( 176145 )  2024/05/31 17:07:34  
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Photo:Brandon Bell/スタッフ/Gettyimages 

 

 テスラ日本法人が4月末、主力モデル「Model 3」「Model Y」の全グレードに対して「一律30万円」という大幅値下げを実施しました。その背景には、昨今の販売不振があります。先進的なクルマを投入してきたテスラが、ここにきて日本市場で苦戦している理由はどこにあるのでしょうか。クルマ事情に詳しい自動車ジャーナリストが考察します。(自動車ジャーナリスト 吉川賢一) 

 

【写真】日本上陸はあるのか!?テスラが開発した電動「サイバートラック」 

 

● 先進的なクルマが人気のはずが… テスラ車の販売台数が急失速 

 

 米国のBEV(バッテリー式電気自動車)メーカー・テスラが、これまでの躍進から一転して苦戦を強いられています。 

 

 2024年1~3月期におけるテスラ車の世界販売台数は、前年同期比で約9%減の38万6810台にとどまりました。テスラ車の世界販売台数が四半期ベースで前年同期実績を下回るのは、実に約4年ぶりのことです。不振の要因としては、同社のドイツ工場が火災で生産停止を余儀なくされたことなどが報じられています。 

 

 テスラは日本でも苦戦しており、23年の販売台数は約5500台と、22年の約6000台から約8%減少しました。国内市場では「円安に伴う価格上昇」などが客離れを招いたと考えられているようです。 

 

 これを受けてか、テスラ日本法人は今年4月末、同社の主力モデル「Model 3」「Model Y」の全グレードに対して「一律30万円」という大幅値下げを実施しました。 

 

 ですが、日本でテスラが失速している理由は、本当に円安だけなのでしょうか。また、この大幅値下げによって、テスラ車は人気を取り戻せるのでしょうか。今回は日本市場にテーマを絞って、テスラが失速した理由と今後の展望を考察していきます。 

 

● 「コアなファン」しか テスラ車を買わない理由 

 

 24年5月29日時点で、日本国内で正規販売されているテスラ車は、ミドルサイズセダンのModel 3(531万円~)、ラージサイズセダンのModel S(1267万円~)、ミドルクラスSUVのModel Y(534万円~)、そしてラージサイズSUVのModel X(1417万円~)の4モデルです。 

 

 このうち売れ行きが特に良いのは、価格が比較的安いModel 3とModel Y。両モデルを合わせて、テスラの国内販売数全体の約80%を占めています。国産メーカーのモデルで、これらと航続距離やボディサイズが近いミドルクラスBEVといえば、日産「アリア」やトヨタ「bZ4X」になるでしょう。 

 

 アリアやbZ4Xの価格は500~700万円程度ですので、円安の影響があるとはいえ、テスラ車は特別高額というわけではありません。むしろ仕様・性能をみればコスパがいいとも言えます。 

 

 というのも、テスラ車のデザインは非常に魅力的です。グリルレスの斬新なフロントフェイス、大径扁平タイヤ、巨大な1枚ガラスを採用した解放感あるルーフ、そしてスイッチがほとんどないシンプルなインテリアは、国産メーカーのクルマにはない新鮮さにあふれています。 

 

 驚くほどに速い加速性能や長い航続距離、ソフトウェアのアップデートによって機能が進化する先進性もテスラならではで、日本でもコアなファンが多くいます。 

 

 ただし、ビジネスとして持続的に成長するためには、メーカーはライト層や一般層にもクルマを売らねばなりません。日本市場において、それがなかなか進まない理由の一つは、海外市場では強みであるはずのスーパーチャージャー(SC)です。 

 

 SCとは、テスラ車専用の充電スポットのこと。最大250kWの大出力によって、15分間のチャージで最大275km相当の充電が可能です。 

 

 この出力とスピードは、日本市場では圧倒的です。何しろ、他社製のクルマにも対応する「公共の充電スポット」の出力は、急速充電の場合でも20~50kW、最高でも100kW程度となっています。にもかかわらず、「充電は原則として1回30分まで」というルールが課されている場合がほとんどです。 

 

 

● テスラ車の使い勝手で 首都圏と地方に「格差」!? 

