( 182450 )  2024/06/20 00:29:52  
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法廷で妊娠後の生活や出産時の心境などについて語る女性のイラスト 

 

 3月、殺人と死体遺棄の罪に問われた女性(28)に懲役5年6月の実刑判決が言い渡された。誰にも気付かれず、独りで2人の赤ん坊を出産。一度目は「死んだ状態」で生まれて押し入れに、二度目は浴室で生んでクローゼットに、いずれも遺体を隠した。 

 2人の子にはそれぞれ、父親がいる。罪に問われない彼らは「何とも思っていない」、「俺も悪かった」と異なる感情を口にした。妊娠は男女による性行為の結果、起こる。だが出産に至るまで、身体的、精神的な負担は圧倒的に女性に偏っている。【菅野蘭、中村園子】 

 

2017年、女性は男性Aと出会った 

 

 東京都心まで電車で40分ほど、首都圏のとある街にあるガールズバー。2017年3月、店員として働いていた女性は客として訪れた男性Aと出会った。他の客も交えてカラオケにも出かけ、2人で会うように。ほどなくして交際が始まった。 

 当時20代後半だったA。「愛している」と口にする女性に「好きだ」と応えたこともあったが、妊娠が発覚すると変わった。 

 生理が来ないことを明かし、中絶費用の支払いを求める女性に対し、Aは「本当に俺の子どもなのか」と疑った。エコーの写真など妊娠について「証明できる物」の提示を要求。「俺に会う前に妊娠した可能性もある。金なんか払わないよ」と告げ、女性の前から姿を消した。 

 後にAは検察に対し、こう説明している。 

 妊娠を告白されて、「面倒なことになったと思った」。「無料でセックスができる都合のいい女」で、性交渉の際、コンドームをつけるように頼まれたことは、ない。病気や妊娠など女性の身に何かあっても「全然、気にしていませんでした」。 

 Aと連絡が取れなくなった女性はつわりが重く、思うように働けなくなった。1人で暮らすアパートの家賃の支払いに困窮し、知人アパートへの転居を重ねた。18年3月、浴室で出産。赤ん坊は「死んだ状態」だった。遺体はスーツケースに入れ、ビニール製の圧縮袋で密閉した。その後、実家に戻ったことを機に、物置スペースだった屋根裏の押し入れに隠した。 

 妊娠して一度は病院に行ったものの、妊婦健診を受けず、独りで出産した女性。法廷では、当時の心境について「はっきりとは思い出せない」と述べた。ただ、「中絶 お金ない」「母子手帳をもらうには」「飛び込み出産」など、約半年間のスマートフォンの検索履歴からは心の揺れが見て取れた。断続的に登場する言葉は「自殺」だった。 

 

 

取材に応じた男性A。今は「子どもをつくるんだったら、ちゃんと付き合ってからにしようと思っている」という=2014年2月17日 

 

 Aは今、何を思うのか。消息をつかむため、2人が出会った夜の街を歩いた。関係者を訪ね歩くと、街から姿を消したAと連絡を取ることができた。 

 深夜、人もまばらな私鉄の駅前に背が高くがっしりとした体形の男性が現れた。 

 事件について「(女性の)名前を聞いても最初は分からなくて、(検察に示された顔写真を見て)ああ、あの子ねって感じ。最初知ったときは、やってることが結構、えぐかったから、鳥肌が立った」という。 

 女性が罪に問われたことについては、「何とも思ってない。ていうか、俺と会わなくなってから、すぐ(女性に)男ができてたから」。遺棄された赤ん坊についても「俺の子じゃなかった、はず」と口にした。 

 Aは、検察に「女性が病気になろうが、妊娠しようが関係ない」と話したという。この言葉の意味を問うと「昔はそうだった。けど、今はそうじゃない」。そして、こう続けた。 

 「もう、そういう遊びはしない。子どもをつくるんだったら、ちゃんと付き合ってからにしようと思っている」 

 気持ちの変化は、女性との出来事と「関係ない。年齢的なもの」だという。 

 

 スーツケースに隠した赤ん坊の遺体が誰にも発見されないまま2年余。女性はマッチングアプリを通じて男性Bと知り合った。女性の「責任感の強さ」にひかれたBが交際を申し込み、2人は付き合うようになった。 

 この時期、女性は車中やネットカフェなど寝床を転々としていた。家族と折り合いが悪くなり実家を出たものの生活費を工面できず、男性と時間を過ごして見返りにお金を受け取る「パパ活」などで、日々の生活をしのいでいた。 

 20年11月、困窮する様子を見かねたBはアパートを契約した。2人の同居生活が始まり1カ月ほどして、女性の妊娠が判明した。新たな命を授かったことを喜んだBは、女性に結婚を申し込んだ。女性はこのとき「今回は、幸せになれる」と思ったという。 

 ただ、女性は病院に行かなかった。保険証を持っていないため、高額な医療費が必要になると考えたからだ。Bには「保険証は実家にあるが、家族とケンカをして追い出されたので取りに行きづらい」と取り繕った。 

 1、2度は病院に行くように言ったBだが、「(女性が)聞き入れない」と考えたため、受診を強く促さなかった。次第に、2人の気持ちはすれ違い、婚姻届は出されないままになった。 

