( 180355 )  2024/06/13 16:26:23  
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自動車(画像:写真AC) 

 

 三重県鈴鹿市に住む生活保護受給者の女性が、車の運転記録の不備を理由に生活保護を停止されたことが報じられ、議論を呼んでいる。 

 

【画像】えっ…! これが40年前の足立区「竹ノ塚」です(計16枚) 

 

 この女性には脳性まひの息子がいて、送り迎えするために車が必要だった。しかし、市は彼女に詳細な運転記録の提出を求め、虚偽申告の疑いがかけられた。この状況に女性が怒った。最終的に、津地裁は市の生活保護停止処分が誤りであるとの判決を下した。 

 

 特別な事情がある生活保護受給者に「車の所有と運転」を認めることは、 

 

「最低限度の生活」 

 

を保障することと同じであり、現代においては当然の権利だ。しかし、国会では毎年同じような質問が繰り返され、 

 

「車は資産であり、他の低所得者とのバランスも考えなければならない」 

 

という政府の見解が示される。このパターンが繰り返され、ネット上でも同じような議論が続き、もはや 

 

「生活保護論争はお祭りの恒例行事なのか」 

 

と、高齢者や障がい者への支援に携わってきた筆者(伊波幸人、乗り物ライター)はうんざりする。 

 

 なぜ鈴鹿市は詳細な運転記録を要求したのか。いい換えれば、なぜ詳細な運転記録をつけなければ、車の所有も運転も許されないのか。 

 

 本稿では、生活保護受給者が「車の所有と運転」を制限される本当の理由について、考えてみたい。 

 

ベンチでうなだれる高齢女性(画像:写真AC) 

 

 地方自治体が運転記録の提出を求める背景には、次のような懸念がある。 

 

・生活保護受給者の賠償能力に懸念がある 

・車は財産であり財産の活用は要最低限にとどめるべきである 

・その他、低所得者とのバランス、公共交通の使い勝手、車の保有率など 

 

賠償能力への懸念は「生活保護受給者が交通事故を起こしたら、誰が責任を負うのか。任意保険料を支払う余裕があるのか」というものだ。 

 

 特別な理由があって、生活保護受給者が車を所有する場合、任意保険の加入を原則求めている(静岡市 令和3年度 包括外部監査結果に係る対応状況一覧 6項 自動車/任意保険の加入指導より)。なぜなら、損害賠償責任を負担する経済力がないためである。 

 

 しかも、任意保険料は税金から支払われるのではなく、親族の援助がある場合や本人が働いている場合はその収入から賄われる(厚生労働省|課長通知問12の1-4、2-4)。ただ、担当者のレベルや個別のケースを見ると、任意保険の加入が徹底されていないケースもあり、事故後の賠償責任などで問題が生じている。 

 

 第二に、車は財産とみなされ、原則として所有することができない。たとえ最低限の価値であっても、財産の活用は必要最低限にとどめるべきという問題が出てくる。生活保護受給者が病気療養や社会復帰のためにどうしても車が必要な場合、最低限の価値しかない場合、所有することは認められている。 

 

 ただし、車という財産を活用する距離や目的も最低限認められる範囲内であるべきという考え方もある(厚生労働省-生活保護に関するQ&A、p.83)。冒頭のケースでも、車は財産なので、使用頻度や目的を明確にして、必要最低限にとどめてくださいというのが、運転記録を求められた理由のひとつと考えられる。 

 

 生活保護制度発足当時の自動車の価値を考えれば、自動車が財産とされる理由は容易に理解できる。しかし、今の時代に 

 

「安価な自動車」 

 

が財産といえるのか、はなはだ疑問である。 

 

 

生活保護申請書のイメージ(画像:写真AC) 

 

 第三に、「低所得者とのバランス」が最大の問題である。 

 

 生活保護世帯と同レベルの低所得にもかかわらず、車の維持費を支払っている人がいるだろう。「正直者がばかを見る」という怒りは理解できる。さらに、生活保護を不正に受給したり、不健康な生活のために生活保護に依存したりするケースもあり、これに納得できない人も多いだろう。平たくいえば、 

 

