( 184330 ) 2024/06/25 15:42:17 0 00 古賀茂明氏
最近までの電気自動車(EV)化の加速度的な進展が続けば、日本メーカーは追いつくことができず、自動車一本足打法と揶揄される日本の産業構造全体に大打撃となるはずだった。
【写真】日本の自動車メーカーの救世主?と言われるのはこの人
しかし、幸いにも世界のEV化のスピードが若干ダウンしそうだ。これにより、日本メーカーがEV生産に本格参入して中国メーカーや米テスラ社に追いつく道が開けたという見方が広がっている。トヨタが、全方位戦略と銘打って、当面はハイブリッド車(HV)で稼ぎ、そこで得た資金をEVやその先の水素車の開発投資に振り向けるという作戦も成功しそうだという説にも説得力が出てくる。
しかし、その見方には重要な見落としがある。どういうことか解説してみよう。
ポイントは、EV化は、自動車産業だけにとどまらず、産業の幅広い分野における「イノベーション」とともに、巨大かつ意図せざる波及効果を生みながら進展するということだ。
日本では、EV化を阻む要因がいくつも挙げられる。例を挙げよう。
まず、EVは航続距離がガソリン車やHVよりも短く、不安があるという指摘だ。確かに、日本製のEVは航続距離が短いが、中国では、航続距離1000キロメートルというEVも出てきた。もはや大きな問題ではない。
また、充電に時間がかかるという問題については、日本ではそのとおりなのだが、中国では、充電器と電池側の双方の性能アップが実現し、日本の駐車場などにある1時間前後必要な「急速充電器」(200kW程度)を遥かに上回る高速で充電できる高出力(500kWを超えるものも実用化されている)の「超急速充電器」が普及し始めた。電池サイドでも、800ボルト対応が実用化され、10分で600キロメートル分の充電ができるというところまで来た。さらに進歩は加速するので、充電時間の問題は克服されるだろう。
■中国に圧倒される「EV化」
日本では充電インフラの整備がほとんど進まないため、ガソリンスタンドに比べて利便性が落ちると言われるが、中国では、すでに公共の充電器が300万台設置されていて、超急速充電ステーションの数だけでガソリンスタンドの数を超えた地域もある。今後もさらに増える見込みだ。この問題も辺境の地を除けば解消に向かうはずだ。
生成AIの爆発的な普及により電力不足が叫ばれる。EV化による大量の電力需要が加われば問題はさらに深刻化する。しかも、日本の電力の大部分が化石燃料によるものなので、EV化を進めても脱炭素にはならないなどという問題も挙げられる。
しかしこれは、再エネの普及を事実上妨害してきた日本に特有の問題だ。中国は、世界の太陽光発電の51%、風力発電の60%を占め、今後も再エネの導入に邁進する。EVによる電力需要の拡大は計算済みで、化石燃料に頼れば、エネルギー安全保障にマイナスだという大きな視点も含めて、シャカリキになって再エネを導入している。日本もその気になれば、100%グリーン電力によるEV化を実現することはできるはずだ。
そして、「EVは価格が高い」という消費者にとって最大のデメリットも中国製のEVは克服しつつある。EUが中国製EVに追加関税をかけるのも、圧倒的に低価格のEVがEU製のEVだけでなくガソリン車さえ駆逐しかねないという危機感に掻き立てられたものだ。
EVの欠点は、克服できるということがわかるが、残念ながら、日本政府やトヨタなどは、EV化を遅らせたほうが得だと考えていることが誰からもわかる。
それによって、自動車メーカーや部品メーカーだけでなく、非常に幅広い分野で産業の発展を阻害しているという大きな損失は十分に認識されていないようだ。これもいくつか例を挙げよう。
■日本が誇る電池産業での敗北
まず、電池産業の雄であるパナソニックが車載用電池の世界市場で敗北してしまった。2017年ごろまでは3割程度のシェアで世界1位だったのが、22年には中国のCATL、BYD、韓国のLGエナジーソリューションに抜かれている。23年8月時点で、中国の2社だけで5割以上を占める。
中国政府がEV化の旗印を高く掲げたことで、電池メーカーが大規模投資と先進的な研究開発に莫大な資金と人材を投入した結果だ。日本は逆にEV化に後ろ向きで、パナソニックも大規模投資に踏み切れず、結局中韓勢に負けてしまった。
モーターの状況も似ている。ニデック(旧日本電産)は世界のモーター市場では最強だ。EV化の進展は、ニデックにとって大きなビジネスチャンスである。しかし、トヨタがEVをほとんど作らない戦略をとったため、仕方なく、日本ではなく中国にEV用モーターの拠点を設けたが、中国での価格競争に苦戦し、欧米市場へと軸足を移し始めた。日本で大量のEVが生産されれば、一気にモーターを量産化し、その勢いで中国に攻め込む展開になっていたはずだ。ニデックには不運な展開だった。
EV化には、車両の軽量化が重要になる。電池が重いこともあり、航続距離を伸ばすのに必須だからだ。中国では、そのための競争が激化し、新たな合金の開発などが進んだ。そのための金属産業の高度化が進んでいる。
