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ひろゆき氏「体動かないですよ」 出演者の「60代を高齢者って失礼」に反論

スポニチアネックス 5/25(土) 12:26 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/68185b8a7b3ed82661479bb846ba86560e87672d

 

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実業家の西村博之氏(ひろゆき)が、高齢者について語るABEMA「Abema Prime」に出演。

政府が65歳以上を高齢者と定義しているが、これに対し、60代を高齢者と呼ぶことに関して「失礼だ」との意見が出される。

ひろゆき氏は、「60歳は高齢者であり、体が動かなくなるという観点から言ってもそうだ」と反論した。

(要約)

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「ひろゆき」こと、西村博之氏 

 

 実業家・西村博之(ひろゆき)氏(47)が24日放送のABEMA「Abema Prime(アベプラ)」(月~金曜後9・00)に出演。「高齢者」について語った。 

 

  

 

 政府は23日の経済財政諮問会議で、国民の健康寿命が高まっていることから、現在は65歳以上とされている高齢者の定義を5歳引き上げることを提言した。 

 

 番組がこのニュースを取り上げると、出演者の平石直之アナウンサーは「60代を高齢者って呼ぶことが、すでに相当失礼なことだなって感じがしてて。高齢者ってことはおじいさんってこと。アベプラに60代の方出ていただいているけど、おじいさんじゃないでしょ?」とコメント。 

 

 これにひろゆき氏は「いや、おじいちゃんですよ。体動かないですよ。まともに体動かせられるっていうのでいくと、やっぱり高齢者ですよ60歳は」と反論した。 

 

 

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(まとめ) 

コメントを通して、高齢者という言葉への認識や定義には個人差や論点があります。

一部の意見では、60代もしくは65歳以上であれば高齢者とするべきとする意見や、体力や健康状態によって高齢者と捉えるべきだとする意見があります。

また、高齢者として定義することで、年金や社会制度に影響があるとの懸念や、健康寿命の概念がある中で高齢者の定義が変わるべきだという意見も見られました。

個人の体験や周囲の状況によって、高齢者という言葉や概念に対する認識は様々であり、さまざまな立場や思考が存在することが示唆されました。

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・様々な人がいるので、定義の必要がないことだと思います。 

無理に定義をするのは、高齢者でないのだから働け、年金はまだ早い、的な考え方だと思います。 

50代ですが、若い頃は60歳まで働けば年金で暮らせるんだからと頑張りましたが、ゴールは5歳伸びてしまいました。 

さらに伸ばす気か?と考えてしまいます。 

 

 

・歳を重ねるごと、特に40歳以降は食欲、性欲、もちろん体力、筋力すべて減退します。 

100年前までは50歳で死ぬのが当たり前だった。その間別に人類が急速に進化したわけではなく、単に食料や居住環境が変わっただけ。 

野良猫と飼い猫で寿命が倍違うのと同じ理屈。 

年寄りをリスペクトせず揶揄するのはやはり良くないと思いますけど。高齢は高齢文字通りだと思いますよ。 

 

 

・平石さんてもっと頭の良い人かと思っていたけれどそうじゃなかったね。 

つまり分母が大きすぎるんだよ。 

人生100年時代って言う言葉も好きじゃない。 

たまたま100歳まで生きる人がいてその人を基準に物事を考えたってしょうがない。 

60代も一緒。一括りにするのは間違いだよ。自分はいま60歳半ばだけれど20~30代に比べたら体力なんて1/4ぐらいじゃないかな? 

持病はあるし労災事故の後遺症もある。 

そりゃ、スーパーボランティアのナントカさんみたいに80代でも元気な人はいるよ。だけど元気で健康か、あるいはそうでないかの「差」、「比率」は圧倒的に違うと思うよ。 

だいたいスタジオで適当な事を喋っているコメンテーターなんて何の基準になるんですかね? 

 

 

・アナウンサーの「アベプラに60代の方出ていただいているけど、おじいさんじゃないでしょ?」という発言は、政治家の年金支給年齢引き上げと同じで、自分の環境が全てになってる一般社会の見えなさからの発言だと思う。 

政治家は80歳になっても働いてるが、それは周囲のフォローが手厚かったり特別な環境だからであって、同様にテレビに出る有名人も特殊な環境にいる特殊な人達であって、一般化すること自体が間違っている。 

 

スーパーのレジ打ちやカート整理、警備員、介護の送迎、交通整理、トイレ掃除とかが一般の高齢者の仕事だが、政治家もマスコミの連中も一度その手の仕事を一ヶ月ぐらい体験させた方がよいのでは? 

