( 180525 ) 2024/06/14 01:54:19 0 00 人気漫画を想起させる政策ビラ。バスケットボールのユニホーム姿の小林幹夫氏(手前)、茂木敏充党幹事長(右から2人目)、福田富一・栃木県知事(奥)らが描かれた(写真:共同通信)
選挙に際して配られた「ビラ」が、人気アニメーション映画のポスターに酷似していると、注目が集まっている。見比べてみると、確かにパロディーの要素が色濃く、著作権法違反を指摘する声もある。
【比較画像】映画「THE FIRST SLAM DUNK」のポスターはこちら
しかし一連のニュースを眺めていると、このビラには著作権だけでない、複数の問題点があるように感じられる。そこで今回は、4つの観点から「このビラがマズかった理由」を考えてみよう。
■人気漫画「スラムダンク」ポスターに酷似
話題になっているのは、栃木県鹿沼市長選の候補者(自公推薦、後に落選)の陣営が作成したチラシだ。
表紙には大きく「総力結集KANUMA!! !! !!」の文字があしらわれ、下部には「THE FIRST TEAM UP KANUMA」「このまちをもう一度建て直す」「あきらめたらそこで鹿沼が終わる」の文言も書かれていた。
そして目をひくのは、「KANUMA!! !! !!」にかぶせるように配置されている、バスケットボールのユニフォームに身を包んだ5人のイラストだ。候補者はもちろん、栃木選出の自民党・茂木敏充幹事長や、福田富一栃木県知事の姿もあった。
鹿沼市長選は2024年6月9日に投開票されたが、その翌日あたりから「ビラが著作権法に抵触する可能性がある」という報道が相次いだ。
類似が指摘されているのは、井上雄彦さんの人気漫画『SLAM DUNK(スラムダンク)』を映画化した「THE FIRST SLAM DUNK」のポスターだ。
見比べてみると、確かに近い印象を覚える。
本家には、大きく書かれた「SLAM DUNK」の文字に、バスケットボールのユニフォームを着た5人のキャラクターが重なる。どちらにも「THE FIRST ○○」の文言があり、原作の名言である「あきらめたらそこで試合終了ですよ」を想起させるフレーズもある。
各種報道では、陣営スタッフへの取材内容も書かれており、そこでは「他地域の商店街がつくったポスターを参考にした」「若いスタッフが作成したようだ」などの主張が掲載されている。これらの記事では、有識者による見解も併記されているが、ある新聞は「翻案権侵害の恐れ」を指摘し、またある新聞は「完全複写ではなく、著作権侵害にあたらない」といった主旨のコメントを掲載している。
■4つの「マズい理由」
一連の経緯が報じられたことで、SNS上では議論が広がっている。またテレビの情報番組などでも、この話題が伝えられ、コメンテーターの反応が、さらに記事化される状況だ。そこで、これまで数々の「炎上」をウォッチしてきた、ネットメディア編集者である筆者の視点から、このビラが「マズい理由」を考えてみると、4つの要因が浮かんできた。
(1)そもそも著作権的な懸念がある (2)政治家なら「政策」で勝負すべき (3)パロディーがすべると、本家もすべる (4)前提が違う「他者」への責任転嫁 それでは順番に見ていこう。
(1)そもそも著作権的な懸念がある
前もって言っておくと、筆者はいちおう法学部出身ではあるが、法曹関係の資格は持っておらず、その道のプロフェッショナルではない。著作権法的に合法なのか、違法なのか、はたまたグレーなのかは、司法が判断するものなので、ここでは深掘りしない。
しかし、少しでも疑念を与えてしまっては、その時点で試合終了ではないか。ただでさえ、推薦を出した自民党は「裏金問題」から脱却して、クリーンな印象を築かなければならないタイミングだ。悪印象を残す可能性のある活動は、極力避けたほうが無難なのは間違いない。
(2)政治家なら「政策」で勝負すべき
そもそも、人気コンテンツに「タダ乗り」「フリーライド」している印象を与えてしまうような広報活動が、選挙において有利になると思えない。
政治家は「イメージ商売」の側面が強いが、見た目だけ華やかにするのではなく、本来は政策で勝負すべきだろう。どれだけ魅力的な政策や公約を掲げていても、その表紙にオリジナリティーがなければ、「この政治家は、他人の手柄でも『横取り』するのではないか」 とのイメージを与えてしまう。
