( 185910 )  2024/06/30 02:02:58  
00

撮影:殿村誠士 

 

今年度も小学校に新1年生が入学して、はや2カ月が経った。小さな体が背負う、新品ピカピカのランドセル。と思えば、背が伸びた高学年の中には、リュックを背負っている児童もチラホラ……。早めにランドセルを卒業する子どもがいる一方、ランドセルは大型・軽量化への開発が進み、さらに異素材タイプが続々登場するなど、業界の動きは活発だ。親たちの関心も高く、「ラン活」スタート時期は年々早まっているという。「ラン活」のピークを迎えるこの季節、ランドセル最前線から「ランドセル終(じま)い」まで、最新のランドセル事情を取材した。(取材・文:山野井春絵/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部) 

 

神奈川県川崎市内の小学校に通うハヤト君(小6)は、小5の春からランドセルではなく、市販のリュックで通学するようになった。理由は、中学受験のための塾通いだ。 

 

「小4まではいったん帰宅してからランドセルを置いて出かけていたけど、塾の授業前テストのために、学校からそのまま行くことにしました。塾のテキストもたくさんあって、ランドセルだと重いし、塾でも置きづらいからリュックにしました」 

 

サッカーのクラブチームに所属するショウタ君(小5)も同じような理由でリュックに替えた。放課後そのまま練習に参加するが、ランドセルでは着替えやスパイクが入れづらいのだという。 

 

「せっかくおじいちゃんが買ってくれた高いランドセルだったけど早めに卒業しちゃった。ママが、『これどうしてくれるのよ~』とか言ってます」 

 

少しすまなそうな顔でショウタ君は言う。 

 

撮影:殿村誠士 

 

ランドセルは幕末、軍隊で活用された布製の「背のう」が原型。オランダ語で「ランセル」と呼んだことから、「ランドセル」ということばが生まれた。現在のような箱形ランドセルになったのは、1887(明治20)年。皇太子だった大正天皇が学習院初等科に入学する際、伊藤博文が献上した通学かばんが、ランドセルの始まりだとされている(諸説あり)。 

 

男子は黒、女子は赤のランドセルが使われるようになったのは、昭和30年代、団塊の世代が小学校に入学する頃のこと。戦後の貧しい時代、きょうだいや親戚の“お下がり”は当たり前だったが、高度経済成長期に入ると、ランドセルの販売個数も増え、団塊ジュニアが入学する頃には、子一人にひとつのランドセルが当たり前になっていく。 

 

ハヤト君らのように早めにランドセルを卒業する例もあるが、令和の現在も大半の児童は6年間ランドセルを使い続ける。「新品のランドセル」は、幼児から児童への成長のアイコン。親や祖父母が新品のランドセルを買い与えることは、昭和40年代から続く日本の慣習だ。少子化が進む今、お下がりを与える例は少ない。 

 

 

現在、ランドセル選びは「ラン活」と呼ばれ、子どもが“年中”の年齢(4、5歳頃)からリサーチを開始する熱心な親も増えている。 

 

伊勢丹新宿店が毎年ゴールデンウィークに開催する「ランドセルフェスティバル」は、国内最大級のランドセルイベント。三越伊勢丹オリジナルモデルをはじめ、工房系、ファッションブランドとのコラボ商品まで、1000種類以上が展示される。フォトスポットが用意され、ワークショップも開催するなど、イベント性も高い。両親・祖父母と3世代で旅行を兼ね、北海道や九州など、遠方から来場する家族も少なくないという。下見の後、家族会議をして決める人が多いため、オンラインで事後購入できるようにQRコードを配布している。今年も大盛況で、期間中全国から来場者を集め、売り上げは前年の4割増しだった。 

 

「『フェスティバルでこのメーカーのランドセルは扱いますか』など、年々問い合わせの数は増えており、その時期も早まっているという印象です。2月、3月に情報を集めはじめて、5月のフェスティバルか、8月の夏休みには決定される方が多いですね。5月と8月というピークは、業界全体の傾向です」 

 

そう話すのは三越伊勢丹 婦人子供商品部バイヤーの田村和寛さん。 

 

伊勢丹新宿店で毎年ゴールデンウイークに実施する「ランドセルフェスティバル」には、北海道や九州からの来場者も 

 

「常設の売り場でも、以前は素材について聞かれることが多かったのですが、今は『重量』です。教科書を教室に置いてくる『置き勉』が認められている学校もありますが、教科書のほかにもタブレット、図工の用具や体操服など、中身はやっぱり重くなるようです。とにかく軽くて、かつA4サイズが入るものを希望される方が多いですね。数年前まではレッドやキャメルが売れ筋でしたが、最近はジェンダーレス対応が進み、アースカラーやニュアンスカラーがよく出ます。本革にこだわる方もいらっしゃいますが、お手入れが楽な人工皮革が人気です」 

 

現在の売れ筋は、A4サイズ1200g前後のランドセル。2000年頃まで主流はB5サイズで、1500gほどあったというから、かなり大型・軽量化が進んだことがわかる。1000gを切るものも登場したが、耐久性への不安から、人気は1200g前後で落ち着いている。 

 

 

ワークマンが6月から販売している「スチューデントデイパック」(写真提供:ワークマン) 

 