 

 

・昔はバブルで景気が良くお金を溜め込み60歳で定年であとは悠々自適に暮らす人間が多くいた。 

その後も払った額以上に年金を貰っているという。 

 

それに比べて、今の現役世代は不景気しか経験がなく、払った以上に年金を貰える見込みもなくて貰えるのは70歳になりつつある。 

20代の若者世代はさらに75歳に伸びることになるのでは。 

 

世代間格差がバグのレベルなので、今からでも生きている老人の年金を将来の年金受給者のレベルに引き下げるべきである。 

 

 

・カズももうすぐ、現役の高齢者サッカー選手になるって事だな。郷ひろみや田原俊彦も、バリバリ歌って踊ってる高齢者だな。 

 

 

・>60代を高齢者って呼ぶことが、すでに相当失礼なことだなって感じがしてて。高齢者ってことはおじいさんってこと 

 

わけがわからないんだけど…… 

一般的には65歳以上の年齢を高齢者としているし、そのフレームで64歳以下(35歳まで)を高齢者としないのであれば中年者となる。 

ここに無意味に配慮するふりをする批判を避ける意識の高い人は、高年者をシニア、中年者をミドルと意図的に言い換える。 

 

 

・60代は高齢者。 

見た目云々ではなく、体の機能は間違いなく落ちてる。今、私は40代だが、体を全力で動かせば間違いなく何かしらの怪我する。全力疾走など絶対出来ない。 

60代はこの現状に輪をかけて悪くなる訳だから、高齢者に充分あてはまると思う。 

 

 

・あと2年で還暦ですが、確かに体動きませんよ。 

関節があちこち痛んで歩くのもツライ時あります。 

もちろん個人差はありますが、1歳違いの夫も同じ事言ってますからね。 

気持ちの上では若くありたいとは思うけど、年々老いていく現実はきちんと受け止めて、ちまちま終活を始めております。 

 

 

・60代は、まだまだ行ける働ける。会社ひいては社会のリーダー的存在になれる。70代でも、工場現場でバリバリ働いている人がいて、そういう人は100歳迄生きるだろう。中には個人差があって、体が動かなかったり、文字通りの高齢者もいるが。諦めないで働き続ける。己の錆付いた頭を動かそう。 

 

 

 

・たしかにおじいちゃんですね。父親見てても衰えを感じます。 

問題なのは、まだまだ大丈夫だ!と高齢者本人達が、いつまでも元気だと勘違いしていること。だから運転も何歳まででも大丈夫だと思い込んで運転しちゃって事故るんです。ハッキリ数値で見せるためにも、免許更新で体力測定取り入れるべきですね。 

 

 

・テレビに出てる人は特に自己管理をしっかりされてるし、動けるひとが多いけど、漫然と何もせず年取ってしまった人は動けないですよね。 

退職年齢を上げる風潮があるけど、一方で一般の方々の健康寿命を引き伸ばす政策というか社会運動的なムードがなければ、一般人は定年あがっても期待されてるほど働けないと思います。 

 

それだけに、義務教育での体育が重要だと思います。いまだに競技性ばかり重要視されているけど、生涯楽しめるスポーツや、ストレッチで怪我を減らせることなど、体育教員養成課程からテコ入れしないといけないですね。 

 

 

・自分も60になったばかりで、若いつもりでいるが体力は相当落ちている事は自覚している。 

ちょっと肉体労働すると、2、3日身体が重いし、40、50代と比べると格段に落ちている。毛染めしたりファッションで若さを繕っても、相当体力は落ちている。 

ただ、知識や知恵はある程度身に付いているので、軽い運動をしつつ、そっちで勝負するしかないかなと思っている。 

 

 

・食事や医療などは進歩を遂げましたが人間の身体自体は別に進化はしてませんからね。ピークを過ぎたら衰えるのは当たり前で、どのタイミングで引退するとか自身を高齢者と認識するかはそれこそ人それぞれなので他人に、ましてや政府に定義されるような種類のことではないと思っています。 

 

 

・70半ばだけど、衰えはそれなりにある 

だけど、人の手を借りて生活するほど衰えてないが、時折鏡みて誰と思うことはある 

自転車はコケたら迷惑かけるから、徒歩で買い物をして、なるべく歩くことを心がけてる 

 

不調を感じたら早めに病院に行って検査する 

我慢することは悪化を招くので、我慢せず検査して必要な治療を受ける 

 

一人で迷惑かけずに、暮らすために栄養が偏らない留意をする 

物は増やさない、老人を認識して怪我しないようにする。 

老いは等しく誰にでもやって来る、生まれた瞬間から死に向かっているのだから、寝たきりにならないように、体の老いを認めて対策を講じることが肝要だね 

 

 

・高齢者でいいんじゃないですかね。だって人生80年の4分の3を過ぎる年齢だからね。でも60才だからといってみんな体力が一律に一挙におちるわけではないよね。個体差がある。だから一律に体力、精神力、集中力などが劣ると決めつけるのは如何なものか。ひろゆき氏よりも体力、精神力、集中力が高い70才台はいくらでもいますよ。 

 

 

・何歳から高齢者としても良いですが、見た目や体力、思考能力の個人差は大きいですね。それよりキチンと納税も続けながら、社会や家族のために一生懸命働き人生経験を積み重ねた方を、年齢だけで老害と決めつける風潮はどうかと思う時もあります。人は誰しも高齢になるのは間違いないですが、私は自分の残りの人生を誰にも迷惑をかけず楽しむだけです。 

 

 

・5歳引き上げの是非はともかく 

規則や法律を作る上である程度の線引きは必要だよ。 

2,30代の頃と同じように動ける? 

朝起きて体に痛いところない? 

健康診断で引っかからない? 

