( 188488 )  2024/07/07 16:34:59  
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インバウンドのイメージ(画像:写真AC) 

 

 2024年6月、長崎県対馬市の和多都美(わたづみ)神社は、韓国人観光客の「出入り禁止」を発表した。その理由は、一部の観光客が神社境内でのタバコのポイ捨てや痰(たん)や唾液の吐き捨てといった迷惑行為を行っていたためだ。この禁止措置は、そうした迷惑行為に対処するための措置として実施された。結果、このニュースはインターネット上で大きな反響を呼び、多くの人々は感情的な言葉で彼らを非難した。 

 

【画像】えっ…! これが60年間の「京都駅」です(計13枚) 

 

 そんな流れのなか、一部の有識者の間で懸念されているのが、日本国内における 

 

「ゼノフォビア(xenophobia)」 

 

である。ゼノフォビアとは「外国人嫌悪」「外国人恐怖症」を意味する言葉で、世界各地で使用、論議されている。 

 

 かつては、日本で“爆買い”をする中国人観光客に対して嫌悪感を隠さない人も多かった。しかし、今ではその対象が変化し、インバウンド全般に向けられるようになっているように見える。 

 

 インバウンドの増加にともない、SNS上では人種や民族を問わず外国人に対する不満や怒りの声が目立ってきた。この現象は、日本社会に潜在していたゼノフォビアが顕在化していることを示しているのかもしれない。しかし、こう書くと、インターネット上では必ず次のような反応が返ってくる。 

 

「私たちは彼らの“行為”を非難しているだけで、外国人を嫌っているわけではない」 

 

と。本当にそうだろうか。 

 

 表面上は「観光立国」を目指している日本だが、実際には多くの国民がインバウンドの増加に複雑な思いを抱いているのではないか。 彼らの“行為”だけを非難するにしては、いささか過剰な反応のようにも思える。 むしろ「日本に来てほしくない」という印象さえ受ける。 

 

「将来、インバウンド観光客を受け入れ計画」(左)と「インバウンド受入の予定がないと受入たいの課題について」(画像:日本旅行業協会) 

 

 コロナ明けとともにインバウンド需要は急増しているが、その恩恵は極めて限定的だ。日本旅行業協会の「2023年度 インバウンド旅行客受入拡大に向けた意識調査第2回アンケート分析結果報告」によれば、現在インバウンドを受け入れていない事業者(調査対象は自治体、観光施設、輸送事業者、旅行会社、宿泊事業者など)に対し、受け入れ意向を問うた質問に対しての回答は、 

 

・今後も受入の予定はない:35% 

・受け入れたいと思っているが、課題があると感じている:30% 

・受け入れたいと思う:21% 

 

となっている。受け入れ予定がない等の回答の理由としては 

 

・人手不足や人材不足 

・インバウンドを受け入れる余裕がない 

・多言語インフラの整備が不十分 

・外国人対応スタッフの雇用 

 

などが、上位に挙がっている。観光業界は総じてインバウンド観光に期待しているように思われている。しかし、この調査によると、回答者の少なくとも30%はなんらかの問題を抱えており、インバウンドに頼るつもりはないことがわかった。 

 

 また、別項目である「インバウンド観光客受入の課題」については、2024年1月の調査では、2023年7月の調査と比較して、多言語対応スタッフや通訳案内士の不足を課題として挙げる回答が増加した。 

 

 多言語対応スタッフのニーズが高まっていることは、単なる人手不足の問題ではないことを示唆している。インバウンドとのコミュニケーションが難しいことが原因で、さまざまな摩擦や誤解が生じている可能性があるのだ。 

 

 また、通訳案内士の需要が増えていることは、案内する人材が不足しているだけでなく、“文化の架け橋”となる人材も必要とされていることを意味する。つまり、インバウンドの増加は、単に人数が増えるという量的変化だけでなく、より複雑な問題を引き起こしているのだ。 

 

 十分な受け入れ態勢が整っていないなかで、インバウンドが規制なく増加しているという事実は、彼らに対する不安感や拒絶感を助長し、結果として、冒頭のゼノフォビアにつながる可能性がある。 

 

 

インバウンドのイメージ(画像:写真AC) 