ここ数年、ニトリなど、意外なメーカーがランドセル業界に参入して話題になっているが、なかでも特に注目を集めたのが異素材で作るランドセルだ。アウトドアブランドのモンベルはナイロン製の通学用バックパックを、子ども服のファミリアは、本体はナイロン製、ふた部分に人工皮革を採用したハイブリッド型を打ち出した。さらに今年6月から、作業服で知られるワークマンも、「スチューデントデイパック」を販売。バリスティックナイロンという生地を採用しているが、この素材は防弾チョッキにも使われるほどの強い強度と耐久性があるという。 

 

「高価格帯の革製ランドセルが一般的ななか、税込みで8800円と、かなり抑えた価格となっています。使用方法にもよりますが、かなり高い耐久性がありますので、長くお使いいただけますし、予備として、また紛失など万一のときは買い替えもしやすいかと。初めての試みということで、今年は1000個程度の販売を目標にしています」(ワークマン広報部 松重尚志さん) 

 

1500gと意外と重量はあるが、背中にアルミプレートが入っていて重量を感じにくい設計になっているという。見本の陳列はせず、公式オンラインストアで受注、店舗で受け取り・購入というスタイルでの販売。検討している人から、製品の仕様について多くの問い合わせが寄せられ、すでに販売は好調だ。何よりもその安さは、これまでのランドセルのイメージ、価値観に一石を投じる存在だといえるだろう。 

 

そもそも、公立小学校において、ランドセルの使用が義務づけられているわけではない。基本的に通学かばんは自由だ。加速度的に少子化が進む中、ナイロン製など新しい通学かばんの台頭は、今後ランドセルの文化を衰退させるのでは……とも想像される。業界は、どう捉えているのだろうか。 

 

一般社団法人 日本かばん協会に属し、日本製ランドセルの啓蒙活動を行う「ランドセル工業会」。同会では認定する国産のランドセルに6年間の無償修理を保証する認定証を発行している。 

会長を務める村瀬鞄行の林州代さんはこう話す。 

 

「工業会で認定しているランドセルは、軽い素材を開発しながら縫製、補強などに力を入れ、6年間の使用に耐えるものです。教科書協会にリサーチし、文科省と意見交換をするなど、子どもたちがランドセルに入れる内容についても把握して、アップデートを続けてきました。確かに最近は異素材のランドセルも話題ですが、選択肢が増えれば、それだけ『ランドセル』そのものへの注目度も上がりますから、それはそれでいいことだと考えています。箱形のランドセルが通学かばんとして定着しているのは、世界でも日本だけ。異素材のランドセルも、この形を踏襲するのは、やはり良さがあるからだと思います」 

 

ランドセル工業会では、リュックとランドセル、それぞれにタブレットを入れて、130cm(子どもが背負った際の高さ)から地面に落とすという実験を行った。3回目で、リュックに入れたタブレットは割れたが、ランドセルでは割れなかったという。 

 

 

撮影:殿村誠士 

 

「それだけ丈夫なランドセルには、子どもたちを守るという安全面でのメリットがたくさんあります。子どもの体重を支えられる強度がありますから、ヘルメット代わりになるなど、災害時にも役立ちます。ランドセルがあったおかげで交通事故に巻き込まれても大事に至らなかったという話がたくさん寄せられていますし、背面にウレタンを仕込んだタイプはビート板がわりになって水にも浮くので、水害のときにも命を守ってくれます」 

 

ほかにも、車のライトに照らされて光る反射板、強い力で引かれた際にはあえて外れる仕様のフックなど、ランドセルにはたくさんの工夫が施されている。 

 

「送迎が基本の諸外国とは異なり、日本は子どもたちだけで登下校をしますよね。ランドセル姿そのものが、車のスピードを緩めるなど、大人に『気をつけよう』という意識を喚起させます。少子化については、やはり業界としても非常に危機感を持っていますが、経済的な面だけではなく、文化そのものを大切にしたいと考えています」 

 

国内での普及活動を続ける一方、ランドセル工業会が注目しているのが、インバウンドに向けたアプローチだ。近年、「日本のお土産」としてランドセルが売れているという。 

 

「やっぱりアニメの影響ですね。のび太君、コナン君、ちびまる子ちゃん、日本の小学生が背負っているあの箱形のバッグが欲しい、という外国人観光客はとても多いです。自分用に買う人もいますね。今は肩ベルトがスライドして、身長175cmまで対応しているランドセルが一般的。数万円するものも『安い』と言って買っていかれます。工業会としても、世界中の方々にランドセルの良さを知ってもらうチャンスだと考えています」 

 

整理収納コンサルタントの本多さおりさん 

 

「ラン活」して購入したランドセルも、6年が経つと必ず別れがやってくる。 

愛知県名古屋市郊外に暮らす浅井祐子さん(仮名)は、男児3人の母親。今年の3月、三男が小学校を卒業した。 

 

「季節用品などを入れている場所に、もう使わなくなったランドセルが3つ……。場所を取るし、でもなんとなく捨てられず。みんなどうしているんだろうと思ってママ友に聞いてみたんですけど、みんな『まだある』と言ってます(笑)」 

 

どう処分するか、これは意外と悩ましい。卒業式の後すぐに捨てるという家庭は少なく、実際は何年間もタンスの肥やしになりがち。中には「いまだに自分のランドセルが実家の納戸にある」という親世代もいる。 

 

「思い出がある、愛着が強いものは、時間が経てば経つほど処分できなくなるものです。だから『ランドセル終い』は難しい」 

 

 

 
 

IMAGE