40代の俺でも昔より歳とったなと思うことがかなりある。 

気持ちの問題とは別で、身体的には60歳は十分高齢者だよ。 

もちろん個人差はあるし、元気な人もいるだろうけどね。 

 

 

・60歳は見た目的にはおじいさんではなく、まだおじさんという表現が合う。 

でも身の回りを見てると、60代に入るとそろそろ指が動きにくくなってマウスのダブルクリックが苦手になって来たり、キーボードを打つスピードが格段に遅くなったり、関節痛くて階段上れなかったり、明らかに50代とは違う感じになってくる。 

皆さん気合いで乗り切ってるけど、現役世代が苦もなくできたことに気合いを要すようになれば、やっぱりそれはおじいちゃん、あるいはおばあさん何だと思う。 

まあ、そりや確かに70代80代に比べれば若いけどね。 

 

 

・この提言には2つの性格があると推察されます。 

1つは人類の平均寿命と健康寿命の延伸による、一定の言葉の定義の見直し。 

もう1つは既出されているとおり、社会保険や医療費負担、老齢年金の支給範囲を根本的に土台から延々させて削減していくことです。 

個人的には、現在の日本の経済状況、少子高齢化問題を考慮すれば然るべき対応で評価するべきだと思っています。 

併せて議論してほしいことは国家予算の大部分を占める社会保障費です。日本は高齢者にはじゃぶじゃぶとお金を出すのに、異次元(苦笑)の政策をしてはいますが子育てにはまだまだ冷たいです。 

高齢化自体は問題ではなく、高齢者にお金をかけ過ぎてることに問題があると思います。バブリーな日本ならそれも良しですが、今は違います。 

これらは一人ひとりが考えなければならないとてもデリケートな問題だと思います。 

 

 

 

・30歳以降はどんどん個人差が出てくるので定義するのが難しいところ。 

体が動く動かないの基準だけでいえば60歳で現役バリバリの肉体労働してる人もいるし、ひろゆきのいう体の動かないタイプも出てくる。 

 

 

・♫村の渡しの船頭さんは今年六十のおじいさん 

と歌われたが、今は老年年齢が上がった? 

平均寿命は伸びても、老化が遅れたわけではない。その証拠に定年が60の会社はまだある。 

だいたい「若いもんにはまだ負けない」という時点ですでに負けている。 

50代でけっこう老化している人もいる。60ともなれば立派な年寄り。 

無策な政府の後押しして、7、80まで働かないと生活できない国にしたいのでは? 

昔は隠居と言う良い制度があった。 

生涯現役は聞こえが良いが、のんびり老後の楽しみも許されないのが政府の政策? 

貧乏な国だからしょうがないが、あくせく働かなくても暮らしの立つのがまっとうな社会では? 

 

 

・高齢者だと思います。昔は定年も55歳くらいでした。医療体制が整備されて、長生きする人は増えても、体の衰えは半世紀前とそんなに変わらない。50歳を過ぎたら体もアチコチ不調になります。若い頃と同じようにはいきません。だから、高齢者の起こす交通事故とか目立つようになった。昔は80歳はそろそろ寿命で車を運転するような年齢ではなかったからね。 

 

 

・経済財政諮問会議で決定した、がすべて。 

国民から搾り取れる程度には働けるし健康だろうという年齢設定を国民に押し付けた。健康寿命等のデータを事あるごとに提示し納税の年齢上限をあげても文句がでにくい環境を醸成する。そして取れるものは萎れるまで搾り取り、与えるものはカラッカラに乾くまで与えない。 

別に人間が成長したわけじゃないし進化したわけでもない。無理して働き稼ぎ倒れるまでの期間が伸びた気がしているだけ。植物にHB101あげれば元気になるでしょ。でも植物が進化したわけじゃない。年を重ねれば弱るしガンなどの病気にかかりやすくなるのは何も変わらない。 

 

 

・高齢者の定義は明確に定まっている訳ではない、制度上65歳にしているが。そもそも60代になっていない方々が身体的な事を想像していい加減なことを言ってもどうかと思う、個人差が大きく70代だろうが体力、気力共に十分な人もおられる。高齢者になれば税金、社会保険を払わなくててもよいというのもは勘違いである。あくまでも所得に応じて負担をしている訳である。 

 

 

・50代でもまともに体が動く人ってどれくらいいるでしょうか。 

ゴルフした後の疲労感で言うとわかりやすいのかな? 

でも、個人差もあることだから、疲労困憊の人もそうでない人もいるでしょ。 

とは言え動かないというのは正解だと思います。 

 

 

・体の衰えなんて個人差あるんだから、そもそも年齢をラインにして一括で区切るのに無理がある。 

だからといって個人個人をいちいち基準に照らして高齢者か否か判断するなんてことできるわけないんだから、年齢をラインにするのが一番わかりやすいし現実的。もし国民の健康年齢が上がって高齢者のラインを上に押し上げてもいいっていう論拠があるならそれでいいと思うけど、ないならただの増税でしょう 

 

 

・急激に進歩したのは医療であって人間が進化したわけじゃないから、人生たかだか50年のころから基本性能は大して変わってないと思う。衛生面も衣食住も比較的いいから少しは健康でいられるけど、細胞レベルで何かができているわけじゃない。 

 

 

・個人差があるけど、おじいちゃんおばあちゃんという感じの人は少なくなったと思う。 

60歳と90歳を同じ高齢者というカテゴライズするのは変な気がする。 

文字的には初老とかになるのかな。 

本当の意味は初老って40歳くらいのことだけど、この言葉ができたときの平均寿命って4〜50歳くらいだったんじゃないかな? 

