( 171330 )  2024/05/17 15:33:56  
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 4月の衆院3補選で事実上の全敗を喫した岸田文雄首相(自民党総裁)がピンチを迎えている。選挙分析に定評があるJX通信社と選挙ドットコムの調査で自民党が立憲民主党に追い抜かれたのだ。訪米や大型連休の外遊効果で内閣支持率は好転したとみていただけに、岸田首相は焦りを隠せない。はたして、次期総選挙で政権交代はあり得るのか。経済アナリストの佐藤健太氏が語るーー。 

 

「トップ同士が腹を割って率直に話し合えるような関係を構築することが極めて重要だ。私直轄のハイレベル協議を進めたい。そのために様々なルートを通じた働きかけを一層強めていく」。岸田首相は5月11日に出席した北朝鮮による拉致被害者の即時帰国を求める集会で、北朝鮮の金正恩総書記との首脳会談実現に向けて強い意欲を示した。 

 

 これまでも岸田氏は電撃訪朝による政権浮揚を画策し、北朝鮮との交渉を秘密裏に進めてきた。金総書記の妹、与正党副部長から「岸田首相が可能な限り早期に直接会いたいと伝えてきた」などと暴露されたこともある。だが、北朝鮮側は「拉致問題は解決済み」との立場を崩しておらず、被害者の早期救出を求める日本側との溝は一向に埋まらないままだ。 

 

 ある外務省幹部は「与正氏は2月に『岸田氏が平壌を訪問する日が来ることもあり得る』との談話を発表したが、これは岸田首相や日本政府に向けたメッセージというよりも韓国や米国に対するポーズ。日米、日韓の結びつきが強まる中で孤立しないよう談話が発せられたにすぎない。それに気づかない岸田氏は単に乗せられているだけだ」と指摘する。つまり、首相は「直轄のハイレベル協議」と意味深長に語っているものの、その実は「危ない橋」の可能性が高いというわけだ。 

 

 岸田氏がこれまで以上に強く電撃訪朝を狙う理由は、言うまでもなく危険水域にある政権を浮揚させ、今夏の自民党総裁選で再選することにある。もはや、「それだけしか考えていない」と言っても過言ではないだろう。自民党派閥の政治資金パーティーをめぐる裏金事件を受けた政治資金規正法改正案や、4月の衆院東京15区補選での「選挙妨害」を踏まえた公職選挙法改正案などの与党間調整も首相のリーダーシップの欠如でスムーズにいかず、もはや外遊以外の“見せ場”は見当たらない。 

 

 それにもかかわらず、首相は総裁選での再選を目指して解散総選挙のチャンスをうかがう始末だ。自民党の閣僚経験者は「もし今、衆院を解散したら多くの同志(自民党議員)が選挙区で敗北するだろう。自分が首相を続けたいがために『同志を殺す』というなら、岸田氏には辞めてもらうしかない。自民党への逆風は『あの時』と似たものを感じる」と憤りを隠さない。 

 

 

 あの時―。それは約15年前の政権交代を意味する。現在は自民党副総裁として岸田首相を支える麻生太郎氏が首相(党総裁)を務めていた時だ。不人気だった福田康夫首相からバトンタッチした麻生氏は就任直後の解散総選挙を期待されて登板した。だが、リーマン・ショックが世界経済を襲い、経済再生を優先せざるを得なくなった麻生氏は衆院解散を見送った。そして、ジリジリと支持率を上げてきた当時の民主党に2009年夏の総選挙で敗北。この「追い込まれ解散」で下野し、3年3カ月の野党時代を余儀なくされた。 

 

 NHKが実施した直近の世論調査(5月10日から3日間)によれば、岸田内閣支持率は4月から1ポイント上昇し、24%だった。不支持率は55%だ。JNNの調査(5月4日、5日)では支持率が3月末の調査から7ポイント上昇して29.8%となっている(不支持率は7.1ポイント下落)。 

 

 2つの世論調査結果が示すのは、4月の訪米効果だ。バイデン大統領との日米首脳会談、米議会や晩餐会でスピーチする映像が繰り返し報道され、露出増から「政治とカネ」問題による負のイメージが一時的に剥落したことが背景にある。ただ、足元の共同通信の調査(5月11~13日)では内閣支持率が24.2%に落ち着き、4月調査と比べ0.4ポイント増と横ばいだった。首相は5月頭にフランスと南米2カ国を外遊したが、その外遊効果もほぼ消えていることがわかる。 

 

 それよりも注目すべきは、自民党の支持率だ。まず、先のNHKの調査によれば、自民党の支持率は27.5%で、3カ月連続で20%台に落ち込んでいる。立憲民主党が6.6%、日本維新の会が4.5%と低いことを考えれば、すぐに問題はないように見えるかもしれない。だが、無党派層の割合は44.3%に達している。4月に行われた衆院3補選の結果を見ても、自民党支持層から相手候補に票が流れた場合、無党派層の動きも加わって大きな票差が生まれ得る。 

 

