( 169995 )  2024/05/14 00:34:40  
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晴海フラッグに整備された東京BRTのターミナル。その向こうにはタワマンが林立している(筆者撮影) 

 

 2018年に役目を終えた築地市場(東京都中央区)跡地の再開発事業者が決定した。築地を含めた東京の湾岸エリアはタワーマンションが建ち並び、公共交通の整備が喫緊の課題となっているが、果たして今後どう変貌するのか。ライターの小川裕夫氏がレポートする。(JBpress編集部) 

 

【写真】9000億円かけて再開発される旧築地市場跡地 

 

■ 定着しつつある「湾岸エリア=タワマン」のイメージ 

 

 4月19日、築地市場跡地の再開発予定事業者として、三井不動産・トヨタ不動産・読売新聞グループ本社・鹿島建設・清水建設・大成建設・竹中工務店・日建設計・パシフィックコンサルタンツ・朝日新聞社・トヨタ自動車の11社連合によるJVに決定したことが発表された。 

 

 JVに東京ドームの親会社でもある三井不動産や、ホームスタジアムとして使用している読売ジャイアンツの親会社である読売新聞社などが名を連ねていることから、同地には読売ジャイアンツの新球場が新設されるのではないかとの観測も出ている。 

 

 東京~千葉にかけて東京湾に面した地域は「湾岸エリア」と呼ばれ、2000年前後から開発が進められてきた。都心回帰の追い風もあり、超高層の大規模タワーマンションが続々と姿を現している。 

 

 今回JVにも参画している三井不動産は、戦後復興期にあたる昭和20年代後半から湾岸エリアの開発に注力し、幕張や船橋、最近では晴海などで次々と大型開発を主導してきた。これらの開発により、2000年頃から少しずつ湾岸エリアにタワーマンションが建ち始め、「湾岸エリア=タワマン」のイメージも定着しつつある。 

 

 湾岸エリアにタワマンが並ぶ端緒を開いたのが江東区豊洲で、その起爆剤となったのが、三井不動産が開発・管理を手掛け、2006年に開業した「アーバンドック ららぽーと豊洲」だ。現在の豊洲から見ると、かなり低層感がある建物だが、同施設はタワマン居住者を支える生活インフラになっている。 

 

 ららぽーと豊洲が開業する前の江東区の人口は、約39万7000人(2004年時点)だった。決して少ない人口ではないが、特筆するほど突出しているわけでもなかった。しかし、10年後の2014年には約48万7000人となり、2016年には大台の50万人を突破した。そして、現在では約53万2000人まで増えている。 

 

 人口増は豊洲のタワマンだけによって引き起こされたものではないが、2010年頃には「タワマンといえば豊洲、豊洲といえばタワマン」と不動産業界からも注目される街になっていた。 

 

 

■ タワマン建設を抑制する条例を制定した江東区だが… 

 

 タワマンは一棟できると人口が500人~1000人単位で増える。従来、人口増は自治体にとっては歓迎すべき話だが、局地的に人口が急増する現象は喜ばしいことばかりではなく、頭の痛い問題を発生させる。 

 

 なぜなら、江東区の人口増は出生率の上昇によって実現したものではなく、転入した世帯によってもたらされているからだ。江東区で子供が産まれ、育っていくなら事前に保育所や小中学校といったインフラを計画的に整備できるが、タワマンの多くは近隣自治体からの転入者のため、突如としてあらゆる施設の需要が急増する。 

 

 保育所にしろ、小中学校にしろ、行政のインフラ整備は議会で予算を通し、そこから用地の確保、建設という手順を踏む。このサイクルは早くても2~3年、通常なら5年以上はかかる。タワマンによって局地的に人口が増加する事態に対して、江東区の対応は後手に回っていた。小学校などは校庭に仮設の校舎を一時的に継ぎ足すような措置を講じて臨時的に対応した。 

 