 

 ところが、日本国内に設置されているSCの数は、公共充電器の数を大きく下回っています。集計の時期がやや前後しますが、23年末時点で、テスラのSCは日本国内に100カ所・500基ありました。一方、22年における国内の公共充電器数は2.9万基、このうち急速充電器数は8000基となっていました(経済産業省の資料より)。便利であるにもかかわらず、テスラのSCは圧倒的に少ないのです。 

 

  さらに、テスラのSCの多くは人が集まる首都圏に集中しており、地方への配置が手薄になっています(下図参照)。こうなってくると、どれだけSCの高速充電が魅力的でも、その恩恵を受けられる人は限られてきます。都市部のテスラ車オーナーの中には「近場にSCがあるから買った」という人も少なくないようですが、地方に住んでいる人はそうはいきません。 

 

 いくら仕様・性能が魅力的でも、気軽に充電できないのであれば、積極的に買う必要性は薄れます。このように、居住エリアによって使い勝手が大きく分かれることが、日本でテスラ車が伸び悩んでいる一因だと考えられます。米国では下図のとおり、幅広いエリアにSCが設置されているのですが……。 

 

 ただ正直なところ、公共充電器の充実度も、日本は他国に比べると見劣りします。先述した経済産業省の資料によると、22年におけるイギリスの公共充電器数は5.1万基。同じくドイツは7.7万基、フランスは8.4万基、オランダは12.4万基、アメリカは12.8万基、そして中国は176万基となっていました。国土面積が違うため単純比較はできませんが、日本の普及率はまだまだなのです。 

 

 特に北海道・東北地方や、高速道路のサービスエリア・パーキングエリアなどには、公共充電器が普及していない「空白地帯」が存在します。 

 

 かと言って、都市部での普及率もガソリンスタンドほど高いわけではありません。筆者は関東に住んでいますが、休日になると、近隣の公共充電スポットにクルマが殺到している印象です。充電待ちをするBEV、PHEV(プラグインハイブリッド車)の列ができていることもあります。 

 

 ですが、前述のとおり、充電可能な時間は1台当たり30分なので、たった2~4台並んでいるだけでも1~2時間は待つことになります。筆者は1年ほど日産自動車の初代「リーフ」を所有していたことがありますが、この充電待ちにはかなり苦労させられました。 

 

 このため日本では、ガソリン車とBEVを比べると、どうしても前者の方が圧倒的に使い勝手が良くなってしまいます。テスラ車に限らず、日本はそもそもBEVに不向きな環境になっているのです。 

 

 

● わざわざBEVを買うよりも ハイブリッド車の方がいい!? 

 

 日産が昨夏に発売したBEV「サクラ」は大ヒットしていますが、その要因は「軽自動車だから」だと筆者は考えます。サクラは従来の軽自動車にはなかった加速性能や静粛性を実現しており、回生ブレーキによる自然な減速など、電動車ならではの新鮮さも味わうことができます。それでいて、価格も補助金を使えば200万円を切る水準です。 

 

 サクラのバッテリーの総容量は20kWh、航続距離は180kmと、特段長いわけではありませんが、近場の買い物や送り迎えで使うには十分です。この程度の運転であれば、充電の頻度もそこまで高くないはずです。だからこそ「日常の足として使ってみよう」と食指が動くユーザーが多いのでしょう。 

 

 ただし、「軽じゃないBEV」となると話は別です。通勤・出張・旅行・帰省・レジャーといった中~長距離移動の際に、わざわざSCや公共充電器の場所を調べて、そこに立ち寄る行程を考えるのは手間がかかります。 

 

