( 188346 )  2024/07/07 01:46:50  
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豊臣秀吉は、現代のビジネス界でコンサルタントとして活躍する。

彼は会議室で金田社長と対立し、会社の買収に関する問題を指摘する。

金田の圧力にも負けず、正しい道を選び取引の不正を暴露する。

その背後には謎の声が助言を与え、彼の行動を後押しする。

最終的には、役員会で西村や水上と共に立ち上がり、取締役としての責務を果たす。

結果的に金田は失脚し、豊臣秀吉のような威厳ある人物が登場する。

(要約)

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最下層から天下人に上り詰めた豊臣秀吉は、現代のビジネスでどんな手腕を見せるのか(イラスト:西野幸治) 

 

7月26日公開の映画『もしも徳川家康が総理大臣になったら』。過去の偉人たちが現代で活躍する奇想天外なストーリーと豪華キャストが公開前から話題となっています。その原作者である眞邊明人氏が同じく歴史上の偉人が現代で躍動する小説『もしも豊臣秀吉がコンサルをしたら』を上梓しました。本稿では特別に、その冒頭部分を公開します。 

 

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■IT企業の会議に出たコンサルがとんでもないことを… 

 

 新宿にそびえ立つ高層ビルの最上階─。 

 

 IT企業として名高い金田産業の広々とした会議室で、武田倫太郎は上座を見据えた。ひと呼吸置き、その視線の先にいるダブルのスーツに身を包んだ、仁王のような顔の偉丈夫に向けて口を開く。 

 

 「あなた方は企業価値の低い会社に高いデューデリ(※)をつけ、本来より安く買ったとして特別利益を出し、決算を粉飾した。違いますか」 

 

 (※)買収を検討している企業の詳細を調査し、リスクとリターンを適正に把握すること。デューデリジェンス(Due Diligence)の略 

 

 その言葉が終わらぬうちに仁王のような顔が歪み、一喝する。 

 

 「コンサル風情がなにを言い出すかと思えば、そんな言いがかりを!」 

 

 「金田社長。これは言いがかりではありません。事実です」 

 

 「まだ言うか!」 

 

 仁王顔の男が叫んだ。すると倫太郎の背後から低い声が響く。 

 

「人の上に立つ者がみだりに取り乱すでない。愚か者めが」 

 耳にした者すべてを震え上がらせるような威厳に満ちた声に、倫太郎は、臓腑に石を突っ込まれたかのような圧を感じた。この声は、どうやら倫太郎以外には聞こえないようだ。 

 

 「この金田産業で、クライアントであるわしに法を犯したなどという誹謗中傷をして、ただで済むと思っているのか!」 

 

 金田は大声でわめいた。たしかにクライアントの意向のもと利益をもたらすのがコンサルの仕事だ。とはいえ、この言われようは納得できない。 

 

「この者、将の器にあらず。ただ 、怒りをぶつければ人は従うと思っておる。かの柴田勝家もそうであった。猛将などと呼ばれ浮かれる者、おのれの力のみを過信し滅びる。倫太郎、追い込んでやれ」 

 

 

 背中からの声が倫太郎を後押しする。胃の腑あたりをドンと殴られたような衝撃を感じ、嫌な汗がにじみ出た。 

 

 「誹謗中傷かどうかは、買収した会社の価値を冷静に見直してから判断すべきかと」 

 

 「必要ないッ、終わったことだ!」 

 

 金田は大柄な身体を揺すり、分厚い手のひらでテーブルを何度も叩いた。 

 

 「そんなのは監査法人がやることだ!  お前の仕事じゃない」 

 

 「わかりました。では監査法人に問い合わせいたします」 

 

 「だ・か・ら!  お前にそんなことをする資格はない!  この会社はわしのものだ!  お前のような若造に指図される覚えなどない!」 

 

■謎の声に導かれクライアントと真っ向対立 

 

 金田のあまりに横暴な態度に、倫太郎の中でなにかが弾けた。 

 

 「金田社長。そのお言葉はいかがなものかと。金田産業は大勢の株主が支える上場企業です。社長の所有物ではありません。違いますか」 

 

 「貴様……」 

 

「倫太郎、そやつとだけ話しても埒があかぬ。周りをよく見よ。城を落とすは敵の結束の乱れを突くが上策じゃ。この様子を見るに、家臣に必ずそやつを憎む者がおる。ほれ、隣の小男をよく見よ。唇の端がわずかに歪んでおる。己の主が責め立てられるさまを楽しんでおるじゃろう」 

 

 声に導かれ視線を金田の右隣に向けると、貧相な身体の男が、たしかに口元を緩め興味深そうに金田の顔を盗み見していた。副社長の水上だ。 

 

 「水上副社長は、どうお考えですか」 

 

 倫太郎の問いかけに水上は一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、すぐに顔を引き締めた。 

 

 そして軽く息を吸うと、 

 

 「もちろん弊社の処理は適法と考えますが、問題があったとすれば……」 

 

 噛み締めるようにゆっくりと返答した。さらに言葉を続ける。 

 

 「当然、経営責任が……」 

 

 「水上!  余計なことを喋るな!  おいッ、伊志嶺!」 

 

