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政府は2025年度から全国でロードプライシングを拡大する方針を固め、これについて議論が活発化している。

ロードプライシングは料金を時間帯や区間で変動させることで渋滞緩和を図る制度で、これまでも休日割引や時間帯による通行料変動が行われてきた。

しかし、料金上昇に対し時間をずらせない人への影響や、道路と鉄道の連携不足など懸念も。

交通体系全体のあり方を骨太に議論する必要があると指摘されている。

(要約)

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【写真】35kmという渋滞表示が出ている名神大津SA付近。ロードプライシングで渋滞緩和なるか? 

 

 政府は5月10日、コロナ禍が明けて慢性化している高速道路の渋滞緩和策として、特定の時間帯や区間で料金を変動させるダイナミックロードプライシング(以下:ロードプライシング)を2025年度から全国で拡大する方針を固めた。 

 

【写真】高速道路マニアの筆者が走ってきた混雑しがちな高速道路 

 

 読売新聞では、この発表よりも早く、5月6日の朝刊に1面でこのニュースを掲載したため、その後インターネットなどで議論が沸き起こっている。改めてこのニュースを整理しておきたい。 

 

■渋滞する時間は高く、空く時間は安く 

 

 交通機関や観光施設などは、原則として、あらかじめ決められた運賃や料金でそのサービスを提供するが、需給バランスを取るために季節、曜日、時間などで運賃・料金を変動させる施策を取ることがある。これが変動料金制、いわゆる「ロードプライシング」である。 

 

 航空運賃は、かなり以前から購入日によって、あるいは同じ日でも便によって価格が異なるので、「運賃は不変である」という考えはすでに大きく崩れている。 

 

 また、高速道路でも、平日よりも休日に通行料を安くする「休日割引」や、深夜0~4時に通行した際に受けられる「深夜割引」などが、すでに定着している。ただし、休日割引は需給調整というよりは、休日の利用促進策としての面が強い。 

 

 純粋なロードプライシングとしては、東京オリンピック2020開催時に関係車両をスムーズに通すため、首都高速道路で時間帯による変動通行料を実施した。 

 

 また、2023年からは東京湾アクアラインで、休日午後の川崎方面の渋滞緩和のため、午後1時~8時を通常の800円から1200円に、午後8時から0時までを600円に値下げする施策を実験として行っている。 

 

 アクアライン全体の交通量は、実験の前年同時期と比べて増加したが、値上げをした休日昼間の交通量は前後の時間帯に分散。渋滞による最大損失時間が、土曜日で約31%、日曜日で約21%減少となった分析が出されている。 

 

 

 また、夜の料金を値下げしたことで、千葉県の観光施設などの滞在時間が増えたといった総括もなされている。一定の効果は、あったと言えるだろう。この実験は、今年度も継続されている。 

 

 こうしたことを受けて、渋滞の激しい区間などで同様の価格変動制を導入しようというのが、今回の政府からの提案である。 

 

 これで高速道路の渋滞が本当に緩和されるなら、利用者にとっても悪くない施策である。しかし、現在のところ、筆者の周囲の声やインターネットの反響などを見ると、あまり評判が芳しいとは言いがたい。 

 

■時間をずらせない人には値上がりになる 

 

 まず、ベースに「日本の高速道路通行料が諸外国に比べて高い」ことがある。欧米などの物価高や円安で、日本の物価は相対的に安くなっているが、こと高速料金に関しては今でも「安い」という感覚は持たれていないであろう。 

 

 さらに、いずれ無償になると説明されていた高速道路の通行料は、2023年5月の法改正により「事実上2115年まで有料のまま」ということになり、多くの利用者を落胆させた。2115年という途方もなく先の年限が、事実上「無料化の撤回」と受け止められたからである。 

 

 また、高速道路の利用者は、「混んでいるから時間をずらせる」人ばかりではない。もし混雑時の料金が上がれば、時間をずらせない人にとっては値上がりになってしまう。さらに、業務用の大型車などには、労働時間に上限などを課す「2024年問題」もある。 

