( 192228 )  2024/07/18 18:06:40  
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小学生の遊び方も「昭和」の時代とはすっかり変わった。画像はイメージ(GettyImages) 

 

「本当に申し訳ありませんでした。もう二度と行かせませんから」 

 

 突然、息子の友達の母親からこんな謝罪をされ、Aさんは面食らった。東京・中央区に住む50代の自営業者であるAさんは、妻と小学校3年生の息子と3人家族だ。教育熱が高く中学受験も盛んな地域だが、子どもたちの「遊び方」にも独特のルールがあることにAさんは驚いた。 

 

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「息子が小学校に入ってしばらくしてからのことです。休日に近所の公園で遊んでいたのですが、息子が友達を『ウチで遊ぼうよ』と誘ったようなのです。その流れで、いきなり7人くらいの友達を家に連れてきたことがありました。私も妻も飲み物やお菓子を出したりして、その日は何事もなく終わりました。ところが彼らは帰宅して、ご両親に『今日、友達の家に行ったよ』と報告したのでしょう。その後、大騒ぎになってしまったのです」 

 

 小学校に入学したばかりだった時期だったので、Aさんの妻の“ママ友ネットワーク”は保育園時代ものがほとんどだった。ところが遊びに来た友達の中には、別の保育園から来た子や、幼稚園から来た子も含まれていた。そのため、ネットワークに入っていない親からは「見知らぬ親子の家にお邪魔してしまった」ことが大きな騒動になったという。 

 

「その中の1人のお母さんが、とにかく私たちにお礼を言わなきゃと思われたのでしょう。LINEやSNSをフル稼働させて、私たちのことを知っている人はいないかといろんな人に聞いてまわったようです。結局、妻のママ友に“共通の知人”がいたようで、そのママ友を通じて丁寧なメッセージをいただきました。そして、その子はその後、わが家には来なくなりました。息子が誘っても『ママに友達の家に行っては駄目だって言われている』と答える友達もいるようなので。私たちの時代とは意識が大きく違うのだなと思いました」 

 

■「もう二度と行かせませんから」 

 

 またある晩、Aさん家族が家の近くにあるファミレスで食事をしていたときのこと。近くの席で、家に遊びに来たことのある男の子も両親と食事をしていた。息子と男の子が最初に気づき、親も会釈して、家族同士の会話が始まった。 

 

「会話をするうちに、『家に遊びに来てくれたことがあったよね』という話になりました。すると男の子のお母さんが『はっ!』という表情になり、深々と頭を下げられたんです。そして『あとで息子からお宅にお邪魔したと聞きまして、本当に申し訳ありませんでした。もう二度と行かせませんから』と丁寧に謝罪されたんです。予想もしなかった展開で、何と言っていいのか分かりませんでした」 

 

 50代のAさんが小学生だったころは、当然ながら年号は昭和だった。学校で友達と今日はどっちの家に遊びに行くかを決め、相手の家に行く時は自転車で飛びだした。低学年の時は土曜日が“半ドン”だったため、昼食を食べて友達の家に行ったり、友達が家に来たりした。そんな思い出を脳裏に浮かべ、まさに「昭和は遠くなりにけり」を痛感したという。 

 

 実際、小学生が友達の家に遊びに行くことが減った、という調査結果がある。 

 

 2019年、厚生労働省は小学校3年生を対象に「放課後に過ごす場所」を調査し、約2万4000人から回答を得た。その結果、「放課後に友達の家に行く」は01年度に生まれた子は50・6%だったが、10年度に生まれた子では29・1%に減少したという。 

 

 

■お菓子やジュースにも気を遣う 

 

 その背景として指摘されたのは、働く母親の増加と、それに伴う学童保育の充実だ。しかしAさんが経験したのは土日の出来事で、多くの親は休日だろう。Aさんの実感としては「友達の家に行くな」と子どもに指示する親は増えており、公園で見知らぬ母親がママ友に「家に友達を呼んでほしくないから、自分の子どもにも行くなと言っている」と話しているのを見たこともある。 

 

 もちろん、時代が変わったといえばそれまでかもしれない。昭和なら自宅でお菓子やジュースを子どもたちに出すことは何ら問題なかったが、今はそれですらトラブルに発展する可能性がある。 

 

「遊びに来た友達のご両親がお菓子やジュースを摂ることにどんな考えを持っているかわからない。だから簡単には出せないようになってしまいました。それこそ何らかのアレルギーを持っているかもしれない。子どもの友達が遊びに来ると、身構える親は増えているのではないかと思います」(Aさん) 

 

 公立小学校で23年間教員を務めた、教育評論家の親野智可等氏はこう話す。 

 

「子どもにとって“自分の家”は世界の全てです。ところが友達の家に行くことで、わが家の当たり前は友達の家では当たり前でないことに気づきます。言葉遣い、礼儀作法、食事、何もかも違います。子どもにとってはまさに多様性を学ぶ貴重な機会であり、彼らが友達の家に遊びに行くことは、大人が海外旅行や留学をしたりすることと同じと言えます」 

 

■先生の家庭訪問もできなくなった 

 

 友達の家へ遊びに行けなくなることの“デメリット”はこれに限らない。 

 

「親に虐待されている子どものケースを考えると分かりやすいでしょう。幼い時から虐待を受けている子どもは、その状態を当たり前だと思い込んでしまいます。ところが友達の家で暴言を吐いたり暴力を振るわない親の姿を見ることで、自分の置かれている状況を客観的に、正しく把握できるようになります。その結果、担任に相談しようと考えたり、児童相談所に助けを求めようと決心したりするチャンスが増えるはずです」(親野氏) 

 

 自分の子どもが友達の家に遊びに行くのは教育上も大きな効果があるはずなのに、なぜ躊躇する親が増えてきたのか。親野氏は「ここ10年くらいの傾向だと思う」としたうえでこう語る。 

 

「プライバシーはもちろん尊重すべきですが、いきすぎて孤立を招くのも望ましくありません。子どもばかりでなく、教師も家庭訪問ができない時代になりました。家庭訪問は子どもたちの指導に極めて有益で、学校だけでなく自宅での姿を見ることで、子どもの理解が飛躍的に深まったものです。まさに“百聞は一見にしかず”ですが、保護者も教師も、そして子どもたちも、昭和のような“濃密な人間関係”を構築することは不可能になってしまいました。今の時代でも子どもたちがもう少し気楽に友達の家に遊びに行くにはどうしたらいいのか、教師も家庭訪問のようなことを再開できないか、もう一度、社会全体で考えてみる必要があるのかもしれません」(親野氏) 

 

 多様性の時代と言われる今、子どもたちが「自分の家」しか知らないことは正しいのだろうか。一人の親としても自問してしまう。 

 

(井荻稔) 

 

井荻稔 

 

 

 
 

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