( 167451 )  2024/05/06 15:29:53  
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写真:東洋経済education × ICT 

 

TBSの元アナウンサーで元報道記者でもある久保田智子さんが今年4月、姫路市教育委員会の教育長に就任した。ニューヨーク支局に赴任していたときには、コロンビア大学大学院でオーラルヒストリーを学び、その後は姫路女学院で外部講師を務めた経験もある。そんな久保田さんが教育の世界にどんな新風を吹き込むのか。教育長になった経緯、日本の教育の課題や、今後の仕事の方向性について聞いた。 

 

【写真を見る】2024年3月末にTBSを退職し、4月より姫路市教育委員会教育長を務める久保田智子さん 

 

――TBSを退職され、2024年4月1日付で姫路市教育長(任期は3年)に就任されました。どのような経緯で教育界に入ることになったのでしょうか。 

 

いくつか理由があるのですが、2017年からアメリカのコロンビア大学大学院でオーラルヒストリーの研究をしていたことが1つです。 

 

個人の記憶を対話(インタビュー)を通して記録するのがオーラルヒストリーですが、自分が経験していないことを自分事として学ぶことができるすごい手法だと思いました。これを専門家だけでなく、広く子どもたちにも広げて、例えば平和学習などに活用したいと思うようになりました。 

 

大学院修了後は、オーラルヒストリーを学生に教える活動を国内外の大学などで続ける中、2019~2023年まで姫路女学院の外部講師として、阪神・淡路大震災について対話を通して自分事として学ぶクラスを担当していました。 

 

――そこで姫路市との縁ができたわけですね。 

 

はい。また、私は特別養子縁組制度を通じて母親になり、今5歳になる娘を育てています。普通の子育てと大きな差はないと考えていますが、1つ違う点を挙げるならば、タイミングが異なれば娘はほかの家庭で育っていたのかもしれないということ。そう思うと、どんな環境にあっても子どもは幸せであるべきだということを、実感を持って強く感じるようになりました。 

 

そこで子育てに悩む保護者に向けて、不登校や発達障害にどう向き合えばいいのかなど、メディアで情報発信を始めました。 

 

そうした中で、「本当に困っている子どもたちを救えているのか」という思いも募りました。そもそも子どもの抱える問題に気づくことができていなければ興味を持ってもらえず、メディアでの発信だけでは一部の保護者にしか届かないのではないかと感じていたからです。 

 

そんなときに、教育長の話をいただいたのです。教育長は、多くの子どもたちに直接かかわる公教育に携わる、まさに子どもの幸せにつながる仕事だと魅力的に感じました。 

 

――とはいえ、いきなり教育委員会のトップになることに戸惑いはありませんでしたか。 

 

もちろん自分が適任なのかどうか葛藤がありました。ただ、「変化」は現場を大きく変える手段になります。大きな方向性の変化はボトムアップではつくりにくいもの。民間企業で仕事をしていましたが、トップが代われば方向性は大きく変わるという感覚が私にもあります。姫路市も、私が、というよりかは、大きな変化を求められていたのではないかと感じています。 

 

では、自分がいい変化をもたらせる人間なのかについては、どんなに考えても答えは出ません。ただ、子どものために必要な変化を促したいという気持ちは強いです。子どものためという気持ちは、教育委員会の皆さんも同じ思いだろうと思いますので、機会をいただけるのであれば、一緒に懸命に取り組みたいと思いました。 

 

 

――GIGAスクール構想によるICT活用の推進をはじめ、日本の公教育は大きな変革期を迎えています。こうした中で、今の日本の教育について、どう感じていらっしゃいますか。 

 

さまざまな調査でも指摘されているように、日本の子どもの自己肯定感は各国と比べて低いとされています。それが日本の教育の大きな課題の1つだと感じています。私も小学校の頃、自己肯定感が非常に低い子どもでした。あまり褒められることがなかったからではないかと感じています。 

 

――周囲に褒めてくれる人がいるかどうかは、子どもの育ちに大きく影響するでしょうね。 

 

小学校低学年のとき、全然勉強についていけなくて、先生から保護者面談で「このままでは心配です。不良になると思います」というような言われ方をされました。母からそのことを聞いて私は大きなショックを受けました。 

 

その後は母の助けもあり、勉強ができるようになったのですが、小学6年生にもなると今度は「極端な優等生」になりました。友達が校庭の毛虫を足で踏んづけようとすると、毛虫を庇うような子です。 

 

そんな私を先生が見て「久保田さんは、いい子だね」と言われたことがとても印象に残っています。そのとき「やっといい子になれた」と思ったことが、その後の私の支えとなってくれたのです。先生にとっては単なる一言だったかもしれませんが、褒められることはそれほど子どもの自己肯定感につながっていくのです。 

 

子どもたちのできないことでなく、できることに注目して、伸ばしてあげられたら。その積み重ねによって自己肯定感は高まっていくのではないかと感じます。そんな取り組みも取り入れていきたいと思っています。 

 

――姫路市の教育課題については、どう認識されていますか。 

 