 

 これまででさえさまざまな時間的制約が課されていたのに、もし料金が細かく時間で区切られることになれば、少しでも安く走行するためには、今まで以上に時間調整を行わざるをえなくなる。これでは、「働き方改革」に逆行しかねない。 

 

 これまで高速道路各社は、実にさまざまな渋滞対策を行ってきた。混雑区間の車線を増やしたり、注意喚起の標識や壁面の流れるライトで自然渋滞の発生源となるスピード低下を抑制したりと、多くの時間と経費をかけて解消に努めてきたものだ。 

 

 しかし、コロナ禍が明けても、人やクルマの流れは完全には回復していない一方で、東京都以外で人口が減り始めている中でも、首都圏や近畿圏などの大都市や周辺の渋滞が劇的に減った印象もない。 

 

 

 筆者がよく使うのは東名高速道路と東京湾アクアラインだが、以前よりも平日・朝夕の渋滞はひどくなっている印象がある。 

 

 大型連休の15km、20kmといった大規模な渋滞を取り上げたメディアも多いが、日頃から高速道路を利用する筆者には、「その程度の渋滞なら平日の混雑時と大差ない」と感じられる。 

 

 もちろん、細かい制度の設計はこれからであるため、利用者が感じるさまざまな懸念は払拭されていくかもしれないが、通行料に関しては総じて不満が大きく、また現在の政府が本当に利用者のことを考えて施策を行うかを考えると、不安な声が上がるのもよく理解できる。 

 

■「道路と鉄道」2大インフラの関係 

 

 高速道路の建設や維持に莫大な予算がかかるのは、山間部の多い地形の日本ではやむをえない面もある。また、高速道路のロードプライシングは外国にも例があるので、導入への抵抗は少ないかもしれない。 

 

 ただし、ロンドンやシンガポールなどのロードプライシングは、都市部へのクルマの流入をコントロールするために設けられた施策であり、日本で“全国的に”行うとしたらどの区間にどのような料金差をつけるのか、完全に模範となるモデルは海外には存在しないようにも思う。 

 

 また、こうした議論のたび、ずっと気になっていることがある。日本の陸上交通を支える有料道路と鉄道という2大インフラの関係だ。 

 

 道路と鉄道は、あるときはライバルであるが、あるときは相互補完の役割を果たすが、整備も運賃・料金もバラバラに施策が進められていて、総合的な交通政策を行っているようには見えない。どちらも国土交通省という同じ省庁の管轄であるにもかかわらず、である。 

 

 その結果、地方では今も高速道路の建設が進む一方で、JRのローカル線の多くは経営が苦しく青息吐息となっており、都市間を結ぶ特急が削減されたり、路線そのものが廃止されたりしている区間が少なくない。 

 

■人口減と高齢化が進む中で骨太の議論を 

 

 2024年3月の北陸新幹線の全線開業で、名古屋方面から北陸、特に福井市、金沢市へ鉄道で向かう場合、原則として、米原と敦賀での乗り換えが必要になった。 

 

 利用者にとっては明らかに不便になったため、特に福井~名古屋間の移動は高速バスへのシフトが進んでいる一方、高速バス側は運転士不足で増発したくてもできない状態となっている。 

 

 また、南房総や銚子など千葉県の南部や東部へは、アクアラインも含む高速道路の整備により、JRの特急が次々と削減され、マイカーを除くと移動手段は高速バス一択になっており、移動におけるさまざまな課題が浮き彫りになっている。 

 

 鉄道と高速道路や高速バスが連携して人々の移動を担うべきなのに、それぞれが連携なく動くことで、全国で不便が生じているように感じる。 

 

 今回の変動料金制は、2024年6月に策定される経済財政運営の基本指針「骨太の方針」に考え方を盛り込む方向で調整しているとのことだが、「骨太」というのなら、人口減と高齢化が進む我が国の交通体系のあり方自体を「骨太」に議論してほしいと願わざるをえない。 

 

佐滝 剛弘 :城西国際大学教授 

 

 

 
 

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