( 191438 )  2024/07/16 16:19:32  
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SNSなどで「増税メガネ」と揶揄された岸田文雄首相。肝煎りの定額減税も支持率回復にはさほど効果が出ていない(写真:代表撮影/ロイター/アフロ) 

 

 6月から適用が始まった1人4万円の定額減税制度。岸田文雄政権肝煎りの施策だが、SNSなどでは「制度がよく分からない」「減税の実感が湧かない。コロナ時のような給付金の方が良かった」と評判はいまひとつのようだ。挙げ句、1人で8万円の減税を受けられる“二重取り”が発生することが判明した。 

 

【図解】定額減税が「二重取り」できるケース 

 

 鈴木俊一財務相はこれを認めつつ、企業や自治体の負担に配慮して超過分の還付は求めないことを明言した。財務相の発言を受け、「一部の人だけズルイ」「二重取りは不公平」といった怨嗟の声が上がっている。 

 

 (森田 聡子:フリーライター・編集者) 

 

■ 年収が100万円超~103万円以下で扶養に入っていると“二重取り”可能 

 

 定額減税の“二重取り”が発生するパターンはいくつかある。例えば、働きながら年金を受給している人が年金と給与の両方から定額減税を受けた場合などだ。 

 

 今回批判の矛先が向けられているのは、年収が100万円超~103万円以下の人の二重取りだ。収入のレンジは狭いが、この層は一定数存在すると考えられる。 

 

 給与収入を得ているパートやアルバイトの場合、収入額が基礎控除48万円と給与所得控除(給与所得者の必要経費として収入に応じて一定額を差し引く制度)55万円を足した103万円を超えなければ所得税がかからない。さらに、その人の配偶者も配偶者控除が受けられ課税所得が軽減される。配偶者控除の基準となる103万円を家族手当の妻の収入制限とする会社も少なくない。 

 

 これらのメリットを生かすべく、103万円を超えないように労働時間をセーブする女性たちが少なからずいる。女性の働き方の「103万円の壁」だ。 

 

 2023年10月からは「年収の壁・支援強化パッケージ」が始まり、厚生労働省が企業に配偶者への家族手当の見直しを促すなど、女性が何段階かの年収の壁を超えて自由に働けるよう公的支援が本格化している。半面、小売業や製造業などパートの多い現場では依然、扶養家族でいるために年収が103万円を超えないよう調整している人が散見されるという。 

 

 では、なぜこの層が“二重取り”になってしまうのか。定額減税の仕組みを交えながら説明しよう。 

 

 

 今回の定額減税では、会社員を例にとると給与収入2000万円(給与所得1805万円)以下の人を対象に、扶養家族も含め1人につき4万円(内訳は所得税3万円、住民税1万円)が控除される。年収103万円以下で配偶者の扶養に入っていれば、配偶者の給与や賞与から4万円の減税が受けられる。 

 

 一方で、納税額が少なく給与や賞与から定額減税が引き切れない人の救済策として、引き切れない分が「調整給付金」として現金で支給される。年収100万円を超えるパートだと住民税を納付しているため、この調整給付金と合わせて4万円が受け取れる。 

 

 つまり、パートなどで年収100万円超~103万円以下の人は、配偶者の収入から差し引かれる分を加えると1人で8万円の減税が受けられることになるわけだ。 

 

■ テレビのニュースで二重取りできると知った姉は… 

 

 「定額減税の財源は私たちが納めた税金。納税者が納得できないような使い方はしてほしくない」と憤るのはフリーランスの50代女性だ。 

 

 個人事業主である彼女が定額減税を受けるのは今年分の所得を確定申告してからで、まだまだ先の話だ。一方、3歳上で主婦の姉は年収を103万円以下に抑える形で働いており、前述した二重還付の恩恵にあずかる可能性が大きい。 

 

 「義兄は上場企業の管理職で年収は1200万~1300万円あるらしい。義兄の勤務先は医療費の補助など家族への福利厚生も充実しており、姉は扶養を外れたくないから収入を調整している。姉一家の世帯収入は共働きの我が家よりずっと多く、姉はパート代でブランドの服や靴を買ったり、“推し”のコンサートで地方まで出かけたりと贅沢三昧なのに」 

 

 これだけならまだしも、姉はテレビのニュース番組で二重取り問題の報道を見たらしく、彼女の憤りを倍加させるような能天気なLINEを送ってきた。 

 

■ 自分は「史上最高につましい生活」なのに 

 

 「8万円もお小遣いが増えちゃう。一緒に京都でも行く?」 

 

 彼女の中で、そんな姉に対する怒りがふつふつと湧き上がってきたという(問題は姉ではなく、“二重取り”できる制度を設けた国にあるのだが…)。 

 

 彼女は、昨今の生活費の上昇と円安のあおりで、楽しみにしていた夏の海外旅行も諦め、外食も極力控えるなど「自分史上最高につましい生活」を余儀なくされている。自身と姉の経済格差をさらに拡大させる定額減税に対して、「物価上昇に喘ぐ家計を下支えして消費を促すために実施するのではなかったのか」と憤りを隠さない。 

 

 「生活が苦しいと感じるパートタイマーは年収の壁を超えて収入を増やしている。結果として、今の年収100万超~103万円以下の層には姉のような人が多いと思う。そういう人に減税分を二重取りさせるのは違和感しかない」 

 

 二重取りが生じた背景には、増税志向が強いとのイメージから「増税メガネ」と揶揄された岸田首相が「定額減税」の実施にこだわった結果、減税と給付を組み合わせた複雑な仕組みとなってしまったことが指摘されている。 

 

 鈴木財政相は7月12日の会見で「企業や自治体の事務負担に配慮することが必要」と述べ、二重取りを容認する姿勢を見せた。 

 

■ そもそも事務負担を大きくしたのは誰なのか 

 

 しかし、そもそも今回の定額減税は想定以上に事務負担が大きくなり、企業や自治体の担当者を慌てさせた経緯がある。給与明細に減税額を明記することを政府が義務付けたためだ。ある税理士は財務相の発言を「現場の実務を全く分かっていない通達を出しておきながら、今さら配慮とは笑わせる」とこき下ろす。 

 

 身から出た錆とはいえ、政権肝煎りの施策が何とも残念な注目のされ方をすることになってしまったようだ。 

 

森田 聡子 

 

 

 
 

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