( 171475 )  2024/05/17 18:16:44  
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©広島ホームテレビ 

 

 スクリーンに映し出される“つぶやき市長”こと石丸伸二は、予想外に感じがよかった。市長室の扉を終始開けて職員とコミュニケーションを図ったり、市長室でキックボードに乗って興じたり、得意のジャグリングをしてみせたりと、かなり魅力的な政治家として映っている。 

 

【画像】京大出身、新聞記者に「失礼が過ぎる」と鼻であしらう石丸市長 

 

 広島県安芸高田市の市長のことをネット上で知っている人は、石丸が議会に対し険しい表情で「恥を知れ」と罵倒したり、地元紙である中国新聞の記者に「失礼が過ぎる」と鼻であしらったりしている動画を見たことがあるだろう。 

 

 過疎地の地方都市にすぎない安芸高田市が、ネット界隈で熱視線を集めているのは、この一風変わった市長のおかげだ。 

 

 人口2.6万人に対し、市長の“X”のフォロワーは30万人近くに上る。市のYouTubeのチャンネル登録者数は、20万人を突破した。 

 

 地元の広島ホームテレビが作ったドキュメンタリー番組の劇場版がこの映画。 

 

 石丸の注目度は高い反面、物事を敵と味方にわける手法は、ポピュリズム(大衆迎合主義)とも呼ばれ、分断を煽ると批判されることも少なくない。 

 

 それは私が2020年の米大統領選挙で取材したドナルド・トランプ前大統領の政治手法に通じる。トランプは、自分に対峙するものはすべて敵とみなすことで、怒りという負のエネルギーを糧にして前進しようとしたが落選。現在、再選をかけて3度目の選挙を戦っている。 

 

 しかし、広島の“ミニトランプ”とも呼べる石丸は、カメラの前で終始にこやかな笑顔を崩さない。観る者は、これまでネットで流れてきた断片的な知識の修正を要求され、戸惑うこととなるだろう。 

 

 石丸市政の物語は、19年の参議院議員選挙の際、大規模買収事件に絡み前任の市長が辞職したことから始まる。政治改革を訴えて当選したのが、政治経験ゼロで、元銀行員の石丸(当時37歳)だった。 

 

 石丸は地元の高校を出た後、京都大学を卒業し、大手銀行に入行。為替アナリストとして海外駐在も経験した。そのエリートが、田舎町の市議会と一緒になって政策を練って、傾きかけている市の財政を再建しようというのだから、一筋縄ではいかない。 

 

 先に仕掛けたのは石丸だった。就任直後の最初の議会で市長の“X砲”が炸裂する。 

 

「本日午前、議会の一般質問が行われている中、いびきをかいて、ゆうに30分は居眠りをする議員が1名」 

 

 ハッシュタグに「#安芸高田市 #議会 #居眠り」とつけて、事前の相談や根回しなしに、“X”に晒した。 

 

 議会からすると完全な不意打ちをくらった形だ。予告もなく、いきなり背後から切り付けられたようなものだ。この男は、果たして信頼するに足りる人物なのか、という疑念が生じる。 

 

 

 議会はすぐに石丸を呼び出し、“X”でのつぶやきの真意を追及する。 

 

 しかし、石丸は、返す刀で、議員から恫喝されたとつぶやき、さらなる対立を煽る。 

 

 この恫喝騒動については、石丸に名指しされた議員が名誉毀損に当たるとして石丸側を訴え、一審で恫喝発言は「事実とは言えない」として、石丸側の敗訴が決まっている。 

 

 議会が居眠りについての回答書を出すと、石丸は「国語のテストなら0点です」と見下すだけではすまず、“X”で回答書を晒した。 

 

 この時点で、市長と議会との決裂は修復不可能となる。市長就任からわずか2カ月足らずのこと。 

 

 元エリートサラリーマンからすると、地方都市の市議などは、田舎っ兵衛や田吾作の集団にみえるのだろうか。歩み寄りや、譲歩するということがなく、対立だけが先鋭化する。その武器になるのが、“X”や自分の主張をそのまま報道してくれる報道機関。 

 

 これがもっとこなれた政治家だったらどうなっただろう、と想像せずにはいられない。清濁併せ呑むような懐の深い政治家だったなら、裏では市議会議員と酒を酌み交わしてパイプを保ちながら、表では厳しい態度で臨むような、二枚腰だって使えただろう。 

 

 しかし、石丸はあまりに潔癖すぎて、すべてをいい悪いの二元論で判断しているように映る。 

 

 議会は、市長の出した副市長の公募などの政策案をことごとく否決し、問責決議案まで可決してしまう。こうなると泥仕合である。 

 

 カメラは、あくまで石丸に寄り添うことで、これまでSNSにあふれる怒れる市長とは異なる魅力を十分に引き出している。 

 

 その一方、この映画が市長に肩入れしすぎていないのかという見方も成り立つ。いみじくも、市長と対立する議員の1人が、カメラに向かい「(あなたたちは)市長と何か契約を交わしているんですか」と問いかけたことが端的に表している。 

 

 その部分をどのように評価するかは、映画を観る人に委ねたい。 

 

 石丸伸二は、2期目の安芸高田市長選には出馬せず、東京都知事選へ鞍替えすることを表明した。 

 

 "つぶやき市長"は、その思惑通り、"つぶやき都知事"へと華麗なる転身を果たすことができるのか。 

 

INFORMATION 

 

◆2024年5月25日(土)より東京・ポレポレ東中野にてロードショー ほか全国順次公開 

https://tsubuyaki-mayor.com/ 

 

横田 増生 

 

 

 
 

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