( 176980 )  2024/06/03 02:16:38  
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自転車の違反走行の取締りはたびたび実施されてきた。警察官に警告を受ける男性。2011年(イメージ、時事通信フォト) 

 

 1971年から毎年、報告されてきた交通安全白書(内閣府)は、その時代の交通課題について特集を組んできた。最新の令和5年版では、自転車の安全利用の促進が特集テーマに掲げられている。日本の総人口が減少するにつれ交通事故が全体的に減少する一方、「10年間で全ての死亡重傷事故件数が約4割減少しているのに対し,自転車関連死亡重傷事故は約3割の減少」と、体感として自転車による深刻な事故が増えていることを示している。人々の生活と社会の変化を記録する作家の日野百草氏が、2026年までの「青切符」導入で取締りが強化される自転車利用をとりまく人たちの声を聞いた。 

 

【写真】ヘルメット着用は努力義務 

 

 * * * 

「少し携帯を取り出して確認しただけなのにね。みんな守ってやしないのに運が悪い」 

 

 自転車から降りて苦笑いの高齢男性、都心の繁華街とあって自転車の往来もまた激しい。そして今日は警察官の数も多いが自転車を集中して声掛けしているのがわかる。職質でなく、交通違反だ。 

 

 筆者の見た取り締まりは携帯のいわゆる「ながら運転」などだったが、都内でも別の場所では信号無視や一時停止違反なども取り締まっていたと報じられている。 

 

 5月29日のこの日、都内117カ所でついに警察による自転車の一斉取り締まりが行われた。 

 

 実に大規模な取り締まりで、読者の中にも取り締まりの様子を見かけたり、それこそ違反で「自転車指導警告カード」(以下、警告カード)を渡されたりした人もいるかもしれない。 

 

 それでも高齢男性は「罰金(反則金のこと)なくてよかったよ」と話していたが、他の違反者を見てもそれほど堪えているようには思えなかった。実際「運が悪い」とも。他の人だと折りたたみ自転車の若者は取り締まりに「たかが自転車でしょ」と笑っていたが、これが2026年までに導入予定の「青切符」制度が始まると自動車やオートバイと同様に反則金の支払いを求められることになる。 

 

 

 今回の取り締まり、いわゆる「青切符」制度、正式名称では交通反則告知書の導入が決まったことに対する周知と、年々増加する自転車の事故に対する啓発行為の一貫でもある。交通事故の自転車関与率は2018年の36.1%から毎年増加し2023年には46.3%となった。 

 

 免許証のいらない自転車は、反則金の納付を伴う交通反則通告制度が適用されないため青切符(あるいは白切符)が切れない。実のところいきなり赤切符、免許停止や免許取消処分と罰金を伴う告知票・免許証保管証の交付は可能だが、制度上はそうであっても自転車の違反に赤キップ、は現実的ではなかった。ある意味で「人質」に取れる免許証そのものがない。そこで道路交通法改正案で2026年までに自転車にも青キップを切れるようにした、ということになった。 

 

 都内の50代トラックドライバーが語る。 

 

「自転車は怖いよ。交通ルールもなにもないからね、信号は守らないし逆走は当たり前、とくに怖いのは一時停止しないことかな、どうにもならないよ」 

 

 この「自転車は一時停止しない」は筆者も以前から本当に怖いと思っている。車やオートバイを運転していて一時停止しないで突っ切ってくる自転車のなんと多いことか、都内の急な坂道を一時停止無視、全速力で下って車の側面に突っ込んだ自転車を目撃したことがあるが車のドアはべっこり凹んでいた。自転車の人はすぐ起き上がる程度で済んだが自転車でもその衝突エネルギーはそうとうなもので、実際に自転車と衝突して死傷した歩行者の数は警察庁によれば2022年に312人、こちらも前年から増えた結果となった。 

 

「自転車がいくら悪くても車は不利だからね、保険に入ってない自転車も多いだろうしヘルメットだって実際に街を見ればほとんど被ってないじゃないか」 

 

 自転車のヘルメット着用は努力義務、当初は買い求める人でヘルメット不足などと言われた時期もあったがいまはどうか、正直、都心を一日歩いてもヘルメットを被って自転車に乗る人など子どもとごく一部(仕事上、会社から着用が義務づけられている人など)でしかないのが現実だ。実際、警視庁によれば自転車用ヘルメットの着用率は10%未満、新潟県などは県全体で着用率2.4%と「ほぼ誰も」被っていない。 

