( 175410 )  2024/05/29 16:57:13  
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2016年に開業した北海道新幹線(写真:HIROYUKI OZAWA/アフロ) 

 

 現在、「新青森駅(青森市)─新函館北斗駅(北海道北斗市)」間を走る北海道新幹線。2030年度末に道都・札幌市の玄関となる札幌駅までの延伸開業を目指していたが、延期する見通しとなった。だが、そもそも札幌延伸によってさまざまな問題が生じてくる恐れがあるという。ライターの小川裕夫氏が、北海道新幹線が抱える「難題」についてレポートする。(JBpress編集部) 

 

【図】延期されることになった北海道新幹線の延伸ルート 

 

■ 新幹線の札幌延伸でJRから切り離される「並行在来線」 

 

 北海道新幹線を運行するのは北海道旅客鉄道(JR北海道)だが、札幌駅までの延伸は独立行政法人である鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)が建設主体として工事を担当している。その同機構が延伸開業の延期を正式に発表した。 

 

 延期の主因はトンネル工事の遅れということだが、以前から2030年までに札幌駅まで延伸開業させることは工期的に見ても難しいのではないかと予測されていた。 

 

 それでも2030年の開業目標をかたくなに掲げてきたのは、北海道や札幌市の政財界が2030年に札幌五輪を誘致したいという思惑を抱いていたからだ。札幌五輪を理由にして都市開発を進める。北海道新幹線の札幌延伸は、その起爆剤として考えられていた。だが、2030年の札幌五輪誘致を断念した今、開業を急ぐ必要もなくなった。 

 

 すでに駅周辺では開業に向けた都市開発が進められているが、延期により開発計画は大幅に狂うことになる。延伸を前提にしていた北海道や札幌市といった自治体、経済界などからも落胆の声が漏れている。 

 

 開業延期の発表後、北海道の鈴木直道知事は国土交通省を訪問した。北海道新幹線は北海道全体の都市開発や経済活性化に大きく寄与するとして、斉藤鉄夫国土交通大臣に早期開業を求める要望書を手渡した。 

 

 JR北海道も札幌駅延伸に期待を抱いていた。というのも、北海道新幹線が札幌駅まで延伸開業することによって、函館本線の大部分がJR北海道から切り離される。 

 

 函館本線は道内を走る鉄道路線でも屈指の大幹線だが、他方でJR北海道の経営を圧迫する存在でもあったため、切り離しがJR北海道の負担軽減につながり、経営を好転させると期待されていたのである。 

 

 

■ 地方都市で新幹線と在来線の並立は「オーバースペック」 

 

 北海道新幹線は開業した2016年当初から多くの期待を集める一方で、さまざまな問題も露呈した。 

 

 北海道新幹線はJR北海道管内に奥津軽いまべつ駅・木古内駅・新函館北斗駅の3駅が所在している。奥津軽いまべつ駅は青森県内に立地しているが、新青森駅以北の区間が北海道新幹線とされているので、JR北海道の管轄となっている。 

 

 そうしたややこしい事情もさることながら、北海道新幹線3駅のうち、北海道の玄関駅の機能を期待された新函館北斗駅においても問題が浮上した。同駅は函館市に所在していないため、新幹線駅が立地する「北斗市」と道南の拠点都市である「函館市」との間で一悶着が起きたのだ。 

 

 明治期から北海道の玄関という位置付けにあった函館市は、道外への訴求効果も含めて新幹線駅に「函館」を盛り込むことを主張した。一方、駅が立地する北斗市も自治体名をアピールする絶好のチャンスとばかりに、駅名に「北斗」をつけようと意気込んだ。そして、すったもんだの末に「新函館北斗」という玉虫色の駅名で決着する。 

 

 駅名問題は解決したが、新幹線開業により動線は大きく変化した。函館市から北海道の玄関という役割は薄れ、それが函館市の経済や産業、人口動態にも影響を与えた。函館市は異国情緒あふれる都市景観から観光人気が高く、それによって宿泊や飲食業、土産物の製造・販売といった産業を創出してきた。 

 

 だが、北海道新幹線の開業後は道南としての拠点性が薄れてしまったことが影響し、観光客の宿泊需要も低下した。 

 

 経済を立て直す施策として、拠点性を高める新幹線の誘致が検討された。2022年に函館市長選に立候補した大泉潤氏は、新函館北斗駅から函館駅まで「ミニ新幹線」を走らせることを公約に掲げて当選を果たした。 

 

 地方都市では新幹線を建設してほしいという要望が根強いが、新たに新幹線を建設するには莫大な費用が生じるため、コストに見合う需要が見込めるか分からない。さらに新幹線を建設すれば、在来線の客を奪うことになる上、状況によっては共倒れになるリスクもある。地方都市では新幹線と在来線が並立することはオーバースペックでしかないのだ。 

 

