( 184410 )  2024/06/25 17:11:00  
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写真提供: 現代ビジネス 

 

 将来、日本経済の牽引役になるかもしれないベンチャー企業の最新技術が中国に漏れるかもしれない。それも日本の大企業の手によって――。 

 

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 大きな可能性を持つベンチャーの名前は「APB」。福井市に本社と工場を置き,「全個体電池の次」と言われる「全樹脂電池」を開発している。 

 

 全樹脂電池とは文字通り電解質に樹脂を使った二次電池のこと。 

 

 現在、スマートフォンやEVに使われているリチウムイオン電池の電解質は水溶液や有機溶媒である。漏れやすく発火しやすいので、EVに搭載するときは厳重に保護されている。 

 

 そこから進化した全個体電池は電解質に金属リチウムや酸化物、硫化物を使うことで、リチウムイオン電池に比べ発火、劣化しにくく、しかも充電速度が速い。それでも発火のリスクはゼロではなく、製造工程が複雑でコストがかさむなどの欠点があった。 

 

 そのさらなる進化版である全樹脂電池は、発火リスクが限りなくゼロに近く、製造コストは全個体電池より40%低減できるという。実際に完成すれば、世界の電池の勢力図は一変する可能性を秘めた優れた製品である。 

 

 この全樹脂電池の量産に目処をつけつつあるのが、APBだ。創業者の堀江英明氏は元日産自動車の技術者で、同社初のEV(電気自動車)「リーフ」の車載電池システムを開発した人物である。 

 

 日産の開発部門にいた1998年、この電池に着想を得て、900件近い特許を取得している。電池の世界では、リチウムイオン電池の発明でノーベル賞を受賞した旭化成の吉野彰氏、その商用化に道を開いたソニーの西美緒氏と並び称されるレジェンドだ。 

 

 堀江氏が在籍していた当時の日産は極度の経営不振に喘いでおり、仏ルノーの傘下に入った。再建に乗り込んだカルロス・ゴーン氏は「コスト・カッター」の異名を取ったが、堀江氏のプレゼンを聞き、全樹脂電池の研究にはゴーサインを出した。 

 

 その後、堀江氏は2018年までに全樹脂電池の基礎研究を完了させたが、同年11月にゴーン氏が金融商品取引法違反で逮捕されるなど経営が混乱していた日産は、自社でのEV電池開発を断念。堀江氏は日産を飛び出した。そうして立ち上げたのが、APBだ。 

 

 

 量産を目指す堀江氏は、素材の研究パートナーに、高分子吸収体の開発で実績のある三洋化成工業を選び、同社の出資を仰ぐ。 

 

 工場建設のため巨額の資金を必要とした堀江氏は、このほかJFEケミカル、横河電機、大林組、長瀬産業、豊田通商など13社から88億円を調達した。優良企業が軒並み出資したことからもこの会社の将来性は明らかだが、SPAC(特別買収目的会社)を使った上場計画も持ち上がり、その企業価値は2600億円から4300億円とされた。 

 

 出資企業の中では三洋化成がリーダー格で、JFEケミカル、横河電機、大林組、長瀬産業を含む「5社会」がAPBの経営に積極的に参加する姿勢を見せ、しばらくは蜜月が続いた。 

 

 ところが、である。 

 

 堀江氏に惚れ込んでいた三洋化成の安藤孝夫社長が失脚し、2021年に現在の樋口章憲社長に交代すると、三洋化成が態度を一変させた、というのだ。 

 

 「5社会の中で樋口社長は『堀江氏は経営者の資質に欠ける』と主張し、堀江氏を追い出しにかかったというのです。その後、堀江氏が地位保全を求める訴えを起こし、2022年に二度の裁判で勝訴しました。すると、樋口社長は今度は自社が保有するAPB株の大半を売却すると言い出したのです」(三洋化成関係者) 

 

 ここでAPB株の引き受け手として登場するのが、福岡市に本社を置く資本金39億円の「TRIPLE-1(トリプルワン)」という会社である。社長は山口拓也という人物だが、その経歴はヴェールに包まれている。表に出ているのは三菱商事出身の大島麿礼副社長だ。 

 

 ホームページを見ると、トリプルワンはビットコインの採掘のために膨大な計算をするデータセンター向けの超高性能半導体「KAMIKAZE(カミカゼ)」を開発したと書いてある。 

 

