( 186045 ) 2024/06/30 16:10:48 0 00 写真提供: 現代ビジネス
日本から海外への留学生数は、2004年頃から傾向的に減少している。ここ数年の円安の影響で、それがさらに加速されそうだ。韓国の留学生は、日本よりずっと多い。日本における人的資源の劣化は、将来の経済成長を大きく制約するだろう。
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円安のために留学が困難になっているという報道が相次いでいる。「円安もう怖い」とか、「留学もう怖い」という声があがっている。
日本から海外への留学生は、諸外国と比べてもともと少ないのだが、それがさらに少なくなってしまう危険がある。そして、留学できるのは、ごく一部の裕福な家庭に生まれた人だけの特権になってしまう危険がある。
海外で学びたいと希望する日本の若者は、世界中から見放されたような気がする。いや、気がするのでなく、実際にそうなってしまったのだ。
円安はさまざまな面で日本社会に深刻な影響を与えているが、留学に対する影響は、最も深刻な問題の一つだ。
私がアメリリカに留学したのは、1968年。固定為替の時代で、1ドルが360円だった。 「いまは円安といっても1ドル160円台だから、60年代よりはまだまだ円高だ」という人がいるかもしれない。しかし、円の購買力で考えれば、その当時とあまり変わらないのだ。
では、60年代における日本からアメリカへの留学生は、どんな生活だったか? その当時勤務していた大蔵省での私の初任給は、月18000円程度だった。その後増えて、留学した時点では、月23000円程度になっていた。
ところが、留学先であるカリフォルニア大学ロサンジェルス校の周辺で、最も安いアパートの賃料が、月額100ドルだった。円に換算すれば36000円で、月給の1.56倍。 Studioという一部屋のアパートだったが、かなり広かったし、シャワーがあった。台所は隣部屋と共同利用だが、熱湯が出た。シャワーさえあれば台所で湯が出なくてもいいと思ったのだが(そのころの日本では、湯が出ない家庭が普通だった)、そのようなアパートはなかった。そして冷暖房完備(日本では、一般の住宅に冷房は普及していなかった)。
これ以下のグレードのアパートは存在しないのだ。カリフォルニア大学の周辺はウエストウッドという高級住宅地で、アメリカでも最も家賃が高い地域の一つなのだが、それにしても高い。
学費は奨学金でカバーできたが、食費などの生活費がかかる。私は日本では、初めて買った車を通勤に使っていたが、アメリカではとても買えない。ロサンジェルスに住んで車を持っていないとは、通学とダウンタウンに時々出かける以外には、バスを乗り継いで大変な苦労をしないとどこにも行けないことを意味する。
ダウンタウンの商店には、眼もくらむような豪華な商品が並んでいた。
いま、アメリカのアパートの家賃はどのくらいだろうか? ウエストウッド地区のStudio で検索してみると、2000ドル程度だ。当時の20倍になっている。1ドル=155円で換算すると、31万円だ。
一方、日本の公務員の給与は、当時の10倍程度だ。だから、円でいうと、ウエストウッドの家賃は、給与の約1.35倍だ。
上で述べた私の体験よりは若干改善されてはいるものの、大差はない。つまり、いまアメリカに留学すると、60年代に私が経験したようなみじめな生活を強いられることになる。
これを「購買力」という概念で述べれば、つぎのとおり。アメリカの物価・家賃が、当時と比べて20倍、日本の賃金が10倍になった。だから、購買力を当時と同じに保つには、1ドル=180円になればよい。実際には160円程度だから、現在の円の購買力は、1960年代末に比べて、1割程度は高い。
ただ、「1割程度しか高くなっていない」というほうが正確だ。また、ここでは家賃と公務員の給与という2つの価格だけを比較したのだが、もっと広汎な価格データを用いれば、結果は違うだろう。
日本人の海外留学生(主として、長期留学生)数は、1980年代には1万人台だった。1990年代に急増し、2004年に8万人を突破して、最高になった。しかし、その後、日本経済の衰退とともに減少し、2009年頃からは、5~6万人程度と、2004年頃の63~75%程度の水準にまで減少している(文部科学省「『外国人留学生在籍状況調査』及び『日本人の海外留学者数』等について」、2024年5月)。
これは、20歳台の人口が減ったためでもある。ただ、それだけでは説明できない。 2020年の人口ピラミッドを見ると、40歳台後半では1歳あたり人口(男女計)が160万人程度であるのに対して、20歳台後半では130万人程度と、8割程度に減少している。本文で述べたように、2004年ごろからコロナ直前までの期間の留学生数の減少率は、これよりかなり大きい。そして、コロナ禍で4万人台に減少した。2021年では41612人で、最も多かった時代の約半分になっている。円安が進むと、減少傾向に拍車がかかる可能性が強い。
留学問題についてのアメリカの調査・研究機関である Institute of International Educationが公表するOpen Doorsという資料に、アメリカへの留学生数の国別の数字がある。
気になるのは、日本と韓国の比較だ。2022年の数字を見ると、日本が13447人に対して、韓国は49755人と、3.7倍だ。人口一人当たりで見れば、差はもっと大きくなる。 韓国の国内には質の高い大学がないから留学するのか? まったく逆だ。
世界の大学のランキングがいくつか作られているが、上位100位までに入る大学数は、日本より韓国のほうが多い。
日本人の学生の多くは、大学を卒業してからあとは勉強しようとしないから、こうしたことになる。
韓国の目覚ましい経済発展の背後に、人的能力の向上があることは間違いない。それが、留学生におけるこのような差に現れている。
留学すれば国際感覚が身に付くと言われる。しかし、結果としてそうなるのであって、国際感覚をつけるのが留学の目的ではない。国際感覚は留学以外の方法によって、いくらでも身に付けることができる。
だから 、海外生活の体験をしたいとか、外国語の勉強のために留学するのは、時間の無駄だ。
多額の費用と時間を使って留学するのだから、本格的に勉強すべきだ。いうまでもないことだが、留学の目的は、専門分野の専門知識を学ぶことだ。できれば、大学院に留学する。そして、学位の取得を目指すべきだ。修士号は1年間でとれる。だから、日本で取得するより、時間を節約できる。
しかし、これに対して最も大きな問題は、本格的に勉強して学位をとっても、日本の企業は、それを評価してくれないことだ。給与面で同年齢の人たちと差がつくわけでもない。だから、体験留学が多くなって、本格的な留学にならない。
円安になったいまこそ、留学に関するこうした本質的問題を考え直すべきだ。
・・・・・ 【つづきを読む】『植田総裁の「仰天発言」で異常な円安に…その裏で岸田首相が犯していた「重大問題」』
野口 悠紀雄(一橋大学名誉教授)
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