「社会的弱者に配慮する必要性は理解できるが、納得できない部分も多い」 

 

ということである。公平性のジレンマだ。しかし、生活保護受給者の大半は、病気やけがをしているか、高齢で働けないかのどちらかである。冒頭のケースを振り返っても、今でこそ「医療的ケア児(脳性まひの子どもなど)」は地域で生活できるが、一昔前にはそんな余裕はなかった。 

 

 障がい児を抱え、ただでさえ生活苦にあえいでいる人たちに対して、運転記録の未提出を理由に生活保護を打ち切るのはいかがなものか。誰もが同じ状況に陥る可能性があるのだから、福祉制度を改善することは誰にとっても利益になる。 

 

 そもそも、生活保護受給者の権利を拡大するためには、低所得者への配慮が必要だという考え方が対立を生んでいる。その場合、車の維持費の補助制度についても、所得によって差をつけるような議論が必要だろう。 

 

ガソリンスタンド(画像:写真AC) 

 

 まず、車の維持費がどの程度所得から補助されているかを整理してみよう。車の維持費には主に以下のようなものがある。 

 

・ガソリン代 

・税金 

・メンテナンス費(車検も含む) 

・自賠責および任意保険料 

・駐車場代など 

 

生活保護費で、ガソリン代を目的とした費用は原則的に支給されず、他からの援助も認められていない(厚生労働省|課長通知問12の1-4、2-4)。 

 

 つまり、ガソリン代を負担すれば、使える保護費が減るが、ガソリン代が支給されれば、運転記録の提出義務も生じるので、ある程度の負担はやむを得ない。 

 

 生活保護を受けている人は、原則として軽自動車の自動車税が免除される。車の税金は車検費用の大半を占める。そのため、維持費は最初から考慮されている。 

 

 一方、任意保険料については、所得によって区別された補助制度はない。任意保険の加入と補助が法制度的に整備され、賠償責任が担保されないと、自治体も安心して車の所有を認めることはできない。 

 

 SBIホールディングスによると、2023年時点の任意保険加入率の全国平均は88.4%である。残りの1割に低所得者を含めた補助金制度を検討することは、賠償責任が担保された車社会の拡大につながる。 

 

 もちろん、特別な事情を抱えた人たちが経済的に自立するための計画を立て、健康的な生活を送る努力をするという前提に異論はない。財源の問題や納税者の理解など、乗り越えるべきハードルは多いが、議論する価値はある。 

 

例えば、生活困窮者自立支援制度では、社会復帰を条件に家賃補助を行っている。この制度の枠組みのなかで、車の任意保険料を補助することなども考えられる。 

 

 ここまで、各自治体が生活保護受給者に車を所有させない理由について、賠償責任や任意保険の維持費、財産にあたるかどうかの問題などを書いてきた。 

 

 最後に、冒頭のケースから、生活保護受給者の「車の所有と運転」をめぐる問題を改めて検証し、メディアと政治の責任を明らかにする。 

 

 

自動車(画像:写真AC) 

 

 生活保護受給者の「車の所有と運転」については、事故や賠償責任、また、維持費や低所得者への配慮、地域の車の保有率などの理由から、自治体が認めることは難しい。そこで、以下の点を検討する必要がある。 

 

・特別な事情がある人についても、車の利用制限を解除することを明確にする 

・使用制限の根拠となっている「車は財産」という考え方を見直す 

・任意保険に加入して賠償責任を確保し、他の低所得世帯も含めた支援策を検討する 

・生活保護受給者にもガソリン代等の負担を求め、車の使用の公平性を確保する方針は変えない 

 

 特に、車の使用制限が財産にあたるかどうかの解釈や、賠償責任の問題があるため、政治的判断や任意保険制度への補助が重要になる。 

 

 一方、「生活保護受給者の運転する権利が生活の最低保障である」と主張するだけでは、理解を得ることは難しいとメディアは知るべきである。生活保護受給者の車の所有が認められない背景を多角的に分析し、論点を絞り込む必要がある。 

 

 2024年は、生活保護制度改革を契機に、政府見解が国会で変わることを期待したい。 

 

伊波幸人(乗り物ライター) 

 

 

 
 

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