( 173693 )  2024/05/24 17:38:10  
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日銀の植田和男総裁に対し、円安による物価上昇懸念が深まっている中で批判が寄せられている。

日本銀行が金融政策を維持したことを受けて、日米の金利差や金融政策による円安圧力が議論されている。

現在の円安の理由として、日米の実質金利の差が挙げられており、他にもリスク・プレミアムなどの要因も影響している。

日銀はマイナス金利政策を止め、インフレ期待を2%にアンカーし、インフレを安定させる取り組みを行っているが、円安に対してどのような対応を取るべきかについて議論が続いている。

(要約)

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継続する円安基調に日銀に対する批判も。写真は参院財政金融委員会に出席した植田和男総裁(写真:つのだよしお/アフロ) 

 

 円安による物価上昇懸念が深まっている。為替相場が円安傾向を強める理由として日米の金利差が指摘される中、日本銀行が4月の金融政策決定会合で前月の政策を維持したこともあり、基調は反転していない。植田和男総裁に対する批判も出ているが、日銀にとりうる手はあるのか。元日銀の神津多可思・日本証券アナリスト協会専務理事が解説する。(JBpress編集部) 

 

【グラフ】円安要因とされる日米の金利差拡大 

 

 (神津 多可思:日本証券アナリスト協会専務理事) 

 

■ 法律上、為替レートは財務省の所管だが… 

 

 円安が進んだ。そもそも、それが行き過ぎかどうか、いろいろな見方がある。しかし、世の中で上がっている声からは、「さすがにこのままにしておいてはいけないのではないか」という見方が増えてきたことは言えるように思う。 

 

 だからこそ、財務省は日本単独での介入を意思決定し、日本銀行が外国為替市場に介入した。とはいえ、それだけではなかなか底流にある円安圧力は衰えない。そこで、為替レートに影響を与え得る金融政策についても、「さすがにこのままではいけない」という判断と平仄が合ったものにすべきだとの声も出ている。 

 

 法律上は、為替レートのことは財務省の所管となっているが、日本銀行は日本経済の健全なる発展を理念としている。このところの円安がその理念に背いているなら「為替レートのことは関係ない」とは言えないだろう。 

 

■ そもそも為替レートはどう決まるか 

 

 円安が行き過ぎかどうかを考えるためには、為替レートがどう決まるかについて整理しておいた方が良い。統計学や計量経済学を駆使しても、為替レートの振る舞いは結局のところ「ランダム・ウォーク」、すなわち明日のことは分からないという結論になってしまう。 

 

 それでも理屈から攻めれば、少し長い目でみた場合、次の3つの要因が影響していると言われてきた。 

 

 ひとつは「相手国とのインフレ率の差」である。米ドルについて言えば、米国と日本のインフレ率を対比し、低い方の通貨に切り上げ圧力が加わる。詳細は省くが、いわゆる購買力平価の考え方である。 

 

 つい先頃までは、日本は米国より低インフレであったので、この観点からは常に円高圧力が生じていた。 

 

 

 ところが、下げ渋っているとはいえ、米国のインフレ率が低下する半面、日本のインフレ率がかなり高くなっているので、両者の差があまりなくなってしまった。したがって、このインフレ率の差の面からは、ひところより円安圧力が強くなっている。 

 

■ 円安の底流には日米の実質金利の差がある 

 

 2つ目は、「相手国との金利の差も為替レートに影響する」というものだ。「金利平価」と呼ばれ、単純に、金利の高い通貨の方が切り上げる。 

 

 この面から、2022年から米国ではかなり速いピッチで金利が上昇し、かたや先般やっとマイナス金利政策が終了した日本との金利差は大きく開いている。これが現在の円安の理由として一番言及されている要因だ。 

 

 最初のインフレ率の差と合わせて考えると、金利からインフレ率を差し引いた実質金利の問題となる。長期的には、実質金利はその国の経済の実力と連関すると考えられており、実質金利差が日米で開いていることは、結局、経済の成長力の違いを反映したものと言える。 

 

 ちなみに、日本の長期金利(10年もの国債の流通利回り)は、足元で1%にも満たないが、消費者物価総合でみたインフレ率は3%弱である。したがって、この2つから計算される実質金利はマイナス2%弱ということになる。 