版権者の許諾を得ずに、人気キャラを「政治利用」したのではと疑われたケースは、これが初めてではない。たとえば2023年の統一地方選に向けては、とある政党の街頭演説会で「アンパンマンの着ぐるみ」が応援に訪れた。
同党所属の市議が、この着ぐるみと踊る様子などをSNS投稿したことで問題視され、アンパンマンの権利者側が各社取材に「個別政党や政治活動への使用許諾をしていない」と答えたことから炎上状態に。この際、同党側は謝罪しつつも、あくまで「支援者が着てきた」との主張を保った。
■元ネタにも政治的な色が付きかねない
(3)パロディーがすべると、本家もすべる
とはいえ、パロディーそのものを否定したいわけではない。今回のケースでも、それなりの独自性やユーモア、その作品である必要性(たとえば候補者が元プロバスケ選手など)があれば、まだ擁護の余地があったかもしれない。しかし筆者は、今回そのどちらも感じず、申し訳ないが、ただ単に「すべった」だけの印象を覚えた。
街頭インタビューや宴会の余興で、芸人のギャグを一般人が言い放ったときの、あの微妙な空気を思い出してほしい。仮に「元ネタへのリスペクト」があろうとも、すべってしまっては、顔に泥を塗ることになってしまう。とくに公職候補(予定)者によるパロディーは、元ネタにも政治的な色が付きかねないことから、扱うとしても慎重になるべきだ。
「アンパンマンの着ぐるみ」に近いケースとして、同じく2023年の統一地方選を前にしたタイミングで、大塚食品の「ボンカレー」のパッケージをパロディー化して候補者をねぎらう画像が、特定政党の支持者を中心に出回った。こちらも同様に問題視され、最終的には、大塚食品が一切の関与を否定するコメントを出すまでに発展している。
(4)前提が違う「他者」への責任転嫁
ビラをめぐる一連の報道では、とある商店街のポスターからヒントを得たとの、陣営スタッフ発言が伝えられている。これもまた、現実を直視していない責任転嫁だと感じさせてしまう。記事では商店街の具体名は明記されていないが、おそらくこれだろうと思われるポスターがある。
そのポスターは実写で、商店街の店主ら5人が、ユニフォームを着ているもの。2023年末に掲示されて話題になり、ネットメディアを中心に「おもしろネタ」の切り口で取り上げられ、関係者コメントも報じられた。それらによると、もともと約10年前から、毎年の話題をパロディー化したポスターを制作していて、たまたま2023年は「THE FIRST SLAM DUNK」を題材にしたようだ。
つまり、同じ「元ネタ」をパロってはいるものの、そこへ至るストーリーはまったく異なる。また、商店主という「毎日のように顔をあわせる近所のおっちゃん」がキャラになりきるのと、市長選候補者(元県議)という「遠いと感じられている存在」がなるのとでは、読み手の受け取り方も異なる。別のフィールドである、商店街の例を出してしまったのは、まったくの悪手と言えるだろう。
■法規制に対する意識の低さ
ここまで4つの観点から、今回のビラが「マズい理由」を考察してきた。いずれの背景にも、「選挙に勝てれば手段はいとわない」という、政治家特有の思考プロセスがあると思われる。
昨今ようやく、公職選挙法や政治資金規正法をめぐる議論が進みつつあるが、こうした政治関連法のみならず、著作権などの知的財産関連や、街頭演説とは切っても切れない道路交通法など、あらゆる法規制に対する意識が低く感じられてしまうのだ。
ここまで熱を入れて語るのには、理由がある。実は筆者自身も、かつてオリジナルの手作り選挙に挑み、惨敗した経験があるからだ。あらゆる広報物を自作し、告示日以前には公選法に触れる「事前運動」を行わないよう、最大限の注意を払っていた。それらはすべて、まっとうな選挙のあり方を提案したいとの思いからだった。
「文句は受かってから言えよ」「負け犬の遠吠えだ」と言われれば、それまでだ。ただ、資金も人手も限られるなか、自力で政治を志すチャレンジャーが貧乏くじを引くような現状は、一刻も早く変えなくてはならない。「借り物」じゃない、オリジナリティーが評価される未来が、一日も早く実現することを願っている。
城戸 譲 :ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー
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