 こうした事業内容から同社を「ユニコーン(企業価値1000億円を超える非公開ベンチャー企業)」と称賛するメディアもあったが、事業の実態はよくわからない部分もある。 

 

 さて、こうした経緯で堀江氏に接近した山口氏と大島氏は、堀江氏に「全樹脂電池を量産するのにいくらかかるか」と尋ねたという。堀江氏が「40億円は必要」と答えると、 

 

 「自分たちはサウジアラビアの皇族にコネクションがある実業家のオマール・カンディール氏や、国際協力銀行会長の前田匡史氏と繋がりがあるので、100億円くらいはすぐに調達できる」 

 

 と請け合ったという。 

 

 カンディール氏は日本の政界にも顔が利く人物。安倍晋三氏の首相秘書官だった経産省出身の今井尚哉氏らと昵懇で、1990年代には東芝によるウエスチングハウス社買収などにも深く関与した。東芝は海外原発事業の失敗から粉飾決算に走り、ついに上場廃止になったが、カンディール氏は今も経産省に顔が効くという。 

 

 そのカンディール氏は2022年12月に岸田文雄首相がサウジを訪問した際、随行企業の中にAPBを加え、堀江氏をサウジのPIFやUAEのADQ(いずれも、巨額の資産を持つ各国の政府系投資ファンド)に連れて行った。 

 

 

 こうした一連の「活動」により、堀江氏はすっかりトリプルワンを信用してしまった。 

 

 そして2023年3月、トリプルワンはAPBに「福井の工場を視察させてほしい」と申し入れる。このときトリプルワンは三洋化成から36%のAPB株を取得した「筆頭株主」。その依頼であれば、堀江氏は応じざるを得ない。 

 

 ところがトリプルワンが福井の工場視察に連れてきた4人の名刺を見て、堀江氏は愕然とする。2人は華為技術日本の副社長と本部長、あとの2人は中国深センの本社からきた技術者だったのだ。「華為」とはもちろん、中国の通信機器大手・ファーウェイのことである。 

 

 「中国企業の幹部がついてくることなど知らされておらず、驚いた堀江氏は、ある調査会社にトリプルワンの実態調査を依頼しました。すると山口氏と大島氏は頻繁に深センを訪れていることが分かったというのです。 

 

 さらにトリプルワンはAPBに対し、中国で全個体電池を開発している『アンパワー』という会社との協業を勧めてきたといいます。『アンパワーの全個体電池をAPBの福井工場で生産し米欧に輸出しないか』と堀江氏に提案したと聞きます」(同前) 

 

 中国系企業との結びつきがあることがすべて問題だというわけではない。しかし、APBは川崎重工業と次世代潜水艦向け蓄電池の開発を進めている。食べ物やサービス、娯楽を提供している企業とは意味が違う。全樹脂電池の技術がどんな形であれ中国に漏れれば、安全保障上、重大な問題が発生する恐れがある。 

 

 「経済安全保障」を重視するアメリカは同盟国に、こうした最先端技術を厳重に管理するよう求めており、万一にも実際にAPBの技術が流出するようなことがあれば、米国の輸出入規制に抵触する可能性もある。 

 

 6月24日現在、トリプルワンと5つの会社は「堀江解任」で足並みを揃えており、6月28日のAPB株主総会では堀江氏の取締役選任に反対する構えだという話も聞こえてくる。創業者である堀江氏が解任されれば、APBの持つ全樹脂電池の技術が中国に吸い取られる可能性もあるかもしれない。これらの懸念が浮上していることについて、トリプルワンは丁寧に説明する必要があるだろう。 

 

 (三洋化成工業は「堀江社長に辞任を求めているのは事実か」との質問に対して「辞任を求めている事実はございません」と回答。APB株をトリプルワンに譲渡した経緯については「APB堀江様からのご紹介により存じ上げるに至りました。APB社の技術開発を加速させ、将来的な事業成長に資することなどから売却を行ったものです」と回答。また、中国企業との関係については「承知しておりません」とのことだった。 

 

 トリプルワンからは、回答は控える旨の連絡があった。) 

 

 経産省は「経済安全保障」の名の下、半導体産業に何兆円もの補助金をばら撒いている。もしも足元の技術漏洩さえ止められないようなら、看板に偽りあり、と言わざるを得ない。 

 

大西 康之(ジャーナリスト) 

 

 

 
 

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