( 169555 ) 2024/05/12 16:40:46 0 00 写真提供: 現代ビジネス
コロナ禍の水際対策が緩和され、しかも円安が進んだため、外国人観光客が再び急増している。これに伴い、観光公害も増え、ホテル代や外食費も高騰する。円安が今後も続けば、日本人の生活はさらに圧迫されるだろう。
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先日、通勤時間帯に電車に乗ったら、外国人旅行者が増えているのに驚いた。空港から都内ホテルへの移動をしているのだ。5、6人連れで、巨大なスーツケースを電車の中に持ち込んでいる。ただでさえ満員の車内は、スーツケースのために隙間はまったくなし。彼らは始発駅から乗っているので座席に座っているが、途中から乗った日本人客は押しつぶされている。
彼らは、新幹線にも巨大なスーツケースを持ち込む。座席前のスペースか荷棚に載せるが、通路にはみだして通行の邪魔になる。そこで、東海道・山陽新幹線・九州新幹線では、特大荷物の車内持ち込みを事前予約制とすることにした。
オーバーツーリズム(観光公害)とは、イタリアなどのヨーロッパ諸国で、以前から問題になっていたことだ。外国人旅行客が押し寄せ、観光地だけでなく、日常生活空間に侵入してくる現象だ。日本の観光地でも、コロナ前から問題とされていた。
京都では市バスが外国人旅行者で一杯になって地域住民が日常生活に利用することができないとか、鎌倉駅ではゴールデンウィーク中には駅の外まで行列ができ、乗車するまでに1時間近く待つというニュースが報道された。
また、観光客に人気のある場所付近の住宅街では、庭や敷地内に食べ歩きのごみが捨てられたり、私有地に無断立ち入りされたりする。多くの観光客がタクシーを利用するため、住民が利用できない。ショッピングセンターの混雑やレンタカーの交通事故も問題となった。さらに、民泊の増加などによる地価・家賃の高騰や、治安の悪化で住民が流出するという、地域価値の低下現象も懸念された。
歴史的建造物への落書きや、自然破壊、店の雰囲気の悪化などの観光資源劣化問題もあった。こうなると、国内旅行者の減少にもつながる。渋滞や混雑のため、京都への旅行を断念する日本人が増えたと言う。
外国人旅行客は、2013年から急激に増えた。しかし、コロナ禍で水際対策を強化したため観光客の姿が消え、上記の現象はいったん止まり、地域環境が改善された。ところが、2023年10月に水際対策が大幅に緩和されたため、問題が復活し、さらに深刻度を増しているのだ。
政府観光局(JNTO)の3月17日発表によると、2024年3月の訪日外国人客数(推計値)は308万1600人で、これまで過去最高だった2019年7月の299万人を上回った。過去最高の更新は、4年8カ月ぶりだ。1~3月の累計でも855万8100人となり、1~3月として過去最高になった。年間の訪日客数が最も多かった19年の3188万人を超えるペースだ。
3月の訪日客の国・地域別の上位は、韓国66万人、台湾48万人、中国45万人、アメリカ29万人、香港23万人だった。
一方、3月に海外へ出国した日本人数は約122万人で、19年同月比63%にとどまった。
外国人旅行客が増えたのは、円安のためだ。
来日外国人旅行客数は、2007年から12年までは年間800万人台だったが、2013年に急増して1000万人を超え、2019年には3188万人となった。
これは、日本の観光地の価値が急に高まったためではない。外国人にとって日本での旅行や買い物が安くなったために起きたのだ。それは、2013年に大規模金融緩和が導入されて、円安が進んだから生じた。
2023年からも急激な円安が進んだ。その結果、ドル円レートは、2019年の1ドル=110円程度から、2024年4月の155円まで円安になった。このおかげで、外国人は、2019年当時より、4割程度豊かになった。このため、前項で述べたように、2024年に外国人旅行客が急増したのだ。
オーバーツーリズムがあるからといって、旅行者の入国を制限するわけにはいかない。阻止しようと思えば、円安を食い止め、円高を実現するしかない。
いまは歴史的な円安だと言われる。確かにそうなのだが、どのような意味で円安なのか? これを測定するために、「購買力平価」という概念が使われる。いくつかのものが算出されているのだが、最もよく知られているのは、ビッグマック指数だ。
ビッグマックは、世界のどこでも、品質はほぼ同じだ。だから、価格も同じになって然るべきだ。しかし、実際には大きな差がある。
これについて、エコノミスト誌が調査をしている。もっとも最近の調査である2024年1月の調査によれば、つぎのとおりだ。
ビッグマックは、日本では450円だが、アメリカでは5.69ドル。これらを等しくするには、為替レートが1ドル=79.1円になる必要がある。ところが現実の為替レートは 147.8円だったので、円は46.5%ほど過小評価されていることになる。
これは、ビッグマックという一つの商品だけに着目しているので、不正確といえるかもしれない。そこで、IMFやOECDが、多数の商品・サービスの平均価格を比較することによって、より精密な購買力平価を算出している。それによると、最近の購買力平価は、1ドル=90円程度だ。
ところが、実際には、2024年4月末の為替レートは、1ドル=155円を超える円安になった。だから、ビッグマック指数でみても、精密な購買力平価で見ても、あるべき水準に比べて大幅に円安であることに間違いはない。要するに、日本は、世界に向けて、歴史的なバーゲンセールをやっているのだ。安い商品やサービスを求めて、全世界から観光客が日本に押し寄せるのは、当然のことだ。
このため、ホテルは外国人で一杯。高級ホテルは、いまや日本人には高くて泊まれなくなってしまった。ところが、ヨーロッパからの観光客は、「東京のホテルは1泊7万円で、とても安い」と言っているそうだ。ホテルの近くのレストランで海鮮丼が5000円。日本人の旅行客はびっくりして、「ゼロが一つ多い」(テレ朝ニュース、2024年3月7日)。
円安がさらに進めば、どうなるだろう? 以下は、私が構想中のSFのあらすじだ。
日本を訪れる外国人は、円安のためにますます豊かになり、日本中を我が物顔に歩き回るようになった。日本は国をあげて、ホテル代もレストランでの食事代も、交通費も、超安値でバーゲンをしているのだから、客が集まるのは当然だ。
客が増えるので、空路はもちろんのこと、新幹線もホテルも、日本人には高くて利用できなくなった。利用できるのは外国人だけ。そのうち、日本人には、食べるものも、満足に手に入らなくなってしまった。それでも、外国人が押し寄せるのを防ぐことができない。
疲れ果てた日本人は、過去を懐かしんで、つぎのように言うだろう。
「1ドルが160円になって、大騒ぎした時代があった。まだ余裕があった古きよき時代のことだ。いまや、給料は当時と変わらないのに、ホテル代は一泊70万円、海鮮丼は5万円だ。あの時に抜本的な円安対策を実行していたら、こんな惨めなことにはならなかったのに……」
野口 悠紀雄(一橋大学名誉教授)
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