( 179525 )  2024/06/11 02:25:20  
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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Darren415 

 

政府は「資産運用立国」を掲げ、新NISAを推進している。これに乗るべきなのか。国際ジャーナリストの堤未果氏は「日本が資産投資・運用に乗り出すなか、米国の『投資の神々』は株を大量に手放していた。いま新NISAに飛びつくのは危うい」という――。 

 

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 ※本稿は、堤未果『国民の違和感は9割正しい』(PHP研究所)から一部を再編集したものです。 

 

■わざわざ外資を儲けさせる新NISAは誰のものか 

 

 日・ウクライナ経済復興推進会議で〈金融力〉という言葉を使った岸田総理は、2023年4月の経済財政諮問会議で、こんな発言をしていました。 

 

 〈家計金融資産2100兆円を解放し、成長し続ける「資産運用立国」を実現します〉 

 

 2100兆円のうち約半分の1100兆円は、私たち国民の預貯金です。 

 

 この話をした時、前述したロンドンの金融アナリストが、ヒューッと口笛を吹いたことが忘れられません。 

 

 「ゆうちょ、年金ときて、次は1100兆円という巨大な預貯金が市場に流れてくるわけか。1%でも110兆円、外国人投資家連中は、聞いただけで目がギラギラ輝くな」 

 

 2024年1月。日本政府や年金機構に投資の助言をしている米投資銀行ゴールドマン・サックスが主催したアジア最大の金融イベント「グローバル・マクロ・カンファレンス」で、岸田総理が投資家向けに出したメッセージにも、大きな期待が寄せられていました。 

 

 日本を〈資産運用立国〉にするために、家計金融資産の運用業と、アセットマネージャー(本人の代わりに資産運用をする人)の規制改革を進めるというのです。 

 

 政府はそのために、国民が預貯金で資産運用しやすくなるよう、新NISA制度を、2024年1月から開始しました。株で得た利益にかかる約2割の税金を一定範囲で非課税にするNISA制度をさらに優遇し、大々的キャンペーンを展開し始めたのです。 

 

 その一方で、東京、大阪、福岡、札幌の4都市を「金融・資産運用特区」にし、海外からアセットマネージャーや金融のプロをどんどん呼び込み、彼らの家族の住居や子供の学校を準備し、短期滞在ですぐ永住権が取れるよう、法律をゆるめるというおもてなしぶりでした。 

 

 経済アナリスト故山崎元氏は、岸田総理が2023年9月に米国で、投資家達にこの特区構想をアピールした時点で抱いた違和感を、自身のコラムでこう指摘していました。 

 

 〈なぜ海外の運用会社を、優遇措置を与えてまで誘致したいのかだ。日本株に対する運用ビジネスの動きを活発化させたいなら、まず日本の運用会社がビジネスをしやすい環境をつくることが先決ではないか〉(2023年9月27日『週刊ダイヤモンド』) 

 

 わざわざ外資を儲けさせる環境を作り、国民の預貯金を投資させるのは誰のためでしょう? 

 

 

■宣伝はマイナカード、五輪事業のパソナにお任せ 

 

 岸田総理の〈聞く力〉は、もっぱら財界に向けて固定されているようです。金融庁が旗を振り、一般国民に新NISAを知ってもらい、預貯金をどしどし投資してもらえるよう、手始めに吉本興業とコラボした新NISA大キャンペーンを開始。 

 

 タンス預金が趣味のおじいちゃんおばあちゃんにも、現金を投資に回すやり方を、芸人さんが笑いを交えてわかりやすく伝えてくれます。 

 

 また、銀行や金融機関には、お客様に新NISAの良さをどんどん宣伝してもらわねばなりません。 

 

 人手不足でなかなか手が回らない? 心配ご無用! こういう時に頼りになるのが、マイナカード事業やオリンピックのボランティア派遣、ワクチンコールセンターなど、政府プロジェクト下請として大活躍中のパソナグループです。 

 

 オリンピック事業では、9割というダイナミックな中抜き率で、公金から巨額の利益をあげたことがばれて叩かれていましたが、2013年からは、企業向け〈NISAサポートデスク〉を開始、専従スタッフの派遣に加え、テレマーケティングによる顧客獲得や社員向け教育研修まで、パッケージで提供してくれます。 

 

 その結果、開始から1カ月で、新NISA口座は全国で2136万口座と、20%増加、買われた株は1位が米国株、2位が世界株(6割は米国株)の投資信託、日本株は3位という、アメリカ万歳の結果でした。 

 

■「年金で足りない分の老後資金を増やしましょう」 

 