 人口が少ない地方都市にとって、大都市とつながることができ、人や企業を呼び込める新幹線は魅力的でもある。そうした地方都市でも新幹線建設を可能にしたのがミニ新幹線という存在だった。 

 

 

■ 函館市長が公約に掲げた「ミニ新幹線構想」 

 

 鉄道の線路は2本のレールから構成され、このレールの間隔を「軌間」と呼ぶ。通常、新幹線は1435mmで、JR線の多くは1067mmとなっている。軌間が異なれば、列車は直通運転ができない。 

 

 だが、ミニ新幹線は在来線の1067mm軌間を1435mmへと改軌することで新幹線の直通運転を可能にしている。ミニ新幹線は新幹線と在来線どちらの路線も走れるので、両方に対応した車両を製造しなければならず、車両製造のコストはそれほど圧縮できない。 

 

 しかし、新幹線のためだけに線路用地を確保する必要はなく、用地取得や建設工事も少なくて済む。駅などの諸施設も在来線のものを利活用できるため、この部分では大幅にコストダウンを図れる。 

 

 これまでにも、1992年に福島駅―山形駅間の奥羽本線を改軌する形で、山形新幹線がミニ新幹線として開業。当初は山形駅までだった山形新幹線は、1999年に新庄駅まで延伸を果たした。 

 

 秋田新幹線も盛岡駅―秋田駅間を走る田沢湖線と奥羽本線を改軌したミニ新幹線として1997年に開業した。この手法を用いることで、大きな需要が見込めない地方都市にも新幹線を走らせることができるようになったのである。 

 

 新幹線が走り、東京とつながることで地方都市の発展が期待された。しかし、改軌すると、当然ながら在来線は走れなくなる。ミニ新幹線によって、東京とつながることで地域住民の足を犠牲にするという副作用も生じた。 

 

 函館市長に就任した大泉氏が公約に掲げたミニ新幹線は、新函館北斗駅―函館駅間の在来線を改軌するものではなく、在来線の線路にもう一本のレールを付け足す「3線軌条」と呼ばれる方式で整備する構想だった。これならば、新函館北斗駅―函館駅間は新幹線と在来線どちらも走ることができる。 

 

 大泉市長が誕生してから2年が経過し、現時点で具体的な動きは見られないが、公約では2030年の札幌駅延伸と同時にミニ新幹線を整備するとしていた。しかし、延伸延期を受け、函館駅に乗り入れるミニ新幹線構想も延期される可能性が高い。 

 

 

■ 政治的な思惑もあった「整備新幹線」計画の弊害 

 

 自動車社会の地方都市では、通勤・通学・買い物・休日の外出といった日常生活に鉄道は組み込まれていない。その一方で、新幹線は域外から企業や人を運んできてくれる魅力的なインフラとしての期待が大きい。在来線の需要はなくても、盛んに新幹線が誘致されるのは、そうした“外需”による「都市の発展」を見越した展望によるところが大きい。 

 

 2030年の開業延期を発表した北海道新幹線の延伸も、同じように新幹線を待ち望む声を原動力として進められた計画だった。しかし、ここまで説明してきたように、ミニ新幹線と北海道新幹線とでは大きな違いがある。それは、北海道新幹線が整備新幹線という計画に基づいて計画されたという点だ。 

 

 整備新幹線の歴史はややこしい。東海道新幹線は1964年に開業したが、東京―名古屋―大阪という三大都市を結ぶ高速鉄道は開業直後から多くの需要を生み出した。そのインパクトによって、全国の地方都市から新幹線を誘致する動きが活発化した。 

 

 また、自分の選挙区に新幹線を呼び込むことで力を示したい政治家たちも多かった。そうした政治的な背景も後押しして全国各地に新幹線の整備計画が持ち上がる。 

 

 当時の日本は右肩上がりの経済成長を続けていたが、他方で国鉄は慢性的な赤字に苦しんでいた。地方都市に新幹線を建設すれば、莫大な工費費を投じることになる。それだけでも財政が厳しくなるが、在来線の客を奪われることで赤字が一層深刻化する。国鉄は「新幹線と在来線のどちらも面倒を見ることができない」と政治家に泣きついた。 

 

 新幹線を全国各地に建設したい政治家と国鉄の事情が複雑に絡み合い、妥協案として1970年に成立したのが「全国新幹線鉄道整備法」である。同法により、東北新幹線の盛岡駅─新青森駅間、北海道新幹線、北陸新幹線、九州新幹線の鹿児島ルートと長崎ルートの5路線が整備新幹線と位置付けられた。 

 

 整備新幹線と並行する在来線の区間は、国鉄(のちのJR)の判断に基づいて切り離すことも可能になった。こうして整備新幹線の開業と同時にJRから切り離された路線が生まれ、それらの区間は地元自治体が出資する第三セクターの鉄道会社へと移管されていく。 

 

 だが、新幹線の誕生によって生まれた第三セクター鉄道の多くは、厳しい経営を迫られている。それは北海道新幹線も例外ではない。 

 

 

 
 

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