 慌てた様子で金田は水上を睨みつけ、水上の隣に座る男を指さした。伊志嶺と呼ばれた男は弾かれたように背筋を伸ばし、機械仕掛けの人形のごとく立ち上がった。 

 

 「財務本部長としては、なにも問題ございません!」 

 

「こやつは織田家での佐久間信盛のようじゃの。主君の顔色を窺うばかりの無能者ゆえ相手にせんでええ。その横の部長とやらは、しきりに身体を揺すり肚が据わっておらぬ。あれを詰めよ」 

 

 

 倫太郎は、伊志嶺の隣に座る男に視線を移す。財務部長の西村だ。 

 

 「西村部長」 

 

 「は、はい」 

 

 「この買収した会社、マリーンシステムの試算表(※)を見せてもらえませんか」 

 

 (※)決算報告に使う資料のもととなる、詳細な内容が記載された表 

 

■明らかにおかしな決算書の裏側とは 

 

 「試算表ですか……」 

 

 西村は目をぱちぱちさせた。 

 

 「マリーンシステムには15億の価値がついていますが」 

 

 倫太郎は鞄から資料を取り出した。 

 

 「昨期のマリーンシステムの売上が8千万、最終決算は2千万の赤字です。取り立てて新しい技術を持っているような事実もない。どうすれば15億もの価値がつくのでしょうか」 

 

 「それは……」 

 

 西村の顔が歪み、明らかに動揺の色が浮かんだ。 

 

 「マリーンのシステムは、まだ研究開発の途中だ。来年から本格始動する!」 

 

「金田の言葉は切って孤立させよ。さすれば事は動く」 

 「西村さん。私はあなたに聞いています」 

 

 倫太郎は金田に視線を移さず、まっすぐに西村の目を捉えた。 

 

 「なんだと!」 

 

 興奮した金田は、今にも倫太郎につかみかかってきそうだ。 

 

 「西村さんは財務部長として、この取引のおかしさに気づいていたんじゃないですか。上場会社は公器です。ここでごまかすのは犯罪の片棒を担ぐのと同じ。あなたは会社だけでなく自分の身も守るべきだ」 

 

 「自分の身……」 

 

 西村は腕組みをした。 

 

 「西村ッ!」 

 

 金田のこめかみに、みるみる血管が浮かび上がっていく。 

 

「もはや、そこ迄じゃ」 

 倫太郎の背後から聞こえる声は、冷徹であった。 

 

「将たる者、誤りあれば責を負い兵を救う。兵を救わぬ者、将にあらず」 

 「会社のトップは、なにか誤りがあれば責任を負って組織を救う役目があります。そして組織あればこそのトップです。組織、従業員を守らず、己だけを守ろうとする者が留まってはなりません」 

 

 「貴様ァ!」 

 

 金田は倫太郎の胸ぐらを掴んだ。 

 

■役員会で生じてしまった造反劇 

 

 「金田社長!」 

 

 副社長の水上が突然立ち上がった。その語気の鋭さに金田は一瞬怯んだが、みるみる顔を朱に染め上げ、水上を睨みつけた。 

 

 

 「なんだ!  水上!」 

 

 「武田さんのおっしゃる通りです。マリーンシステム買収の件は前々からおかしいと思っていました」 

 

 「貴様……誰に向かって……」 

 

 「我々には株主に対する責任があります!  問題があれば正す。それが取締役の務めです」 

 

 「偉そうに……」 

 

 「西村くん!  君の見解を正直に言いたまえ。責任は問わない」 

 

 水上は諭すような口調で西村に言った。 

 

「かかかか、裏切者が動いたの。これで仕舞いじゃ。将は窮地に至れば粛々と判断・決断せねばならぬ。それに家臣は常に我が身の目付を頼み、意見を賜り、我が身の善悪を聞き万事心につける。そういう家臣を持たず己を戒める心掛けすら無い故、こうして裏切られるのじゃ」 

 

 「正直に申し上げますと、マリーンシステムには5億どころか1千万の価値もないと思います。あくまでも決算対策ということで財務本部長から……無理に……」 

 

 「西村ァアアアアアアア 」 

 

 金田は白目を剥き、後ろにひっくり返った。 

 

■謎の声の主はいったい誰なのか 

 

 「やれやれ。これでお役目は果たせたか……」 

 

 すべてが終わり、広い会議室で倫太郎がぽつりとひとりつぶやいた。ずっしりとした疲労感が全身にのしかかる。 

 

「あの者、差し詰め所領没収のうえ切腹といった処か」 

 

 黄金の着物で身を包み、色黒でしわくちゃな顔をした男。 

 

 小柄ではあるが纏うオーラは周囲を圧する。この貧困層から天下人に成り上がった英傑は、 目の前のソファにどっかと座っている。しかし、その姿は倫太郎にしか見えない。 

 

「殿下。この時代に切腹はありません。会社を追い出されるくらいです」 

 

 倫太郎は恭しく答えた。こんな時代がかった言葉がなんの違和感もなく出てしまうほどの威厳が、この男にはある。 

 

「なんじゃ。またぞろ同じことを起こすぞ。将に情けは不要。一族郎党、ことごとく根絶やしにせよ。将はその覚悟で生きねばならぬ」 

 

 

 
 

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