も多いですが、好きな道で成功した人や独立した人もいる一方で、その後のバブル崩壊で職を失ってしまった人もいたでしょう。斉藤さんのご両親は、こうした時代の明暗を見てきたからこそ、可愛い娘の将来が心配なのだと思います。 

 

 

 
 

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