( 184132 )  2024/06/24 18:37:06  
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百貨店が消えたまちを歩いた。にぎわいは程遠く、駅前は活気を失った。若者はそっけなく「買い物はイオンか通販」…高齢女性は本音を漏らした「やっぱり『一畑』の紙袋で包んで渡したい」

南日本新聞 6/24(月) 6:33 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/7f0caf7542535979700d9b8d6ac7146f66cbc43b

 

( 184133 )  2024/06/24 18:37:06  
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島根県の一畑百貨店が閉店して半年が経ち、地元の松江市では店舗前に活気がなくなった様子が伝えられている。

地域の若者たちは百貨店にあまり関心を持っておらず、買い物は主にスーパーや通販で済ませている。

一方、地元の企業や観光施設に「一畑」の名が残っており、地元経済に根付いた存在だったことがわかる。

一畑百貨店の経営は人口減や経済の影響で売上が減少し、新型コロナウイルスの影響も受けていた。

一畑の閉店を受け、県は売り上げが減った事業者を支援する取り組みを行っている。

(要約)

( 184135 )  2024/06/24 18:37:06  
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駅前通り沿いに残る一畑百貨店の建物。看板はそのまま残っている=7日、松江市のJR松江駅前 

 

 私的整理の一種「事業再生ADR」で経営再建を目指す山形屋(鹿児島市)をはじめ、百貨店事業は地方を中心に苦境に立たされている。今年1月、島根県で唯一の「一畑百貨店」が65年の歴史に幕を下ろした。閉店から半年、街はどのように変わったのか。現地を歩くと、「地域経済のためにも必要だった」「特に影響はなく困ってもいない」とさまざまな声が聞かれた。 

 

【写真】〈関連〉一畑百貨店は松江市のどこにあった? 跡地を地図で確認する 

 

 6月上旬、島根県東部にある松江市を訪ねた。鹿児島から新幹線と特急を乗り継ぎ約6時間。陸の玄関口・JR松江駅で下車し駅前広場に出ると、すぐ目の前に地上6階建ての白い建物がそびえていた。正面玄関はシャッターで閉じられ、窓は板張りされている。垂れ幕などもなく、一目では百貨店と気付かない。周囲を歩くのは帰宅途中の学生や足早に先を急ぐサラリーマンばかりで、「にぎわい」からは程遠い印象だ。 

 

 店舗前にはタクシープールがあるものの、3、4台待機するだけで列をつくる客もいない。平日とはいえ、県都の玄関口としては寂しい雰囲気が漂う。20年以上ハンドルを握る男性運転手は「一畑百貨店が閉店して明らかに駅前の活気がなくなった。買い物帰りの客もいなくなり痛手。続けてほしかった」と明かす。 

 

 一方で、若い世代からは冷めた声も聞かれる。駅前広場でバスを待っていた専門学校生の福田杷愛萌(はあも)さん(19)は「百貨店にはほとんど行ったことがない。洋服や化粧品はもっぱらイオンか通販」。西田奈美さん(19)も「寂しいとは思うが、閉店しても困ってはいない」と漏らす。 

 

 駅周辺では、バスやタクシー、駐車場といった至る所で「一畑」の屋号が目に付いた。一畑は1914年に県東部に開通した私鉄を運営する「一畑電気鉄道」を中心に発展したグループ企業。交通サービスのほか、不動産や観光業などを手がける地元の大手で、「一畑」の名は県民に浸透していると思えた。 

 

 一畑百貨店は58年、小売部門として松江市殿町に開業、84年に株式会社として独立し、98年に本店をJR松江駅前へ移した。ピークの2002年3月期には100億円以上を売り上げ、松江のシンボルとして地域経済を牽引してきた。 

 

 ただ山形屋と同じく、人口減やリーマン・ショックの影響で売り上げは徐々に減少。新型コロナウイルスが追い打ちとなり、23年3月期にはピーク時の約4割の40億円まで売上高は落ち込んでいた。 

 

 周辺で、にぎわいをみせる場所を見つけた。駅から北1キロにあるコンベンション施設「くにびきメッセ」では、1日からお中元ギフトセンターが開かれていた。一畑百貨店閉店で、売り上げが減少する事業者を支援しようと県が設置。和牛やマスカットなど県産の商品が並び、「中元を買う場所がなく困っていたので助かる」と比良田弘子さん(71)さんは笑う。「でも本当は」と続け、「一畑の紙袋で包んで渡したい気持ちもある」。 

 

※2024年6月23日付掲載、連載「山形屋再建~百貨店消えた松江㊤」より 

 

南日本新聞 | 鹿児島 

 

 

( 184134 )  2024/06/24 18:37:06  
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(まとめ) 

百貨店に対する懐かしみや価値を感じる声や、地方の百貨店経営や存続の難しさに対する危機感、ネット通販やショッピングモールの台頭による百貨店の厳しい状況、地元に残すべき大切な存在としての百貨店の重要性についての意見が寄せられています。

一方で、若者やZ世代などの新しい消費者層にとっての百貨店の魅力や必要性、地域経済やコミュニティへの影響、時代の変化による百貨店の存続の難しさといった課題も指摘されています。

百貨店が提供する特別な体験やサービス、地域にとっての重要性や意義を再考する必要性がうかがえます。

( 184136 )  2024/06/24 18:37:06  
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・百貨店ではないが、先日電気量販店で買い物をした際に価格を某通販大手と比較してしまいました。 

店員さんに告げるとある程度の値引きに応えてくれたが、通販の価格には太刀打ちができていなかった。 

ただ…実物の色合いなどを見ることができ本来選ぼうと思っていた色がイマイチだったことが分かりました。 

「コレは通販だと失敗していたな」と思い、感謝を述べて家電量販店で購入させてもらった。 

「店舗で実物を触り、通販で買うのが一番賢い」と言う人も居るのだろうけど、それが蔓延したら店舗は無くなる。 

「実物が有る」と言うことに価値を認め対価を払う事をしなければ消費者として間違えるのでは無いのだろうか?そう思ったよ。 

 

 

・自分は住んでいる福島県郡山市には福島県唯一の百貨店である「うすい百貨店」が現存していますが、同百貨店も2003年に経営破綻しかけて産業再生機構にて再建を果たした経緯があり地方百貨店の経営再建の難しさを知っています。 

 

長年営業しているお店は「客は以前より少ないけど経営してるから潰れることはないだろう」と安易に考えている部分もあり、お店が閉店して初めて「通販で売ってる商品を実物確認したいけど売っている場所がもう無いんだよね」と悔やむこともあります。 

これらを回避するため積極的に地元商業施設を利用するようにしていますが。 

 

ただ郡山市郊外のイオンは現存建物を取り壊したのち新たにイオンモールを建設中ですから明日はどうなることやら。 

 

 

・いつも当たり前にあった百貨店が閉店して初めて気付く。それはその跡地が活気が無くなって本当に淋しいと言う事と、でもそれ程そこで買い物をしてた訳でもないので困らないなと言う事。通常の買い物の9割はスーパーだったので困らない。でも閉店して何も語らなずヒッソリたたずみ、既に塀で囲まれた百貨店の横を通る度に。心の底から淋しいと思う。単なる買い物以上の何かをもたらしていた。そして今まで有り難うと思うのです。 

 

 

・百貨店は広い売り場や多くの品揃えがあるのにもったいないですね。 

 

