( 192745 )  2024/07/20 01:51:01  
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定職・家族なしで40代に突入し感じた「生き方の限界」。中年になると「ダメ人間だから」が通用しなくなった

東洋経済オンライン 7/19(金) 20:02 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/7ae1974993cc00d4b8a6b862a5b4f364d727fda7

 

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20代から30代にかけてネット仲間と共に過ごし、定職も持たず家族も持たなかったphaさんは、40代半ばに「すべての衰え」を感じている。

若い頃は楽しいことだけを追求することができると思っていたが、最近は本や音楽、旅行などが楽しくなくなってしまった。

ガワが老けると昔と同じように振る舞えなくなり、喪失感や甘い哀愁を好む20代の頃の「もうだめだ」の気分が40代で実質に追いついたような感覚になっている。

(要約)

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40代半ばになって感じる心身の「衰退」とは(撮影:今井康一) 

 

定職に就かず、家族を持たずフラフラすごし、ネットの仲間を集めてシェアハウスを作った20代と30代。「日本一有名なニート」とも呼ばれたphaさんが、40代半ばのいま感じるのは「すべての衰え」。 

ずっと右上がりに楽しいことだけやって生きていけたらいいな、と思っていたのに、最近は本を読んでも音楽を聴いても旅行に行っても楽しくない。 

そんな中年の日常を描いたエッセイ『パーティーが終わって、中年が始まる』から抜粋し、3回にわたってお届けします。 

 

■普通の中年になんかなりたくなかった 

 

 こないだ道を歩いていたら、そこは歩道と車道が分離されていないタイプの道だったんだけど、あまりスピードを落としていない車が、僕の後ろから、体スレスレのところを通り過ぎていこうとした。 

 

 その瞬間、近くを歩いていた20歳くらいの男の子がとっさに僕に向かって、 

「あぶない、おじさん!」 

 

 と叫んでくれて、それを聞いた僕はあわてて車をよけた。 

 

 そのこと自体は何事もなく無事に済んでよかった。しかし、あの男の子は反射的に、純粋に善意で注意してくれたのだろうけど、「そうか、自分はもうおじさんと呼ばれてしまう年齢なんだな……」と思って、少し落ち込んでしまった。 

 

 ずっと、何も背負わない自由な状態でいたかった。 

 

 お金よりも家族よりも社会的評価よりも、とにかくひとりで気ままに毎日ふらふらしていることが、自分にとって大切だった。 

 

 だから定職にもつかず、家族も持たず、シェアハウスにインターネットで知り合った仲間を集めて、あまり働かずに毎日ゲームとかをして暮らしていた。世間からダメ人間と見られても、全く気にしていなかった。 

 

 いつまでこんな感じでやっていけるのだろう、ということは、あまり真剣に考えてはいなかった。わからないけど、まあなんとかなるんじゃないか、と思っていた。 

 

■ガワが老けると昔と同じように振る舞えない 

 

 40代半ばになった今、つかまってしまったな、という感覚がある。何に?  世間に、だろうか。それとも、老いに、だろうか。何をするにも少しずつ足取りが重くなっていて、昔のように自由に動けなくなってきているのを感じる。 

 

 特に組織とかに属しているわけじゃないし、他人の目や世間の圧力などをあまり気にしない性格だから、別に年をとってもそんなに変わらない生活を続けられるんじゃないか、と昔は思っていたけれど、そんなに上手くはいかなかったようだ。 

 

 

 年をとるとふらふらとした状態でいるのが難しくなってくる原因は、体力の衰えのせいももちろんあるけれど、年下の人間が世界に増えたということが一番大きい感じがする。 

 

 自分がまだ若くて周りが年上の人間ばかりの頃は、「俺すげーダメなんすよ」とか言って、約束をドタキャンしたりメールの返信をいつまでも返さなかったりしていても、まあ若いから、というので大目に見られるところがあったと思う。 

 

 しかし、周りが年下の人間ばかりの中で、年上のおっさんが「俺すげーダメ人間だから」とか言って、いい加減なことばかりするのは、ちょっとキツい。痛々しい。 

 

 中身は若い頃から大して成長しているわけではないのに、ガワが老けると昔と同じように振る舞えなくなってくる。つまらないな。一生無責任に何も背負わずにいたかったのに。 

 