姫路市は、それぞれの地域性が強く、それぞれが特有の問題を抱えています。例えば、山間部は人口減で過疎化が進み複式学級になっていて、人数が少ないために多様な関係性の中での主体的・対話的で深い学びを実現しにくい環境にあります。 

 

一方で、都心部は新しい戸建てやマンションがたくさんできて、新たな学校が必要になるなど、姫路市としてひとくくりに教育の設計をしていくのは難しい。学校の統廃合などの議論もあり、これからどう考えていくのか。現場の事情について今後ヒアリングを重ねていきたいと考えています。 

 

――学校現場についてはいかがでしょうか。 

 

姫路市もほかの自治体と同様に不登校問題が深刻であり、全国比で見ると割合は高くなっています。これまでも魅力ある学校づくりは進められてきましたが、「学校に行きたい」と思われる学校づくりをさらに推進したいです。 

 

たとえ魅力があったとしても、それでも学校に行けない子どもたちもいます。子どもたちには学校に通うことだけでない多くの選択肢があったほうがいいはずです。また、予防も大切だと感じています。子どもが「学校に行きたくない」と言うときには、もう追い詰められて限界の段階であるとよく言われています。その前に気づくことができればケアができる。早期のSOSを察知して対応する仕組みも大切だと思っています。 

 

さらに、不登校に対する偏見をなくすなど、学校や保護者が不登校の子どもたちにどう向き合うのかについて啓発なども必要だと考えています。 

 

――教育長として、これまでの自身の経験や実績、また強みがどのように役立つと考えていますか。 

 

私は学校現場の経験はあまりありません。しかし、取材ではいろんな現場を見てきました。そして、それぞれの現場で起きていることに耳を傾け、課題の本質は何だろうと考えることを意識していきました。 

 

これからは、積極的に学校現場を見て回るつもりです。学校現場も決してひとくくりにできるものではないと思います。それぞれの現場に耳を傾け、課題の本質を考えていくことは、これまでやってきたこととも重なると思っています。 

 

また、現場の声を一般的に理解していただける形にして発信することもメディアの役目でした。今後は学校と、家庭と、地域がパートナーとして連携していくことがますます大切になっていきます。教育長としては、学校が抱えている課題を保護者の皆さん、地域の皆さんにきちんとわかってもらえるように伝えていき、懸け橋となることをしていきたいと思っています。 

 

私が研究していたオーラルヒストリーの経験では、自分が経験していないことをインタビューを通して自分事として学ぶことができると感じています。 

 

今は教育委員会のメンバーに1on1で話を聞き、メンバーとの対話を通して、姫路や学校について日々凝縮した学びを得ています。それぞれの課題感をしっかりと捉えたうえで、行政の仕事として展開していきます。 

 

 

――学校現場では働き方改革も大きな課題となっています。 

 

これも現場を見ることが必要です。姫路市では18:00以降、学校にかかってくる電話を自動応答に変えたのですが、これまで電話に出るのは当たり前と思っていたから、みんなが大変だと思っていても変えられませんでした。こうした当たり前でやっていることを、本当に当たり前なのかという視点で整理していきます。 

 

先生たちがどんな負担感を抱いているのか。そこからどう働き方を変えたらいいのか。ぜひ先生たちから提言をいただきたいと思っています。とくに、まだ年月の浅い若手の先生なら、学校の当たり前を知りませんから、必要なもの、不必要なものについて見えてくるものがあるかもしれません。 

 

また、ペーパーレス化を始め、効率化できるものはDX化していきたいとも考えています。そこは教育委員会だけでなく、市のデジタル戦略とも関わってくるでしょう。このように皆さんと連携していくことで課題解決につなげていきたいと考えています。 

 

――久保田さんご自身が子育てで心掛けていることは何でしょうか。 

 

まずは親子の間の話をきちんと聞くことを心掛けています。今、夫は東京に勤務しており、私と5歳の娘の2人で、姫路での生活を送っています。娘は朝役所に行く前に保育園に預け、昼休みには役所を出て、スーパーで夕食の買い物をして、一度帰宅してランチを取ります。 

 

基本的に定時退所を宣言しているので、18時くらいまでには娘を迎えにいくようにしています。帰宅後は早めに夕飯をつくって一緒に食べて、娘を早寝早起きさせることがルーティンとなっています。夫や東京の友達から離れ、娘も寂しさを抱えており、ときにはぐずり出すこともありますが、子どもの話を聞くことが何より大事だと思っています。 

 

――最後に教育長として抱負をお聞かせください。 

 

姫路市が抱える課題は知れば知るほど複雑で、現場の話を聞けば聞くほどより複雑になっていきます。だからこそ、いろんな意見を聞いたうえで、教育長が全体のビジョンを示すことが大事だと考えています。 

 

そのビジョンのもと、それぞれの学校現場から変化を生みだしていけるように、支援をしていきたいです。そして、姫路市の保護者の皆さんが安心して子どもを学校に送り出し、子どもが笑顔で学べる環境づくりを目指していきたいと思っています。 

 

(文:國貞文隆、写真:すべて姫路市教育委員会提供) 

 

東洋経済education × ICT編集部 

 

 

 
 

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