戦前は日本人の平均寿命は50歳以下だったし。 

江戸時代なんて平均寿命30歳くらいだった。 

5歳くらいまでの死亡率が高かったので、70歳くらいの人もたくさんいての平均値だけどね。 

 

 

・定年を65歳にして雇用延長の期限と年金支給の年齢を70歳にするためのものであるとは思う。 

働けるうちは働いてもらった方が若者世代も助かるとは思うけど、引き伸ばしにより働かないおじさんに何時までも居座られると、生産性の低下に繋がり国際競争力も低下するみたいな事で理解した。 

 

 

 

・体の動きだけで定義するなら、普段からスポーツとかして体動かしてる60歳と、運動らしい運動など全くせずに必要最小限の動きだけで生きてる30歳なら前者の方が確実に体動きますよ。 

で、その30歳は高齢者なのか?と言ったらそれは違うのではないかね。 

 

 

・高齢者かどうかはひとまとめにした相対的な判断。よく言われる「Z世代」だって、デジタル、インターネットネイティブなんて言われるけど、スマホしか使えなくて、各種デジタル機器をリアルに使いこなしているのは50代だったりするからね。ただね、身体は正直。高齢者が筋トレしても痛々しいし、おばさんが白髪染めしてシワやほうれい線隠してもたるんだあごまでごまかせない。歳を取ることは悪いことじゃない。自分や相手を「年寄り」と決めつけることが問題。 

 

 

・私みたいに医療関係の仕事してる人からしたら60代って若いなという印象を抱く人が多いと思います。高齢者と言ってもみんな何の介助も必要ないですし。 

ただ65歳以上という定義を変えるとなると仕事上「高齢者の場合は〜」と言われたとき、あるいは本や資料に書いてあった時の解釈が変わってくるのでややこしいですね。 

 

 

・私は人より老化が早いと思っている。父も80になって少ししてから他界したが老衰だった。 

以前会ったことのある男性は100歳を超えていたが、ちょっと力仕事の手伝いを頼めそうなほどのしっかりした体つき、身の動きだった。 

こんな風に個人差のある事なので何が正しいという事はない。 

愚痴を言うなら、バブル世代が長めに働くのは構わないが、我々ロスジェネが割りを食うのはもうたくさんだ。 

 

 

・会社に75歳の男性と70歳の男性と68歳の男性がいますがおおむね元気で20代と変わらないかそれ以上の作業量をこなされてます。身のこなしはさすがに20大同様に軽やかとは言えないですが。警備員されてる高齢者の方なんかは結構おじいちゃんですね。普段から体動かしてるかどうかの差なのかなと思います。何もしなかったら60超えたらだいぶ衰えるでしょうね。 

 

 

・60~65歳説より、男72歳、女74歳の健康寿命を基準に一律にしたらいい。 

90歳以上から「長寿高齢者」で一括化すればいい。 

なので、多少制限を受けても、70歳までは働いて頂ければと思います。 

その代わり、長寿祝いを廃止+縮小。 

健康表彰制度を創設し、健康状態が優秀な人を表彰する制度を創設すればいい。 

どれだけ長生きより、どれだけ健康上の不便が無いか、とすればいい。 

長生きな時代になった分、稼げる量を増やすしかない。 

年金や介護は増えていかない。 

となれば、稼げる年数や働ける年数を延ばすほかない。 

それと同時に、健康状態が優れた人に表彰制度を創設し、それによって、家族や国家に負担を少なくしているということで、長生きしても、この人は安心という条件を作る(血圧やBMIは対象外OKもあり)。 

そうすれば、健康状態で表彰する制度を導入しないと国の保険料他増税しかない。 

 

 

・まあ、アラフィフですが30代の頃よりは動かないのは確かですけど、それは自分の30代であって今の30代よりかは動くという自負はありますね。 

背中で届かない所は無いですし、前屈でも10センチくらいはまだいけますよ。 

 

 

・今の時代だと60代を見て「高齢者」と呼ぶのはちょっと違和感があるな。超高齢化社会で70、80、90代がゴロゴロいる世の中になったから。高齢者と聞いてイメージするお年寄り像に比べると今の60代は若い。まあ定義だけ見れば60代は高齢者の範囲なのだろうけど。体力運動能力でいえば50代も落ちるし、よく運動する60歳は全く運動しない40歳よりも動けたりするからそこでは判断付かない。 

 

 

・その通りだと思う。 

高齢者の定義はさておき、60代になると40代50代より体力は低下するからな… 

医療の発達で健康寿命が伸び長生きできるから70代まで若者と同じなわけではない。おかしな論調になるとそのまま年金支給年齢延長に利用される。政府の思うつぼだ… 

年齢層に合わせた仕事内容にならないと長くは働けないだろう… 

 

 