 10代の頃はあまり楽しいことがなかったのだけど、実家を出てからの20代はまあまあ楽しかったし、東京に来てからの30代はさらに楽しかった。いろんな場所に行って、いろんな人に会って、面白いことをたくさんやった。この調子で、ずっと右上がりに楽しいことだけやって生きていけたらいいな、と思っていた。 

 

 しかし、40代半ばの今は、30代の後半が人生のピークだったな、と思っている。肉体的にも精神的にも、すべてが衰えつつあるのを感じる。 

 

 最近は本を読んでも音楽を聴いても旅行に行ってもそんなに楽しくなくなってしまった。加齢に伴って脳内物質の出る量が減っているのだろうか。今まではずっと、とにかく楽しいことをガンガンやって面白おかしく生きていけばいい、と思ってやってきたけれど、そんな生き方に限界を感じつつある。 

 

 楽しさをあまり感じなくなってしまったら、何を頼りに生きていけばいいのだろう。正直に言って、パーティーが終わったあとの残りの人生の長さにひるんでいる。下り坂を降りていくだけの人生がこれから何十年も続いていくのだろうか。 

 

■20代の頃の「もうだめだ」はファッション 

 

 しかし、この衰えにはなんだか馴染みがあるようにも感じる。思えば自分は、若い頃からこうした衰退の気分が好きだった。 

 

 昔素晴らしかったものは、既にもう失われてしまった。大事な友達は、みんないなくなってしまった。すべては、どうしようもなく壊れてしまった。そんな物語を好んで読んできたし、そんな歌詞の歌を繰り返し聴いてきた。喪失感と甘い哀惜の気分を愛してきた。 

 

 「もうだめだ」が若い頃からずっと口癖だったけれど、今思うと、20代の頃に感じていた「だめ」なんてものは大したことがない、ファッション的な「だめ」だった。40代からは、「だめ」がだんだん洒落にならなくなってくる。これが本物の衰退と喪失なのだろう。 

 

 若い頃から持っていた喪失の気分に、40代で実質が追いついてきて、ようやく気分と実質が一致した感じがある。そう考えれば、衰えも悪くないのかもしれない。自分がいま感じているこの衰退を、じっくり味わってみようか。 

 

pha :文筆家 

 

 

( 192747 )  2024/07/20 01:51:01  
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40代に対する様々な意見が寄せられています。

一部では、40代であってもまだ可能性があるという前向きな意見や、自身の生き方を見つめ直す機会であると捉える意見があります。

しかし、中には中年の危機や生き方の限界を感じる人もいます。

若い頃と同じように楽しいことがなくなってくることや、年齢による衰えを感じることに対する不安や葛藤も見受けられます。

それぞれの人生において、自由に生きることや責任を持つことの重要性を語る声もあります。

若いうちからの努力や責任感が今後の人生に影響を与えるとする意見もあります。

(まとめ)

( 192749 )  2024/07/20 01:51:01  
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・40代というのは実はまだまだ可能性があり若いと思うんです。 

ただし心身が健康であればが大前提ですが。 

60代、70代や80代になると景色が一気に変わるんですよ。自身の体力と気力の許容範囲が先ず変わります。 

下の年齢と比べて体力や容姿が落ちたと感じられるのはまだまだ若い世代に属しているからだと思います。 

平凡だろうが非凡だろうが孤独だろうが関係なくなります。 

そういう一般的な価値観と戦っている今のうちに自身の生き方を見つけられると良いですね。 

 

 

・よく考えると数十年で世の中の景色は結構変わってるもんなのだが、人の生き方ってあまり変化しないので同じことを繰り返してきた年齢になると普通のことがつまらなく感じていくのは当然 

あとは大抵やる前から想像できてしまい、またそれがその通りになってしまうから先に冷めてしまうことも 

 

面白いと思うことはアップデートしていかないと同じことをずーっとやってるゲームみたいなものでつまらなくなる 

そう考えると今の世の中はいろんなことが大量に溢れてるので歳取ってから自分でどう変化させていくかだろうな 

それこそ世間体にとらわれないほうが面白いかもしれない 

 

 

・車体はどんどん古くなるのに山手線みたく同じ場所をぐるぐる回ってるだけで周りの景色が変わらないとつまんなくなるのは当然。 

自分から先に進むか場所を変えるかで、見える景色もアップデートしていかないと、加齢に伴う心身の衰えとともにこういう無感動なジジババになって、最後は動かなくなるんやな… 

