( 170995 )  2024/05/16 16:31:45  
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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nebasin 

 

「(父親が死んで)心が解放された」「夢も希望もありませんし、結婚して家庭を持つこともないので、仕事をするモチベーションは湧いてきません」。30年以上、無職無収入で親の遺産で暮らしている60歳の独身男性が自らの不安払しょくのために始めた人生最初で最後の“賭け”とは――。 

 

【図表】物件比較表 

 

■約40年前の就活に失敗し、人生の歯車が狂った 

 

 埼玉県在住の内山和夫さん(仮名・60歳)は両親を亡くしており、現在は一人暮らしをしています。 

 

 内山さんの収支および財産は次の通りです。 

 

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■収入 

なし(無職無収入) 

 

■支出 

基本生活費 10万円 

住まいの費用 4000円(自宅の固定資産税を月額換算) 

 

■財産 

現金預金 3500万円(すべて親からの相続) 

自宅土地 1000万円(同上) 

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 父親は13年前に亡くなり、母親は2年前に亡くなっています。内山さんには弟(58)が一人いますが、弟は結婚して家庭を持っており、内山さんとは別居しています。弟は、ひきこもり続けてきた内山さんにあまり良い印象を持っていなかったようで、母親の相続の際、内山さんに次のようなことを告げました。 

 

 「俺は母親の財産を一切相続しない。その代わり今後一切、あんたに関わることもしない。一人で何とか生きていってくれ」 

 

 内山さんは無職無収入のため、相続した貯蓄を取り崩しながら生活をしていくしかありません。このまま自宅で人生の最後を迎えるつもりでいましたが、3000万円台の貯蓄がみるみる減っていくにつれ、お金の不安がどんどんと膨らんでいってしまったそうです。 

 

 唯一の身内である弟には相談できない。親戚にも頼れそうな人はいない。困り果てた内山さんは、意を決して筆者に相談することにしました。 

 

 筆者は、まず内山さんから今までの経緯を伺ってみることにしました。内山さんは大学生になるまで特に何の問題もなく過ごしてきたそうです。 

 

 大学在学中、同級生が就職活動で忙しく動き回るなか、内山さんはやりたいことが見つからず、就職活動に力が入らなかったとのこと。そのため、大学を卒業しても内山さんは就職することはありませんでした。 

 

 なお、内山さんは大学生の頃、国民年金の保険料は学生の納付猶予の手続きをせず、支払いもしていませんでした。就職したら過去にさかのぼって支払うつもりのようでしたが、就職をしなかったためそのまま未納になってしまいました。 

 

 大学卒業後、実家に住みながらアルバイトをしていた時期もありましたが、内山さん本人は国民年金の保険料を支払うことはしなかったそうです。 

 

 未納状態にあることを心配した母親は、父親に「代わりに国民年金の保険料を支払ってくれないか」とお願いをしたこともありました。 

 

 すると父親は「なぜまじめに働きもしないコイツの保険料を支払わなければならないんだ。後で困るのは本人なんだから、そんなの放っておけ!」と怒りを露わにしたそうです。 

 

 今でこそ国民年金の保険料が未納状態にあると催告状や督促状が届くようになっていますが、当時は未納状態のまま放っておかれてしまうような時代でした。そのため、内山さんの国民年金保険料は父親が支払うこともなく、未納のままになってしまいました。 

 

 

■気がついたらひきこもり状態…父親他界で「心が解放された気がした」 

 

 20代の頃の内山さんは不定期にコンビニや居酒屋でアルバイトをしていましたが、依然としてやりたいことは見つかりませんでした。次第に気力や体力がなくなっていき、30代に入るとアルバイトを一切しなくなってしまったそうです。 

 

 当時、父親は会社員として朝早くから夜遅くまで働いていたので、家の中で顔を合わせる機会はそう多くなく、内山さんは家の中を自由に動くことができました。 

 

 しかし父親が定年退職を迎えると、父親も家の中にいる時間が増えたため、内山さんは父親を避けるように一日のほとんどを自室でラジオを聴きながら過ごすようになったそうです。 

 

 「自分でもよく分からないまま、気がついたらひきこもりのような生活になっていました」と内山さんは当時を振り返りました。 

 

 父親と理解し合えないままひきこもり生活を続けていた内山さんは、13年前に父親を病気で亡くしました。 

 

 父親の死後、心配した母親が市役所の国民年金課で相談。市役所の窓口で免除の説明を受けたのち、2年1カ月前からさかのぼって申請免除の手続きをしました。そこからは全額免除となり(本人と配偶者と世帯主の所得を合計した金額が去年1年間で67万円以下なら全額免除を受けることが可能)、やっと未納状態から抜け出すことになりました。 

 

 父親が亡くなった後、内山さんは不謹慎だと思いつつ「やっと心が解放された気がした」と感じたそうです。家の中で自由に活動できるようになったためか、内山さんは徐々に母親の家事を手伝うようにもなりました。そのおかげで一通りの家事はできるようになったため、母親亡き後も何とか生活を維持することはできているそうです。 

 

 そこまでお話を伺った筆者は、内山さんのお金の見通しを立ててみることにしました。 

 

 まずは公的年金の収入を確認するところから始めます。聞き取った情報から、内山さんの年金加入状況はおおむね次のようになります。 

 

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20歳から45歳まで 未納 

45歳から60歳現在まで 全額免除 

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 この情報をもとに、筆者は内山さんの65歳からの老齢基礎年金および年金生活者支援給付金を概算してみました。 

 

