( 191113 ) 2024/07/15 15:48:42 0 00 Adobe Stock
7月7日投開票された東京都知事選は過去最多56人が立候補し、ほぼ全裸の女性や動物、候補者以外の人物などのポスターが大量に掲示板に貼られるなど物議を醸した。政見放送でも女性候補がシャツを脱いで肌を露出したり、「ジョーカー」姿の男性が笑い続けたりする模様が流され、驚かれた人々も少なくないだろう。他にも自称「ジャーナリスト」や「YouTuber」による“突撃”、対立候補の選挙活動に集団でヤジ・中傷を続ける行為も相次いだ。選挙分析に定評がある経済アナリストの佐藤健太氏は「時代に即した公職選挙法に改正しなければ、あらゆる地域で同種のことが起こり得る」と指摘するーー。
【動画】「本気で勝つ気ありますか?」前安芸高田市長「石丸伸二」が語る熱すぎる野望…「東京弱体化計画」の具体的中身を語りつくす!
都知事選開票翌日の7月8日、安倍晋三元首相が参院選の街頭演説中に銃撃され死亡した事件から2年を迎えた。現場の近鉄大和西大寺駅前(奈良市)は当時、安倍元首相の警護官や奈良県警の警察官らが周囲を警戒していたが、背後から近づいた男によって銃撃された。要人襲撃は後を絶たず、2023年4月には和歌山市の漁港で岸田文雄首相(自民党総裁)の応援演説が始まる直前、首相と約10メートルの位置から男が爆発物を投げ込む事件が発生した。
警察庁は身辺警護員の警護措置などを改めて確認し、要人警護体制の強化を進めるが、有権者と至近距離で触れる機会が多い選挙時の警護は難しいのが実情だ。法律上の問題点もある。今年4月の衆院東京15区補選では政治団体「つばさの党」による選挙妨害事件が起きた。
他陣営の候補者や応援弁士が演説中、電話ボックスの上に乗って大音量で叫んだり、選挙カーを追跡したり、拡声器で他候補の演説を妨害したりするなど前代未聞の事態が起きている。警視庁は公選法違反(自由妨害)の疑いで代表者らを逮捕したが、7月7日投開票の都知事選でも候補者の演説中に集団でヤジを飛ばしたり、プラカードを掲げて中傷したりする行為が繰り広げられた。
ヤジは「選挙妨害」にはならないという人もいるかもしれない。だが、これは集団で組織的に行われるとすれば話は別だろう。ある特定の候補者を落選させる目的で大きな組織が呼びかけ、ヤジの大合唱を候補者の演説中に始めてしまえば、有権者はその候補の演説を聞きづらくなってしまう。
今回の都知事選では警護官や警察官がついている現職の小池知事がターゲットにされていたが、これが総選挙で要人警護の対象とならない候補に対して行われるとすれば、候補者は演説をするどころではないことは容易に想像がつく。
3選を果たした小池都知事は7月9日に岸田首相と会談し、「つばさの党」による選挙妨害事件や今回の都知事選での問題点を踏まえた公選法の改正を求めた。自民党や公明党だけではなく、他の政党も改正の必要性を唱えるところが多く、秋の臨時国会では公選法改正がテーマになるだろう。
ただ、筆者は単なる弥縫策ではなく、抜本的に法改正すべきと考える。その理由は、大量の立候補者に伴う選挙ポスター掲示板や政見放送などの問題に加え、選挙妨害やネット活用への対応も時代遅れと感じているからだ。それら1つ1つは、その場しのぎの改正では解決しないだろう。
そこで、まず提案したいのは「ポスター掲示板」「政見放送」は廃止してもらいたいということだ。今回の都知事選では都内約1万4000カ所の掲示板設置費、政見放送の経費、投開票所の設営費などに約60億円の税金が投じられたという。過去最多56人が立候補し、ポスターを掲示板に貼ることのできる上限を超えたため、一部の候補者は枠外にクリアファイルでポスターを貼ることになった。
だが、本当にポスター掲示板は今の時代でも選挙に欠かせないものなのか再考する必要があるのではないか。NHKなどで長時間流れる政見放送も同じで、スマホ1つで容易にあらゆることができるネット時代にポスター掲示板がなければ、テレビで政見放送を見なければ、投票先を決めることができないというものでもないだろう。
