( 191463 )  2024/07/16 16:43:49  
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(写真:Kei1962/PIXTA) 

 

 酷暑を避けた涼しい北海道での「ちょっと暮らし」が人気を集めている。北海道の自治体が運営主体となり、移住や2拠点生活を希望している人向けに、生活に必要な家具などを備えた住宅を用意。その地域での生活を体験してもらう制度で、2022年度は道内の107市町村で実施、88市町村で実績を残した。 

 

【写真を見る】いくら、ウニ、カニなど北の海の幸がふんだんに盛られた麺や丼 

 

 全体では2751件、利用者数は4768人で前年度比180%の大幅な伸びを記録した。利用者は首都圏在住者が1460件で最も多く、近畿圏507件、中京圏189件と続く。 

 

 利用が多かった自治体は次の通りだ(カッコ内は延べ滞在日数)。 

 

 ①釧路市:2267人(2万3726日) 

 

 ②厚沢部町:548人(5947日) 

 

 ③浦河町:123人(4031日) 

 

■釧路市が断トツで12年連続首位 

 

 道東にある人口約16万人の釧路市が圧倒的人気で12年連続首位となった。2023年度のデータは集計中のため道全体の状況は不明だが、釧路市に関しては判明している。コロナ禍が明けて旅行支援制度がなくなったこともあり利用者は2026人と1割ほど減ったが、延べ滞在日数は2万5148日と大幅に増加している。1人当たりの滞在日数が延びたということだ。 

 

 なぜ、釧路が人気化しているのか。 

 

 最大の要因は気象状況と大自然が織りなす、すばらしい環境だろう。太平洋沿岸の釧路は「霧の街」として知られ、夏場は2日に1日の割合で霧が観測される。南からの暖かな季節風が親潮に冷やされて陸地まで運ばれてくるからだ。その影響で夏場は日照時間が短く、気温も上がらない。 

 

 釧路の夏の平均気温(最高気温=1991年から2020年)は、7月が19.6度、8月が21.5度である。ちなみに東京は7月が29.9度、8月が31.3度。札幌は7月が25.4度、8月が26.4度である。東京よりも約10度、札幌と比べても約5度も低い。 

 

 そして市の周辺に釧路湿原と阿寒摩周という2つの雄大な国立公園が展開する大自然も大きな魅力だ。釧路湿原には国の特別天然記念物タンチョウをはじめ2000種もの貴重な動植物が生息している。阿寒摩周には阿寒湖、屈斜路湖、摩周湖などが点在し、雌阿寒岳、雄阿寒岳など火山も存在。アイヌ文化に触れる機会も多い。 

 

 釧路駅前の和商市場には近海で取れた新鮮な魚介類が常に並んでいる。サケ、いくら、ウニ、カニなど北の海の幸をとことん味わえるのも釧路の魅力だ。 

 

 

■希望条件をすべて満たす釧路 

 

 実際、「ちょっと暮らし」の利用者アンケートを見ると、利用自治体を選んだ理由の上位(複数回答)は、①雄大な自然を楽しめる62%、②夏の冷涼な気候46%、③新鮮な食材を堪能できる30%だった。釧路はすべて当てはまっている。 

 

 さらに利用目的は①シーズンステイ47%、②2地域居住地探し32%、③移住候補地探し29%となっている。夏場の長期滞在を主眼に置いた利用形態であることがうかがえる。 

 

 釧路市の長期滞在者の割合は60~80代にかけてのシニア層が約1800人と全体の9割近くを占めている。特徴は、大手旅行社が主催する9泊10日のツアーで訪れ、ホテルに滞在した人が742人(533組、延べ滞在日数7262日=2023年度)いることだ。このツアーで釧路の夏を体験し、翌年からリピーターとなってホテルではなく長期滞在施設を利用するといったケースが増えているという。 

 

 釧路市の対応も積極的だ。同市では長期滞在をきっかけに2拠点生活や移住を促進するために、地元不動産、ホテル、交通事業者などが連携して「くしろ長期滞在ビジネス研究会」を設置し、さまざまなサポートを行っている。 

 

 ホームページサイトを開くと「ーくしろでの滞在・移住を応援する情報サイトー 北海道涼しいくしろで避暑生活」とのタイトルが目に飛び込んでくる。その中で「長期滞在施設」「くしろってこんなマチ」「滞在中のお役立ち情報」「移住情報」などのコーナーがある。 

 

■気になる滞在用の物件は?  

 

 まず、長期滞在用の施設にはどんな物件があるのか、サイト内で検証してみた。 

 

■タウンハウス 

2階建て3LDK 100平方メートル 賃料26万円 テレビ50インチ 冷蔵庫 洗濯機 電子レンジ ベッド(シングル2) 

 

■マンション 

2DK 42平方メートル 賃料21万円 テーブル 椅子 ソファ テレビ 冷蔵庫 洗濯機 ベッド ペット可  

■ゲストハウス 

1階 2LDK 94平方メートル 賃料24万円 バリアフリー 家具 寝具 家電製品 台所用品一式完備 

 スーツケース一つで行ってもすぐに暮らせる環境になっている。賃料が20万円以上と、地方にしては高く感じるが、光熱費込みだったり、家具や家電製品付きであることを考えれば、ホテルに1カ月宿泊するよりは安い。長期滞在者向けの地域学習講座やさまざまなイベントも開催され、市民感覚で暮らすことが可能だ。 

 

 

 北海道では、何をするにしても車が不可欠だが、そのあたりの事情はどうなっているのか。 

 

 「格安のレンタカーのプランがあります。軽自動車だと1カ月4万円程度、普通車でも5、6万円で借りられます。リピーターの方はフェリーで苫小牧や小樽まで来て、そこから観光しながら釧路まで来る人もいます」(釧路市市民協働推進課)。 

 

■人口減が進んでいたが少しずつ光明が 

 

 首都圏、近畿圏、中京圏といった大都市圏からの長期滞在者増加という現象は、釧路にどんな影響を与えているのだろうか。 

 

 釧路市の人口は1980年時点で22万7234人だった。その後、水産業や石炭産業の衰退もあり現在は15万5593人まで減った(2024年6月末)。進学や就職を機に若者の流出が止まらず、2023年は20代656人、30代124人(日本人)の転出超過となっている。 

 

 しかし、最近は明るいニュースも報じられている。2021年に撤退した日本製紙の跡地(80ヘクタール)の一部に、大林組子会社と中部電力の合弁会社が製材工場を建設するという。敷地面積は19ヘクタールで、2027年操業開始予定。この跡地には去年、ホームセンターなどが入る複合商業施設の建設も決まっており、跡地利用が課題だった市にとっては大きな前進だ。 

 

 交通インフラの整備も進んでいる。道東道の阿寒IC~釧路西IC間17キロが2024年度中に開通予定で、これで札幌まで繋がることになり所要時間も短縮される。 

  

「シニアの方々を中心にした長期滞在という動きが定着することは、釧路を訪れる人の分母、裾野の広がりにつながります。こうした方々のニーズに応える形で駅前などの再整備が進んでいくことで、ひと夏の長期滞在から2拠点生活や移住へ繋がっていけばと思っています」(市民協働推進課) 

 

 大都市で酷暑が続く中で、涼しさや大自然を求めた移住の流れが促進されれば、釧路の活性化、再生も夢物語ではなくなるかもしれない。釧路市の取り組みが今後、「霧の街」にどんな変化をもたらすのか、注視していきたい。 

 

山田 稔 :ジャーナリスト 

 

 

 
 

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