( 168237 )  2024/05/08 17:38:51  
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路線バス(画像:写真AC) 

 

 昔、バスドライバーといえば「おっかない」というイメージがあった。 

 

 1976(昭和51)年生まれの筆者(西山敏樹、都市工学者)は、小学生の頃から路線バスに興味を持ち、よくひとりでバスに乗っていた。学生時代、1980年代から1990年代にかけては、今ほどマイクを多用し、接客に異常に気を配るドライバーはむしろ珍しかった。 

 

【画像】えっ…! これがバスドライバーの「年収」です(計13枚) 

 

 筆者は東京で学生時代を過ごしたが、 

 

・5000円札や1万円札で乗ろうとする乗客を大声で注意するドライバー 

・飲み物や食べ物を持ち込む乗客を叱るドライバー 

・大声で話す乗客を叱るドライバー 

 

などをよく見かけた。自転車で坂道を登っている人に 

 

「危ないから、こんなところを登るな」 

 

と窓を開けて注意したドライバーも覚えている。また、前扉を開けて 

 

「こんなところに駐車しちゃダメだろうが」 

 

と大声で注意したドライバーも覚えている。今思えば、叱ったり怒ったりしたというより、 

 

「バス利用者やバスを取り囲む一般客の間違いを正していた」 

 

といった方が正しいかもしれない。不思議なことに、ドライバーに腹を立てる乗客や市民はおらず、渋々ながらも彼らの言葉を受け入れているようだった。それだけドライバーの立場が尊重されていたのだろう。 

 

路線バス(画像:写真AC) 

 

 1985(昭和60)年以降、バス利用者は徐々に減少していった。平成に入るとそれが顕著になり、バス会社はイメージアップに躍起になった。 

 

・案内用マイクの過剰使用 

・乗客至上主義の過剰サービス 

 

は、バス会社の意向で実施された。誤解を恐れずにいえば、バスドライバーに求められるのは 

 

「安全運転」 

 

である。安全運転が達成され、バスが目的地に到着すれば、最低限の目的は達成されるのだ。 

 

 鉄道車両では、運転室と車掌室は通常、乗客スペースから分離されている。また、最近は、車掌の音声案内ではなく、自動アナウンスが主流になっている。そこに過剰な乗客至上主義的サービスは存在していない。 

 

 一方、路線バスの場合、鉄道車両ほど乗客のスペースとドライバーのスペースの仕切りが明確ではなく、お互いに気を遣いやすい。サービスの悪さも目立ちやすく、指摘もしやすい。意外と、路線バスでも鉄道車両のように 

 

「ドライバーと乗客の間に明確な仕切りを作ること」 

 

が、カスタマーハラスメントを減らすのに効果的な印象を受ける。そうすれば、ドライバーも安全運転に専念しやすくなるだろう。 

 

 

路線バス(画像:写真AC) 

 

 ドライバーが安全運転に集中するためには、こうしたバス車両の空間的な変革も必要だ。ストレスをため込まないためには、バスのなかで 

 

「いいたいことをいえる空気」 

 

を作ることが必要だ。前述したように、ドライバーが注意したい人に注意し、いいたいことをいえるような環境作りが望まれる。 

 

 路線バスドライバーの「2024年問題」では、ドライバーの離職率や成り手不足が注目された。その過程で、ドライバーがカスタマーハラスメントを受けている実態も報告されている。 

 

・「黄色信号なのになぜ走り切らないないのか」と迫る乗客 

・5000円札や1万円札を渡して両替を求める乗客 

・わざと大きな声で遅延理由を聞く乗客 

・やむを得ず接車できないのに停留所の止め方について注意する乗客 

・停留所の接車時刻は決まっているのに「駐車場で休んでいるとは何事だ」と迫る乗客 

 

など、数え上げればきりがない。もちろん、ドライバーは法律や会社のルールを守っているのだが、攻撃されてしまう。これは強いストレスの蓄積を引き起こすはずだ。 

 

路線バス(画像:写真AC) 

 

 バスドライバーはどうすればストレスを解消し、メンタルの不調を抱えずにすむのだろうか。 

 

 われわれは保健の授業で、「いいたいことがいえること」が大切だと習ったはずだ。人間はいいたいことをいいたい動物である。筆者は毎日大学で講義をしているが、人間はもともとしゃべりたい動物であり、人の話を聞くのが苦手な動物であることを前提に講義を組み立てている。講義を聴くと眠くなるのは当然だ。だから、学生たちが考えたり話したりする機会をたくさん作る。そうすることで、学生たちは楽しくなり、笑顔になる。 

 

 バスドライバーに話を戻すと、乗客にいわれたことを我慢するだけではストレスがたまり、現場を離れたくなる。いいたいことがいえれば、少なくとも自分の気持ちを隠す必要はない。従って、2024年問題の解決策のひとつは、 

 

「バスドライバーが間違いを犯した乗客や市民に対して毅然(きぜん)とした態度で臨む雰囲気」 

 

を作ることだ。 

 

 JR東日本は2024年4月26日、「働く社員ひとりひとりを守るため、カスタマーハラスメントが行われた場合には、お客様への対応を致しません」と、ハラスメントに対する方針を明記した。 

 

「さらに、悪質と判断される行為を認めた場合は警察・弁護士等のしかるべき機関に相談の上で厳正に対処します」 

 

との方針を示している。東京メトロも「グループカスタマーハラスメント対応ポリシー」を定め、話題になっている。 

 

路線バス(画像:写真AC) 

 

 バス会社もこの流れに乗って、2024年問題の解決策として、カスタマーハラスメントには毅然とした態度で臨むという方針を公表し、バスドライバーもいいたいことをいえる社会にシフトしていくことを提案したい。 

 

 筆者は、1980年代の「おっかない」バスドライバーがもう一度戻ってきてもいいような気がする。ストレスの原因が減れば、ドライバーの離職や成り手不足も防げるはずだ。 

 

「心と体の両面」 

 

から、バスドライバーを解放する方法を真剣に考えたい。 

 

西山敏樹(都市工学者) 

 

 

 
 

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