 テスラ以外のクルマに関しては、せっかく充電スポットに立ち寄っても、そこで30分以上足止めを食らうのは、なかなかストレスフルです。余裕を持って早めに出発したはずが、予期せぬ充電待ちのせいで、予定に遅刻するケースも出てくるはずです。 

 

 そうなってくると、いくら補助金で安くなっているとはいえ、よほどのBEVファン以外は「確かに環境への配慮は大事だけれど、それならハイブリッド車で十分だな」と感じるかもしれません。 

 

 今の国産車には、トヨタ自動車の「THS(トヨタハイブリッドシステム)」をはじめ、優れた燃費性能を実現する仕組みが実装されています。エンジンは搭載されているものの、電動車としての魅力も味わうことができます。上記のデメリットを承知で、わざわざBEVを買うメリットは薄れます。 

 

 ちなみに、ハイブリッド車の人気が高いのは日本市場に特有の傾向だとされています。日本市場で23年に売れたBEVは約9.1万台ですが、これは新車販売台数全体(軽含む)のわずか2%ほどです。 

 

 これに対して、他の国・地域の新車販売台数全体に占めるBEVの割合(23年実績)を見てみると、米国は約8%、EUは約15%、中国は22%という結果でした。日本市場の少なさが際立った要因は、やはり「ハイブリッドがあるから」に他ならないでしょう。 

 

 

● コアファンの需要が 一巡した可能性も 

 

 一方で、先述した「2%」に含まれるBEVユーザーは、さまざまなデメリットを承知の上で、それでもBEVに乗りたいという「超コアファン」です。そうしたコアファンから支持されやすいのは、やはりテスラ車です。 

 

 実際、筆者の知人には、テスラ車を2台所有している熱狂的ファンがいます。そのオーナーは、テスラ車の使い勝手や内外装が気に入り、2台を横に並べて眺めるのが好きなのだそう。 

 

 さらに、同社のクルマはソフトウェアをアップデートして新機能に対応すれば、いつまでも新車に乗ったような感覚を味わえます。頻繁な買い替えは必要ありません。この点に魅力を感じているファンも多いのではないでしょうか。 

 

 ですが、この点はユーザーにとっては嬉しいものの、メーカーにとっては機会損失になっているという見方もできます。ただでさえ、日本では「CEV補助金」(※)を使ってクルマを買った人には3~4年の保有義務があり、テスラファンが新型に乗り換えるのはまだまだ先になってしまいます。 

 

 ※CEVは「Clean Energy Vehicle」の略で、BEVだけでなくPHEV(プラグインハイブリッドカー)なども該当する。 

 

 テスラが10年に日本参入を果たしてから、早くも14年。コアファンに「買い替え不要」のモデルを届け続ける中で、デメリットを度外視して気に入ってくれる層にテスラ車が行き渡ってしまった(需要が一巡してしまった)。このことも、国内で苦戦している一因ではないでしょうか。 

 

 このため、30万円の値下げをしたとはいえ、日本におけるテスラ車の販売は、今後も厳しい状況が続くとみられます。SCの少なさなど、「価格以外」の課題点が改善されていないからです。 

 

 加えて、テスラCEOのイーロン・マスク氏は、SCを他社モデルでも利用可能にする方針を示しています。現時点では海外のみが対象となっていますが、もし日本で同様の取り組みが始まると、どうなるでしょうか。 

 

 他社のBEVユーザーにとってはありがたいものの、「テスラ車だけが高速充電できる」という特別感は薄れます。コア層が積極的にテスラ車を選ぶ理由が一つ減ってしまうかもしれません。こうした充電器を巡る動向も、日本市場におけるテスラ車の人気を左右すると思われます。 

 

 マスク氏やテスラ日本法人の経営陣は、日本市場のテコ入れに向けて、これからどんな施策を展開するのでしょうか。今後の展開に注目です。 

 

吉川賢一 

 

 

 
 

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