( 175125 ) 2024/05/29 00:07:02 0 00 埼玉県女子柔道振興委員会のイメージキャラクター「彩音(あやね)」ちゃん。講習会で子どもたちに月経の課題について伝える
今日5月28日は「月経衛生の日」。柔道の指導現場で月経や女性の身体についての課題を共有し、環境改善につなげようという動きが活発化している。全日本柔道連盟によると2022年度の全国の個人登録者(選手、指導者、役員)のうち、女性の割合は約20%。「指導者・役員」に限ると約7%にとどまっており、女性の声が反映されにくい環境にある。とりわけ月経についての理解は進んでおらず、経血漏れなどの困りごとはほとんど放置されてきた。そんな現状を変えようと、埼玉県の女性柔道家が女性の身体に関する課題をオープンに語り、伝え始めた。(取材・文:佐藤温夏/撮影:桜井ひとし/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
写真はイメージです(写真:アフロ)
柔道の場合、試合中の経血漏れは、何が何でも避けたい困りごとだ。経血漏れが続くと、最悪の場合、敗退となってしまう。
現在、国内外で採用されているルールでは、試合中、負傷による出血が認められた場合、救護スタッフによる止血処置を受ける必要がある。回数は2回までと決められており、2回目の止血処置後も同じ部位からの出血が続いた場合、その選手は試合続行不可能とされ、相手選手に「棄権勝ち」が与えられる。つまり、出血した選手の負けとなる。
経血漏れもこのルールが適用される可能性がある。全日本柔道連盟の大迫明伸審判委員長によると、「ルール上に月経についての記載がないため、出血があることから負傷と同様に扱われるか、試合ごとに判断されることが想定される」という。
負傷と同様に扱われる場合、選手は止血処置として、試合場を離れて経血が染み出た柔道衣(じゅうどうぎ)の下ばきを着替えたり、生理用品(ナプキンやタンポン等)を取り換えたりする。しかし、このような止血処置を2回行ったあとも経血漏れと認められる状態が続いた場合、試合続行不可能と判断され、棄権することとなる。
埼玉県で開かれている小学生女子の柔道大会の様子。試合後、月経や女性の身体についての講習会を行う
月経は経血量も周期も、月経に伴って起こる体調変化も含めてコントロールしきれない生理現象だ。試合時の経血漏れを防ぎきれないことは当然あるだろう。女性柔道家に尋ねると「経血漏れで棄権敗退となるケースはまれだと思う」としながら、試合の朝、会場に入ってから突然月経が始まるのは「よくあること」という答えが返ってきた。
「とくに思春期の場合は珍しいことではないと思いますよ。この時期は周期が不安定ですし、試合当日は緊張やストレスがホルモンバランスに影響を与えるのだと思います」
そのため、選手は試合場に下ばきの予備と生理用品を必ず持参する。万が一、用意のない日に月経が始まった場合はチームメイトから借りてしのぎ、それができない場合は、ライバルも含め、会場にいる誰かにSOSを出す。
「そうすると必ず誰かはいるわけです、『あるよ~』という人が。そうやって女子同士、敵味方を超えて協力して乗りきるんです」
ただ、こうした連帯をいつも頼れるわけではない。例えば参加人数の少ない小規模な大会では難しいこともあるだろう。実際に2023年、ある地方都市で開催された大会で、試合中に経血漏れが確認されたが、着替えや生理用品の用意がなかったことから続行不可能になったケースがあったという。
では、試合場に配備される救護担当の医師や柔道整復師らは、生理用品の提供などの止血援助はしないのだろうか。全日本柔道連盟の三上靖夫医科学委員長に尋ねたところ、「救護スタッフは試合中の負傷に対して止血を行いますが、経血漏れの止血は救護スタッフが行うことはできないため対象としていません」。ルール上に月経についての記載がないため、止血援助は想定していないとのことだった。
大迫審判委員長によると、現在のところ月経に関するルール整備については国内外ともに議論が起きていないそうだが、「経血漏れに関する問題意識は国内の関係者の間では共有されており、何らかの対策を講じる必要性は感じている」と話す。同連盟では2023年、医科学委員会が中心となり、女子選手と指導者を対象に身体とコンディションに関する調査を初めて実施。女子選手の柔道環境と医療的課題についての実態把握に乗り出している。選手の尊厳を守るためにも、課題解決が急がれる。