服やバッグなどはネットで買うにしても、リアルで実物みたいニーズは必ずあります。 

例えばIKEAやコストコなどになぜ若者が行くかというとその店舗でしか体験できない顧客体験があるからです。 

百貨店は過去の成功から商品を並べておけばいいという考えから脱せていないのではないでしょうか。 

 

 

・お歳暮やお中元、お祝いやお悔やみなど、人々の生活にあったものがなくなってきたことの表れでしょう。ここには物のやりとりではなく、言葉のやりとりが中心であったはずです。通信販売で相手が好きなものを宅配便で配達してもらうという、文化に変わったということでしょう。 

 

配達される贈り物に丁寧な手紙が添えられていれば、贈り物に込める気持ちを伝えられるのでしょうが、商品の販売会社の謝辞が添えられていては、商品価値だけの贈り物になってしまいますね。本当は挨拶に添える商品だったはずなのに・・・。 

 

今、郵便の世界でも手書きによる年賀状から、SNSなどによる連絡に変わっています。大切の人だから、年賀状を書き続けようという気持ちが全てを表しています。 

 

大切なことは心を伝えること、すべての贈り物がなくなることはないと確信しますが、人口減少が進む地方では、それを支える百貨店が維持できないということでょう。 

 

 

・3年前までアメリカのニューヨークにいました、あちらでも百貨店と言う形態がオワコンで、どんどん無くなって行ったのを覚えています。 

 

マンハッタンの目抜き通り、5thアベニューも過去にはヘンリーベンデル、ロードアンドテイラーがあったが閉店。 

 

他にもバーニーズニューヨーク、ブルックスブラザーズも無くなり、有名なバーグドルフ・グッドマンも時間の問題とされ、また余力があるのはサックス5thアベニュー位です。 

 

高級ブランドもどんどん無くなり、目立っているのはファストファッションブランド。 

UNIQLOの5thアベニュー、世界で一番売り上げがあるそうです。 

 

時代がそうさせているのかもしれません。 

 

 

・幼い頃から百貨店に連れて行かれ様々な物に触れ 

綺麗なディスプレイに感性や知性を刺激され、 

素敵なお姉様達のメイクやファッションに学び 

スタッフや販売の立ち振舞方にマナーを学ぶ 

素敵な大人にいつか自分もと憧れたものです 

 

百貨店は素敵な空間でしたね 

 

 

・田舎の叔母が百貨店に行きたいと言います 

私たちがまだ小さかったころ、私の母やもう一人の伯母3人で百貨店で待ち合わせしては、上から下までのんびり回って、あれやこれや買うのが楽しくて忘れられないとだと思います 

 

もうその叔母一人になってしまい、姪のわたしたちが連れて行ってあげますが 

人は多く賑わってますが、あの頃の百貨店とは全然変わってしまっています 

 

それでもあの雰囲気を味わい、懐かしみたいんだなと思います 

 

 

・たまたま一畑百貨店の閉店の直前に松江駅前ホテルに泊まったので入ってみた。やはり閉店直前の百貨店らしく客もまばらであり寂しかった。活気があり営業継続するであろう百貨店地下食品売り場に存在する単価が高い惣菜全国チェーンや中華惣菜の店がなく地元のスーパーの惣菜売場にあるものと変わらない物しか売っていない。これは私の地元の百貨店と変わらない。せめてイオンやゆめタウンの惣菜より上質な物を売らないと差別化が出来ないと思う。これが不可能であれば経営継続を断念せざるを得ない。 

 

 

・神戸の中心としてそこを起点とした元町商店街の繁栄の象徴だった神戸三越は約40年前に長い歴史に幕を閉じました。 

子供の頃三越に行くのは一大イベントでおめかしして行ったものです。 

ホテルとして使われた時期もありましたが、石造りのどっしりとした立派な建物はその後は放置状態でした。 

中心も元町から三宮に移り、周辺は寂れた状態です。 

先日前を通ると、いよいよ建物が取り壊されていました。跡地にはマンションが建つようです。 

月日の流れを感じるとともに寂しさを感じます。 

 

 

 

・昭和の世代が元気なうちはまだ何とか百貨店も生き延びてはいるが、ネットで全て買い物をすませてしまう世代からしたらなくなっても何も感じないのは当たり前だよね。 

 

包装紙ありきでお中元お歳暮の時は百貨店から送るけどそれもネットで済むしね。 

 

ネットは楽でいいのだけど、実物みて買いたい所もあるし、 

とにかくトイレも常に綺麗で、優雅で煌びやかな空間が大好きだからやはりなくなると寂しいです。 

 

 

・岐阜市民ですが今夏に岐阜高島屋も閉店します 

本当に残念ですが日本有数のシャッター街である柳ケ瀬の真ん中にポツンとある状況で10年前に閉店していてもおかしくなく、よくここまで粘ってくれたなと感謝しかない状態です 

車社会なのでみんな近くのイオンモールに行ったり、通販で買ったりと閉店による不便は全く無く、それが逆に残念でなりません 

昔、高島屋のおもちゃ売り場の前でギャン泣きしておもちゃをねだった思い出が懐かしいです 

岐阜高島屋本当に有難うございました 

 

 

・一畑百貨店の最終店舗は当時の時代の流れとは逆行していて、元々ジャスコ(現・イオン)だった建物を居抜き物件を再利用していたわけです。イオンが逃げる場所で今年まで百貨店を営業できたこともすごいですし、逆にここの跡地に何らかの商業施設が戻ってくるというのも非常に難しいのではないかと思います。 

 

 

・東京の有名百貨店の服飾売り場もよく続いてるなと思う程いつもガラガラです。 

 

バブルの時は私達一般人も銀座の百貨店を渡り歩き服を買い、ランチをして美味しい物を買いあさり一日中楽しんでいました。 

皆がブランド物を身につけていた時代。 

もう今は興味がないです。 

 

考えたら高級ブランドはただの布を加工して数十万円の服で売るのだから凄い。バックもそう。 

 

でも百貨店の接客は一流、綺麗、何でも揃うし、何を買っても失敗がないし、UNIQLOやイオン、ニトリとは全く別物。 

百貨店は好きなので無くなると困ります。 

 

 

・最近になって百貨店の良さとか面白さに気がつく私です。日常の中に百貨店通いはなく、ついついディスカウントショップや他の商業施設の方が敷居が低く行きやすかったこともあり、そんなに行くわけでもなったけどね、歳を重ね、良いもの、質の良いものを求めた時にやっぱりデパートはそれなりのものが並んでいた。時代の流れもあるけど、ネット通販が定着し、対面販売も減り、生活には困らなくても、やっぱり存在してて欲しいかな。 

 

 

・先日スーツを購入しましたが、ショッピングモールのテナントは販売員がどうにも頼りなく、本当に買って後悔しない品物なのか、ただ、在庫を押しつければいいという感じで売っているんじゃないかと不安で、決め手をかき、デパートに見に行きましたが、品質のみならず、商品知識や売り方のスマートさにも安心感があって、高かったけど納得して支払いができました。デパートはそうそう利用しませんが、なくなってしまったら味気ない世の中になるだろうなと痛感した次第。 

 

 

・車社会になり、ショッピングセンターができ、ネットショッピングが始まり、人の流れや購入方法がすっかり変わってしまいました。 

ショッピングセンターでは一箇所で全てが済む便利さ、ネットショッピングは移動しなくても良い手軽さ。 

ですが、地域に根付いたお店はサポートが充実、実物だって見ることができますので、買えば終わり、購入したら大きさや色がイメージと違ったなどは少なくなると思います。 

地域のお店は必要と感じますが、物価高などやはり優先は価格になるのでしょうか。 

 