って40になった最近、自分や周りを見ながら気づきました。  

20代、30代とは違う楽しいパーティーを見つけて行きたいと思います。 

 

 

・中年の危機というやつではないですか。これまでやって来たことに価値を感じられなくなる。ミッドライフ・クライシスとかいう人生の後半になると訪れる心理的な変化で、長いトンネルに入った様な感じになる。60歳近くになると余計なものが無くなって、再びやる気が湧いてくるやつ。中年の危機をどう乗り越えるかが大事らしいよ。 

 

 

・なんら才覚のない自分のような凡人は「何者かになりたい、なるべき」という幻想から解き放たれれば、あとは話が早いです。結婚相談所でもなんでもいい、相性の良い人を見つけて家庭を作り、子どもができるのであれば作り、可処分時間の大部分を使って育児して、親に孫の顔を見せて親孝行してから看取り、自分もいずれ配偶者か子どもや孫に看取ってもらえる、そんな幸せを求めることができるようになります。 

自分にしかできない何か(大抵はそんなものはない)を探すこと、楽しいと感じる何かに浸り続けることをあと何十年も続けられますか? 

真剣に検討した上で、家族がいらないならそれでもいいんですが、30後半あたりから手遅れに差し掛かるんですよね、現実問題、女性ならもっと早いかな。 

結果として離婚などするならそれはそれ、人生一度ぐらい普通の幸せを求めてみたほうが後悔しない可能性が高い。 

 

 

・人間は平凡に生きることができれば十分なんだけど、そんな人生を達成するにはある程度自分に負荷をかけ自分なりでいいので精神的にストイックにしないとダメになる気がする。 

それにできるだけ元気な若いうちに気づかなきゃだと思います。 

 

 

・40代になると、しっかりジジババ化してる人達と、まだまだ若々しい人達にはっきり分かれます。 

恐らく、筆者は前者のジジババ化グループに属するのかな、と思います。若い頃からの食生活や運動の習慣など、いい加減だとあっという間に老けて病気になります。 

見た目も身体の中もボロボロになるので、手遅れな事が多いです。 

遅くとも20代のうちに改めるべきだったと思いますが、これからでも改善していけば60代以降の人生を少しは良くできると思います。 

 

 

・また聞きで生きている借り物の人生が詰みそうってことかな?一度も重積を背負ったことがないのに「一生無責任に何も背負わずにいたかった」って思うのは、他人が責任を背負う姿を見て感じたこと。本当に責任を背負ったらどうなるのか体験した訳じゃないから人生の軸にはなり得ないのに、分かった気になっちゃったんだね。 

でもまだ人生は半分残ってる、借り物じゃない本物の自分の人生に向き合うきっかけが出来て良かったね。 

 

 

・箸が転んでもおかしい年頃 

 

やっぱり若いうちの感受性というのは大事なのかなと、改めて思います。未知の場所に旅行に行って、美味しいものを食べて、何かゲームをして、そういったことが楽しい年代というのが、年を取ると薄れてくるのですね。 

 

年を取って視力、筋力、持久力、少しずつ衰えて。昔愉しかったことが楽しめなくなってくると、確かに生き方の限界を感じるのですかね。 

 

 

・独身男性の平均寿命は67歳。まだ20年もあるか、もう20年しかないのか。どうこれから生きるか、生き方は人それぞれ、今までだれからも強制されずにに自由に生きて来たわけですから、これからも自由に思いのままに生きたら良いと思います。ただ少し心配なのは仕事はどうしているのか、年金は支払いっているのか、住む家はあるのか、病気し入院手術する際の保証人はいるのか。怪我したり病気になって働けなくなったら結局は生活保護しかないのか。他人事ながら気になります。 

 

 

 

・40代ということでいわゆる中年の危機でしょう。それぐらいになると興味・関心が20代、30代とは変わってくる。心配しなくてもそのうちに、年齢に見合った新しいことに興味が出てくると思いますよ。健康とか、老後の生活費とか、社会貢献とか。 

図書館でもいって棚をぶらぶら眺めてみると何か新しいことに気づけるかもしれない。 

 

 

