( 190693 )  2024/07/14 14:46:44  
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前安芸高田市長の石丸伸二氏 

 

 今最も注目されている“政治家”といえば、東京都知事選で得票数2位となった石丸伸二氏(41)だろう。動画やSNSを駆使した巧みな選挙戦を展開し、特に20~30代の若者世代から支持を集めた。だが、選挙後に出演したテレビ番組ではコメンテーターからの質問にまともに取り合わなかったり、高圧的な態度を取ったりしたことで評価が一変。SNSでは「まるでパワハラ上司みたい」という声も多く上がった。そんな石丸氏の姿を間近で見ていたのが、広島県の安芸高田市議たちだ。同市長だった石丸氏は意見が対立する市議を議会で追い込み、その様子が“切り抜き動画”としてネット上で拡散。市政が大混乱しただけでなく、市議たちは全国から激しい誹謗中傷を受けることになった。現役の市議が明かす石丸氏の“素顔”とは――。 

 

【写真】パワハラ告発した元部下が命を絶っても辞職を拒む現役知事はこの人 

 

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「石丸さんは相手を論破するばかりで対話ができないんです。なので、政策についての話し合いは全然進まず、市政は停滞していました。もし石丸さんが都知事に当選したら、東京も安芸高田市のように混乱が巻き起こったと思います」 

 

 現職の安芸高田市議・Aさんは、2020年8月から今年6月までの石丸市長時代をこう振り返る。 

 

 人口約2万5千人という小さな市の首長だった石丸氏。その名を一躍全国に広めたのが、22年6月の市議会での「恥を知れ」発言だ。議会中に居眠りをする、一般質問をしないなど職務怠慢の様子を見せる市議たちに、石丸氏は「恥を知れ、恥を!……と、言う声があがってもおかしくないと思います」と厳しい口調で投げかけた。 

 

 この発言の真意について、石丸氏は後に、次のように明かしている。 

 

「どういう言葉だったら響くのか、刺さるのかっていうのをけっこう数日考えて、恥という言葉に行き着きましたね。メディアの(キャッチーな言葉を切り取って報道する)パターンを見て、これに乗ったらいいんだと」 

 

■「老害」「アホばばあ」と誹謗中傷 

 

 石丸氏の狙い通り、「恥を知れ!」というワードがテレビで大きく取り上げられると、“旧態依然とした市議会と闘う若き市長”として注目を集め、自身のXのフォロワーや同市の公式YouTubeチャンネルの登録者が爆発的に増えた。 

 

 議会で石丸氏と市議たちが舌戦を繰り広げる様子は、SNSの人気コンテンツとなり、“切り抜き動画”となって拡散された。冒頭の市議・Aさんは、当時の石丸氏の様子をこう語る。 

 

「少なくとも就任当初はここまで過激ではありませんでしたが、次第に自分に批判的な議員への攻撃がエスカレートしていきました。動画になった時に炎上するよう、議場内の状況を作っていくような印象です。YouTuberたちは、再生数を稼げるんだから当然食いつきますよ。でもそのせいで問題が起きても、石丸さんは『動画を作った人の責任』という姿勢を崩しませんでした」 

 

 Aさんの言う「問題」の最たる例が、市役所や議会事務局に押し寄せる大量のクレームだ。石丸氏と対立する議員や市議会を批判する内容の電話、メール、手紙が毎日数十件届き、職員たちはその対応に追われて本来の業務に支障が出ていた。クレームの大半は、市外や県外から寄せられたものだったという。 

 

 直接的な個人攻撃に遭う議員もいた。その一人が、石丸氏が2020年に、「恫喝(どうかつ)を受けた」として名指しした女性市議だ。その攻撃の様相を知るAさんはこう明かす。 

 

「SNSで『老害』『アホばばあ』などと激しく非難されたり、彼女の友人までコメントでかみつかれたりしていました。後援会のFacebookは、『死ね』『殺す』といった過激なコメントが並んだせいか利用規約違反で凍結されていました。Googleマップに彼女の自宅が登録されて、そこに誹謗中傷のコメントが大量についたこともありましたね」 

 

 

■「安芸高田市から来た」は恥ずかしい 

 

