( 172745 ) 2024/05/21 17:04:47 0 00 国内外の観光客に人気の京都はさまざまな視点からのオーバーツーリズム対策が必要となっている(Buddhika Weerasinghe /gettyimages)
国内観光客とインバウンド観光客の双方に人気の高い京都は世界に名だたる観光都市と言える。欧州で一大観光地とされるスペインのバルセロナは、人口160万人に対して年間3200万人の観光客が訪れると言われており、住民人口に対する観光客倍率は約20倍である。対して、京都府は人口250万人、観光入込客数は6668万人、京都市は人口143万人で観光入込客数が4361万人なので、住民人口に対する観光客倍率はそれぞれ約25倍と約30倍である。
世界に目を向けると、イタリアのベネチアが人口5万人に対して2000万人の観光客と、交流人口倍率は400倍と突出した数字もあるが、京都は交流人口倍率の観点からも相当の観光客を受け入れているといえよう。
そんな京都がバルセロナやベネチアと同様に悩ませているのがオーバーツーリズムである。すでに対策も取られているが、その定義や影響を考えると足りない視点もある。改めて検証してみたい。
京都市のオーバーツーリズム対策は、例えばアクセス対応として、今年は最長10日間になるゴールデンウィークに備え、4月27日~5月6日の土日祝日、JR京都駅から清水寺や祇園を結ぶ市バスの路線を増便し、特に混雑する午前中は3~4分間隔で運行。他にも臨時バスの運行や地下鉄の増発などで市バスの混雑緩和を図った。
また、ホームページには清水寺、金閣寺などの人気スポットへの混雑をさけたアクセス方法を掲載している。分散化対策としては、嵐山や伏見稲荷大社、北野天満宮など市内10カ所に設置しているライブカメラ映像にも、日本語、英語、中国語で混雑する日時や交通に関する情報を表示し、観光時間帯や場所の分散化を促そうとしている。
観光客の教育・啓蒙では、マナー順守などを呼びかけるため、京都観光ガイドラインのメッセージ(例えば、荷物を預けて手ぶら観光する、神聖な場所ではおとなしくする、京都に暮らす人々の生活を尊重するなど)を掲げた人の写真をインスタグラムなどのデジタル広告に複数言語で掲載している。
これらの対策の評価は、京都以外の地域も含めて効果測定結果が発表されたのちに考察してみたいと思っているが、視点を変えた対策もまだまだ打てそうだ。
オーバーツーリズムは少なくとも観光客、観光事業者、地域住民の3つの観点から考察しなくてはいけない。筆者は、観光はその地で暮らす住民の便益を中長期的に向上させることを目的とすべきと考えており、それゆえに地域住民の観点が極めて重要と考える。もちろん観光客がどのように評価するかも重要なのだが、地域住民や、地域の観光事業者とその従事者の犠牲の上での観光では意味がないのである。
その点で2023年10月31日~11月27日に京都市が市内在住の満18歳以上の市民 5500人(無作為抽出)に対して行った「京都観光に関する市民意識調査」の結果は興味深い 。
「京都市の発展に観光が重要な役割を果たしていると思うか」という質問に対して、とてもそう思う(29.1%)、そう思う(43.6%)で合計71.7%が観光の意義を感じている。一方で、このアンケートでは、回答者の59.9%が普段の生活でほぼ毎日観光客に接し、14.9%が普段の生活で週に数回観光客に接しており、観光客を迷惑に感じている割合が高い。
例えば、一部の観光地等の混雑による迷惑と感じているのは、とても当てはまる(35.9%)、当てはまる(30.5%)、どちらかというと当てはまる(19.5%)を合計すると85.9%、「観光客のマナー違反による迷惑」の質問に対する上記3分野を合計すると68.8%。
その一方、直接的な経済効果に関しては、売り上げの増加や給与などへの好影響はとても当てはまる(5.3%)、当てはまる(14.9%)、どちらかというと当てはまる(22.4%)で、ポジティブな回答の合計は42.6%に留まる。
京都は国内でも極めて観光依存度の高い地域であり、観光消費額は1.2兆円(19年)にのぼる。雇用においては、観光による雇用誘発効果の全国平均は就業者の約7%(17年)だが、京都のそれは就業者の20.7%(19年)である。
京都の地域住民も、観光という産業の意義はわかっているものの、オーバーツーリズムへの懸念は大きいということだ。地域住民という観点からは、京都の観光は健全な状態であるとは言えない。
実はオーバーツーリズムの対策は、オーバーツーリズムをどのように定義するかで変わってくる。「観光地にキャパシティ以上の観光客が押し寄せること」という定義であれば、対応策は観光客の制限、平準化、教育、キャパシティの増加などになってくる。
前述したように京都市は観光客の制限、平準化、教育などを行っている。しかしキャパシティの増加は簡単ではない。
観光関連事業に関して「給与待遇がよさそうか」という質問に対して、そう思う(0.8%)、ややそう思う(7.2%)と答えたのは8.3%で、あまりそう思わない(31.8%)、思わない(19.3%)は51.2%となっている。仕事として安定してそう、休みをとりやすそうという質問に対してもほぼ同様の回答構成で、観光関連事業は不安定で休みのとりくい分野と認識されている。
観光客に対応するキャパシティは、対応する人員による。観光事業に対して上記のような認識であれば、観光需要に対応した従業員を採用するのは難しく、受け入れキャパシティの増強は簡単ではない。
また、オーバーツーリズムを「観光客が及ぼす悪影響に対して地域が十分な利益を得られていない状態」と定義すると、別の対応策が見えてくる。対応策として、観光客からの利益を明確な形で地域住民に還元するのである。
わかりやすい事例は米国のオーランドであろう。オーランドは宿泊費の6%を宿泊税として徴収しているが、それを観光公共インフラに使っているので、この点で地元納税者(住民)の負担が減っている。
観光から得られるベネフィットをどのように住民に還元するかという観点で考えると、観光客数の増加以上に観光客一人あたりの消費額を高くすることが重要となりそうだ。高くなった消費の一定額を地域住民へと還元できる。
観光事業者のベネフィットおよび地域への還元が高まれば、それが従業員への待遇向上にもつながり得る。それで担い手が増えてくれば、受け入れキャパシティの増強にもつながる。ハッピーサイクルになるのではないだろうか。
現在、日本政府は観光客の地方誘客を重視している。地方にバランスよく観光客を誘致するのはきわめて重要である。ただし、それまで多くの観光客を受け入れた経験の少ない地域にいきなり観光客が押し寄せたらたちまちオーバーツーリズムになるリスクが高い。
オーバーツーリズムを「キャパシティ以上の観光客が押し寄せる」が定義とすれば、地域の観光受け入れキャパシティが仮に1000人で1500人が来れば”オーバー“になる。いったん観光客に対してネガティブになった地域住民感情は、観光客数の制限や平準化といったこれまでの対策だけではポジティブにならない。
「観光客が及ぼす悪影響に対して地域が十分な利益を得られていない状態」という定義で、いかに地域住民に観光の利益を還元するかというベネフィットデザインが重要になってくるのである。
京都のDMO(ディスティネーション・マネジメント・オーガニゼーション)は日本でもトップクラスの観光マネジメント組織であり、観光先端地域としてさまざまな対応施策を今後も行ってゆくと思われる。そこから他の地域が学ぶことは多いだろう。
池上重輔
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