 

 

見知らぬ人と複数人でチームを組み、他のチームと戦うオンラインゲーム(画像はイメージ)=ゲッティー 

 

 女性はコールセンターでの電話応対の仕事を得たものの、つわりや貧血、微熱などの体調不良に悩まされた。出社したのは1度だけで、一日の大半を自宅で過ごすようになった。 

 気持ちは落ち込み、イライラしやすくなった。スマートフォンや自宅のゴミをチェックするなど、自身を束縛するようなBの行動に不満を募らせ、オンラインゲームが唯一の気晴らしとなった。 

 Bはネット上であれ、女性が自分の知らない相手とゲームすることを嫌がった。ケンカになって「ゲームをやめるか、家を出ていくか、どちらかを選んで」と迫ることもあった。 

 関係が険悪になっても、他に行く当てのない女性はBとの同居生活を続けた。そして21年8月、浴室で出産。検察側によると、赤ん坊は、湯水から取り上げられなかったことで死亡した。遺体をクローゼットに隠した女性は裁判で、最後まで周囲に助けを求めず、Bにも出産を隠し通そうとした理由を何度も尋ねられた。 

 女性は「(赤ん坊が)生まれるまで、問題をそのままにしていた」。実家には「見えを張って」助けを求められなかった。出産後は「この子と一緒に死のう」と思ったという。 

 女性が出産した時、在宅していたBは異変に気付かなかったという。臭いや女性の腹部の膨らみがなくなったことを不審に思って知人に相談。警察への通報は翌月になってからだった。 

 

女性は裁判で、産んだ赤ん坊への殺人と死体遺棄の罪に問われた 

 

 裁判でBはこう証言した。 

 妊娠後、女性が精神的に不安定な状態だと感じたものの、サポートは「求められなかった」。 

 口げんかとなった際、女性が「家を出て行く」と言ったため、出産や赤ん坊の養育について費用を負担すること以外は「関与しないつもりだった」。もし、自宅で女性が産気づいたとしても「救急車を呼べば何とかなる」と思っていたという。 

 自身の行動をどう捉えているのか。記者の取材に応じたBは「無理やりにでも病院に連れて行ったり、知り合いに相談していたりしておけばよかった」と後悔を口にし、こう言葉を継いだ。 

 「妊娠を聞いた時はうれしかったし、楽しみだった。俺も悪い。(女性を)許すとか、許さないとか、ないです」 

 裁判で女性は赤ん坊2人の遺体を遺棄したことを認めた。一方、浴室で出産した赤ん坊については死産だった可能性が否定できないなどとし、「殺人罪は成立しない」と主張した。 

 24年3月、首都圏の地方裁判所で女性に判決が言い渡された。懲役5年6月(求刑・懲役7年)で、殺意をもって出産直後の赤ん坊を30分間、水中に放置したことを認定。裁判長は「一人で出産に至った経緯には父親らにも責任があるが、母親として命の尊さに向き合うことなく、犯行を繰り返したことは強い非難に値する」と述べた。女性は判決を不服とし、控訴した。 

 

 

 こども家庭庁の統計によると、2003~22年に虐待で死亡した生後0日の赤ん坊は176人に上る。全て医療機関外での出産で、父親となる男性の年齢が判明したのは43人にとどまった。 

 横浜市にある児童相談所職員の研修施設「子どもの虹情報研修センター」のセンター長で、生後0日児の死亡事例を検証している川崎二三彦さん(72)は「無責任な男性の存在が数字に表れている。追い込まれた女性が加害者になってしまっている」と話す。また、統計を検証した大学教授ら10人の有識者は「(母親が)妊娠をパートナーにも相談できず、適切な支援を受けることなく出産し、子どもが死亡した事例が多い」と総括した。 

 孤立出産の末、遺体を隠したなどとして逮捕された女性らの精神鑑定をしてきた精神科医の興野康也さん(47)=熊本県=は、軽度の知的障害や、知的障害ではないものの知的能力がやや低い「境界知能」が事件の背景にあると指摘する。 

 人とのコミュニケーションが不得意で孤立しやすく、勉強や金銭管理、仕事を続けることを苦手とするケースが多く、興野さんは「周りからは『個人の性格』とみなされ、サポートが得られにくい」と指摘する。 

 海外では、匿名での出産を望む女性を支援しながら、子どもの出自を知る権利を保障しようとする制度がある。フランスでは、誰にも身元を知られずに病院で出産することが認められている。子の出自を知る権利に関しても法律がある。ドイツでも法律が整備され、妊婦健診や分娩の費用は国が負担している。 

 日本には、こうした仕組みがない中で、熊本県の慈恵病院が病院の担当者だけに身元を明かす「内密出産」を全国で唯一、導入している。この取り組みを踏襲する形で、国は22年に指針を策定したが、身元情報の管理や開示方法を病院に委ねるなど課題は山積しており、全国的な広がりは見られない。 

 母子ともに危険を伴う孤立出産を防ぎ、医療体制が整った病院で安全に産んでほしい。慈恵病院の蓮田健院長はそう願い、各都道府県に1カ所ずつ、「内密出産」ができる医療機関を設けることや、国による法整備を求めている。 

 

※この記事は、毎日新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。 

 

 

 
 

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