・自分は若いと思っても、若者から見たら年寄りとしか見られないだろう。 

私の場合は、世帯もって子どもも成人して50半ばで次はどうしようかと考え、いいとこあと20年位しか働けないと思い、自分の技術や技能を生かしてお仕事をしている。 

意外と通用できているため、この調子で元気なうちは楽しく働きたい。 

すると、色々アイデァも浮かびお客さんにご提案で、毎日がエキサイティングでもある。 

普段は一人で考え、お客さんと話などすると張り合いもあり、人と関わっていかないと生活も荒れるなと思う。 

無くなる時、自分の生き方も良かったのか判るんだと思う。 

今回のケースも、既におじさんですからと、ここからもっと年上の諸先輩と関わるなど、見方を変えればまた新しい切り口が見えてくるのだろうな。 

 

 

・日本は特に「加齢」に極端に厳しい 

海外はそもそも年齢を履歴書に書いてはいけない、自身の年齢を言わないし(プライバシーという考え)他人の年齢も聞かないから、年を重ねると海外は楽だと感じた 

海外だも白髪も中年太りも誰も気にしないが、日本はとっても気になるよね 

もう少し、日本が加齢に寛容な国にならないかな?と願います 

 

 

・40代にもなれば、それまで試行錯誤してきたことが固まり始め、説明しなくても周りがその体制をとってくれるようになる頃。 

その人が若い頃から何をしてきたか、如実に現れ始める頃。 

 

40過ぎて、自分の手のひらに何が残ってるか見えてる人とそうでない人とで、はっきり差が出てきてしまうとは思う。 

 

見えてない人ほど、「自分こういう人間だから〜」と自分で自分を説明してしまうしかなかったり。 

 

苦労を経て足場を築いてきた人は、変化を受け入れる部分と、これだけは譲れない一線を上手く使いこなしていると思う。そうするだけの余裕を持てているというか。 

 

 

・10年前の自分と10年後の自分。自分の意識は変わっていなくても周りの人々の自分に対する意識や見る目は少なからず変わっているだろう。例えばの話、10代、20代の若者がヒッチハイクをしたなら、興味を示して車に乗せてくれる人もある程度はいるのだろう。しかしこれと同じことを30代、40代、はたまたそれ以上の年齢の者がしたなら、周りはどのように反応するだろうか。乗せてもらえないばかりか嫌味を言われたりお説教を食らうのではないだろうか。 

 

 

・アラフォーの歳になって思うのは、今までの行動を財産としているかどうかでこれからが大きく変わるなと言うことです。 

昔のようにフットワークは軽くないですが、一歩で大きな物事を動かせるようになりました。責任と義務は生じますが、それを許される立場になったのだなと感じます。 

それを放棄していたら、何の積み重ねもない人生になっていたかもしれないです。 

 

 

・精神的に若い頃とあまり変わっていない 

自分がいたりする。ただそこに経験値が 

加わりうまくかわせるようになる。 

でも肉体的にはどんどん衰え無理が 

できなくなってくる。 

その時に家族なりなんなり、 

自分に味方がいるか否かはかなり大きいと 

思うよ。 

もし味方がいないとやがて病気を重ね 

動けなくなり孤独死したりする。 

昨今の風潮は自分しか見れない者が 

多いように感じるが、大丈夫なのかな? 

とも思うね。 

 

 

・私も感じたことがあります。40代既婚ですが子なしなので特に重責もなく生きてました。しかし、転職をしたときに年下ばかりの環境になってもうおばさんなんだな、と。年下の「おばさん」扱いにも耐えて、包容力を持って接しなければ、落ち着きを持たなければと焦る毎日でした。 

ところが、再度転職した先では同年代もしくは年上ばかり。あっという間に自分が若返るのを感じました。 

要は気の持ちようと環境ではないでしょうか。今は年相応でも若々しい人、を目指そうと思ってます。この方も年配の方のいる囲碁や将棋の集まりに行けばまだまだひよっこでいられますよ(笑)。そこまでいかずとも同年代の多そうな趣味の集まりに参加するでも良さそうですね。ボードゲームとか? 

自分ももう一生子なしか…と思うと行き詰まりそうになりますが、やはりそこも気の持ちようかなと思っています。子どもがいても独身でも楽しめる人は楽しめるんですよね。 

 

 

・同じ世代ですがチャレンジ好きなので 

次々と色々やって楽しいです。 

若い方から教わることも多いですが 

年齢も気にしたことありません。 

自分軸があるかどうかの違いでは? 