・「高齢者という言い方失礼」とか、そういう考え方がそもそもおかしいんじゃないかと思う。 

平均寿命的に80歳ちょっとで亡くなる人が多い、ということを考えれば、そこにもう少しとなる60代は十分高齢者と言っていいだろう。 

 

もし平均寿命が100歳、120歳となるようなことがあれば考え方を変えてもいいかもしれないが、このレベルなら十分高齢者だろう。 

変に意地というか、プライド持ちすぎな気がする。 

 

 

 

・還暦過ぎの者ですが、高齢になってくると個人差が大きくなってきます。また、同じ人の中でも体内の器官の機能の差も大きくなってきます。頭はまだシャキッとしているが足が弱くなり走るのもままならないこともあります。 

 

 

・ひろゆきという人を知らないけど、47歳のオジが老化を語る時、自分の衰えを自覚してるから自分より歳上の人間のことが判るのだと思うな。 

確かに47歳の人は25歳の人ほどは速く走れない。 

私は37歳だけど、高校生の時に比べるとバレエの能力は落ちたのら自覚してる。 

あれ?私はいつからこんなに体が固くなった?と思うことが増えたもん。 

60歳まで踊るなんて無理無理。 

男性のバレエダンサーは40まで現役でいるのは難しいが、どんなに鍛えていても年齢には勝てない。 

 

 

・まだまだ、会社の定年年齢は60歳ですよ。再雇用は、高齢者の雇用形態そのものですね。 

国が強制的に定年延長を定め、遡って給与の減額分の補填をしてもらった上で、会社が引き続き現役としての給与待遇をして雇用してくれて、初めて、容認できると言うものです。 

 

出来ないのだから、高齢者として置けば、世の中丸く収まるのにね。そんなに年金を払いたくないのかな、厚労省は。金だけ取って、早死にしたら払いません、は泥棒だよね。 

 

国の年金も、退職金一括払いのように、20年確定で前払いが出来る選択肢が欲しいよね。単身でも3000万位に成るので、半分をNISAで資産運用すれば、安泰だよ。 

 

 

・身体的に元気・活力があるって話と実年齢は完全に別物であり高齢者は高齢者です。「おじいさん」というのは失礼であっても高齢者という事が失礼かどうかは別。『年齢が高い』から『高齢者』、『お爺さん』は『爺』=『老人』で『老』は「ふけたひと」という意味以外に「経験を積んだ人」という意味もある。どういう意味で発言してどう受け取られるか?というのを考えましょうって事かな・・・ 

 

まぁ高齢者の定義とか単に政府が「金出したくない」という本音があり論点をすり替えた姑息なやり方。実年齢は平等に重ねるが健康寿命なんてものは個人差が大きい。「健康寿命が延びたから高齢者ではない」とか頓珍漢な議論するのは愚の骨頂だよね 

 

 

・間違いなく高齢者だと思います 

私は10才以上若く見られますしまだまだ飛んだり跳ねたり出来ます 

しかし40代50代に比べて格段に機能が落ちていることを実感しています 

還暦を迎えて数年 

年明けには前記高齢者の仲間入り 

高齢者と呼ばれたいわけではありませんが間違いなく高齢者です 

 

 

・50代前半ですけど長期の全身痛で着替えて外に出るのも一苦労です 

体感年齢は90代だと思っております 

60代でも若者以上に元気な方も居ますし個人差が大きいですね 

 

 

・個人差はあるだろうが60歳で高齢者扱いされると不快に思う人の方が多いのではないか。 

と言って、60歳で定年になり低賃金で再雇用され、それがさらに70までやれと言われてもそんなのも嫌だって人が多数派ではあるだろう。 

 

 

・明日は我が身、自分がその方の年齢になったときに「おじいちゃん」なんていわれたら、どうするんだろうか。 

いい気持にはなれないと思いますがね。 

しかしながら、身体が少しずつ劣化し動かない体の一部もあるものと思う。 

高齢者の年齢を65歳から70歳にしようと考えるのは、財務省官僚であり岸田総理なので、その裏は増税メガネのステルス増税を企んでいるからです。 

こんな話よりも、最優先すべき緊結の問題があるのですよ。 

それなど、マスコミも政治家も国民に伝えないことが問題なのです。 

 

 

・前後の文脈わからないけどそれが現実です。 

筋肉、骨、血管、全部老化してる。目だって白内障。 

女性は骨が弱くなってます。 

国は年金払いたくないので60歳代は年寄りではないので70歳から年金支給しますとか言いだしそうだけどそれが現実。 

 

 

・一度、北アルプスに登りに行ってみたらいい。 

メタボで運動不足の40代なんぞじゃ、 

絶対に太刀打ちできない60代以上がゴロゴロいる。 

パノラマ銀座に行った際も一つ下の同僚が 

体力の限界で常念岳から三俣に下山とルートを 

切り替えたが、常念小屋で同室の60歳以上と 

思しき男性2人組は蝶ヶ岳から徳沢、 

そして上高地に下山すると話しておられた。 

このように個人差が大きく、年齢だけで 

一括りに出来ないと俺は思うがな。 

 

 

 