 

・無理に賑わいを創出しても、若い人は東京や大阪に出ていき、若い人の人口減少は歯止めが効かず、地方は衰退するだけの状態になっている。 

地方は、外国人観光者や国内の旅行者を持て成すことに重点を置いた政策でもいいのかなとも思うね。 

もう、人口を増加させるような政策は、現実的ではないと思いますけどね。 

じゃあ、東京や大阪に出た若い人が子供を産むかというと、自分に投資することを重視しているので、それも難しい。 

地方も都市も何も変わらないし、衰退の道を進むのを止められる手段が今のところはないというのが現実だと思いますよ。 

 

 

・昨年まで福島勤務だった。福島市も2020年8月末で百貨店の中合が閉店した。福島にはあとうすい百貨店があるが郡山市なので福島市は県庁所在地とは思えないくらい閑散としている。駅前のイトーヨーカドーも閉店してますます街に活気がなくなってきた。福島にいたものとして活気を取り戻してほしいが人口減少、少子化で難しいと思う。 

 

 

・生まれた時からショッピングモールがある世代と、百貨店で子供の頃からの思い出がある世代の違いだと思う。 

 

そっけなく聞こえる若者たちの声も、 

時代が作ったもの… 

包み紙に何の思い入れもないのは仕方ない事だとも感じる。 

 

これからますますネットでの買い物が増えていく一方で、高齢者も便利に利用される方も多いとなると全国の百貨店の在り方が更に問われるものになる 

 

百貨店自体が昔と比べて、魅力が減っているのも理由だと思う… 

私の子供時代はもっとキラキラした 

活気に満ちた特別な場所でした。 

 

 

 

・うちの地元にも地元資本の百貨店あって去年夏に帰ったとき久しぶりに行ったらショッピングモールに慣れてしまったのか天井が低くて圧迫感があり、売り場も都会の百貨店と違って古臭い昔ながらの売り場だった。建替えや改装の資金なさそうだから老朽化問題出たらそのまま無くなりそう。 

 

 

・幼少期の買い物の体験は、記憶の上で大きいと思います。自分が小さかったころ、百貨店のお菓子コーナーやおもちゃコーナーがとても楽しかった記憶が有り、そういった良かった記憶が有るので未だに百貨店には足を運び購入することも多いです。 

百貨店も、目先の利益も企業維持では重要ですが、将来の顧客を育てる戦略も必要だと思います。 

 

 

・時代の流れと言ってしまえばそれまでですが、寂しい限りですね、昔は何か特別なことがあれば、百貨店に言って買い物をしたり食事をしたりしていたし、子供のころの思い出は屋上での乗り物やイベントが楽しみでした、それも最近はすっかりなくなり、百貨店の位置づけも変わってしまった気がする。 

 

でも頑張っている百貨店もあり、スーパーやモールにないものが買えたりして、特にデパ地下は未だにワクワクしますね、おいしいものがいっぱいあり買って帰り食べることが目的の一つです。 

 

毎日行くことは無くても、百貨店に行くことがちょっと特別なことであってほしい気がする。 

 

 

・東京の有名デパートでも現在は購買客の姿はかつてほどには見かけなくなっていると感じます。実際に自分のものを買うことは稀で、利用するのは他人へのプレゼント品を買うときぐらいです。やはり30年も経済が停滞していては、デパートでものを買うということはなかなか出来なくなっているのではないでしょうか? ただ、スーパーやショッピングモール等にはない、あの独特の高級感漂う雰囲気がなくなってしまうのはやはり寂しいですね。 

 

 

・百貨店の魅力は行かんとわからんな。 

 

自分も百貨店は高いだけ。 

昔は全くいかなかったが、近所に引っ越して行き出すと、明らかにスーパーとは品質が異なり楽しい。 

 

まあ、年功賃金で給料上がればこそ、大人の階段なのであって、年功賃金廃止の日本では最早買う人限られて来る。 

利用者減ると百貨店も魅力を維持出来なくなる。 

 

 

・鹿児島市で高校時代まで過ごし、現在は関東に住む者です。山形屋は他とは事情がやや違うと思う。鹿児島市にはかつて3つの百貨店があったが、今は山形屋のみになり、また人口約60万の都市は他の都市圏から離れている。売上も減ったとはいえ頑張っているし、昨年30年ぶりに鹿児島市を訪れたが、自分の地場の百貨店よりもよっぽど賑わっていた。山形屋は鹿児島三越がなくなったあと独占状態にあぐらをかいたのだろう。とはいえ鹿児島市に百貨店が万一なくなったら淋しすぎる。頑張って欲しい。 

 

 

・実家のある街では百貨店のビルがあったのですが、2F以上のアパレルにはほとんど客がいなかった。(お得意先には外商さんが出向いてるのもあるんだろうけど) 

20年程前の大量閉店で地元の店もビルは閉鎖、百貨店は近くのショッピングモールに贈答品と婦人小物の売り場だけ移転しました。 

当時は思い切ったなと思うと同時に、贈答品には百貨店の包装紙という要望にも答えられるし設備の経費もビルよりかからないしで効率が良いなと感じました。 

いまはどの百貨店でも大体通販があるし、実店舗はより厳しいでしょうね。 

 

 

・福島駅からは少し離れますが郊外にイオンが出店するようです。福島市は郊外施設の進出を行政で規制していた全国でも珍しい市ですが、イオン出店の前に、百貨店もスーパーも撤退。百貨店も無くなって寂しいと言う意見を聞きますが、商売でやっている以上慈善事業じゃないんだから赤字では存続できません。懐かしむのは良い事ですが、現実、そして未来を考える時期だと思います。 

 

 

・百貨店は好きだ。 

良質な物が欲しい時は百貨店でないと困る時がある。 

頻繁でなくても、出かければ素敵なものがたくさんあって、わくわくさせてくれる。 

 

生きていくのに、そんなにごちゃごちゃと沢山のものは要らない。けれど、自分の感性にあうものは欲しい。全部が百貨店のものでなくても別に良いのだけれど、百貨店のものは、基本そんな悪くない。 

 

たまに行く東京の百貨店は、地方よりより洗練されていて、癒されたり、目が肥えたり、、、これもまた楽しい。 

 

地元から撤退されたら悲しいので、百貨店の年会費有料のクレジットカードをまだ持ってる。周りは解約した人も多いけど、まだ応援したいんだよ、、、 

 

 

・今の時代どこにでもあり得る話しだけれども、私の街にとてもよく似ている、途中までは私の住んでる街の話かと思った。北海道の帯広市という街。昨年創業122年の唯一の藤丸百貨店が閉店しました。今年の春にデパート長崎屋が、そして今月末でイトーヨーカドーが無くなります。街の中心部から人がどんどん消えていきます。時代の流れかもしれませんが寂しい思いは拭えません。しっかり買い支えをしてあげられなかった我々大人にも責任が有ると思っています。 

 

 

 

・大都市圏でも百貨店経営は厳しい。 

 

地方の場合は、終焉を免れない事業だろう。 

 

現代社会において 

高齢者が求めてるような 

ブランドや 

贈り物に箔がつくといったような 

価値観は既に求められていないですね。 

車で言えば、高級車志向も無い。 

 