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老齢基礎年金 月額 1万2750円 

老齢年金生活者支援給付金 月額 4250円 

合計 月額1万7000円 

※いずれも2024年度の金額 

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 さらに男性の平均余命を参考にし、内山さんが82歳まで生存した場合、どのくらい貯蓄を取り崩すことになるのか? 大まかな見通しも立ててみました。 

 

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60歳から65歳まで 月額 10万4000円の赤字 

65歳から82歳まで 月額 8万7000円の赤字 

赤字の合計は10万4000円×12カ月×5年+8万7000円×12カ月×17年=約2400万円。 

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 余命人生を終えるまで残り22年間で計2400万円の赤字が出る。この他に家電の買い替えや急な医療費などの一時的な支出として150万円程度は確保しておきたいところです。 

 

 さらに、自宅に住み続けるとすると、将来どこかの時点でリフォームもすることになるでしょう。それらをふまえても、貯蓄の取り崩しは3000万円程度におさまりそうです。 

 

 

■「仕事をする気力も体力もありません。夢も希望もありません」 

 

 以上のことから、今ある貯蓄(3500万円)を取り崩していけば何とかなりそうだ、という見通しが立ちました。しかし内山さんの顔は曇ったまま。小さくつぶやくような声で言いました。 

 

 「自分でも頭の中では『大丈夫。お金は足りるはず』と思ってはいます。ですが、この先も収入はほとんど見込めず、お金がどんどん無くなっていく状況にあると『もしも今あるお金が底をついてしまったらどうしよう』といった不安や恐怖が勝ってしまうのです……」 

 

 そこで筆者は次のような質問をしてみました。 

 

 「アルバイトを再開するご予定はないのでしょうか? 月数万円でも収入が得られるようになれば、その分、お金の見通しは改善します」 

 

 すると内山さんは申し訳なさそうな表情になりました。 

 

 「甘えていると言われてしまうかもしれませんが、仕事をする気力も体力ももうありません……。これから先も特に夢も希望もありませんし、結婚して家庭を持つこともないので、仕事をするモチベーションはなかなか湧いてきません」 

「では障害年金を検討するのはどうでしょうか。今まで抑うつなどで心療内科や精神科を受診したことはありませんか?」 

「いいえ、そのような病院を受診したことはありません。確かにお金の不安はありますが、抑うつがそこまでひどいわけでもないので、今のところ病院を受診する予定もありません」 

「それならば、もし将来的にお金が底をつきそうになったらご自宅を売却して現金に換えることも検討しなければならないかもしれません。ご自宅を売却すればお金に少しは余裕が出てくることでしょう」 

 

 この話に内山さんは黙ってしばらく何かを考えた後、静かに口を開きました。 

 

 「できることなら自宅は売却せず、今の家で最後を迎えたいです。何か他によい方法はないのでしょうか……」 

「う~ん、そうですね……」 

 

 今度は筆者が考え込んでしまいました。 

 

 今までの内山さんの発言から、次のような不安があることが推測できました。 

 

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・お金が無くなっていくことへの不安 

・収入が無いことへの不安 

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 これらを改善するために、今あるお金を別の形に変えてみるのはどうか? 

 

 筆者はそう考え、次のような提案をしてみました。 

 

 「お金は使ったら使った分だけ消えていき、いずれは無くなってしまいます。それならばいっそのこと不動産を購入して家賃収入を得るのはどうでしょうか。不動産なら物として残りますし、価値がゼロになってしまうことはまずありません。最終的には不動産を売却して現金に換えることもできます。家賃収入が入ってくることで、収入が無いことへの不安も少しは和らげられるかもしれません」 

 

 

■相続した3500万円が減っていくのを見ていられなかった60歳長男 

 

 そのような提案をした筆者ですが、同時にさまざまな懸念が頭の中に浮かび上がりました。 

 

 まず、物件を購入するにはそれなりのお金がかかります。購入後、場合によってはリフォームが必要になることもあるでしょう。入居者を募集している間は家賃収入が発生しないといった空室リスクもあります。 

 

 さらに新たな出費についても考えなければなりません。物件を購入することで固定資産税を支払うことになります。家賃の回収や住人との折衝は不動産業者にお願いすることになるので、不動産管理手数料も発生します。家賃収入を得ることで国民健康保険料は増額し、所得税と住民税もかかるようになります。 

 

 家電の買い替えや急な入院費などの一時的な支出に備え、ある程度の貯蓄も確保しておきたいところです。内山さんは自宅に住み続けることを希望しているので、将来どこかの時点で最低限のリフォームも必要になることでしょう。物件を購入しても、それらの費用は確保できるのか。 

 

 「果たして内山さんの生活を担保(自宅を売却せずに、なおかつ賃料収入を得られる)できるような物件は見つかるのだろうか?」 

 

 筆者一人では判断がつかなかったので、次のような提案もしてみました。 

 

 「私の知り合いに、ひきこもりの方や働くことが難しい方に理解のある不動産業者がいます。内山さんの希望がどこまで叶えられるか分かりませんが、条件に合うような物件がないか探してもらうよう頼んでみます。次回の面談ではその不動産業者にも同席してもらい、物件の話をしてもらうのはどうでしょうか?」 

「はい、構いません。ぜひお願いいたします」 

 

 そこまで話したところで、初回の面談は終了となりました。 

 

 内山さんとの面談後、筆者はいつも頼りにしている不動産業者のT氏に事情を説明。内山さんのニーズに合うような物件を探してもらうようお願いをしました。 

 

 するとT氏は「事情はわかりました。できるだけニーズに合うような物件を探しておきます。物件が見つかったらすぐに連絡をしますね」と約束をしてくれました。 

 

 数日後、T氏からよさそうな物件が見つかったとの報告があり、内山さんと2回目の面談を実施することになりました。 

 

 

 
 

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