( 174710 )  2024/05/27 18:25:12  
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 加速する「貯蓄から投資」、迎えた「金融政策転換」、景気回復の実態を伴わない「冷たいバブル」……。ここ最近、経済に関するニュースが大きな話題を呼んでいます。この身近でありながらも複雑な経済問題について、私たちはどのように向き合えば良いのでしょうか。 

 今回の記事では、「絶対的貧困」と「相対的貧困」について解説しています。円安、賃金の停滞、国際競争力の低下など、多くの人が日本経済の低迷を実感していますが、具体的に「貧困」とはどのような状態を指すのでしょうか。 

*本記事は帝京大学経済学部教授の宿輪純一氏の著書『はじめまして、経済学 おカネの物差しを持った哲学』(ウェッジ)の一部を抜粋したものです。 

 

 「貧困」(poverty)とは、具体的にどのような状態を指すのでしょうか? 貧困の定義はさまざまですが、大きく2つに分けて考えることができます。衣食住など必要最低限の生活水準が維持できない「絶対的貧困」(absolute poverty)と、その国(地域)の基準と比較してまともな生活水準に満たない「相対的貧困」(relative poverty)です。 

 

 国際社会には、「貧困の削減」と「持続的成長の実現」をその目的としている国際開発金融機関(MDBs:Multilateral Development Banks)が設けられています。一般的にMDBsと言えば、各所轄地域(アフリカ・アジア・欧州・米州)を支援する4つの地域開発金融機関*1と、全世界を支援の対象とする世界銀行(WB:World Bank)を指します。 

 

 この世界銀行は、第二次世界大戦終盤の1944年に設立されました。設立当初の目的は主に欧州の復興支援でしたが、今では貧困の削減を掲げて全世界であらゆる支援を行っています。 

 

*1 アフリカ開発銀行、アジア開発銀行、欧州復興開発銀行、米州開発銀行。 

 

 世界銀行は、2022年9月に1日「2.15米ドル」(約320円)を「絶対的貧困ライン」とし、この1日2.15米ドル以下で生活している人々を「絶対的貧困」と定義しました。 

 

 なお、絶対的貧困ラインは、1991年に最貧国の6カ国を調査して算出され、初めて設定された当初は1米ドルでした。その後、物価上昇等を理由に修正され、08年に1.25米ドル、15年に1.9米ドル、そして24年現在は2.15米ドルとなっています。 

 

 これが貧困の世界的な水準です。世界の人口は約80億人とされていますが、現在では1日2.15米ドル以下で暮らす人々が、約8%いるとされています。命を維持するのも危ぶまれる絶対的貧困は、アフリカなどの途上国で見られる飢餓(starvation)のような状態であり、日本のような先進国で目にすることはほとんどありません。 

 

 『スラムドッグ$ミリオネア』*2という映画があります。アカデミー賞8冠を受賞した世界的な名作です。インド南部の大都市ムンバイ(ボンベイ)*3にあるスラム*4で、極限状態の生活を強いられていた主人公・ジャマールは、インドの国民的クイズ番組「クイズ$ミリオネア」に出演するチャンスを手にします。 

 

 この作品では、絶対的貧困状態にある人々の現実が生々しく描かれています。ムンバイのスラムは世界一荒廃していると言われており、ジャマールの育った環境は想像以上に過酷なものでした。なかには物乞いをするために少しでも同情が集まるよう、失明させられたり手足を折られたりといった衝撃的な場面も描かれています。 

 

 実際、必要最低限の生活水準を維持するため、幼い子供が過酷な労働環境に身を置かれるのは珍しいことではありません。食べ物を買うことをはじめとして、とにかく生きるためにおカネを稼ぐことは、彼らにとって喫緊の課題なのです。 

 

*2 2008年公開のイギリス映画、ダニー・ボイル監督。実在する国民的クイズ番組に出場した青年の生い立ちを通じてインド社会の現実を描いています。 

 

*3 デリー・ニューデリーと並ぶインド最大規模の大都市。なお、「ボンベイ」は英植民時代の名称。映画産業が盛んで、ハリウッドにちなんで「ボリウッド」とも言われています。 

 

*4 極貧層が居住する過密化した地区。日本では1960年代になくなったとされています。 

 

 

 一方で「相対的貧困」は、可処分所得が中央値の半分以下である場合を指します。つまり、その国の大多数よりも貧しい状態にあるということです。 

 

 まさに相対的な比率なのですが、相対的貧困は絶対的貧困に比べて可視化しづらく、支援が難しいと言われています。そのため、行政などによる支援がなされず、貧困が世代間で連鎖し、貧困状態が固定化してしまうという問題が考えられます。 

 

 たとえば、貧しい家庭に生まれた子供は、十分な教育や医療を受けられず、大人になっても低賃金で不安定な職にしか就けないということがあります。すると、その次の世代(子供)にも十分な教育や医療の機会が与えられず、知識や健康面でハンデを背負ってしまう確率が高まるのです。 

 

 なお、日本では厚生労働省*5が「相対的貧困」を算出しており、所得が「約130万円」(貧困線)以下の場合を相対的貧困状態と定め、相対的貧困率は約15%としています*6。つまり6人に1人が貧困状態にあり、なかでも母子家庭の割合が高いといった状況です。 

 

*5 日本の行政機関のひとつ。「国民生活の保障・向上」と「経済の発展」を目指すために、健康、医療、福祉、労働など、国民生活の保障・向上を担っています。 

 

*6 「国民生活基礎調査」(2021年)参照。 

 

 経済協力開発機構(OECD)が公表する各国の貧困率と比較してみると、日本の貧困率は先進国の中でもかなり高く、G7中ではアメリカに次いで2番目に悪い数値であることがわかります。 

 

 そのセーフティネットとして、日本では貧困の程度に応じて必要な保障を行う「生活保護」(Welfare)という制度が設けられており、厚生労働省が定める最低生活費を下回った場合に受給が可能になります。 

 

 ただし、生活保護を受けるための条件はそれほど甘くありません。基本的には不動産、自動車などの財産は売却する必要があります。現在では、65歳以上の高齢者*7の生活保護受給者が半分以上を占めています。 

 

*7 世界保健機関(WHO)では65歳以上を高齢者としています。 

 

 

 では、反対に「おカネ持ち」とはどのような人々のことを指すのでしょうか? 

 

 日本では、一般的に保有資産(純金融資産)1億円以上を「富裕層」(Wealthy Class)*8、保有資産(純金融資産)が5億円以上を「超富裕層」(Super Wealthy Class)としています。日本だと富裕層以上は意外と少なく、全体の約2%しかいません。 

 

 なお、フランスに拠点を置く研究グループによって報告された「世界不平等レポート2022」によると、世界の上位1%の富裕層だけで世界の富の4割近くを保有し、上位10%になると8割近くを保有しているそうです。また、下位50%が所有する富は全体の2%にとどまり、経済格差(貧富の差)の深刻さを物語っています。 

 

*8 アメリカでは100万ドル(1億5千万円)以上を富裕層としています。 

 

宿輪純一 

 

 

 
 

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