・もうじき60が近いけど衰えたのは持久力だな。 

足の筋肉が細くなったのが特に気になる所。 

体重は20代は65kgくらいの細身、30代で最高116kgからオッサンの現在は85kgまで落ちましたがまだまだ体は丈夫です。 

昔から運動神経の塊のような人生なので野球部、サッカー部出身で、他は趣味で硬式テニスをやってました。 

とにかく球技なら何でもこいと言う感じです。 

ゴルフは大昔に親に言われて渋々やってましたが、余りにもジジ臭く友達も誘えないので小学生までで辞めました。 

今でもスポーツとは認めていません。 

今は腕力と体重が軽くなったぶん足腰の瞬発力はまだあります。 

嫁からは良く "小学生かっ!" と未だに言われてしまいます。 

 

 

・健康寿命はたしかに長くなったと思う 

ただ100年時代はおかしいわ 

全部足しても1億以上の人口に対して10万人以下しか存在しないような人たちをモデルにされてもそんなもの前提に社会構築していったらまたすぐに年金制度のようにぶっ壊れる 

各世代別に見たら1%以下の人たちに何も合わせることはない 

 

 

・55歳以上は高齢者でよく、定年は55歳が妥当です。身体能力もそうですが、脳も柔軟性に欠けています。 

若い時の様に身体は動くと思ってスポーツをやったら危険なのと同様に、脳も若い頃の成功体験から離れられません。 

だから、55歳定年で別の事をすべきです。 

55歳以上は若者にはかなわないのだから、総理大臣をはじめ、あらゆる職種で新入社員の年収並の250万円にすべきです。アホくさくなれば引退し、次世代に自然とバトンが移ります。 

 

 

・なにも、ヨボヨボの役立たずとか言ったわけではないでしょう? 

高齢は高齢。いちおうの自覚はしといたほうがいいと思います。 

その一方でもちろん、年齢なりに元気な方には敬意をはらいますけどね。他のコメントにもあるように、ホントにパワフルな方も多いですから。 

 

 

・お互いが高齢者を認め合うことが一番。60をすぎればジャンプはできない。が、動かないと体が固まる(多分、頭も)から動いてる。世代も近未来と覚悟しておいた方がいい。言葉遊びでいがみ合っても意味がない。 

 

 

・個人差ありありでしょ。 

59歳ですけどいまだにプール行って2~3kmはノンストップで泳いでますよ。 

車の運転だって上手いか下手かは別にして周りのおじさんや女性の運転に比べると判断力もいい方だと思うし。 

かと言って同年代で見た目えらく老けてる人もいるし一概には言えないよね。 

 

 

・相変わらずわざと反感買うこと言って露出ふやそうとするなぁ。しかも答えのでないことで負けないようにしてる。悪どい。 

 

そもそも体が動かない、というのもどの程度をさすのか。なぜ体が動くかどうかが境目に 

なってるのか。体の本気のピークなんて男性なら20代の5年間くらいしかないだろ。スポーツ選手なら40代でも高齢者と言えるわけで。 

 

個人的な意見としては、平均的な人間が、平均的な負荷の仕事をこなせるかどうかの年齢が高齢者との境目で良いと思う。 

 

仕事柄中高年の人は良くみるけど、やはり60代と70代の差が大きいな。70からは体力あって優秀な人しか負荷の大きい仕事や責任ある仕事は出来ないとおもう。なので70から高齢者でいんでないかな? 

 

そもそも90歳まで平均寿命あるのに、60から高齢者にしたら社会全体が困るぞ。それいったらこいつは「社会が困るかどうかが境目なんですか?」とか言いそうだが。 

 

 

・60歳は高齢者か? 

 

それでよいと思います。 

高齢者と言われて素直に受け入れないのは、ある意味問題かと。 

加齢とともに、体の動きが悪いのはごく普通のことです。 

例外は当然ありますけど。 

 

60歳手前ですけど、逆に、高齢者として扱ってほしいです。 

全然、失礼とも思いません。 

若者から、引退したら?って言われた方が、幸せです。 

 

 

・体が動く、動かないで言うなら個人差がありますよね。私は50代前半で登山をやっていますが、60代、70代でもガンガン登っている元気な方はたくさんいるし、50代でも運動してない旦那はちょっと階段登っただけでもヒーヒーですからね 

 

 

・これはひろゆき、売り言葉に買い言葉かもなあ。 

彼自身、パソコンの前に基本座って動かない生活してたら身体の動かない60代になるだろうけども世の中そんな人ばかりじゃないからね。 

娘と同世代を妊娠させた某声優だっているじゃないか。めちゃ若いよ彼は。スノボやらゴルフやらもガンガンやってました。 

 

 

 

・これはひろゆき、売り言葉に買い言葉かもなあ。 

彼自身、パソコンの前に基本座って動かない生活してたら身体の動かない60代になるだろうけども世の中そんな人ばかりじゃないからね。 

娘と同世代を妊娠させた某声優だっているじゃないか。めちゃ若いよ彼は。スノボやらゴルフやらもガンガンやってました。 

 

 

・まだ還暦前ですが自分では高齢者と呼ばれても仕方ないくらい体力が衰えているので、おじいちゃんと呼ばれても気になりません。 

気持ちとしては若いつもりですが身体は正直であちこち痛んできてます。 

という事で自分としては60代は高齢者と呼ばれても仕方ない方に一票。 

 

