( 177100 )  2024/06/03 16:41:17  
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なぜ日銀は利上げを実行できないのか(Photo/Shutterstock.com) 

 

 この数年間の急速な円安は、日米金利差の急速な拡大によるものだ。ただ、この説明だけでは不十分であり、なぜ日銀が金利を上げられないかを明らかにする必要がある。ここで注目すべきは「自然利子率」である。これを読み解くと、日本が行き着く最悪のシナリオが考えられる。 

 

【詳細な図や写真】円安の原因が金利差だけでは説明できない理由とは(Photo/Shutterstock.com) 

 

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 日本円は、この数年間で急激に価値が低下した。2021年秋ごろまでは1ドル105~110円の間で推移していたのだが、2022年3月から急速に減価し、2022年10月には150円に近づいた。その後円高になったが、再び円安となり、150円を超える円安が続いている。 

 

 これが日本に深刻な問題をもたらしたことは間違いない。輸入物価の高騰により、国内物価が高騰した。日本人の購買力が著しく減少し、海外の高価なものを買えなくなった。そして、留学できない、外国からの労働者が日本に来ない、などの問題が発生している。日本は急速に貧しくなったのだ。 

 

 一体なぜこのようなことが起きたのか? その原因は何か? ここから抜け出すにはどうすれば良いのか? それとも、これは一時的な現象に過ぎないので、あまり深刻に考える必要はないのか? 

 

 円安の原因は日米間の金利差だ。2022年春から円安が進んだのは、米国が政策金利を急速に引き上げ、日本が追随しなかったので、日米間の金利差が拡大したためだと説明される。 

 

 

 たしかにそのとおりである。この説明は正しい。ただし、これだけでは不十分だ。 

 

 金利差が円安をもたらすのは、「円キャリー」と呼ばれる取引による。これは投資資金を円で借りて調達し、それをドル資産に投資する取引だ。これによって金利差分だけの利益を得られる。 

 

 ただし、将来時点で円高が進めば、円資金を返却するときに損失が発生する。したがって、利益を得られるためには、将来円高にならないことが必要だ。 

 

 日本銀行は、2022年12月まで金融緩和策を見直す予定はないと明言していた。また2023年4月から総裁が交代して金融政策の正常化に取り組むとしたが、当面は金融緩和を継続するとした。これは、円キャリー取引の利益を保証したようなものだ。このために、円キャリー取引を誘発し、円安が進んだのだ。 

 

 日米金利差によって円安が生じ、そして円安が問題をもたらしているのであれば、「日銀が金利を上げることによってそれに対処する」のは、当然、必要とされることのように思われる。 

 

 しかし、問題はそれほど簡単ではない。 

 

 

 第一の問題に、金利差以外の要因が円安を引き起こしている可能性がある。仮にそうであれば、金利を引き上げたところで、円安をストップできないだろう。 

 

 では、金利差以外の要因によって、円安が生じているのか? 

 

 異常な円安は金利差のみでは説明できないものであり、日本経済の衰退が大きな原因になっているという考えが、最近よく聞かれるようになった。 

 

 たとえば、「デジタル赤字」の問題だ。日本のデジタル化が遅れているために、クラウドの利用代金などの支払いが増え、これが円安の原因になっているという可能性だ。 

 

 あるいは海外で生産をしている日本企業が、利益を日本に送金しないことも問題だと言われる。また新NISAによって、投資が海外に向かうのが原因だとの見方もある。 

 

 これらの問題は、決して軽視できるものではなく、それ自体として問題である。しかし、円安の原因になっているとは考えられない。なぜなら、現在の世界で為替レートを左右する要因としては、金利差による資金移動額のほうがはるかに大きいからだ。 

 

 また、キャピタルフライトが生じているという見方もある。これは、ある国が衰退して、資金が外国に逃げてしまい、その国の通貨が急速に減価していくことである。しかし、幸いなことに、日本はまだこの状況には陥っていないと考えられる。 

 

 日本が金利を上げれば問題が解決するという結論に直ちにならない第二の理由として、金利を引き上げると、さまざまな問題が発生するということがある。 

 

 この問題を考えるためには、「自然利子率」という概念が手がかりになる。ここで「自然利子率」とは、経済の構造によって決まる利子率である。実際の利子率を金融政策によってこれより低くすれば景気刺激的になり、高くすれば景気抑制的になる。 

 

 その意味で、これは「中立金利」とも呼ばれている。自然利子率を直接に観測することはできないが、一定の仮定の下で、実質GDPの潜在成長率が、実質自然利子率になることが示されている。 

 

 日本の自然利子率は、1990年代以降低下したと考えられる。米国が高成長を続けるのに対して、日本が低成長に陥っていることがそれを示している。日本の経済構造が劣化したために、生産性が低下し、潜在成長率が低下したのだ。 

 

 したがって、自然利子率の段階において、日米間で差が開いている。この差は、金融政策ではコントロールできないものだ。 

 

 つまり、日銀がイールドカーブコントロール(YCC)を止めたとしても、日本の利子率は米国の利子率より低くなる。そして円が安くなるというメカニズムが働くことになる。 

 

 もし、長期金利を無理やり米国と同じ水準にまで引き上げるとしたら、投資はほとんど行われなくなり、財政資金も調達できなくなる。日本経済は大混乱に陥るだろう。日本では収益性が低い投資しかできないのだ。 

 

 そうではあっても、2022年12月までは、現実の金利は抑制しすぎであった。このため、債券発行市場がゆがみ、海外のヘッジファンドからYCC廃止を狙った投機取引が急増した。 

 

 したがって、この時点までは、YCCのコントールをはずし、長期金利を市場実勢に委ねることが、金利の観点からも、為替レートの観点からも、望ましいことだった。しかし、今の時点では、為替コントロールのための金利引き上げは、難しいかもしれない。 

 

 

 なぜ、日本の生産性が低下し、自然利子率が低下したのだろうか? 

 

 その原因としてはさまざまなことが考えられる。1980年代からの世界的経済構造の大きな変化に対して、日本経済が適切に対応できなかったということもある。 

 

 それだけでなく、金融政策の影響も無視できない。つまり、金融政策が日本企業をぬるま湯につけてしまったために、企業が生産性を引き上げる努力をせず、その結果、生産性の高い投資ができなくなった可能性がある。 

 

 これは、金融緩和政策が経済成長の阻害要因になったことを示すものだ。 

 

 米国では、ITやAIなどの分野でさまざまな技術革新が行われる。だから、潜在成長率が高くなり、自然利子率が高くなる。したがって、金利を高くすることができ、その結果、ドル高になる。他方、日本経済は、生産性が低いので、自然利子率が低くなり、したがって金利を高くすることができず、円安になる。このため、消費者がますます貧しくなる。 

 

 このようなプロセスが行き着く先は、キャピタルフライトだ。日本から資金が逃避するため、国内での資金調達が難しくなり、金利が高騰する。金利が高騰しても、円高になるのでなく、円安が進む。 

 

 日本はまだその段階に至っていないが、いつまでもそれを免れられる保障はない。キャピタルフライトに陥らないための方策を真剣に考える必要がある。 

 

執筆:野口 悠紀雄 

 

 

 
 

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