たとえば、英国の選挙でポスター掲示板はない。米国では政見放送がない。しかし、投票率は日本と比べて低いわけではない。さらに車で選挙区内を回りながら拡声器で支援を呼びかける「選挙カー」も時代錯誤のものであると感じる。これも英国や米国にはないものだ。
先に触れた要人警護が難しい選挙中の街頭演説も禁止にしたら良いと感じる。海外では街中での選挙演説をしていない国が少なくない。その代わりに支援者を集めた集会や、日本で禁止されている戸別訪問を認めているケースが目立つ。ボランティアらが直接、候補者の政策などを説明し、理解を求めるスタイルだ。ロンドン在住の知人は「訪れてくるボラティアから有権者が丁寧に説明を受け、候補者の公約や人柄などを判断する良い機会になっている」と説明する。
いわば、日本の選挙においては街頭演説に人を「集める」タイプとなっている。だが、英国などでは自らビラをまき、住宅街にも足を運ぶ「出向く」タイプと言える。一方通行になりがちな情報発信よりも直接触れ合うことで、政策も人柄も伝わりやすくメリットは小さくない。
もう1つ変えるべきは、供託金制度だろう。先進7カ国(G7)では日本と英国に存在しているが、英国に比べて日本はかなり高額だ。衆院選や参院選の選挙区は300万円、比例区は600万円を立候補の際に法務局へ預ける必要がある。知事選は300万円、都道府県議選は60万円だ。
もともとは売名目的などの立候補を防ぐ狙いがあったのだろうが、お金がなければ立候補すらできないとなれば選挙の趣旨を超えるものだろう。「TOKYO MX」の報道番組「堀潤モーニングFLAG」では、4月の衆院東京15区補選に出馬(落選)した須藤元気元参院議員が選挙にかかった費用を公開している。
それによれば、須藤氏は「供託金」に300万円、「印刷物」に200万~300万円、「事務所開設費用」「ウェブ対策費用」「折込等」「街宣車」に各150万円、「外注費」と「諸経費」に各100万円、「法務対策費」「事前申請と収支」に各50万円―を計上し、選挙費用として総額1500万円がかかったという。
無所属で衆院補選に出馬した須藤氏は政党からの援助はないため自腹で、選挙カーではなく自転車で走り回っていたため、これでも少ない方とされる。供託金は一定の得票がなければ没収され、今回の都知事選では上位3人を除く53人が対象となった。総額は約1億5900万円で過去最高となる。NHK党だけで7200万円になった。
候補者乱立を防ぐために供託金の額を引き上げるべきとの意見もある。だが、その必要はない。売名目的の立候補を防ぎたいのならば、立候補するには有権者の一定数の賛同署名を定めるなどの条件を付ければ良いだけだろう。額をいくらに増やそうが根本的な問題は解決しないと言える。
56人が立候補した今回の都知事選では、有力候補者4人がマスメディアで大きく取り上げられた。日本記者クラブや東京青年会議所が主催した候補者討論会も4人だけが参加し、他候補の「露出」は極めて限定された。
マスメディア側は「すべての候補者を平等に扱うのは無理がある」というのだろうが、これは不公平であるはずだ。今後も100人、200人の立候補者が1つのイスを目指す選挙が行われる可能性は十分にある。メディア側も改善策を講じるべきだろう。
政府はマイナンバーカードと銀行口座や健康保険証などの紐づけを進めてきた。身分確認ができるのであれば、いっそのことマイナポータルを活用し、すべての候補者の経歴や公約などを平等に掲載すれば良いのではないか。それに基づいてメディア側も報じる仕組みも考えられる。「なりすまし」「代理投票」の懸念点も解消しつつ、将来的にはネット投票も可能にすべきだろう。
自民党派閥の政治資金パーティーをめぐる裏金問題を受けた政治資金規正法の改正は、弥縫策に過ぎないとの批判は根強い。だが、選挙は民主主義の根幹だ。何か問題点が発覚した時に一時しのぎで改善する法改正はいらない。欧米にならえと言うつもりはないが、主権者である国民にとって最も良い選挙制度への改正を強く望みたい。
佐藤健太
|
![]() |