 

「自転車を免許制にしろとまでは言わないけど、車と同じように罰金取るのはいいと思う」 

 

 事故の過失割合は一概には言えないものの、やはり一般的には車に分が悪いことが大半だ。ちなみに警視庁によれば自転車による死傷事故は前方不注意、安全不確認、歩行者妨害がワースト3でいわゆるスマホや音楽を聞きながらの「ながら運転」や一時停止をしない、左右確認をしない、そして歩道走行で人をはねるといった日々繰り返される事故が圧倒的な割合を占める。 

 

 

 自転車販売コーナーの担当を経験したことのある40代ディスカウントショップ店員の話。 

 

「誰でも乗れるわけですからね、そりゃとんでもないお客さんもいましたよ。修理に持ち込むのだってまるっきりメンテナンスしてない自転車ばかりでいつ事故ってもおかしくない車両ばかりでした。あと電動自転車は本当にスピード出るので気をつけてくださいと説明はするのですが、私も車に乗っていて、本当に危ないなあと思うことは多いです」 

 

 自転車事故の増加と電動アシスト自転車(以下、電動自転車)の因果関係は明確でないが、子ども二人を乗せた親御さんが電動自転車で交通ルールなど一切守らず走る光景は「日常」の風景である。忙しいのもわかるし子育てが大変なのもわかるが、例えば足立区で環七をお子さん乗せたまま横断禁止なのに渡る光景など目の当たりにすると怖いな、と思う。 

 

 趣味として自転車に乗る筆者の知人であるアマチュアレーサーは「本来は原則、自転車だって車やバイクと同じ扱いのはずですよ」と昨今の自転車の事故増加とそれに伴う罰則の強化にこう語る。 

 

「車道を走るにしたって自分の都合でときに車と同じ、ときに歩行者と同じって感じで信号無視や通行区分違反を繰り返してるのとか普通にいますからね。これまで罰則はあっても形骸化していたし、車やバイクみたいに罰金とられるわけじゃないからナメられてるんでしょう」 

 

 自転車乗りだからこそ「いっしょにされたくない」とのことだが、車やオートバイと同様にしっかり走っている自転車乗りはいる、しかし「たかが自転車」と乗る人が多数なのは事実で、いわゆる「ママチャリ」の類いはとくにそうだと思う。今回の一斉取り締まりも筆者の取材の限りも電動自転車を含めたママチャリがほとんどだった。 

 

「でも車道をあれで走るのが難しいのはわかるんですけどね。都心の大通りなんてママチャリで車道走ったら怖いなんてもんじゃないですよ。日本は自転車が安全に走る環境って昨日今日考えたってレベルなんで、自転車レーンも少ないし自転車ナビマークなんて現実には意味ないですから」 

 

 

 東京都の道路だけに見られる自転車ナビマーク・自転車ナビラインは、東京五輪への準備の一環として決定した自転車通行空間整備によって実施されて広まったもので罰則などもない、法令の定めがない表示だ。自転車ナビマークは道路の主に左端に描かれた白く描かれ、自転車ナビラインは主に交差点に緑色で路面に示されている。あくまで自転車が通行すべき部分及び進行すべき方向を明示するためのものであって、全国共通のルールである自転車専用レーンとは違う。 

 

 自転車レーンは自転車専用通行帯で自転車以外の通行や駐車は禁止だが、自転車ナビマーク・自転車ナビラインはそういう意味での効力はほとんどない。ごっちゃにされることのある両者だが、自転車ナビマーク・自転車ナビラインは「法定外表示」のため路駐が連なってしまうケースがある。罰則強化と環境整備のバランスが悪いため分断が起こる、車とバイク、自転車、商用と自家用、歩行者、そして近年だと電動キックボードか。一部の軽薄者たちの運転がその乗り物とそれに乗る人々にも迷惑をかける、自転車の大規模な一斉取り締まりと2026年までの罰則強化もまたそうした残念な現実に由来している。 

 

 ともあれついに行われた大規模な自転車の一斉取り締まり、これが青キップ導入となれば警察はこれまで以上に自転車を取り締まることになるだろう。反則金の是非と利権の問題は措くとして警察の本気度、これまでのように「たかが自転車」では済まなくなることは確かなようだ。 

 

日野百草(ひの・ひゃくそう)/日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経て、社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。 

 

 

 
 

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