( 170285 )  2024/05/14 17:01:41  
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路線バス(画像:写真AC) 

 

 路線バスの「2024年問題」が顕在化し、ドライバー不足、人手不足が叫ばれている。筆者(西山敏樹、都市工学者)は路線バスの研究者なので、この問題についてマスコミやインターネットで意見を述べる機会が多い。 

 

【画像】えっ…! これがバスドライバーの「年収」です(計13枚) 

 

 当媒体に「ホンネだらけの公共交通論」という連載でこれまで11本の記事を寄稿し、読者からのコメントを丹念に読んできた。その多くは率直なものであり、現場のドライバーと思われる人たちが書いたものも散見される。 

 

 それらを読んでいると、彼らにとって 

 

「乗客のバス車内での転倒」 

 

が大きなストレスになっていることが改めてわかる。 

 

路線バス(画像:写真AC) 

 

 この傾向は、バリアフリーやユニバーサルデザインが問われ始めた2000(平成12)年頃から顕著になった。ノンステップバスやワンステップバスなど、従来にない低床車両が社会に普及し、リヤエンジン(エンジンを後部に搭載する後輪駆動方式)のバス車両は中ドアに大きな段差を持つことになった。 

 

 筆者は2007年から2008年にかけて、8輪インホイールモーター方式を採用し、車内の段差をなくしてフルフラットを実現した電気バスの試作開発プロジェクトに取り組んだ。8輪インホイールモーター方式とは、 

 

「ホイールの内側に小型のモーターを付ける方式」 

 

で、8個分のモーターのパワーが出るため、四輪車のような大きなタテの出っ張りも削減できるのだ。 

 

 この頃、車内事故を減らす目的で、全国のバス協会を回って車両開発をしていた。バス協会では、中ドアから後方への段差で転倒事故が多発していた。 

 

路線バス(画像:写真AC) 

 

 当時、すでに高齢者や障がい者のバス利用が増えており、バス会社も神経をとがらせていた。低床化の代償として、バス車内での転倒に注意しなければならない構図となった。もちろん、中ドア付近以外でも、車内での転倒事故は以前から、特に雨の日には発生していた。これまで、 

 

・難燃ゴム配合の床材(難燃性に加え低発煙性を実現) 

・リノリウム床材 

・塩ビ床材 

 

などがバスや鉄道車両に採用されてきた。リノリウムは1863年に英国で発明された自然由来の建材である。亜麻仁油に松ヤニ、コルク粉、木粉などを混ぜて作られ、天然染料で着色されており、サステナブルで再度注目を集めている。 

 

 バス好きの読者には、古いバスの木製床材もおなじみだろう。上記の素材は、木製床材の後に導入されたものである。 

 

 しかし、これらの素材はすべり抵抗値(床の表面がどれだけすべりやすいかを示す指標)に限界があることがわかっている。筆者がある企業と共同研究していた床材は石英石(ダイヤモンド、サファイア、ルビーなどに次いで硬い結晶石)を使ったもので、最適なすべり抵抗値、つまり 

 

「すべりにくく、つまずきにくい」 

 

を実現した。石材は耐久性、耐摩耗性にも優れており、長期的な観点からも環境に優しい素材である。技術は日進月歩である。ドライバーが乗客の転倒の心配をしなくて済むように、車両自体の安全性を高める技術の導入を支援し、ストレスの原因を減らすことが重要なのだ。 

 

 

路線バス(画像:写真AC) 

 

 全国のバス事業の99.6%が赤字である今、鉄道駅のバリアフリー運賃のように、 

 

・バス車両のバリアフリー化、ユニバーサルデザイン化を目的に運賃を徴収する方法 

・目的別の交通税の取得 

 

も検討してもよいだろう。もちろん、ドライバーの給料を増やし、離職率を下げ、労働力を安定させ、運営を維持するための徴収もあり得る。 

 

 前述したフルフラットの電気バスであれば、 

 

・自動的な運転支援 

・段差のない車内 

・走行時のエコロジー推進 

 

など、さまざまなメリットがある。そこに、転倒防止用の床材を追加すれば、安全性も高まるわけだ。 

 

 バスの初期費用は、10倍作れば半分になる。現在の路線バスはノンステップバスやワンステップバスと呼ばれているが、乗客はその危険性を認識する必要がある。エンジン車は電動車より部品点数が3倍多い。ドライバーや整備車両への負担も増える。 

 

路線バス(画像:写真AC) 

 

 バス車内で乗客が転倒事故を起こした場合、ドライバーの責任は避けられない。近年はDX化の進歩により、車内の状況を撮影し、随時データを保存することが可能になっている。プライバシー保護の観点から、 

 

「何でもかんでも記録すること」 

 

についてはさまざまな意見がある。しかし、筆者が調査で路線バスに乗ると、 

 

・バスが完全に停車する前に立ち上がって降車ドアに進む乗客 

・つり革や握り棒を使うように指示されても使わない乗客 

・長距離路線でシートベルトを着用しない乗客 

 

は後を絶たない。ドライバーが厳然と注意しても、乗客の意識を改善することは難しいし、彼らの完全な過失を証明することも難しい。 

 

 バス事業者はドライバーの教育に十二分に取り組んでいる。重要なのは、ドライバーが運転しやすい環境を社会が整えることだ。前述したような 

 

・乗客の意識改革(ドライバーに気を使わせない) 

・過剰なホスピタリティを減らす改革(安全運転に集中させ、サービス性を問わない) 

 

といったソフト面の改革とともに、技術面での支援が必要だ。技術・政策の両輪バックアップで、ドライバーのストレスを軽減し、離職率を下げ、人手を維持していきたいものである。 

 

西山敏樹(都市工学者) 

 

 

 
 

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