 

 他方、米国の長期金利は上下しているが、なお4%台であり、消費者物価前年比が3%台であるから、同様に計算される実質金利はプラスの1%台である。 

 

 この違いが、現在、金融市場がみている日米経済の実力の差であり、それが現在の円安の底流にある。 

 

 現実の為替レートには、上記のインフレ率の差でも実質金利の差でも説明できない残りの要因がある。これが3番目で、計量する上では残差となり、しばしば「リスク・プレミアム」と呼ばれる。 

 

 このリスク・プレミアムは、観察の方法にもよるが、残差として把握すると、かなり大きく変動する。リスク・プレミアムが、本来、そんなに大きく変動するものかどうかについては議論があるが、これには、例えば財政バランス、地政学的評価、天災の確率といった、金融市場の外側で決まる要因が反映されると言われる。 

 

 日本の場合、ストックでみた財政赤字、中国・北朝鮮との緊張関係、繰り返す地震や台風といった要因が、このリスク・プレミアムを通じて円安を招いている可能性はある。実際、実質金利と、インフレ率の差の要因を調整した実質為替レートの関係をみると、近年、円安方向にはっきりシフトしている。 

 

■ 円安材料とされた植田総裁の「正論」 

 

 以上のように整理すると、現在の円安のかなりの部分は理由あってのことであろう。それに対し、「金融政策で何かできる、あるいは何かすべき」か、どうなのかという気もしてくる。しかし、現実は、以上で整理したような理屈で動かない投機的動きもあるのが外国為替市場である。 

 

 例えば、次のようなことがあった。 

 

 日本銀行の植田総裁は、4月の金融政策決定会合後の記者会見で、「円安が進行する中で金融政策を変更しないのは、それが無視できる範囲と認識してのことか」といった趣旨の質問に対して、「取りあえず基調的な物価上昇率への大きな影響はないと、皆さん(筆者注、政策委員のこと)判断したということになるかと思います」と答えた。 

 

 それに対し、さらに「今回は、これは基調的な物価上昇率への影響は、まあ無視できる範囲だったという認識でよいか」と問われ、今度はシンプルに「はい」という返答をした。このやりとりが外国為替市場では円安材料と受け止められ、その後、円安がさらに進み、この応答がまずかったとも論評されている。 

 

 しかし、植田総裁の発言を前後の脈絡を含めてみれば、先般の金融政策決定会合までの円安だけでは基調的な物価上昇に変化があったとは言えない、という正論を確認したやり取りに過ぎない。それでも円安材料にしてしまうのが外国為替市場である。そうした動きを制御するために、現在、日本銀行にはどういう術があるだろうか。 

 

 

 マイナス金利政策を止め、普通の金融政策に移行した後も、日本銀行は引き続きインフレ期待を2%にアンカーしようとしている。2%を目指しているから緩和し過ぎになり、だから行き過ぎた円安になるのだという批判もある。 

 

 とはいえ、1%程度のインフレでは、10年に1回程度起こる大きな需要ショックでまたデフレになってしまう。そういうことが繰り返され、日本経済に不振感が蔓延したことは経験の通りだ。デフレに戻さないためにも、ここで、インフレ期待を2%程度にしっかりアンカーしたいところだ。日本銀行がまだそこに至ったとの確信が持てないとする理由にも納得できる点はある。 

 

■ 政策金利のビジョンを示すことも一案か 

 

 他方で日本銀行は、インフレ期待2%達成の確率が次第に上がってきているというメッセージも発している。 

 

 消費者物価前年比の政策委員大勢見通しの中央値は、2024年度から2026年度にかけて+2.8%、+1.9%、+1.9%であり、本当にそうなれば、インフレ期待が2%程度で安定するということも十分考えられる。 

 

 そういう見通しの下でも、外国為替市場で安心して一層の円安ポジションが形成されるのは、マクロ経済の変化に伴って、金利がどうなっていくかのビジョンが示されていないからかもしれない。 

 