埼玉県女子柔道振興委員会の川原久乃委員長
こうした月経に関する困りごとを、現場レベルで解決していこうと動き出している人たちがいる。
埼玉県女子柔道振興委員会のメンバーだ。同委員会は、埼玉県柔道連盟内の専門委員会のひとつとして2017年に発足。川原久乃委員長(埼玉県立武道館/平成国際大女子柔道部コーチ)を中心に、県内15地区から指導者資格を持つ女性柔道家が集まって立ち上げられた。活動の方向性は、最初のミーティングで決まった。
「今、現場で何が必要?という話をしたら、口々に挙がったことのひとつが月経についてでした。皆さん、町道場や部活の指導者たちですが、教え子の中に生理痛や周期の乱れが原因で思いきり柔道ができていない人がいたり、それこそ経血漏れのことで悩んでいたり、それぞれに問題意識を持っていて、困っていることがわかったのです」
『思春期柔道ガールのエチケットガイド』に掲載された9つの「生理の困りごと」(図版作成:Yahoo!ニュース オリジナル 特集)
まずは女子中高生を対象にした情報提供の開始を決め、そのツールとしてハンドブックの製作に取りかかった。試行錯誤の末に完成したのが、A4・三つ折りの『思春期柔道ガールのエチケットガイド』。最初のページには、教え子からの相談内容を反映させた、生理のときの困りごとを9つ掲載した(図表参照)。
『思春期柔道ガールのエチケットガイド』を手にする小学生の女子選手たち
ハンドブックは配布をはじめるとすぐに評判となった。
「配ってみてわかったのですが、生理も含めて女子選手が知っておきたいことを言語化してまとめたものって、それまで柔道界にはなかったんです。例えば女子選手は柔道衣の中に白いTシャツを着ることがルールで決まっているのですが、それについて記載したところ、保護者の方、とくにお母さんからとても喜ばれました。『娘が柔道を始めたけれど、道場に女性が一人もいなくてわからないことだらけだった』と」
男性指導者からも好評を得た。しかし川原さんは、その反応に驚くことのほうが多かった。ほとんどが「こんなことで女子が悩んでいるなんて知りもしなかった」というものだったからだ。
「生理の基本や生理痛などについて、理解されている男性指導者も少しはいるだろうと思っていたのですが、あまりにも知らない人が多くて衝撃を受けました。これはまずいぞと。例えば『生理でおなかが痛いから今日は練習を休みたいです』って言っても、そのつらさなんてわかってもらえないでしょうし、練習中、経血が漏れていないかが心配で何度もトイレに行っていると、サボっていると疑われるようなこともあるだろうなと」
埼玉県女子柔道振興委員会のメンバーで柔道整復師の佐藤遥菜さんのオリジナル救護用品セット。生理用品も常備している(ボックス内上部の四角いポーチ内)
月経について知らないのは、中高生の男子も同様だった。
「中学生くらいの男の子だと月経について深く理解していない子がほとんどです。ましてや経血が下ばきに漏れ出てしまうくらい排出されることなど知りません。ですから、それによって困ることも起きるんですね。例えば、ある男の子が、女の子の下ばきを見て『お尻のところが茶色くなってるよ』と教えたそうです。男の子は経血の染みを木製のベンチの色が移ったものと勘違いしたようなんですね。その男の子に悪気はないので仕方ないことなのですが、女の子としてはそれがすごく恥ずかしくて、練習に来なくなったという話を実際に聞いたりするわけです」
折しもハンドブック製作当時は、全日本柔道連盟の個人登録者数が15万人を割った頃(2018年)。柔道人口の減少に一層の懸念が生じていた。こんなことでは女子はますます柔道から離れてしまう。女子が安心して柔道に取り組める環境を整えなければ。危機感を募らせた川原さんは活動を活発化。あちこちの大会やイベントに出かけていってはハンドブックを配り、SNSや動画配信サイトを使って情報を発信した。
例えば、月経と減量の関係について。柔道は階級制であることから減量をする選手が少なくないが、無理な減量は無月経(3カ月以上、月経が止まっている状態)の原因になり、疲労骨折を誘発するだけでなく、将来的に妊娠が難しくなったり、骨粗鬆症になったりするリスクが高まる。こういった柔道の現場で見過ごされてきた問題も伝えていった。