個々の経済状況が苦しい最中 

合理的、効率的にお金を使う世代になりました。 

年金を含めた社会保障を全くあてにはなりません。 

優雅にお金を使う余裕など無いでしょう。 

 

百貨店は可及的速やかに 

事業形態を変える必要があるかと思います。 

 

 

・百貨店とショッピングモールは別物ですね。百貨店は娯楽が一つに集まってる魅力 

が凄かった。屋上に小さな観覧車など遊園地あったり、食堂街や、ショッピングモールにはない高級食材や一流ホテルの料理とか地下にあるし、なんと言っても恐竜展など様々なイベントがあってた。 

夏になるとお化け屋敷に、1階には高級化粧品やらで子供の頃は百貨店行くのが娯楽でした。 

そして一番の良さは中心部に立地してること。これは大事なことで、交通の便がよく 

お年寄りから子供に優しい。 

ショッピングモールは郊外にあるので 

車ないとなかなかいけない。 

子供のころ百貨店にいくと、だいたい友達も家族ときていて会ったりしたし、そんなことが楽しかった。 

 

 

・百貨店に勤めてる知人が言ってました。 

地元に根づいた百貨店に来るお客様は、毎日のように何あれば来てくれて、親戚のような気持ちになると。たまに来る大きな買い物をする人は、特別扱いをして欲しくて大騒ぎして、惨めな気持ちにさせられ悲しい扱いをされると。 

残念ながら、大きな買い物をするお得意様中心の戦略に走ってしまい品揃えも変わってしまって、もう、その百貨店は無くなってしまったけど、地元にとても大切にされていたと言ってました。 

百貨店は、高いものが多く、身の丈にあってないようで足が遠退きましたが、時代遅れというけど、行くたびにやはり発見がある。食品、コスメはもちろんですが、キッチン用品やハンカチなどの雑貨はいつも変化があって楽しみにしてました。 

この、ちょっとした楽しみが失われ、喪失感はどんどん大きくなるんでしょうね。 

 

 

・学生の頃、初めてアルバイトをしようと思ってデパートを選びました。親は、名前を知らない店でバイトさせるのが心配だったようで、その点デパートなら知名度と謎の信用があったようで何も言われませんでした。祖母からは、親戚のお嬢さんはデパートで働いてた時に地元企業の会社の社長に見初められて結婚した、と聞いていたので、年配の方にはデパートはステイタスがあり信用があり、ちょっと誇らしく思うような存在だったのだろうと思います。初バイト料で、アナスイのお財布を買ったのですが、私にしては高価な買い物で嬉しかった事を覚えています。 

 

 

・Z世代の1人ですが、百貨店は子供の頃から大好きです。趣味は全国の百貨店巡りです(笑) 

地元山梨には2店ありましたが山交百貨店はヨドバシに変わり、岡島百貨店は老朽化の為現在は縮小した状態で営業しております。 

元々好きなアパレルブランドが岡島にあった為よく利用してましたが、老朽化で一時閉店が決まった後テナントも去ってしまいました。ネットショップで利用することもできますが、やはり店員さんに相談してアドバイスを貰ったりすると安心感がある為時間がある時は店舗に足を運んで買うようにしてます(旅行先の百貨店にアパレルブランドの店舗があるので予め商品予約して向かってます)。 

確かにインバウンドの影響で売上高かもしれませんがあくまで都会の百貨店。地方は廃れるばかりです。 

地方の百貨店は生き残るに大変だけど頑張ってほしい。私もまだ行ったことない百貨店あるので有るうちに巡りたい! 

 

 

・今年、地元帰る際に2回ほど一畑百貨店へ行った。上の階のブランドショップなどは都会にもあるので、地元の食品とかあるのか地下へ。 

申し訳ないが一般のスーパーとなんら変わりは無かったし、菓子折りなどの店舗もどこでもあるような菓子ばかり。百貨店というかただのスーパー。活気ある地方は百貨店でも都会のように期間限定出店の店舗や装飾やら季節を感じるように演出している。子供の頃は松江などは駅周辺は都会のイメージで人も学生も多かった気がする。シャミネを通ってサティまで行って映画見たりとてもワクワクしてた年頃でした。 

 

 

・うちの田舎も 

小さい頃からいつも行ってた百貨店は10年以上前になくなってます 

2つあったけど両方ともない 

イオンの一人勝ちの状態 

 

時代の流れだし、イオンのやり方の方が上手いから当たり前なんだけど 

寂しいね 

夏になるとお化け屋敷をやってたから 

毎年楽しみだった 

ゲームセンターもあったし 

食堂(レストラン)も美味しかった 

ソフトクリームもいつも食べてた 

 

うちの田舎の百貨店は、老若男女問わずに楽しめたんだけどね 

 

 

・個人的に、若者にとって居心地の良い場所であるかも、百貨店が生き残る上で重要かと思います。 

私は工芸品の類が好きで時折百貨店を見に行きますが、20代の頃は冷やかしだと思われたのか店員さんはニコリともせず立っているだけ、お金を持っていそうな高齢のお客さんには丁寧に接客する姿を見て、がっかりしたものです。 

 

万年筆を購入しようと地方の百貨店に電話をかけた時は、「(在庫があるかは)分かりません」とにべもない対応。対照的に、地元の文具店は「卸問屋に確認して折り返します」と丁寧な対応でした。 

百貨店にはホスピタリティを期待して行くのに、このような経験をすると、年を重ねてからも行こうとは思えません。 

ちなみに前述の百貨店は既に潰れたようです。 

 

 

・昔良く行った百貨店の呉服小物売り場は、結婚式や成人式に和装小物を揃えるのにベテランの店員さんが相談に乗ってくれて、非常に助かったのが記憶に新しいです。 

 

街の呉服屋さんが近くに無い地域では、百貨店の和装小物売り場はとても助けになります。 

 

足袋でさえ試着をさせてもらえるし、冠婚葬祭の和装の知識を持った店員さんが常駐しているのは助かりました。その点は、今でも通販には真似出来ない点だと考えます。 

 

 

・昔あるお店でバイトをしていた時、子供さんが来店されたら棒付き飴をプレゼントしていた。 

ふと理由を上司に聞いたら、このお店に来たらいいことがあると子供に覚えてもらい、大人になっても好きなお店でいてもらうため、みたいな理由が返ってきてなるほどなと… 

一般庶民でも子供の頃におめかしして百貨店に連れて行ってもらった懐かしい思い出を持ってる世代は、昭和生まれまでかもしれない。屋上のミニ遊園地が本当に楽しかったし、小さな子供にとっての夢の国だった。今はその安価版が遊具となってイオンにある。 

イオンは今も子供たちでいっぱい。鮭のように、あの子供たちの子供もイオンへ返って来るのだろうなと思う。 

 

 

 

・島根県は最近観光で行きました。至る所に松の木があり、とても落ち着いた素敵な所でした。住みたいと思ったぐらいです。車だったので駅の方は行きませんでした。地方各地のデパートをみると消費の少ない高齢者向けの物が多く、20代から40代に向けての靴、洋服、バック、食器などが、なぜか置いてないです。贈答品なども必要です。一番消費する層に合わせてないので用もなくなります。バイヤーのセンスもあるでしょうね。 

 

 

・昔住んでた浜松も、西武百貨店がありマルイがあり地場の松坂屋があり歓楽街も近接して多くの人が集まり、皆その辺りに行くときは「街中に行く」と言って身なりもそれなりに出掛けて行ったものでした。 