 

・事務処理でも昔ほどの速さや覚える力は落ちてるのは正直感じる。 

でもそれでも仕事は速いとは言われてるけどね。 

個人差はもちろんあるが、自分の中でも色々感じる。 

 

 

・GW明け、始めてコロナに感染。 

医者に御高齢だからコロナの薬を飲んだほうが良いと言われる。63歳で御高齢か…と思い軽く落ち込んだが、薬を飲むと翌日には熱も下がり軽く済んだ。やはり60超えると、身体は高齢なんだと実感しました。 

 

 

・国の思惑は、高齢者年齢を上げることで見せかけの高齢化率を下げたいのと、年金受給年齢の引き上げやその他社会保険料負担を下げたいのでしょう。 

散々人生100年時代だの、高齢者ではないだと表向きいいことを言っておきながら結局は金がかからないようにしたいだけ。 

議員さんはがっぽり持ってるし、高齢者の定義がどうであろうとしれっと議員年金はもらえるような仕組みにするんでしょ? 

 

 

・祖父とおじいちゃんは違うだろうし、体力は知らないけれど、見た目だけならひろゆきもおじいちゃんに見えるよね。おじさん通り越したようなおじいさんのように枯れた空気感だもの。ま、別におじいさんって差別用語じゃないし。高齢者って言われて困ることなんてないと思うんだけどなー。 

 

 

・まぁ、今の60代は若いからなぁ 俺が子供の頃の60代だとおじいちゃん、おばあちゃんという感じだったけど今は違うよなぁ 自分は今50代だけど20代の頃に比べれば少し体力は落ちたけど、気持ちは20代の頃と全く変わってない 俺の感覚だと高齢者は80代からかな 俺も80代まで生きたら、年を取ったと自覚するだろうなぁ 

 

 

・日本において高齢者とは、政府見解では65歳以上、一般常識では60歳以上を指す。単に年齢による区別なので、失礼といった概念が絡むものではない。また、体が動く動かないというのも関係ない。事務的区分けに過ぎないのだ。 

 

 

・おじいちゃんでイイじゃないですか 

私は53歳ですが、実際に孫も居てお爺ちゃんです 

ただ、若くて見えてカッコいいお爺ちゃんでいたいと思っています 

無理はする必要もないし、年齢はいやでも毎年歳をとります 

同時に、どんどん体は言う事をきかなくなる 

自分自身を認めて、今を満足出来るようにすればイイだけ 

 

 

・失礼か… 

自分は立派に高齢者と思うけどなー 

今は80平均になってきたが 

祖父母時代では60台が平均だったよ。 

 

それに健康なんて人によってそれぞれ違うし 

家庭や環境、その人の過ごした人生で大きく左右されるので 

8090でもしっかり歩ける人もいれば 

60で障害持ったり、病気で苦しんでいる人もいる。 

 

人はいつまでも若くいたいのは当然である 

失礼と思う人はそれに合わせて対応すればいいじゃないかと。 

そんなに声を荒げる事もなし。 

 

ちなみに30台でもおばさん、おっさんと呼ばれる時代なんだ 

まだ若いと同僚に言われるが、本当に若いというのは 

10台二十歳の事をいうのさ 

 

下手したら10台の子らには20台の子でも普通に揶揄られるときあるのよ 

 

 

 

・今年67歳です。倉庫でフルタイムでバイトしています。見た目は若く見られます。間違い無く衰えを実感しています。視力、聴力、筋力、金力(笑)。側から見ると分からないと思いますが、自分はかなり不安を感じながら、日々過ごしています。指の関節の痛み、曲がらない、躓き、若い頃の様に走れない、力が入らない、柔軟性が無い、物忘れが増えた等々。 

区分的には高齢者でいいと思います。年金の支払いを先送りしたいが為の、姑息な議論!としか思えません。 

 

 

・「また60歳なんだから走れよ」これはおかしい。 

しかし「もう70歳なんだから走るな」それは健康を気遣っているのならば理解できるが、一般的には余計なお世話。 

 

20代に比べて、体力が落ちてるのは当たり前。しかし、80歳を過ぎてもちゃんと社会に貢献できる仕事をしている人はいくらでもいる。 

 

 

・おじいさんと言ったその発言が失礼では。 おじいさんとかの括りではなく、年齢が上がっていくことで、身体や判断力が徐々に低下していくという事実がある。 正直40代、50代から何かしら衰えを感じ始める人が大半ではないだろうか。 また、いつまでも若いと勘違いして行動することで、所謂老がいへと変貌していくのではないだろうか。 

 

 

・60代になると肉体年齢も頭脳年齢もピンキリ。一つ確実に言えることは「若い時に比べれば肉体も頭脳もかなり劣化している」という事実。衰えていないと言い張る人がいたら、その人は肉体と頭脳の劣化を認識できないほど衰えているということです。 

 

 

・そりゃあんた、ハイレベルな人の周りにいる60代なんて、ゴルフやって適当に仕事やってホテルのレストランで食事して相続税対策やって・・・みたいな人ばかりでしょ? 