 その女性市議は、石丸氏の“恫喝発言”で名誉を傷つけられたなどとして、損害賠償を求める訴訟を起こしている。今月3日の控訴審判決では、一審同様、石丸氏の主張は真実と認められないとして名誉毀損(きそん)が認定されたが、今も市議の自宅には中傷の電話がかかってきていて、深夜に10回以上立て続けに着信がある日もあるという。 

 

 市長VS市議会の争いの様子が日本中に拡散され、世間の関心を集めることとなった安芸高田市。市民はその状況をどう感じていたのだろうか。Aさんとは別の現職市議・Bさんはこう話す。 

 

「市外や県外の人に『安芸高田市から来た』と言うと、『大変ですね』と笑われるという訴えはよく聞きましたよ。恥ずかしいから、『(安芸高田市の隣の)三次市から来ました』なんて偽る人までいたし。石丸さんは『自分は市民に選ばれたからここにいる』と言っていたけど、自分の評価ばかりに夢中になって、市民の思いには気づかなかったんだろうね」 

 

 今月7日、石丸氏が任期満了目前で市長を辞任したことで行われた安芸高田市長選で、石丸市政を「市議会や市民との対話が少ない」として刷新を訴えた新顔候補が当選したのは、Bさんの言葉の証左と言えるかもしれない。 

 

 とはいえ、新天地を求めて都知事選に立候補した石丸氏は、結果的に165万8363票を獲得し、現職・小池百合子氏に次ぐ2位におどり出た。掲げた旗印は、「政治屋一掃」。安芸高田市長時代に市議たちとの対決で人気を集めたように、既存の政治家と徹底抗戦する姿勢が共感を呼んだ。 

 

■従来の「劇場型」とはちがう 

 

 行政学者で鹿児島大学客員教授の有馬晋作氏は、議会との対立構造を打ち出すなど、一般の人々に分かりやすくドラマチックに見せる政治手法をとる「劇場型首長」について長年研究してきた。小池百合子氏や元大阪府知事・大阪市長の橋下徹氏、そして安芸高田市長時代の石丸氏がその典型で、高齢男性が多い地方議会に閉塞感を抱く市民の支持を得やすいという特徴がある。 

 

 だが有馬氏は、都知事選での石丸氏の姿に、従来の「劇場型」とはちがう新鮮さを感じたという。 

 

「石丸さんの演説は、市長時代とは打って変わった、淡々としたものでした。幅広い層の支持を得るためには、批判や攻撃の色を強めないほうがいいと考えたのかもしれません。ビジネスパーソン出身という経歴も『普通の人』『クリーン』といった印象につながり、都民には受けたのかなと思います」 

 

 街頭でスマートさをアピールする一方で、ネット上には市長時代の切り抜き動画があふれかえる。舌鋒鋭く市議たちを追及する姿は、良い意味でのギャップとして作用したと、有馬氏は見ている。 

 

「『普段は物腰柔らかな人なのに、一生懸命議会と戦っていたんだな』と、ますます応援したくなるよう働いたのではないか。過去にもSNSを駆使する候補者はいましたが、過激な発言や行動でバズりを狙うのではなく、市長時代の実績という信頼できるアピール材料を用意していたことで、初めて大量得票につながったケースです」 

 

 

■調整能力や柔軟さも必要な資質 

 

「劇場型」の手法は、安易なポピュリズム(大衆迎合)として危険視されることもあるが、民意をきちんと反映できるメリットもある。元鹿児島県庁職員として、安芸高田市と同じく人口2万人台の市に出向した経験を持つ有馬氏は、「小規模な自治体ほどしがらみが多く前例踏襲が続いていく傾向にあるので、改革には石丸さんのような人が必要」とも話す。 

 

 しかし、予算や条例の議決権を議会が持っている以上、首長と議会の対立が深刻化すれば、冒頭でAさんが語ったように政治が進まなくなる。 

 

「頑張って議会と戦う姿に拍手喝采をおくるだけでなく、『これでは市政がストップして市民に迷惑がかかるのでは?』『調整能力や柔軟さも首長に必要な資質では?』と、冷静に政治を見る人が増えてほしいというのが私の願いです」(有馬氏) 

 

 今後、石丸氏のような「劇場型首長」が現れたとき、トップとしての資質をどう評価すべきなのか。試されているのは、われわれ有権者だ。 

 

(AERA dot.編集部・大谷百合絵) 

 

大谷百合絵 

 

 

 
 

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