 優れたアセットマネージャーの人材を自国内で育てるのでなく、なぜかおもてなしを尽くして外国からじゃんじゃん呼び込むほど、国民の預貯金で外国株を買い支え、外国人の運用業者に手数料が入る〈外資ファースト〉の構図が拡大してゆくでしょう。 

 

 2024年2月22日。日経平均株価は1989年以来の最高値39098円を記録、金融庁を筆頭に、日本全国の金融機関や銀行、マスコミは「今こそ新NISAの買い時だ!」と煽(あお)り煽りのオンパレード、新NISA説明会には1万7800人もの人が参加し大盛況、証券会社のコールセンターに買い注文が殺到しているところを見ると、買っているのは、ネットより電話を使う高齢者が中心なのでしょう。 

 

 コールセンターに電話したら、こう言われたという人もいます。 

 

 〈60代でも70代でも、今から世界に追いつくために、投資を学べるチャンスです〉 

 

 でも、本当にそうでしょうか? 

 

 新NISAは、株価が上がっている時は税金もかからず良いのですが、あくまでも利益が出ている時に優遇される制度なので、損した時の対処法はありません。 

 

 「資産運用立国」とはすなわち、将来年金が不足しても、老後資金は政府の責任でなく国民の自己責任。マイナ保険証の利用率が低い高齢者のマイナンバーも、新NISAでしっかり銀行口座と紐づけられます。 

 

 年金で足りない分の老後資金を増やしましょう! とメリットばかり並べられても慎重になったほうが良いでしょう。 

 

 長期で塩漬けにしておくつもりなら別ですが、日経平均株価だって、持ち直すまで30年以上かかったことを考えると、政府のメインターゲットである高齢の方々は、実は悠長にしていられないのです。 

 

 

■泥舟から逃げ出す投資の神々 

 

 もちろん株はいつか下がるもの、でも今のバブルに乗っかるチャンスを、逃さないほうが良いですよ! と銀行で言われたのですが、と、この間多くの問い合わせを頂きましたが、問題は、その「いつか」です。 

 

 本家本元のアメリカを見てみましょう。 

 

 2023年の国内企業倒産件数は、金融危機の余波を受けた2010年に次ぐ高水準、大手銀行も次々に消えています。 

 

 「投資の神様」の別名を持つウォーレン・バフェットや、投機によってアジア危機の原因を作ったと言われるジョージ・ソロス、メタ(旧フェイスブック)創業者のマーク・ザッカーバーグに、アマゾンのジェフ・ベソス、マイクロソフトのビル・ゲイツなど、まるで泥舟からいち早く逃げ出すかのように、今、みなさん揃って何十兆円相当もの株を大量に手放しています。 

 

 特に、18年間一度も自社株を売らなかったJPモルガンのCEOジェイミー・ダイモン氏までが、ついに1億5000万ドルの株式を手放した時には業界に激震が走り、不穏な噂は止まる気配がありません。 

 

 この実態と対照的に、マイナカードポイントキャンペーンの時と同じに、メリットばかりを強調し、「さあさあみなさん、今すぐ新NISAを買いましょう!」と、四方八方から国民が煽られる日本。 

 

■政府のゴリ押しに違和感を覚えたら問いかける言葉 

 

 そもそもマイナ保険証やワクチンで、メリットばかり連呼した挙句に、都合が悪くなると相手をブロックし「そんなこと言ってません」とすっとぼける大臣や、中抜き祭りの公金プロジェクト、絶対捕まらない裏金七人衆、虚偽の収支報告書に批判が飛ぶ中、「納税は本人の自由です」などといってのける財務大臣、そして、相手によって耳が閉じたり開いたりする総理の〈聞く力〉。 

 

 昨今の体たらくを見ていると、政府がゴリ押ししてくるものには、反射的にざわっとするのです、という人は、少なくありません。 

 

 心の中にそうした違和感が浮かんできたら決して無視せずに、どんなにメリットを並べられても、心の中でそっと、自分に問いかけてみてください。 

 

 〈でも、本当にそうだろうか?〉 

 

 

 

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堤 未果(つつみ・みか) 

国際ジャーナリスト 

東京生まれ。NY市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。国連、アムネスティ・インターナショナルNY支局員、米国野村証券を経て現職。日米を行き来し、各種メディアで発言、執筆・講演活動を続ける。『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』で日本ジャーナリスト会議黒田清新人賞、『貧困大国アメリカ』(3部作、岩波新書)で日本エッセイストクラブ賞、新書大賞受賞。多数の著書は海外でも翻訳されている。近著に『デジタル・ファシズム』(NHK出版新書)がある。 

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国際ジャーナリスト 堤 未果 

 

 

 
 

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