 JNNの調査で自民党の支持率は23.4%(前回比1.6ポイント減)となり、2012年の政権奪還後の最低を更新した。これは先に触れたように、麻生政権が崩壊する直前の2009年8月と同水準(23.8%)にある。立憲民主党は10.2%で前回調査から4.1ポイント上昇し、約6年ぶりに2桁となった。2017年の結党直後(11.0%)に回復し、勢いを見せている。 

 

 直接の比較はできないものの、選挙ドットコムとJX通信社による5月の全国意識調査(5月11日、12日に電話とインターネットで実施)の結果は衝撃的だった。まず、支持政党は電話調査で自民党が1.2ポイント下落の23.5%となり、野党第1党の立憲民主党は2.4ポイント上昇の17.8%となっている。 

 

 この点だけを捉えると「そんなことはよくあるよ」と感じるかもしれない。だが、問題なのは次の設問だ。「あなたは、次に行われる衆院選の比例代表では、どの政党に投票したいと思いますか」。電話調査で立憲民主党は6.1ポイント増の27.3%となり、自民党の17.8%(5.3ポイント減)に約10ポイントもの差をつけている。ネット調査では2つの設問ともに目立った変化は見られないが、より実感に近い電話調査の結果は衝撃的と言っ良いだろう。 

 

 

「自民党政権もようやくほころびが大きくなって、いずれ崩壊の日も近いと思っている」。2009年の政権交代選挙で当時の民主党を牽引した立憲民主党の小沢一郎衆院議員は5月12日、都内で開かれた輿石東元参院副議長(元民主党幹事長)の出版記念パーティーで政権交代の好機が訪れていることに強い意欲を示した。立憲の安住淳国対委員長も同日放送のBSテレ東番組で「北海道から沖縄まで国民民主党と選挙区をすみ分け、本物の候補を出せば政権交代は決して夢ではない」と候補者調整がカギを握ると強調している。 

 

 2009年に政権交代の立役者だった2人の重鎮は、自民党への支持が選挙結果に結びつかない傾向がある中で野党候補者を一本化すれば、再び政権交代を実現できると見ている。ただ、当時は民主党と自民党の支持率はほぼ拮抗していた。足元の調査では両党の差は依然として大きいままだ。 

 

 JNNの調査では次期衆院選で「自公政権の継続をのぞむ」は34%(前回調査比2ポイント増)で、「立憲などによる政権交代のぞむ」は48%(前回調査比6ポイント増)だった。たしかに政権交代を望む声が大きいとはいえ、2009年と同レベルのビッグウェーブが来ているのかと言えば、そうではないように見える。 

 

 ただ、次期衆院選の投票行動で気になるのは「消去法による支持」がどこに流れるのかという点だ。つまり、自民党支持層で「今度は自民党に投票しない」という人がどの政党の候補者に一票を投じるのかということである。この行方が「ダメダメだけど、やっぱり自民党」なのか、「保守系ならば維新かな」になるのか、それとも「思想信条は違うけど、立憲に入れちゃえ」になるのかによって総選挙結果は大きく異なる。 

 

 通常ならば、「やっぱり自民党」「保守系で維新」という流れが強いはずなのだが、今度の総選挙では「もう野党に入れます」という人が少なくないように感じる。背景にあるのは、自民党嫌いの異様な急増だ。 

 

 共同通信の調査によれば、自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件を受けた政治資金規正法改正の与党案を「評価しない」との回答は79.7%に上っている。物価上昇に国民が苦しむ中、裏金が発覚しながらも責任がほとんど問われない自民党政治への嫌悪感は高まっている。加えて、強固な選挙協力を重ねてきた公明党や支持母体の創価学会には「今のような自民党とは組めない」との空気が充満する。 

 

 

 共同の調査では、次期衆院選で候補者一本化など野党の選挙協力のあり方に関し「進めるべきだ」が52.0%に上り、「進めるべきではない」(36.6%)を上回っているのだが、野党の候補者調整に加えて「公明党・創価学会」の支持を自民党の候補者が十分に得られなければ、大打撃となるだろう。「保守王国」の衆院島根1区補選は象徴的な選挙となった。 

 

 保守層の自民離れ、約4割の無党派層の嫌悪感、野党の候補者一本化というトリプルパンチが次期衆院選で出現すれば、世論調査の数字には現われていない衝撃的な結果が訪れる可能性があるだろう。 

 

 5月26日には、静岡県の川勝平太知事辞職に伴う県知事選が行われる。自民党は元副知事の大村慎一氏を推薦し、立憲民主党や国民民主党が推薦する鈴木康友元浜松市長との与野党対決の道を選んだ。1つの自治体のリーダー選びにすぎないように見えるが、ここでの勝敗が岸田政権の行方を左右するのは間違いない。 

 

 知事選には、諸派で政治団体代表の横山正文氏、共産党公認で党県委員会委員長の森大介氏、無所属で自営業の村上猛氏、無所属でコンサルティング会社社長の濱中都己氏の計6人が立候補した。これまで触れてきたように、知事選の投票行動が「異様」なものになるのかは注目だ。 

 

 二度あることは三度ある―。少し前まで「増税メガネ」と揶揄されていた岸田首相は、もはや自民党にとって政権交代の危機を招く「疫病神」といわれかねない状況にある。 

 

佐藤健太 

 

 

 
 

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