 対策に窮した江東区は、2004年にタワマン建設を抑制する条例を制定した。4年間という時限立法だったが、効果はすぐに表われて人口増は一時的に緩やかになった。しかし、2007年に条例が失効すると、再び豊洲界隈でタワマンが増え、同じ問題が発生する。 

 

 江東区は次なる対策として「マンション建設計画の事前届出等に関する条例」と「マンション等の建設に関する条例」の2つの条例を制定。特に後者の条例は、151戸以上のマンションに対して原則的に保育所などを併設することを定め、局地的に人口増加を引き起こすタワマン対策とした。 

 

 これらの条例によってタワマン付近で起きていた待機児童問題は解消へと向かうが、タワマンに保育所が併設されているという点が若い世代から「子育てしやすい」という評判につながり、逆にタワマン建設は加速。このスパイラルにより、江東区の人口は右肩上がりで増えていく。 

 

 

■ 湾岸エリアの混雑緩和を図る「新交通」の現状 

 

 タワマンの増加で起こる行政課題は、保育所・小中学校の不足だけにとどまらない。公共交通機関の整備や通勤ラッシュ時における混雑対策、駅前の駐輪場の整備などにも取り組まなければならない。 

 

 豊洲には東京メトロ有楽町線の豊洲駅があり、ここから一本で銀座や有楽町、永田町といった都心部へとアクセスできる。決して交通に不便ではないが、江東区には南北に移動できる鉄道網が大江戸線しかなく使いづらい。そのため、江東区の南北移動は都営バス頼みだった。 

 

 また、豊洲駅周辺にタワマンが増えたことで、有楽町線の朝の通勤・通学ラッシュは激しくなっていた。さらにタワマンが増えれば、豊洲駅は混雑でホームに人が溢れ、事故などの不測の事態を頻発させる恐れもある。 

 

 そこで東京都は混雑対策として、湾岸エリアの開発に合わせて2020年から東京BRT(バス高速輸送システム)の運行を開始した。 

 

 東京BRTは東京オリンピックの選手村跡地を住宅地として開発した「晴海フラッグ」の住民の足という目的に目が行きがちだが、豊洲を経由するルートも開設されている。このように動線を分散させることで混雑緩和を図ろうとした。 

 

 しかし、東京BRTは湾岸エリアと新橋駅とを結ぶ交通機関で、江東区の弱点でもある南北移動を解消するものではない。そうした課題に対して、江東区は豊洲駅から東陽町駅・住吉駅を経由して墨田区の錦糸町駅まで乗り入れる「豊住線」の計画を進めている。開業目標年は2030年代とされており、すでに事業認可を受けた東京メトロと江東区が共同して整備を進めている。 

 

 豊住線という南北移動に加えて、江東区は2000年代より江戸川区小岩駅と越中島貨物駅とを結ぶ貨物線用線をLRT(新型路面電車)へと転換すると共に旅客化することを目指してきた。 

 

 貨物線をLRT転換するにあたり、江東区は総武線の亀戸駅から越中島貨物駅までの線路をそのまま活用し、越中島貨物駅から南側は新たに線路を新設して京葉線の新木場駅までをつなぐ計画を策定した。 

 

 同計画は2006年にJR富山港線をLRT転換した富山ライトレールをモデルにしたもので、当時の江東区も「富山に続け!」とばかりに意気込んでいたが、世間が抱く“路面電車の前時代的なイメージ”を払拭できずに区民からの支持を得られなかった。また、2015年には東京都から「事業性に対して疑問が残る」と指摘され、LRT計画は実質的に凍結されていた。 

 

 しかし、昨年に栃木県宇都宮市・芳賀町で新しい路面電車が誕生。話題性もさることながら利用者数が想定を上回って好調だったため、江東区のLRT計画も再起動する兆しを見せている。 

 

 

■ 東京駅─東京ビッグサイトを結ぶ「臨海地下鉄」構想の行方 

 