また、テスラが採用したことで知られるギガキャストという技術は、これまで100点以上の部品を使って組み立てていた車体の前部と後部などをそれぞれ一つの金型に一気にアルミ合金を射出して成型する技術だ。これにより部品数を大幅に削減でき、製造工程も合理化できる。実は、そのための巨大なダイカストマシンを製造するイタリアメーカーを10年前には中国企業が買収していた。
他の中国ダイカストマシン・メーカーも参入し、今や、中国自動車メーカーもこの製法を取り入れている。トヨタなどは、これからだが、既に数年の遅れとなってしまった。
■急速に成長する中国のハイブリッド車
車の製造に必要な部品点数が少なくなり、組み立て工程が簡素化すれば、ほとんどの作業がロボットによって置き換え可能になる。中国では、車の製造工程の自動化率が急速に高まっているが、それを支えるためのロボット技術の発展にも目を見張るものがある。
そして、そこで得られた技術は、先週のコラムで取り上げた人型ロボットなどにも応用される。
さらに、電池で世界を制した中国は、EVだけでなく、電池を使うプラグインハイブリッド車(PHV)でも世界を席巻しようとしている。
元々BYDはEVとともにPHVも併せて販売していたが、今や世界一のPHVメーカーになってしまった。EVよりも価格が安く、最近では、EVを超える伸びを見せている。
これは、HVをEVへのつなぎにしようと考えていたトヨタなどの日本メーカーにとっては脅威だ。航続距離、充電の不便さ、高価格などのデメリットをBYDのPHVは全て克服してしまったからだ。今年5月末に発表されたBYDの新型PHVは価格が220万円からで、航続距離は2100キロメートル。
BYDは、23年に143万台だったPHV販売を24年は3割程度拡大するペースで販売している。一方のトヨタはBYDの10分の1にも満たない。油断しているうちにPHVでもBYDに負けてしまったのだ。トヨタは、今年5月になって、PHVなどに使う新しいエンジンを開発するなどと発表したが、図らずもBYDに相当な後れをとったことを露呈してしまった。
さらに、今日、EVは自動運転とセットで開発されている。中国では、政府も自治体も、そのためのインフラ整備を早くから進めてきた。それもあって、中国のEV市場で競争するには高い自動運転機能を搭載することが必須の要件となったことで急速な自動運転技術の進歩につながった。また、大量に走行しているEVから得られるリアルタイムの走行情報や電池使用状況などの情報もビッグデータとなって、競争優位を築く上で重要な役割を果たしている。日本メーカーは、ここでも全く立ち遅れてしまった。
■中国ではすでに空飛ぶ車も商用化へ
空飛ぶクルマ市場における中国メーカーの躍進にもまたEV化の効果が貢献している。空飛ぶクルマには、高いドローン技術も重要だが、同時に電池の性能が生命線だ。電池で世界を制した中国は、今や空飛ぶクルマの商用化でも日本のはるか先を行く。
すでに型式証明と耐空証明を取得していたイーハン社が、4月には生産許可証まで取得して量産段階に入った。EV新興御三家の一角、小鵬汽車も今年中の発売を計画中だというから驚きだ。
中国では政府や自治体をあげて、低空経済(空飛ぶクルマやドローンなどによる乗客・貨物輸送などの低空飛行活動によって関連分野の発展をもたらす経済形態)の発展を目指している。来年の大阪・関西万博でのデモ飛行程度しか見通せない日本とは比べ物にならない。
さらに、空飛ぶクルマの技術は軍事転用も可能だということも忘れてはならない。
電池の高速充電技術やEVの自動運転技術を活かしてBYDがモノレール市場に参入し始めた。安価で、1回の充電で200キロメートルの走行が可能で、しかも急速充電性能が高い自社製電池やEVで培った自動運転技術が武器だ。しかも、新製品は従来型より建設コストが3~6割安い。ブラジルで受注に成功し、今後インドやアフリカに攻勢をかける。
■EV化を抑制した日本の未来
以上からわかるのは、中国のEV化が、エネルギー政策や幅広い交通政策と一体化し、さらに関連のエコシステムを形成するという政府の明確な意図をもって進められてきたということだ。大きな方向性が民間企業にも共有されることで、関連する広い分野の産業で、思い切った投資が進み、さらにその成果を使った新分野での投資も誘発するという拡大好循環が生まれている。
今や、産業の大半の分野にその効果が広がり始めたといっても良いだろう。
そして、産業だけでなく、軍事分野への活用も確実に進むはずだ。
一方、日本では、EV化を抑制したために、関連分野の発展を遅らせた。今頃になって後追いしようとするが、古い分野に固執しながらの中途半端なものだ。このまま行けば、自動車産業では、虎の子のHVが急速にPHVに取って代わられて命運が尽きるだろう。
関連の材料、製造装置、自動運転システム、さらには、自動車の周縁にある空飛ぶクルマやモノレールといった産業でも、すでに大きな遅れにつながった。
軍事技術の分野でも深刻な遅れにつながりそうだ。
とてつもなく広くしかも長期的な視野でEV化を進めてきた中国と、既存大企業の「既得権優先」で、しかも、「電気で走れる自動車」の「ものづくり」をすれば良いという近視眼的視野狭窄の産業政策に終始してきた日本。
日本の産業、経済の沈没は当然の結果である。
古賀茂明
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