西武が撤退しマルイもなくなって松坂屋も空き地になって。休日でも人気が少ない閑散としたエリアになってしまった。 

車で行ける大規模郊外店も確かに便利だけど、その周りはどこも似たようなチェーン店が集まってるばかりで地元の経済のためには何にもなってないんだろうな、と思う。 

チェーン店だろうが地元の店だろうが、行政は税金が入ってくればいうことないのだろう。行政に潰されたようなもんだね。活気のあった昔の街にはもう戻らないだろうね。 

 

 

・高校生ですが、今は正直、百貨店に行く機会はほとんどないです。 

家の近くに高島屋があり、確かに小学校低学年くらいまでは祖父母に連れて行ってもらい、おもちゃ売り場で遊んで、洋食屋でオムライスを食べて帰った良き思い出があります。 

その高島屋は今は、天井が高くなり照明も明るくなり現代にあわせられてると感じます。 

そして売っている商品の質も高いですね。 

しかし現在の客層はほとんど60代以上。 

百貨店は景気の良い時に建てられた商業施設です。今はどうでしょうか。給料はほとんど上がらないような時代に百貨店で買い物をする余裕はないんじゃないでしょうか。 

それよりも手頃な値段でいろんな店が入っていてゲームセンターなどもあり、フードコートでそれぞれ好きなものを食べられるショッピングモールに自分は友達と行きますね。 

時代の流れといえば全て片づいちゃうのでしょうけど、少なくとも30年前のような需要はないのでしょう。 

 

 

・印象が良かったので閉店はショックでした。自分は基本訪れた街を好きになる傾向にありますが、つまりそれはその地域なりの良さを運良く享受できてるからだと思うのです。そんな良さの一つに当時松江駅前に構えていた一畑百貨店があったように思います。立地が良い為か駅に付随する店舗もそれなりに賑わいがありコンパクトながらも駅前はうまく機能していた様に感じました。ところが早くから閉店する店が多く探す間も無かった為こちらのレストラン等利用できたのは大きかったですね。地域事情に疎い者からしたら駅前に地方色豊かな百貨店が存在するというのは大きな意義があると思います。記事以外の様子はわかりませんが観光地として魅力的な要素は充分に持ち合わせている地ですので行政側としてもこうなる前に存続に向けた方策はなかったのだろうかと思ってしまいます。又同じような地域に居住する者として身につまされる思いです。他県民の戯言失礼しました 

 

 

・テーマパーク感覚で夢の百貨店みたいなの作ってほしい。 

屋上遊園地があって、食券で食べる昭和レトロな食堂があって、エレベーターガールがいて、上品で行き届いた接客をする店員さん達がいて、地元のモールには入っていない1ランク上のお店が入っている美しい店舗、みたいな感じの。 

日本橋の百貨店にはまだそういう時代の雰囲気が少し残っているので催事が気になった時とかは寄っています。 

 

 

・私の住んでいる市内駅前にあったデパートも数年前に閉店をしました。高校生の頃には市内に出かけたら必ず寄る所でした。行けば全部のデパートに寄って買い物したり。大人になってからも子ども達とお昼ご飯をデパートのレストランで食べたりと、昔は駅前には全部で4ヶ所あったのですが今は市が駅前の開発を進めています。ですが資材の高騰などでなかなか進んでいない様子です。駅前には、1か所くらいはデパート残して欲しかった。売上の低迷とか建物の老朽化とか理由とかは有ったのかとは思いますが、やっぱり寂しいですね。 

 

 

・自分自身もそうですが最近はコスパを重視される方も多いので当然の流れのようにも思えます。 

現在、百貨店で値段を気にせず買い物できる方は何%くらいなんだろうと思いました。 

私はどなたかの手土産や退職の際のお菓子を購入する時に行くくらいです。 

通常のお買い物(食品や日用品)で百貨店に行く選択肢はありません。 

百貨店よりも激安スーパーやコストコ、お手頃価格で買い物できるショッピングモール等のほうが喜ばれる印象です。 

素人考えですが経済的に余裕があればまた違うのでしょうか。 

 

 

・「若者は」っていう対比は良くないと思う。 

自分は若手だけど、お世話になった人のお礼や目上の人へのプレゼントなどは百貨店で選ぶようにしている。 

もちろんネットショップを使うこともあるけど、そこはケースバイケース。 

 

紙袋や包装紙が三越や高島屋のものっていうだけで丁寧な感じがするの、年代別じゃなくて個々の感性によると思う。 

 

 

・定期的に着物を着る者としては、デパートの呉服店が心強い存在となっています。今まで個人の老舗呉服店を贔屓いましたがその店が廃業。その為、色々とお店巡りをしたけど質の良い工芸作品巡り合えず。通販やネットで着物や和装小物は買えますが、写真と実物は色味が違うことがある。デパートの催事で 

草履やバッグを購入できるのはありがたい。デパートでの工芸展では作家さんの作品を目にすることができ、購入できるのでありがたい。ただしデパートの店員さんの知識や接客の悪さに驚くことがある。チェーン店のような強引な勧誘はないものの、専門的な知識はないのし、調べようとしない。デパートは呉服業から発祥したのに非常に残念。時代の流れかな。 

 

 

・徳島と同じで、隣県の百貨店のサテライトショップが贈答品需要を手堅く取り込むので、法人外商は問題なし。 

おまけに天満屋と髙島屋のどちらも松江に進出してくる。 

徳島に出来た高松三越サテライト並みに取り寄せやお取り置き対応もしてくれるんだろうか? 

無料駐車場のある外商サロンや取次所があると商品の受取りには非常に便利。 

 

 

 

・わたしは百貨店は本物を適切な価格で売るところと思っていて、洋服などは生地や縫製などこだわったものをそれなりの値段で売っていると感じてます。 

イオンなどの大型ショップは売れ筋のものをそれなりの生地、縫製、価格で売ってると思ってます。 

百貨店がなくなるということは、本物を必要としていない時代になったんだな感じてて、寂しくもあります。 

良いものの方が長く使えるけど、SNS全盛の現代ではコスパの良いもの、みんなと同じものを選ぶ人が多いんでしょうね。 

ホンモノがわからないってことはニセモノを売りやすい時代になりましたね。 

SNS全盛の今だからこそホンモノを理解できる人が増えてくれるといいな。 

 

 

・馴染みのお店が無くなるのは寂しいですね。しかしお年寄りの方はいいじゃないですか。百貨店へ行って買い物ができるんだから。私は40代ですが、収入も少ないし、将来が不安でお金は使いません。服も物も買わないし、旅行も車もありません。そしてそこから楽しみを見つけて生活しています。何が幸せか考えられるいい機会です。 

 

 

・皆がウィンドウショッピングばかりしていたら、百貨店の売上が上がらなくなったんだろうなぁ。 

しかし、どこへ行ってもイオン等郊外型大型店ばかり。そこで一生の買い物が済んでしまう時代。 

特色がなくてつまらないなぁとは思う。 

 

通販は手に取って確認できない、食べ物や水の賞味期限が確認できない場合もあるので、リスクもあるから、実店舗は必要だと思う。 

 

 

・鹿児島の山形屋さん、ちらっと仕事で関わったことがありますが、老舗風情でそんなことに関われるか、的な対応をされたことがあります。 

 