小学生の女子を対象に行っている月経や女性の身体についての講習会の様子
2019年から始めた小学生の女子を対象にした試合でも、情報提供の機会を設けた。毎回、全試合終了後、全参加者を対象に「女子の身体とコンディショニング」に関する講習会を実施している。講習会担当の金子祥子さん(善柔会田代道場)はこう話す。
「最近は4年生くらいで初潮を迎える子も多いので、月経については早い段階から具体的に伝える必要があると考えています。今年は経血漏れがどういう状態になるかがわかるよう、公式キャラクターの下ばきに赤い染みをつけ、月経中にはこういうことが起きることがあるよ、柔道衣は白いから血の色が目立って見えるよ、ということをリアルに再現してみました。月経の基本について教えてもらうことはあっても、経血漏れについて具体的に教えてもらう機会はあまりないと思うので、はっきりとわかるように」
会場には指導者や保護者もいる。大人と子ども、それぞれに情報が届くよう、講習会は明るくオープンな雰囲気で行うことを心がけているという。
「月経は隠すことではないし、恥ずかしいことではないということを伝えたいんです。子どもたちには月経について知っておくことは、大人になるうえで必要なことだと理解してもらうことが大切だと思っています」
写真はイメージです(写真:アフロ)
女性柔道家たちは日ごろ、それぞれに合ったやり方で月経対策をしている。日本代表など一部の選手は低用量ピルを服用して月経周期や体調を管理しているが、多くの場合、柔道衣や生理用品を駆使している。
例えば青色の柔道衣は女性柔道家の強い味方だ。白色に比べて経血漏れが目立ちにくいのがその理由である。柔道衣メーカーの担当者によると「大人になってから柔道をはじめた人に愛用者が多い印象がある」という(ただし、青色柔道衣の着用を認めていない道場もある)。
生理用ナプキンは、最近ではショーツ型やスポーツ用が支持されている。ショーツ型はお尻をすっぽり包み込み、経血を前後左右で受け止めてくれるため安心感がある。以前から大人用の紙おむつを使用している人もいる。スポーツ用は、順天堂大女性スポーツ研究センターが、スポーツ庁の委託により実施した、スポーツ選手の生理用品に関する調査をもとにメーカーと共同開発。通常の生理用ナプキンよりフィット感があり、ズレにくいという特徴がある。
現役の柔道選手が開発に参加した吸水機能つきのサニタリースパッツに対する期待度も高い。柔道は立ち技と寝技があって動きが複雑であるうえ、軽量級から重量級までさまざまな体形の選手がいる。「従来の吸水機能つきショーツでは経血漏れを防げない」という声に応えて、世界柔道選手権優勝経験者が考案し、開発された。最近の選手はほとんどが普段から下ばきの中にショートタイプのスパッツを着用していることから、抵抗なく身につけられるという。
埼玉県小学生女子柔道親善交流大会の様子
川原さんたちの埼玉県女子柔道振興委員会は結成8年目を迎え、新たなフェーズに入っている。発足当時は女性柔道家16人だったメンバーも、現在は男性2人を含む31人に増えた。全国各地で女子柔道振興に携わる人々との連携も進み、勉強会や試合を合同開催するようになったほか、昨秋にはハンドブックの第2号として『次世代柔道ガールのセルフケアガイド』を発行。女子に多いケガの予防をテーマに、月経との関連についても紹介している。川原さんは言う。
「近年の研究で、月経周期とケガのリスクに関連があることがわかってきています。とくに黄体期(排卵後から月経開始直前までの約2週間)は関節が緩くなることから、女子柔道選手に多い脱臼やヒザの前十字靱帯断裂などを発症しやすいと指摘する研究もあります。また、黄体期はホルモンの影響で体重も落ちにくくなりますから減量には向きません。こうした情報を柔道を楽しみたいと思っている女の子たちにもっと届けていきたいと思っています」
--- 「#性のギモン」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。人間関係やからだの悩みなど、さまざまな視点から「性」について、そして性教育について取り上げます。子どもから大人まで関わる性のこと、一緒に考えてみませんか。
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