( 191828 )  2024/07/17 17:04:53  
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宇野自動車の路線バス(画像:写真AC) 

 

 路線バス事業者の「96%」は赤字経営である。路線バスの専門家である筆者(西山敏樹、都市工学者)がこのことを本媒体で繰り返し書いてきたのは、まず覚えてほしい数字だからだ。 

 

【画像】マジ!? これがバスドライバーの「年収」です(計13枚) 

 

 ただ、すべての事業者が経営努力をしているかといえば、答えはノーである。行政から補助金が出るからやっていける事業者もある。いうまでもなく、補助金には上限がある。そのため、懸命な経営努力をしても経営が成り立たない事業者に優先的にプラスされることが望ましい。 

 

 岡山県岡山市に宇野自動車(通称・宇野バス)という事業者がある。皆さんはご存じだろうか。 

 

・岡山市 

・美作市 

・赤磐市 

・備前市 

・瀬戸内市 

 

を走っている。「宇野」というのは地名ではなく、オーナーの家族の名前で、この時点でユニークだ。宇野バスの特徴、それはずばり、 

 

「自治体からの補助金を一切受けていない」 

 

ことだ。 

 

宇野自動車のウェブサイト(画像:宇野自動車) 

 

 宇野バスのウェブサイトによると、同社の経営理念は福沢諭吉の 

 

「独立自尊」 

 

の精神に基づいている。慶応義塾大学出身の筆者は当時、福澤の 

 

「心身の独立を全うし、自らのその身を尊重して人たるの品位を辱めざるもの、之を独立自尊の人と云う(心身ともに自立し、自分自身を尊重し、他人の尊厳を傷つけることのない人を、独立自尊の人と呼ぶ)」 

 

という論をよく教えられた。つまり、自他の尊厳を守りながら、何事も自己の判断と責任に基づいて行うという、日本最古の近代学塾である慶応義塾の基本精神である。宇野バスの宇野泰正社長はメディアなどで、 

 

「自由競争、公平原則の自由経済の理念の中で生きるからこそ、企業は自立して経営がなされねばならない」 

 

と語っている。宇野社長による、ウェブサイトの「会社案内」の文章も印象的だ。引用する。 

 

「宇野バスは、公共性の高い独立法人ではありますが、その実態は「宇野商店」みたいな性格を強く持っています。創業時からの企業哲学というか、社風というか、そういうものを今も色濃く受け継いでいるし、社内もまるで大家族みたいな感じなのです。そもそも、「バスでお役に立たせていただく」というのが祖父や父の口癖ですし、儲けだけを考えるなら、他の事業をやった方がうんといいんですよね。実際、バス会社の多くが赤字という状況で、ビジネスとしてはなかなかしんどいものがあります。それでもなお、バス事業をやっていく。ただ存続させるだけではなく、お客さまに十二分に満足していただいて、企業として立派に自立してやっていく。きれい事のように聞こえるかもしれないけれど、「世の中の役に立っている」という想いが私たちを動かしている。社員全員を動かしている。そんな気がしてなりません。正しいことをやって、それで会社が立ち行かなくなったら、つぶれてもしょうがない。そう考えると、現在の宇野バスは世の中のお役に立たせて頂いていると言えるんじゃないでしょうか。とどのつまり、私たちはバスが好きなんです。バスは、たくさんの人のたくさんの物語を乗せて走っている。通勤・通学といったごくありふれた日常のなかでも、バスの車内で恋が生まれたり、孫に会いに行くおばあちゃんの笑顔があったり、別れがあったり。そういった日常の底辺で私たちは、安全で便利で経済的で心地よい移動手段を提供していきたい」 

 

 実際、補助金は“麻薬”のようなものだ。スタッフが企業努力を怠るという懸念もある。経営面で資金援助をする地方自治体の要求を企業が聞かざるを得ない場合もある。経営改善のアイデアも、当然ながら実を結ばない。それでも補助金があれば、と頼るようになる。 

 

 こうした悪い副作用を断ち切ることが重要であり、宇野バスはそれを実践している。自助努力が経営改善につながっている。 

 

 

路線バスのイメージ(画像:写真AC) 

 

 宇野バスの岡山市中心部の運賃は、1998(平成10)年までは120円だったが、現在は100円に統一されている。運輸省(当時)に 

 

「日本初の運賃引き下げ」 

 

を申請し、注目を集めた。この値下げは、岡山市中心部および周辺地域~岡山市内の乗客誘致を目的としていた。その結果、計画通りに成功した。 

 

 一方、2023年度、岡山市の路線バス無料デーでは、売り上げに相当する補助金を岡山市から受け取っていない。2022年度、宇野バスは一度、路線バス無料デーの売り上げに相当する補助金を受け取ったが、2023年7月と12月に宇野バス独自の無料デーを実施することで、補助金を事実上 

 

「相殺」 

 

した。同社は補助金なしで事業を継続している。その結果、リピーターが増え、恒常的なコスト削減努力につながっている。 

 

銀河鉄道のウェブサイト(画像:銀河鉄道) 

 

 関東地方にも、東京都東村山市、小平市、国分寺市、小金井市で路線バスを運行している銀河鉄道(東京都東村山市)というバス事業者がある。 

 

 大手バス会社が撤退した地域を中心に地域密着型の路線バスを運行するほか、貸し切りバス事業の収益で不採算路線を維持し、過疎地域の解消に努めている。コロナ禍の際には、都心への鉄道の混雑を避けるため、 

 

「無料の直通通勤バス」 

 

を運行したことでも話題になった。 

 

 銀河鉄道は、乗客が時刻表を覚える必要がないよう、1時間ごとに同じ時刻に発車するパターンダイヤを採用している。また、 

 

・全線均一運賃(180円) 

・前乗りでの乗客とのコミュニケーション重視 

・運転免許証返納者への「お達者定期」(65歳以上)発行 

 

など、ユニークな施策も推進している。 

 

 同社も、補助金を受けずに路線バスの運賃や貸し切りバスの収入で経営を維持しようと懸命だ。同社の経営が厳しいという記事を目にすることもあるが、社長がバス好きで、バスに精通した立場から会社を立ち上げ、サービスを設計していることが常に注目されている。 

 

 補助金に頼らず自助努力すれば、他社にない発想ができることも教えてくれる。自らを追い込むことも事業者には欠かせないのだ。 

 

 

路線バスのイメージ(画像:写真AC) 

 

 就職活動で“コネ人事”をよく耳にするが、コネを使うと、まさに他人のコネに悩まされ、いろいろな人に気を遣う生活になってしまう。一方、コネではなく 

 

「実力」 

 

で就職すれば、重い人間関係に悩まされることなく人生を謳歌(おうか)できる。 

 

 まさに今、バス事業者が国や自治体に「何とかしてくれ」とサインを送り、その見返りとして協力要請を断れなくなっている。 

 

 したがって、補助金という“麻薬”を捨てれば、事業関係者は常に必死で再生の道を考え、ユニークなアイデアが生まれる。そうした一歩も引かない姿勢こそが、これからのバス事業者に求められているのではないだろうか。 

 

 いまさらではあるが、バス事業者には福沢諭吉の「独立自尊」の精神に立ち返り、補助金に頼らない自由な経営を積極的に考えてもらいたい。 

 

「独立しているがゆえの自由な経営」 

 

に転換することを心から期待したい。 

 

西山敏樹(都市工学者) 

 

 

 
 

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