中にいる方々は、地元エリート意識が妙に強かったように思いました。 

時代はかわり、人の流れも、商売の仕方も変わっていることを気がつかないということも、歴史を持つ企業ならではの弱点なのかと思いましたが。 

 

まあ鉄道旅行をしていると、駅前にビルがあるのに、今は地元の役場や、最悪は廃ビルになっていることが多いですよね。前は乗換駅で、ターミナルとして賑わっただろう、と思うような駅もそんな状態が目立ちます。 

 

今後、百貨店は、残念ながらごく一部の基幹店を除き専門店ショップにするなど、業態を変えないと無理かと思います。 

 

 

・最近は安い通販よりも、必要なものだけ店舗でよくみて購入するようにしている。それの方が、少し高くても、結果として無駄なものを買わないので、経済的です。世の中から店舗が減って、ネット商売になっていますが、いろんなコストを考えるとやむを得ない方向だと思います。しかし、店舗で少し高い物を購入して店を出る時の、何とも言えない満足感は好きですがね。 

 

 

・若者にとって無くなっても困らないような商売をしていたのならどの道 先はなかったでしょう 

東京に住んでる私にとってもショッピングモールに売ってるようなどこの店で買ってもそんなに違いがないような服より百貨店のブランド服は素敵に映ります。20代の人が多く集まるラフォーレは百貨店とは違うでしょうが、少し値段が高くても服が好きな若い人が多く集まる場所もあります 

 

 

・百貨店は買い物だけを考えると、今の郊外モール、大型店舗ができ、 

ネット通販社会では生きもコリは難しいと思う。 

でも、心象風景の実物がなくなるのは寂しいし、地方がすたれていく 

象徴のような気がする。 

地方の活性化を守りたかったら、経済原理に逆らって、百貨店や 

アーケード商店街をどう残していけるか、自治体は知恵を絞る価値が 

あると思う。 

(名所、旧跡、風光明媚な自然があれば観光地として、大型バスで 

人を運んでくるだろうが、人はそのうちに来なくなるだろう。) 

高山市、金沢市では、街並みや商店街があることで、魅力的な都市に 

なっているように思う。それだけでは、飯が食えないという現実が 

あることは分かる。奈良市は観光地だが大変に苦境のようだ。) 

 

 

・ネット通販や宅配事業が盛んになり、買い物の仕方も徐々に変わって来てるから、百貨店にとどまらずスーパーや専門店も今後厳しい時代を迎えるかもしれません。高齢者もいずれネット通販を使いこなせる時代が来るので、「買い物は自宅でするもの」が定着すると、実店舗の存在意義はますます低下していくでしょう。 

 

 

・地方はコロナ禍や人口減少で百貨店が持ち堪えられなかったのかなと思います。私も地元に帰るとかつて百貨店があり賑わっていた場所が寂れて悲しい気持ちになる。 

 

でも自分は前は行かなかった都内の百貨店にかなり行くようになりました。郊外のショッピングモールで買い物しても店員さんの態度がひどくてストレス。安くて選択肢が多いのはネットショッピングなので、実店舗に行くなら気分よく楽しく買い物したい。 

 

百貨店は一生買えないようなハイブランドもあるけど、庶民でも手が出る価格帯のものもあるし、デパ地下は普段食べない物を買ってストレス解消できる。 

 

銀座や日本橋の百貨店は意外と20代30代の人達も多くて(明らかに旅行者ではない)、それだけ見れば百貨店が伸びてきそうなかんじもします。 

 

 

・そのぶん、商店街が活性化すればいいなぁ…と、思います。郊外のショッピングセンターは従業員一人当たりの売り場面積が広すぎ、さらにはそれぞれの従業員に商品の専門知識がどれだけあるか、といわれたら皆無といっても過言ではないです。沢山の専門性を持った商店街のお店の店主と沢山の会話をしながら、心豊かなお買い物ができていた、あの昭和の活気ある商店街を盛り上げたいですね。 

 

 

 

・岐阜高島屋に今でも良く行っています。7月いっぱいで閉店してしまうのはとても寂しいです。 

昔岐阜には丸物や近鉄などの百貨店があり、子どもの頃は食堂街でお寿司やソフトクリームを食べさせてもらうのが年に一度か二度の楽しみでした。その後岐阜にはPARCOもできたけど閉店しましたね。 

時代と共に変わっていくのは仕方がないけど、何でもかんでもポイントや値段ばかり気にしてしまうような時代になっては百貨店は無駄が多いのでしょうし、安くて手に入る物があちこちに溢れているから百貨店に行く必要がないかもしれません。 

名古屋の名鉄百貨店や三越も今後どうなるのでしょう。 

百貨店大好きな私はとても心配です。 

 

 

・安いイオンとかスーパーでも丁寧に接客してくれたり、サービス、ポイント、催し沢山やってるところあるし、品揃えもあるし、専門店も入ってて良いものも買えるし、無料送迎を巡回させてお年寄りの不便がないようにしたり、配達がたった数百円でとか。デパートのメリットがそこまで感じられるか?、人の手が加わったサービスとかおもてなしとかって、安い店ですら頑張ってる。デパートの洋服売り場の人暇そうだな、喋ってるし、おしゃれでもない制服の人が接客してたり、アドバイスも欲しくない、そして楽そうで良いなと思うデパートもある。 

 

 

・子どもの頃、百貨店が好きでした。 

よく連れて行ってもらっていたのは、広島のそごうと福屋。 

玄関にはからくり時計、屋上には遊園地、広いおもちゃ売り場や量り売りの回るお菓子。大きなシャンデリア。エレベーターガール。 

非日常的でとても楽しい場所でした。 

数年前に子ども達と行った、川越の丸広百貨店の屋上遊園地も無くなってしまい、今では家族で百貨店に行くという過ごし方をしなくなりました。 

買い物だけならイオンや通販でいいと思うのは、当然なのではないでしょうか。 

 

 

・通販でしか買わないからサイズが合ってない服を着てる人を周りでよく見かけます。大きめに着るデザインの服もありますが明らかにサイズが違うと思われます。 

服屋さんに行って試着して選んだ方が楽しいし、お出かけして美味しいご飯を食べるのも良いかもとアドバイスすると面倒くさいと言われました。 

人それぞれ何でしょうけどね。 

 

 

・百貨店の役割や価値観がなくなっている地方が多いのでは?私が住んでいる街にも地元百貨店がありますが、いわゆる「デパ地下」には、いつもたくさんのお客がいますが、洋服売り場や雑貨売り場の階にはほぼお客がいませんね。私自身も親の誕生日プレゼントやブランドものを買いに行くくらいしか利用しません。高齢の方々にとっては、商品よりも百貨店の包みや紙袋にステータス的な価値観があり、私の世代はブランドの包装紙にはまだステータスを感じます。しかし、今の世代はそこにも価値を見出してはいないでしょうね。ネットショッピングに慣れた人たちは、対面販売や接客に拒否反応を持つ世代も多いみたいですから、今後は百貨店の存在意義がどんどんなくなっていくのでしょう。 

 

 

・子どもの頃はデパートでの買い物は、非日常的な事で、心ときめく嬉しい体験でした。大人になった今、買わずに下見したいだけなのに、店員にしつこく声をかけられたり、挙動を見られていたりすると、思う存分楽しめない。逆に専門的な事を質問しても、素人の私でも答えられるような返事しか返って来なかったりする。今の人は、欲しい物があれば、自分で評価を調べたり研究して、ネットで買ってしまう。デパートで買うメリットがなければ、人々はますます離れて行ってしまうだろう。 

