( 188538 )  2024/07/07 17:33:35  
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宅配のイメージ(画像:写真AC) 

 

 再配達が減らない。 

 

 2015年、国土交通省による「宅配再配達による社会的損失は、年間約1.8億時間、約9万人分の労働力に相当する」という発表は、大きな驚きを持って広く報道され、「再配達を発生させることは、いけないことである」という世論の形成に大いに役立った。以降、再配達率は減っていったものの、コロナ禍後は下げ止まっている。 

 

【画像】えっ…! これが再配達率の「現状」です(計17枚) 

 

 2017年10月に15.5%だった再配達率は、新型コロナウイルスが猛威をふるった2020年4月、8.5%まで下がった。しかし、緊急事態宣言が開けた同年10月には、11.4%に上昇。以降、11%台をずっと推移している。 

 

 対して、2017年に約42億個だった宅配便取り扱い個数は、2023年にはついに50億個を突破した。単純計算すれば、この6年間で、再配達の個数は、 

 

「1億個」 

 

近く増えたことになる。しかも、先の宅配便取り扱い個数には、アマゾン、ヨドバシ・ドット・コム等の自社物流を行っている事業者の実績は含まれていない。 

 

「物流の2024年問題」によって、ドライバーの残業時間が規制され、トラック輸送リソースが減るなか、再配達は、確実に 

 

「BtoCトラック輸送(貨物軽自動車による配送を含む)」 

 

にとって大きな問題となっている。 

 

 政府もただ手をこまねいているわけではない。「再配達半減に向けた緊急対策事業」として、2023年度1次補正予算44億5000万円を投じ、再配達削減につながるような受取方法を選択した消費者に対するポイント還元、あるいは「ゆとりのある配送日時の指定」ができるようなシステム構築などを検証するための実証実験を実施している。 

 

物流トラック(画像:写真AC) 

 

 再配達を有料化しようという発想のベースにあるのは「罰金を科せば、人は行動を改める」、もっといえば、 

 

「人は自分の損になる行動はしない」 

 

という考え方である。興味深い社会実験がある。紹介しよう。「保育園のお迎え時間を守らない保護者」に対し、イスラエルの経済学者らは次の実験を行った(出典は「人の心に働きかける経済政策」(翁邦雄))。 

 

・実験を行ったのは、10か所の保育園。半分の保育園には後述の罰金制度を導入し、半分の保育園には対照実験(実験の効果を調べるため、実験対象となる条件を除いて、他の状況を実験対象と同じにすること)として、罰金制度は導入しなかった。 

・実験期間は、20週間。最初の4週間は何もせず、5週目から15週目まで、実験対象の保育園では、お迎え時間を遅刻した保護者に対し罰金を科した。 

・16週目から20週目については、実験対象の保育園でも罰金を撤廃した。 

・罰金は、1回10シュケル(約430円)。ちなみに保育園の月謝は、1400シュケル(約6万円) 

 

 実験結果は次のとおりだ。 

 

・最初の4週間、実験対象保育園と、実験非対象保育園では、遅刻数に差はなかった。 

・5週目以降、実験対象保育園では、遅刻者が倍増した。 

・16週目以降、実験対象保育園では罰金制度を撤廃したにもかかわらず、遅刻数は減らなかった。 

 

なぜ、このような結果になったのだろうか。出典元では、ふたつの考察を紹介している。 

 

・罰金制度の導入は、「遅刻を増やしても退園などの厳罰を受けたりすることはない」という安心感を保護者に与えた。 

・罰金制度の導入によって、保護者たちは、「先生は、閉園後も子どもの世話をするが、それには対価が払われる。だから、遅刻は許される」という認識に置き換わった。 

 

 なお、罰金制度を撤廃しても遅刻が減らなかったのは、 

 

「保育園経営者の寛大さを保護者が見切った結果」 

 

であり、これは、一度壊してしまった人の行動原理は、そう簡単に回復しないということを示しているという。 

 

 

宅配のイメージ(画像:写真AC) 

 

「人は常に合理的で、自身に最大の利益をもたらすように行動する」 

 

と多くの人は思い込みがちだ。だがそれは頭でっかちな考え方であって、実際の人の行動は、一見すると矛盾だらけだ。これを解き明かすのが行動経済学なのだが、本稿の趣旨とはずれるので割愛する。 

 

 要は、行動経済学にそって考えれば、再配達を有料化した場合、日本の消費者も、罰金を科された保育園の保護者同様、「再配達料金を支払うんだから、再配達をお願いしてもいいよね」と免罪符を得て、 

 