人生こうあるべき!なんて無いし。 

幸せもそれぞれだし、自分で決めるもの。 

他人の目なんて関係ないと思います。 

 

 

・これから起こりうる健康や老後生活などリスクに対応する準備が必要だ。同じ場所へ留まりたいとは思うがダメ人間という殻に閉じ籠り避難していた自分もいずれ世間と向き合う必要はあると思う。 

 

 

 

・40代半ばに差し掛かる私、少しわかる。 

 

「それでいい(許されていると思っている)ならそれでいいんじゃない?」 

小さい頃はこう言われても、親、または先生などが助けてくれたり、友達も付き合ってくれたりしたけれど、だんだんそういう人がいなくなる。完全にいなくなるというより見向きもされなくなるのがその年齢の頃かもしれない。孤立ってやつかな。 

 

自分の言動に責任を持つ結果がそこにあるかもしれない。 

 

 

・もう少し適当に考えても良いと思います。 

自信がないのですか? 

私は適当に生きてますが、人生楽しいです。 

他人からの自身の評価より自身から見た自身の評価を気にするので、基本何も考えてません。 

 

 

健康診断の結果を見てニコニコし、来年もこの数値を維持する事を目標に日々適当に生きてます。 

明日は何処を走ろうか?パチンコ打つかスロット打つか? 

それを考えるだけで楽しいです。 

 

 

・自分は歳をとって良かった。理由は、そもそも自分は若い頃からずっと、職場等のカネが関わる場面以外では他人との交流が一切無く、自分一人だけで生きてきたから。 

自分は他人と一緒にいるととにかく、「何とか相手に自分を良く思ってもらいたい」の願いだけで心が一杯になり、精神的に疲れ果ててしまう。だから自分を守るためにはそうせざるをえなかった。 

 

一人で過ごすことに寂しさは無かったけど、一人で何かをしてると「友達がいないダメな人間だと思われてるのだろう」と恥ずかしかったし、「友達を作れない自分はダメな人間だ」と自分の無能さを責め続けてきた。 

友達が欲しかった。自分が無能でないことを証明するために。 

 

それが今、皆が歳をとり、誰もが自分一人で生きざるをえなくなってるのだとしたら、自分はむしろラクになれる。「友達がいる、普通の」人々と自分を比べて感じる苦しみから、ようやく解放される。歳をとって良かった。 

 

 

・自分はそろそろ40半ばになるが、若い頃は周りと同じは嫌、もっと派手に生きたいと思っていたがこの年になると普通に働いて普通に結婚して子供がいて、休みの日はゴロゴロしてるってのが最大の幸せかなって考えが変わってきた。 

体力が衰えてくると考え方が変わってくる。 

同感です。 

 

 

・『周りが年下の人間ばかりの中で、年上のおっさんが「俺すげーダメ人間だから」とか言って、いい加減なことばかりするのは、ちょっとキツい。痛々しい』 

 

まぁ本心、本音だろうな。 

40半ばといえば、大企業でも部長のすぐ下という地位にいて、多くの部下を従える立場の人も多い。当然、関係する下請企業には絶大な影響力を持っている。そうなると、日頃から付き合いや接待等で仕事上はもちろん、プライベートでも忙しい日々だ。これはこれで自分の時間が殆ど持てず、人によっては耐えがたいほどストレスは溜まるだろうが、立場上、誘われたら拒否権などないから耐えて立場を演じるしかない。つまり、筆者は筆者で悩みどころだろうが、反対方向に進んだ人も大変だということだ。 

 

どちらがいいとかはない。 

これまで自分が選択してきた人生を、それぞれそのまま進むのが正解だ。 

どちらも立ち止まって悔いたところで、もう後戻りはできないのだから。 

 

 

・衰退してんのは、ホントにやりたいことに熱中出来てないのもある。遊びってホントのやりがいではなくその場だけの楽しみだからね。 

いつかは今まで楽しかったのに楽しめない自分に直面するだろう。 

趣味を持ってる人は若々しい人が多いね。そしてその趣味に労力を厭わない人は活力がある。 

金をかけるにしても稼がなきゃならんし、趣味って新たな挑戦も促してくれるから、気力につながるんだよね。 

私も同じぐらいの中年、子供がまだ小さいので衰えたなんて言ってる場合でもない。 

 

 

・中年以後そんな惨めな生き方をしたく無いから、みんな若いうちに気合入れるのよ、結局は金を幾ら稼げるか、その土台をどれだけ固くできるかなんよ。 

 

若いうちの貧乏はどうって事無いが、歳食ってからの貧乏は惨め以外の何物でも無い。 

 