 こうした南北移動の整備に力を入れる江東区だが、前述の晴海フラッグに加え、中央区では勝どき駅から徒歩10分の位置に「ザ 豊海タワー マリン&スカイ」というタワマンを筆頭に多くのタワマン建設が進んでいる。そして冒頭で触れた築地市場の再開発も始まる。 

 

 築地・晴海・勝どきの開発によって、オフィス移転など企業立地にも変化が起こるだろう。それは湾岸エリアの通勤動線も変えることになるため、江東区としては東西の公共交通の整備も怠れない。 

 

 大規模再開発の事業者が決まった築地へとアクセスするには、東京メトロ日比谷線の築地駅もしくは都営大江戸線の築地市場駅を利用するのが一般的だが、大規模再開発後に5万人収容のスタジアムが予定されていることを踏まえると、この2路線だけでは心もとない。 

 

 東京都は2022年11月に東京駅─東京ビッグサイト間の約6.8kmを結ぶ臨海地下鉄の構想を発表している。同地下鉄構想では、新築地駅や晴海駅、豊洲市場駅などが開設されることが予定されている。 

 

 築地市場跡地の再開発は2030年代に完了を予定している一方で、臨海地下鉄は2040年代の開業予定がアナウンスされている。臨海地下鉄の開業の方が遅いのは地下を掘削するという工事の事情が大きいが、臨海地下鉄が開業することによって湾岸エリアの鉄道網はさらに充実し、同時に開発も加速する。 

 

■ 環状線化の延伸議論がストップしている「ゆりかもめ」 

 

 そして現在は豊洲駅でストップしているゆりかもめの延伸も、これらの鉄道計画に触発されて進み始めるのではないかとの期待も高まる。 

 

 ゆりかもめは、1995年に新橋駅─有明駅間が開業。同線の整備は、新橋駅と臨海副都心として開発が進められていた台場地区とを結ぶことを目的にしていた。 

 

 その先導役として、1996年に台場地区を中心に世界都市博の開催が予定されていた。世界都市博は青島幸男都知事(当時)によって中止されたが、ゆりかもめは予定通りに開業。2006年には有明駅から豊洲駅まで線路を延伸した。 

 

 豊洲駅まで到達したゆりかもめは、豊洲駅を終着としていたわけではなく、そこから先は進路を西へと取り、勝どき・晴海エリアを経由して新橋駅まで戻るという環状線化する計画となっていた。そのため、豊洲駅から先にも延伸が可能な構造で建設されている。 

 

 昨今、湾岸エリアのタワマンはより都心に近い場所で増える傾向で、中央区の勝どきや晴海のタワマン乱立は著しい。勝どき・晴海には東京BRTも走っているが、定時性・輸送力・速達性の3点においてゆりかもめに劣る。それだけに、公共交通の充実という面からも、ゆりかもめの延伸が望ましいが、中央区が環状線化に難色を示しているため、延伸議論も棚上げになっている。 

 

 しかし、中央区にもタワマンが増え、通勤・通学の足を確保するという大義名分に抗うことは難しい。当初の環状線化とは別の形、例えば東京駅方面への延伸という別ルート案も出てきており、状況次第ではそうした形でゆりかもめの延伸が実現する可能性もある。 

 

 日本は人口減少社会に突入し、2023年には1年間で約59万5000人の人口減となった。そうした中、江東区や中央区といった東京の湾岸エリアはタワマンの転入者によって局地的な過密をもたらした。 

 

 その結果、行政や鉄道事業者は公共交通機関の整備に追われることになるわけだが、タワマンによる人口増は公共交通を整備するスピードを上回るペースで進んでいる。そのため、せっかく策定した計画も繰り返し見直しを余儀なくされているのが現状だ。 

 

 タワマンと公共交通の整備は、新たな都市問題となって行政や鉄道事業者を悩ませている。 

 

小川 裕夫 

 

 

 
 

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