 是非はあるにせよ、米国では経済の先行きの見方と合わせ、政策金利がどうなっていくかについて、連邦公開市場委員会のメンバーの見方が明らかにされている。これまで長く異次元緩和を続けてきた日本で、政策金利の先行きの見通しを出すことはかなり困難なことだろう。それでも、対ドルでみての金利差がどうなるかに主眼をおいた投機的な動きを抑制する上では、政策金利の先行きを示すことも一案かもしれない。 

 

■ 2%インフレ達成時のイールドカーブとは 

 

 このコラムでは以前、マイナス金利から脱却した後の日本銀行の金融政策は、イールドカーブ・コントロール(YCC)ならぬイールドカーブ・アジャストメント(YCA)になると予想した。現在、日本銀行が行っているのはまさにYCA、すなわち長期金利にも一定の配慮をしつつ、政策金利を動かそうとする政策であると思う。 

 

 【関連記事】 

◎YCCの次はYCAへ、金利急上昇を回避するため日本銀行がなすべきこと 

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 したがって、金融政策の先行きについてより具体的に示そうとする場合、本当はこのYCAのあり方についてのイメージも示さなくてはいけないことになり、さらに難易度は増す。それは、要するに、2%のインフレ期待が定着した時のイールドカーブがどうなるかについてのビジョンを示すということだからだ。 

 

 それは難しいとしても、YCAにおける長期金利への配慮の度合いをどうしていくかについて、ヒントを示すことはできないだろうか。 

 

 2026年度末でほぼ2%のインフレ期待が定着するとみるなら、その頃にはYCAも終了している、長期金利の決定は完全に金融市場に委ねるかたちとなっているだろう。そこまでの歩みをどうしていくか、日本銀行と金融市場との間でコミュニケーションができれば、あらぬ円安方向への投機的動きに対する制御にもなるのではないだろうか。 

 

■ 国債買い入れ額、保有残高についてもメッセージを 

 

 より具体的には日本銀行による国債の買い入れ額、さらには国債の保有残高をどうしていくかの情報を金融市場に提供することでもあるだろう。当面は、日本銀行は月額6兆円程度の国債買い入れを行うとしているが、今後これをどうしていくか、一定のメッセージを出すということも考えられる。 

 

 国債市場における急激な動きは、金融市場のどのプレーヤーにとっても好ましいことではない。したがって、日本銀行の裁量的な対応の余地は確保しておくべきだ。その意味で、月額ではなく四半期額で目途を示し、各四半期のはじめに少なくとも翌四半期についての買い入れ額の目途を示すようにして、次第に1年先まで目途を示すようにするのはどうだろうか。 

 

 

■ 4月の決定会合でも国債買い入れ額について言及あり 

 

 四半期とすれば、毎月の調整の余地は広がるし、次第に長い先についてまで目途を示していくことで、今後の買い入れ額の変化を金融市場が消化する余地も確保できる。もちろん、事情が変わった場合には見直すという条件付きになるだろうが。 

 

 4月の金融政策決定会合における主な意見の中でも、「どこかで削減の方向性を示すのが良い」「減額も、市場動向や国債需給をみながら、機を捉えて進めていくことが大切である」「市場の予見可能性を高める観点で、減額の方向性を示していくことも重要である」と3カ所にわたってそうした国債買い入れ額の変化の方向性について言及がある。 

 

 外国為替市場で投機的な円安ポジションを作る動きがあり、それは行き過ぎで望ましいことではないと判断するのであれば、広義の金利調整であるYCAにおいて、長期金利の影響を及ぼし得る日本銀行による長期国債の買い入れ額を、例えば上記のようなかたちで変化させていくことも一案かもしれない。 

 

 神津 多可思(こうづ・たかし)公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事。1980年東京大学経済学部卒、同年日本銀行入行。金融調節課長、国会渉外課長、経済調査課長、政策委員会室審議役、金融機構局審議役等を経て、2010年リコー経済社会研究所主席研究員。リコー経済社会研究所所長を経て、21年より現職。主な著書に『「デフレ論」の誤謬 なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか』『日本経済 成長志向の誤謬』(いずれも日本経済新聞出版)がある。埼玉大学博士(経済学)。 

 

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神津 多可思 

 

 

 
 

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