「堂々と再配達を利用し始める」 

 

可能性が高いということだ。 

 

 もし、イスラエルの保育園同様の結果になるのであれば、再配達率は今の2倍、20%以上になる。断言するが、もし再配達率が今の2倍となったら、もはやドライバー不足に苦しめられている宅配業界は破綻する。 

 

 文字通り、荷主からすれば「運べない」「運んでくれない」、消費者からすれば「モノが届かない」「モノが買えない」時代がやってくることになるのだ。 

 

物流トラック(画像:写真AC) 

 

 先の保育園における社会実験では、罰金の額は少額だった。では再配達料金を1000~2000円のような、 

 

「本来の配達料金を上回る高額」 

 

に設定したらどうだろうか。皆さん、考えてほしい。そもそも、再配達料金が1000~2000円も掛かったら、EC・通販を利用するだろうか。 

 

 神奈川県トラック協会が実施した調査では、消費者のなかで、再配達料金としてもっとも適切と選んだのは、 

 

「100~200円未満」(28.7%) 

 

で、「1000円以上」を選んだ人は3.3%しかいない。そもそも、アンケート回答者の3人にひとりが、 

 

「再配達料金を追加で支払うことはできない・考えられない」 

 

と答えている。1000円以上の再配達料金は、消費者意識とはるかに乖離(かいり)している。よって、罰金として効果のある金額に再配達料金を設定することは、まずEC・通販業界から猛反発を受けることは容易に想像がつく。現実的ではないだろう。 

 

 かといって、100~200円程度の罰金では、消費者が「お金を払ったんだから、再配達してくれよ」と考え、再配達増加を招いてしまうだろう。額の大小にかかわらず、再配達料金を収受することについては、他にも 

 

●再配達料金をどのように徴収するか 

 料金収受のための新システムを、宅配事業者およびEC・通販事業者は構築しなければならない。 

 

●返品率が高まる危惧 

「再配達料金を取られるんだったら返品(購入キャンセル)する」という消費者が発生する可能性がある。返品物流は、再配達以上に物流事業者、EC・通販事業者の負担となる。 

 

という課題がある。 

 

 

宅配のイメージ(画像:写真AC) 

 

 前述の「再配達半減に向けた緊急対策事業」における実証実験として、次のような取り組みが行われた。 

 

・ファンケルは、置き配を指定して顧客に対し、1回あたり10ポイントを付与する実証実験を実施。 

・アスクルが運営するネット通販「LOHACO(ロハコ)」で、配送日に余裕を持たせる(通常最短は翌日配送)「おトク指定便」の実証実験を行ったところ、約半数の利用者が「おトク指定便」を選択した。 

・「LOHACO」の結果を受け、Yahoo!ショッピングでは、全ストアに「おトク指定便」を拡大。指定した配達日によって10~30円相当のPayPayポイントを還元。 

 

 再配達抑止につながるような消費者の行動を促すためのポイント還元の原資は、もちろん配送料金に反映させておく必要がある。ただ、数十円程度のポイント還元であれば、むしろ今まで再配達に要していた再配達コストを考えると、配送料金を現状のまま維持しても、コストダウンにつながる可能性のほうが高い。 

 

 再配達、さらにいえば、「物流クライシス」に限らず、すべての社会課題に共通することなのだが。これだけ多様化し、さまざまな価値観が存在する現代社会において、 

 

「これさえ行えば、◯◯という社会課題は一発解決」 

 

といった、カンフル剤のような対策は存在し得ない。だからこそ、可能性のある施策をいくつも積み重ねて、大きな効果を導く必要がある。 

 

 本稿では、再配達の有料化に反対する立場を取ったが、モノによっては再配達有料化のほうが、再配達削減に効果的な場合も考えられる。例えば、発売日が決まっている漫画、ゲームソフトなどであれば、次のような施策が考えられる。 

 

・発売日に配送指定をする場合、再配達になった場合には再配達料金を課す。 

・発売日以降に配送指定をすると、ポイント還元をする。 

 

 再配達料金という「ムチ」、ポイント還元という「アメ」を使い分けることで、配送が集中する波動を平準化し、配送現場への負担を軽減することが期待できる。 

 

 岸田内閣は、「物流革新」政策において、再配達率を現在の約半分である6%まで削減するという目標を掲げた。ただしこれは相当難しい。ここ数年、再配達率に大きな変化がないことが、再配達率削減の難しさを示している。 

 

 この難問を解消できるのか、政府の手腕が試されている。 

 

坂田良平(物流ジャーナリスト) 

 

 

 
 

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