 

 

・百貨店がやっていけない理由、地方の場合は車社会で駅を利用しない、これは大きい。 

しかし、首都圏のベットタウンの駅前でも、いくつもの百貨店がなくなった。人の数は相当多いのに何故か?と言えば品揃えの問題だと思う。 

郊外のショッピングモールと比較して値段が高すぎるし、服のセンスも私とは合わない。 

百貨店の生き残り策としては、デパ地下の食品、若い子向けにデパコス(化粧品)に力を入れることかな。東京ではブランド店は外国人でごった返しているから外国人観光客を呼び込むのも重要かもしれない。 

 

 

・百貨店にはすべてがありました 買物だけでなく 特別な空間 家族との楽しい食事や、遊び それこそ昔は遊園地や映画なんて機能も付属していた 

もちろん、現代の生活サイクルに合わなくなったの淘汰されるのだが、場所自体がブランドという特殊なビジネス形態なので、無くなっても困らないが、取り戻すことは二度と出来ない 

ポカンと心に開いた穴を埋めることは出来ないんですよね、寂しいです 

外商や、お得意様という特殊な販売法をきちんと大事にすれば、もっとやりようはあった気もするが、インバウンドや新興ブランドに頼った時点でオワコンでした 

外国に進出した日本の百貨店ブランドも凋落が続いています、現地法人とはいえ一つの象徴ですよ、洋服のブランドと違って、創業した場所や長年親しまれた場所にあることが意味あるんですけどね、それを勘違いしたんですね 

ちなみに、わが県は相当田舎だと思うが、大手含めて百貨店五か所以上ある 

 

 

・買い物に出かけると余計なものまで買ってくるし、百貨店のちょっと贅沢な惣菜やお菓子買ってしまう。それに外食もする。目的いがのものに使うお金がけっこうあるよ。買い物好きの人はそれが楽しみだったりするしちょっとした豊かさみないなものだったかも。自分もネットショッピングする。田舎に住んでても都会と同じものが手に入る。余計なものは買わないで済む。買い物に出かけるから交通費もかかればおしゃれもするからそれなりにお金もかかる。若者を都会に出す国策がそうさせたのだと思う。 

 

 

・ネットなどのオンライン通販に慣れてくると人との接触が少なくなる。 

「最近の若い人は電話を掛けない、出ない」と話題になりましたが、そうやって人と話をするのが億劫や恐怖に感じる人が増えているそうです。 

SNSでは友達なのにリアルだと見知らぬ他人と思う昨今、百貨店やデパートなどの形態は人手不足もありこれから先もっと減るでしょう。 

ネット店舗が必ずしも優れているわけでもなく、購入したけれど初期不具合に対してサポートや保証がない店舗があったり、知らぬ間に購入店が無くなっていたりとかアフターサポートに困ることも事実です。 

ただそれでもネットだから仕方がない、フェイスtoフェイスでないので、苦情が直接言えないと諦めることもしばしば。 

でもそういう自由化にしていったのも日本政府であり国民でもある。 

 

 

 

・横浜駅界隈にはかつて3つの百貨店が存在した 

そのうちの一つ横浜三越は2005年に閉店し、今は横浜高島屋と横浜そごうの2店舗となっている 

三越の場合、立地的にも規模的にも他の2店舗に劣後していたことから、本店の営業不振と相まって、先行きが見通せずに閉店した格好(現在はヨドバシカメラ) 

 

その中でもそごうは一度経営破綻したこともあって店舗構成も柔軟性を持たせて、無印、紀伊國屋、LOFTなども入店した構成 

一方で横浜高島屋は、昔ながらの百貨店のイメージに近い店舗構成 

 

建物としては高島屋は天井も低く明らかに古いのだが、そごうに比べると一つ格上かなあという印象を抱く 

建物の雰囲気、品揃えの豪華さ、華やかさなど、より非日常感を抱けるのは高島屋なのである 

 

そうした実体験を持つ方にとっては、ネットやイオンのような形態では事は足るまい 

ただしそれが絶滅危惧種になりつつあることもまた確かなことかと思う 

 

 

・私が住んでるとこは百貨店4店舗あるけど、やっぱどこの百貨店でも買い物するとテンション上がる。独身時代は百貨店で働いてたし、私自身接客されるの好きだから行っちゃうなー。食品もやっぱりスーパーのものとは質が違うから果物野菜も外れに当たる事はないしお肉も美味しい。普段使いは出来ないけどボーナス月とか仕事頑張った月は百貨店で食品めちゃくちゃ買う。 

 

 

・2年ほど前初めて島根に旅行行きました。松江駅にバスで着いて、一畑百貨店も行きました。入り口にあった童子の小さい神様が可愛過ぎて、全部お参りさせてもらいました。少し落ち込んでる時に行ったから、めちゃくちゃ元気もらえました。なくなったのは寂しいですが、また観光で島根に行きたいなと思います。 

 

 

・デパートで買った商品であれば間違いない。情報量の少なかった昔はこれだけでもデパートに価値があった。今はネットで多くの商品が口コミ検索で評判が分かるし同じ商品でも価格を比較して買えるようになった。 

催事、大食堂での食事やウインドーショッピングなど、店内を楽しむ需要は根こそぎイオンに取られた。 

車社会になって移動エリアが広がった今は、金額を気にせず、調べる手間が面倒な一部の客層以外はデパートを選ぶ理由が乏しいのだと思います。 

大都市以外、駅やバスターミナルを中心とした街づくりは終わったのでしょうね。 

 

 

・想いだけでは存続は難しいでしょうね。 

昔は何か必要なもの、欲しい物を買うときは地元のお店が当たり前の時代だった。そうすることで地域間でお金の循環があってそれなりにうまく廻っていた。でも今は通販があって価格も安い。わざわざ実店舗に行って商品を実際に確認して、ネットで購入というスタイルは当たり前の時代になってきた。 

同じものを買うなら少しは地元にお金を落とすという気持ちが消費者にもあればいいんですけどね。 

 

 

・私の住む街(最寄り駅周辺)も商業施設の閉店が相次いでいます。 

伊勢丹、映画館数カ所、そしてつい先日はダイエーの撤退が発表されました。映画館の撤退跡地には私立の準総合病院(クリニック)が建設されるなど今の世相を反映はしていますが淋しい限りです。 

飲食のチェーン店が出店しても、その大部分が短期間で撤退してしまう。 

勿論続いているチェーン店や個人店も有るにはありますが・・・。 

空き地が出来ると直ぐに不動産ディベロッパーが出張って来て買い取りマンション建設に着手してしまう現状です。 

駅周辺がマンションばかりになってしまうと街の活気が失われてしまうような気がします。 

 

 

・百貨店=庶民が手軽な贅沢な買い物やムードを楽しめる場所、というのは今では都心の一部の店舗の話で地方の百貨店だとそういうのは精々欧州ブランドの化粧品かバッグ売り場ぐらいが関の山で、 

それ以外はアパレルもレストランも近くの駅ビルやヘタをするとショッピングモールの方が価格帯も高いんじゃないか?という状態。 

 

今までのような老舗のれんと高級路線、上品なムードを売りにし続けるには中々厳しいように感じます。 

 

 

・年配の方は「やっぱり百貨店の包装紙」でお中元・お歳暮を渡したいのでしょうね。渡す方もいただく方もそういう世代だというのもあるでしょう。 

私の親も昔は三越に行っていたし、年をとって出歩くのが億劫になっても地元の百貨店でした。 

 