中年以後の問題はそれまでに培ってきた金と人脈で何とでもなるから、若いうちに好き放題してそれが無いなら慎ましくひっそり寂しく生きるのは受け入れるしか無いね。 

 

 

・人はどこであきらめるかだと思うんだよね。彼女が欲しい、いい学校に行きたい、好みの仕事がしたい、結婚したい。永遠に努力は出来ないし、歳をとれば努力できたとしても無駄に終わる事もある。頑張ればなんとかなる期間は短い。じゃあこの先どうするか?結局金しかないんですよ。それもない人は申し訳ないがかなり厳しい。 

 

 

・ごく普通に結婚もして(離婚はしたが)子供も持って仕事をして来て今50代ですが本当はこの人みたいな生き方もしてみたかったなと思っていました。 

都会にはいますよね。こういう人達。社会的地位とかお金とかいい生活とかを望んでいなくて好きなように生きていくタイプ。 

でも、年取ってくるとやっぱりそういう考えになってくるんですね。 

そういう考え方が出来るだけまともですよ。そうじゃない人にならないように。 

 

 

・今更なのだが日本人はいつから「定職にこだわる」ようになったのか?明治から昭和の小説や実在人物の話やらでは結構「職を転々とし」ても何とかなるという人間はいくらでもいた。恐らくだが戦後の高度経済成長期に「全員が社員・定職に就き、ほぼ全員が結婚」という本来は「おかしな現象」が数十年続いたことが理由なのだろう。 

なおその時代「女性は経済的自立が困難」だったから、結婚しないと「生活困窮者」になる危険が大きい。「だから」妥協に妥協して魅力が無くとも社員・定職のある普通の男性と結婚する事を選んだだけだ。 

いまは女性も何とかだが暮らせる。そこで無理してトキメキすら感じない男性の「夜の相手」と「家事全般」をするのはコスパ悪過ぎで意味が無いのだ。繰り返すが全員が正社員は特殊な時代だったし、全員が結婚は無理も今の時代で言えば当然の成り行きと言える。 

 

 

 

・同じことしてたら飽きるし成長しない。 

そうすると老いた気になる。 

私も就職氷河期世代の40代。 

同様なことを感じていたけど、最近新しいことに挑戦して世界が変わった。 

今は失敗ばかりだけど新たな自分に気付き、この歳でも成長することが分かった。 

まだ老け込むのは早いみたいだ。 

 

 

・若さは限られた資源です。と気がついた時に色々手を打ち平凡な四十代に成れたと思う。それなりに苦労はあったが誰もが越えなきゃ行けない壁だし、そこから逃げたツケがこの記事なんだろうな。朝からパチンコしてお気楽なフリーターしてた生活をズルズル続けなくて良かった。 

 

 

・一時期でも楽しんだのならそれでいいと思います。 

これから肉体の衰えとともに自身の能力等と向き合い、改めて一人で生きていけばいいと思います。 

 

この方はきっと若い頃は正社員で働いている同世代をバカにしてきたと思います。今はその真面目な正社員はマイホーム、家族を有し、きっと何もないあなたをたぶん見てはいないでしょう。 

 

 

・楽しいと思える時期があったのなら人生良かったと言える。若いうちから病気や障害もってる人なんて健康で生きれるだけでも幸せに感じれる。 

昔のように自由が利かなくなるのに気付いたなら、またこれからの楽しみ方を見つければいい。 

一生同じ生き方する人なんていないんだから 

 

 

・まだ、まだ、40代で何を考えているのか! 

これから、年を重ねるたびに、生きづらくなるから。 

私なんか、50代になる前に、勤労することを辞めてしまった。 

学生時代から続けている、お金にもならない道に専念するためだ。 

生活は、不動産賃貸料で、賄えることができた。 

ダメ人間の典型である、私自身。 

 

現在も、夢は叶っていない!相変わらずお金にもならない道を歩いている。 

天涯孤独なので、多少の贅沢しても、お金に困窮することはない。 

 

ダメ人間には、ダメ人間なりの生き方があると思います。 

それを自覚して、身の丈にあった生活をすればいいのでは。 

 

 

・>加齢に伴って脳内物質の出る量が減っているのだろうか。 

 

耐性でしょう。 

 

>今まではずっと、とにかく楽しいことをガンガンやって面白おかしく生きていけばいい、と思ってやってきたけれど、そんな生き方に限界を感じつつある。 

 