今日のご飯の為に身を粉にして働く60代は、もう誰が見ても高齢者だし実年齢プラス10歳以上年取って見える人多いから。 

そういう層に寄り添わないと。 

 

 

・年齢を経れば個人差が大きくなるということだと思います。しかし政府が高齢者の定義を言い出すときは、年金支給時期の引き上げを想定しているときでしょう。 

 

 

・高齢者を高齢者と言って何が失礼なのかわからん。単に高齢化社会で総数が増えただけだし、別に医療が発達したといっても健康面で心配ない年齢が伸びたわけでもない。60過ぎれば年々確実に少しずつ身体が壊れていく。医療で長生きできるようになったのではなく医療で簡単には死ななくなっただけ。 

 

 

・50代で相当体力の衰えを感じているのに、60代は高齢者でないってどれだけ動けると思っているんだ? 

仕事が出来ても体力勝負の仕事なんて厳しいぞ。 

と言うより、俺の周りじゃ60歳にもならずに死んでいる奴が何人も居て、いつ俺のところにお迎えが来るのかドキドキなんだが。 

 

 

・介護認定の時なんかに、 

「俺はまだ介護なんて必要いない!」って頑張ることで、 

受けられる介護が受けられなくなってしまう。 

 

変に頑張らずに受け入れた方が良いですよ。 

周囲に迷惑を掛けてるかも?って少しは考えても良い。 

 

 

・ひろゆきの解釈で言うと、自分が60歳になったら、身体動くから私は高齢者でないと言い出すのでしょうね!身体動かない60代も確かに存在しますが、私の知ってる60代は皆元気で、高齢者という定義は当てはまりません。個人差が大きいため、60代=高齢者と一括りにするのは、どうか?と思います。 

 

 

 

・勿論個人差は有るのが前提だけども 

一般的に言えば60歳は高齢だと思うよ 

身体を動かして軽い運動でも一目瞭然でしょ 

認めたくはないが気持ちは有るし 

若いつもりだが肉体的にははっきりと 

衰えてるよ 

なので60歳代は高齢者の仲間入りで 

間違い無いね 

 

 

・40代超えると、すごく個人差は大きくなってく感じはする。 

20代並に動ける人とおじいちゃんな人。 

そりゃあアベプラ出たり政治家やタレントやったりする人は元気だよな。 

 

 

・経済財政諮問会議で言われているということは、社会保障費の負担を上げたいから言っているだけでしょ。 

70歳まで年金支給を遅らせたり納付期間を65歳まで延ばしたいだけで、高齢者が何歳からとかどうでもいい議論だと思いますよ。 

つまりは財政再建の為に言っているだけであって、高齢者とそうじゃない人と分断させて、財務省が攻められないようにしているだけで、まんまと財務省の罠に引っかかっているわけですね。 

つくづく姑息なことを考えるなと思いますね。 

 

 

・自分も60を過ぎたが気だけは若いので 

高齢者と言われるのは何か抵抗がある 

しかし若い頃と比較したら体力反射神経等 

話にならない位落ちているし無理も効かない 

客観的に見たらやはり高齢者だろう。 

 

 

・そんな事言いだしたら40代から高齢者になっちゃうよ。日常生活に支障がない程度の体力があれば高齢者と呼ばなくても良いと思うが。バリバリ仕事をして納税している人は何歳であろうが高齢者なんて呼んだら失礼だし。個人差がありすぎて年齢で規定するのは限界かもしれないですね。 

 

 

・74歳で公園の清掃をしている。4人で年中回している。76歳81歳84歳の爺さんとしている。もうひとつビルの清掃もしている。3人で回している。80歳の婆さんと81歳の爺さんが同僚だ。若くはないので身体が疲れるよ。 

 

 

・人それぞれだろうが、自分は50代の最後の辺りから、一気に身体の衰えを感じだした。 

大病こそ、していないものの、60代に突入した現時点で、もう高齢者に片足を突っ込んでいる感じがする。 

 

 

・あと数年で俺も還暦だけど見た目とか身体能力関係なく高齢者ですよ。ってか 

何故高齢者というワードがネガティブに捉えられるのかが分からない。60年間何事も無く、人生の全うし残された余生を穏やかに暮らす事が許される時が来た、そろそれお迎えが来る準備期間を晴れて迎えられた、そんなめでたい年齢に達したことが出来たことを何故恥じる? 

 

 

・「60代を高齢者って失礼」という考え方や忖度の仕方がすでに古いと言うか。年相応を受け入れられないのも、それに便乗して年金払わず働かすのも、美魔女ともてはやすのもおばさんをお姉さんと呼ばないといけない風潮も哀れだし痛々しい。綺麗なおばさんでいいではないか。元気な老人で何が悪いのか?言葉の意味がどんどん変わってしまうのはその為か?お姉さん/意味/若く見られたい女性全般の呼称、とか。 

 

 

・60歳で自分が高齢ではないと思っている人、自分がまだ「中年」だとおもっているってこと?? 

そもそも「高齢」は年齢で区別していて、「おじいちゃん」は、「祖父」の呼称もしくは、見た目の話し。 

そして今回の話題は、政府の定義の話し。失礼とか怒るとかの問題ではないと思われますが。 

 

 

 

 
 

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