子供の身になれば屋上の遊園地で遊んだり最上階のレストランでごはん食べたり地下の食料品売り場で珍しい菓子を見たりと1日がかりの行楽でしたが、今やそれもイオンモールやアウトレット等に代わっているのでしょうね。 

 

 

・新浦安で割と人気エリアにあったイオンも閉店して数年間も野ざらし状態だったけど船場が跡地を買い取ってリニューアルオープンしたら安定して大盛況になった。人口減少とか社会構造とかもあるだろうけど、然るべき経営努力をして魅力ある施設作りをすれば百貨店も客足は戻る。 

 

 

・鉄道中心じゃなく自動車中心になった結果なので過疎化とかの影響ではないです 

単純に百貨店から郊外の大型商業施設に人が流れただけです 

高齢化と過疎化により駅近に人口が再度集約するなら地方の百貨店の復活の芽は産まれます 問題はそこまで耐えられるかどうかでしょうね 

 

 

 

・私が住んでる仙台市も、街のど真ん中に位置してた「さくら野」が閉店。そして以前は若者たちの待ち合わせ場所であり、県外からも客を集めていた「仙台フォーラス」も休館。それぞれ閉店に至るまでに色々とあるんだろうが、問題は土地建物のその後。なにせ一等地にあり、解体するのか、もしくはリフォーム工事してやり直すのか、その辺が決まらない。ちなみに「さくら野」跡地は、今や廃墟マニア達のスポット、もしくは聖地と化してるそうです。 

 

 

・佐賀県唯一の百貨店は「佐賀玉屋」。 

少ない人口の割に、郊外にはゆめタウン、イオンそれからモラージュとご多聞に漏れず乱立状態で、「佐賀玉屋」とその周辺の商店街は、やはり大変な苦境らしいですが、京都市の不動産会社「さくら」が事業を継承したとのこと。 

やはり佐賀でも「佐賀玉屋」の包装紙は特別。何とかうまくいってほしいものです。 

 

 

・地方都市と言うのは特に中心部に人口が密集していた時代から 

段々と郊外の方へ家を建てて引っ越して行く物だから、郊外に 

量販店やDIYショップなどが出来、車で行くようになり 

市内の中心部は段々人が居なくなり、寂れて行くのは当たり前。 

 

でも人口は増えていない。 

中心部の地価は上がり、家を建てることが出来ないから、 

郊外へ移り住むのは当たり前。 

 

市の中心部に多くの人達が住んで居た時代なら、デパートは 

歩いて行ける、便利な場所だっただろう。 

クルマで行けるようになったら、ショッピングセンターとか 

DIYショップの方が駐車料金も掛からないし、安く買えるし。 

 

駐車料金を払ってまで日々の買い物には行かない。 

都市計画がずさんな結果だろう。 

 

 

・地方のデパートを平日行けば良く判るが特別な催しが有れば客数も有るが、店員の数に比べ昼食や夕食で利用する食品を除けば気の毒な程客、買い物客は少ない。百貨店の場合、外商部と言う組織が不足分を補完して居るかと思うが、建物の維持管理など係る費用は来客の買い物だけでは賄えない様に思う。 

 

 

・物価高に対応出来ない国の責任もゼロではない。 

服、靴に関しては実物をみて、試着、試し履きしないと、通販で失敗して返送料や使わずにタンスの肥やしにしてしまう方がよっぽど無駄遣いだとおもう。安い衣類はやはり長持ちしない。それ相応だと思う。いいものが欲しいと誰もが思うはずだし。 

百貨店は、なくてはならない存在だと個人的に感じます。 

 

 

・高度経済成長期からバブル期にかけては、同じ物を買うにしてもどこで買ったか?が大事な時代で、ディスカウントショップなどで購入していると、貧しい人と言う目で見られていたので、より高く買うのがステータスでもあった。 

しかし、バブル崩壊以降所得が減少し、やっと見栄をはる事に対する無意味さに気付き、同じ物ならより安くと言う、ある意味まともな判断をするようになった。 

時流を見る事が出来ず、見栄をはる顧客を相手にしていれば、自然光なるのは目に見えていた。 

時流に合わせて、経営方針を転換できなければ、生き残ることはできないでしょう。 

 

 

・松江市は人口20万人なので地方都市としては大きい方ですが、中核都市としては小さすぎるという位置づけでしょうか。 

駅周辺にはびっしりと家が立ち並んでいるので大昔は賑やかだったのだろうと想像出来ます。 

 

多分戦後の開発時期なのか、とにかく大量の家を供給するために狭い敷地に家を詰め込んだので道路にすら面していない家も多く、その道路もけちったのか4m以下の狭い道が多いようです。 

 

上記のような土地は建築基準法で再建築が出来ない物件となります。(2mセットバックすれば可能ですが、1軒の敷地が狭いのでそれもほぼ不可能) 

古家がおしくらまんじゅうをしているようなもので、もう身動きが取れないので今住んでいる人が立ち退けば後には空き家の山になるでしょう。 

個人での再生は不可能です。 

 

極端な暴論ですが、もし辺り一面大火事で全て焼けてしまえば、その後に区画整理をやり直せば再生は可能かもしれませんが。。 

 

 

・人々がお金の使い方に合理的な選択をするようになってきたので、百貨店の衰退は必然でもある。加えて「百貨店」というが、1箇所で何でも揃う感は、郊外のショッピングモールが圧倒している。 

 

百貨店としてのコンテンツを充実させることができて、富裕層を集客できる大都市の百貨店以外が生き残るのは困難だろう。 

 

 

・ひとつの推測でしかないが、若い人が平気なのは、本当に良い物を知らないこともあるのでは。例えば食物に限定していうと、割烹の料理や専門店の弁当と、コンビニの弁当の差が気にならない(或いは判らない)のなら、そうした店の顧客候補となりづらい。 

最近スーパー等の特に肉や加工品の不味さに我慢出来ないことがある(勿論野菜も美味くはない)。そして保たせる為だろうが、出来合いの惣菜の味付けは濃過ぎて、材料その物の味が判りづらい。こうした便利であったり廉価であったりする物に慣れた(質は左程気にならない)人達に、デパートで扱う商品は駆逐された面もあるのでは。旨い物の味(高級という意味では無い)を知っている人からすれば、人に贈るのならやはりデパートの物でとなるのは当然なのでは。こうした傾向が続けば一部の高級品を除いて貧しくなる一方かも知れない。 

 

 

・一畑百貨店に関しては閉店するべくして閉店した。 

何故なら、イオン松江という強力な競合店が近くにあるから。 

 

駅前の一畑百貨店は元々ジャスコ松江店があったが、駅に近くにイオン松江(当時は松江サティ)が出来たことで、競合状態となり潰れた。 

その跡地に一畑百貨店が移転してきたが、2008年にイオン松江が増床したことでより一層苦境に立たされ、コロナ禍で止めを刺された。 

 

近年は、うまいもの博や北海道展などのグルメイベント開催時くらいしかまとまった来客が無かったと言っても過言ではないうえ、老朽化した建物を改修する余裕もなかった。古臭い・高齢者向けというイメージを払拭できず、最後のあがきであるテナント誘致も空振り。 

 

>「寂しいとは思うが、閉店しても困ってはいない」 

これが全てを物語っている。 

 

 

 

 
 

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