 

 ゼノフォビアは、実は私たちが思っている以上に身近に存在している。それは、インバウンドで外国人が急増した一部の観光地だけの問題ではない。 

 

 北九州市立大学の宮下量久氏・内田晃氏による「関門地域におけるインバウンド政策に関する調査研究:北九州空港・北九州港・下関港を事例として」(『関門地域研究』Vol.26)では、2016年に北九州・下関両市民のインバウンドに対する意識を調査している。 

 

 まず、この調査では、人口減少対策や地域活性化に必要な取組に対して「観光客の増加」を挙げる人が 

 

・北九州市:11.2% 

・下関市:21.2% 

 

であることを論拠とし、下関市民は北九州市民よりも観光による地域活性化に期待する傾向があるとしている。 

 

 ただ、増加を挙げても、市民はインバウンドそのものを歓迎しているのだろうか。結果はむしろ真逆だ。「外国人観光客の増加の賛否」という調査項目を見ると賛成と回答した人の割合は、 

 

・北九州市:39.1% 

・下関市:45.2% 

 

となっている。両市ともインバウンドに賛成している人は半数にも満たないのだ。 

 

 さらに、この調査では回答者の居住地別に集計を行っているが、賛成は北九州市では戸畑区、下関市では本庁所管地域(下関駅周辺、唐戸など)で最多となっている。これは、北九州市では2016年に戸畑祇園大山笠が国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化財に登録されたこと、下関市では唐戸に唐戸市場などの観光資源が集中していることと関係していると見られる。 

 

 一方で、反対の最多地域は北九州市では若松区(反対24.1%)、下関では山陰地域(川中・安岡・吉見・勝山・内日支所の範囲。反対20.2%)となっている。 

 

 この調査はインバウンドに対する態度が地域によって大きく異なることを明らかにしている。特に注目すべきは、観光に依存していない地域での顕著な拒否感だ。 

 

外国人観光客増加の賛否。「関門地域におけるインバウンド政策に関する調査研究:北九州空港・北九州港・下関港を事例として」より(画像:北九州市立大学) 

 

 例えば、北九州市若松区(若松港周辺の産業遺産を除けば農地や住宅地が多い)、では、インバウンドに対する反対意見が最も多かった。このことから次のような洞察が得られるのではないか。 

 

●異質に対する恐怖 

 観光資源の有無がインバウンドに対する意識に影響を与える。これは、未知のものに対する本質的な恐怖心を反映しているのかもしれない。 

 

●経済効果に対する認識と受容 

 観光による恩恵を直接的に実感できる地域ほど、インバウンドに好意的な傾向がある。異文化受容においては「利益」が重要であることを示唆している。 

 

●接触の質と偏見の関係 

 観光客との接触の「量」だけでなく、「質」も重要である。外国人がたくさんいるというだけでは偏見は減らず、むしろ摩擦を生む可能性がある。これは、大都市でも外国人嫌悪が見られるという事実とも一致している。 

 

 いうまでもなく、関門地域は、古くから 

 

「国際貿易の要衝」 

 

として知られている。下関港と北九州港を擁するこの地域は、戦前から国際港として栄え、現在も関釜フェリーが就航するなど、アジアとの玄関口としての役割を果たしている。多くの貨物船が行き交うこの海峡は、日本の国際化を象徴する場所のひとつといえる。 

 

 しかし、この調査結果はそんな国際色豊かな歴史を持つ関門地域においても、インバウンドに対するネガティブな感情が強いことを明らかにしている。長年にわたり外国との接点を持ち続けてきた地域であっても、観光客としての外国人の増加に対しては必ずしも寛容ではない。この一見矛盾する状況は、 

 

・国際的であること 

・インバウンドを受け入れる 

 

ことが、必ずしも直結しないという現実を浮き彫りにしている。 

 

 

インバウンドのイメージ(画像:写真AC) 

 

 さらに詳しく見ていこう。この調査では、回答者がインバウンドの増加を支持するか否かについて、性別と年齢別に結果を分析している。以下は、「反対」と回答した人の割合を示している。 

 

●男性 

・10~20歳代:17.6% 

・30歳代:33.3% 

・40歳代:21.9% 

・50歳代:25.2% 

・60歳代:13.8% 

・合計:21.5% 

 

●女性 

・10~20歳代:22.4% 

・30歳代:23.4% 

・40歳代:16.0% 

・50歳代:13.1% 

・60歳代:7.1% 

・合計:17.5% 

 

年齢による差が出た理由はなぜか。筆者(昼間たかし、ルポライター)の私見を述べる。 

 

 この調査が実施されたのは2017年2月である。当時の各世代の男性には次のような特徴があると考えられる。 

 

●50歳代(1957~1967年生まれ) 

・高度経済成長期に生まれ、バブル経済期に社会人となった世代 

・日本的雇用慣行(終身雇用、年功序列)を経験 

・バブル崩壊後の「失われた20年」も経験 

 

●60歳代(1947~1957年生まれ) 

・比較的経済的に余裕がある世代 

・日本の国際社会復帰と高度成長期の急速な発展を目撃 

・日本の国際化の進展を経験しているため外国人との交流に比較的オープン 

 

●若い世代(10代から20代) 

・インターネットやSNSで海外文化に日常的に触れる 

・学校教育で国際理解教育を受けている 

・その結果、インバウンド増加に対してより寛容 

 

 個々人を「世代」としてひとくくりにすることは、乱暴な見方かもしれない。しかし、それぞれの世代が経験してきた社会的背景や時代の空気が、外国人に対する意識の差となって表れている可能性は否定できない。 

 

 高度経済成長期を経験した世代、バブル崩壊後の「失われた20年」を生き抜いた世代、そしてグローバル化が進んだ環境で育った若い世代。それぞれが、その時代ならではの経験を通じて、外国人に対する異なる視点を形成してきたと考えることもできる。ただ、どの世代にも、外国人に対してなんらかの理由で嫌悪感を持つ人は一定数存在するという事実だ。 

 

 

インバウンドのイメージ(画像:写真AC) 

 

 さらに、この調査では、インバウンド増加の賛否を職業別で集計している。その結果、増加に反対と述べた回答の割合は次のようになっている。 

 

・会社員:20.3% 

・自営業:22.0% 

・公務員/団体職員:18.5% 

・パート/アルバイト/派遣:20.0% 

・専業主婦/主夫:18.6% 

・学生:15.4% 

 

 これらの結果は、ゼノフォビアは特定の層に限ったものではなく、社会に深く根ざし、現実のものとなっていることを証明している。特筆すべきは、 

 

・社会の中核を担う層(自営業、会社員) 

・地域社会で重要な役割を果たす人々(主婦、公務員) 

 

の抵抗感が強いことである。これにはさまざまな理由があるだろう。それは、彼らが日常生活のなかで文化摩擦を経験する機会が多いからかもしれないし、外国人労働者の増加によって自分たちの経済的地位が脅かされるのではないかと心配しているからかもしれない。 

 

 これほど幅広い層の人々に存在するゼノフォビアは、経済的利益を強調したり、国際化の必要性を説いたりするだけでは解決できないだろう。 

 

インバウンドのイメージ(画像:写真AC) 

 

 本稿を執筆するにあたり、ゼノフォビアに関する詳細な調査や研究を調べたが、人々が嫌悪感を抱く場所や人物、その理由などを調査したものはあまり見当たらなかった。多くの場合、この問題はメディアやSNS上で感情的な議論に終始しがちである。 

 

 例えば、京都ではインバウンドのトラブルがたびたび話題になるが、実際に誰が、どのように迷惑を感じているのかを 

 

「定量的」 

 

に示す公開された調査研究は限られている。ここで取り上げた関門地域の調査研究の重要性は、 

 

・感情論 

・個人的な経験談 

 

に偏りがちなゼノフォビアの問題に対し、具体的な数値や統計的な裏付けを提供している点にある。 

 

 オーバーツーリズム(観光公害)に端を発するゼノフォビアを解決するためには、このような定量的かつ客観的な調査が各地で行われ、その結果が広く共有されることが重要だ。そうすることで、地域ごとの特性や傾向を把握し、より効果的な対策を立案することが可能になる。 

 

 

 
 

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