飽きもあるでしょ。 

自由気ままに20年も生きてると大体やり尽くしてるからね。 

何をやっても新鮮味に欠ける。 

若手の芸人観ても「どこが面白いのか?」さっぱり分からなくなってるし。 

そもそも笑いを求めなくなってる。 

 

 

・何をやっても楽しくなくなるよ。 

何を食べてもうまいと思わず、食べたいものも無くなってくる。 

何を見ても感動しなくなり、行きたい所もなくなってくる。 

これじゃダメだという葛藤もそのうち無くなる。 

感情も乏しくなってきたらもう人生の終焉です。 

楽しいこともあったし、まあいいか、のスタンスで十分です。 

 

 

・無料だからといって人生つまらないみたいな記事を平気で公共の目に付くところに置いて読ませるというのは、東洋経済だからだろうか。 

経済を扱う人というのは本当に人の心を理解しない人が多く、今回もそのような定型記事に会い、安心している。 

経済の勝者になりなさい、そうなれば幸せなのですよ、 

とでも読ませたいのだろうか、読んだのは本当に時間の無駄でした 

 

 

・それは各々の年齢や家庭事情関係なく同じでしょう。 

 

何歳だろうがええ加減な事してそんなセリフで開き直っていたら、アホかお前!と一喝されるし。 

それが社会人ってものです。 

 

私とてガンガン稼いでいる訳でもない底辺な仕事だし、41にして仕事以外は独身でプラプラしているけど、仕事はちゃんとやっているから何も生き方に限界なんか感じませんよ。 

 

いい仕事して家族さえいたら、それが無敵のパスポートになる訳ではない。 

結局責任感を持って仕事をちゃんとやらなければ、それで生き方の限界が来ちゃうんですよ。 

 

真面目に仕事さえきちんとこなしていれば、自分の家庭事情などステータスみたいに気にする必要はありません。 

 

 

・歳を取っていようがフラフラしてようが未婚だろうが金がなかろうが、 

一度きりの人生、どう生きるかは自分で決めればいいだけだし、何も恥ずかしいことはない。 

 

ただ一つ恥ずかしいことといえば、世間の目なんか気にならないと言ってそういう人生を選んだのに、 

今になって他人の目を気にして、痛いとか周りが若くなったと言っていることだろう。 

一人がいいんだ自由に生きるんだと言っても、結局それは自分の信念を貫くとかそういうものではなく、 

ドタキャンしたりメールを返さなかったりしても許してくれる他人に甘えてただけだったということだと思う。 

 

世間の評価なんか気にする必要はないし自分の決めた人生を生きればいいと本当に思うが、 

こちらからは世間を拒絶しておきながら世間の方からは甘く扱ってもらうことを期待するようなことは、ただズルいだけなのでやってはいけない。 

 

 

 

・まさに同世代、もうすぐ50歳 

こんなに衰えるとは思いもしなかった。衰えてるはずの会社の経営陣や政治家などなぜあんなに偉そうに出来るんだろうか不思議でならない。肉体は少なからず劣化の一方なのに気付いてないのか?気付いてるけど周りの忖度に頼ってるだけなのか???不思議だ。 

 

 

・どう生きるかは、自由。 

しかし、自由と言うことは、弱肉強食。 

強くないと、力がないと自由にできない。 

学校では、学力。 

生きていくためには、経済力。 

しかし、力をつけるためには頑張る必要がある。 

才能、財産があると楽。 

下手に、楽すると、頑張れない。 

頑張らないと、今以上に強くなれない。 

日本自体がそう。 

下手に経済力が有ったから、頑張らなくても楽ができた。 

楽が良いとされた。 

結果、海外に抜かれた。 

 

 

・京大卒無職男も 

十年も経てばもう京大卒などという肩書も関係なくなり 

20年も経てば、今やそのへんのオッサンと同じだ 

 

50代になれば窓際の風が冷たくなり 

60になれば再雇用もあるがまあ定年だ 

 

そうしたとき最後に何が大切かといえば、学歴でもなく、 

会社の格付けでもなく 

最後は家族のぬくもりくらいになるのだと思う 

 

 

・筆者は歳を理由にしている時点で、ただのイタイ人という印象しかない。まぁ、若いころもイタイ人だったんだろうけど。 

私も40代半ばですが、まだまだ元気で毎日楽しく過ごしてます。歳なんかあんまり気にしてないですよ。 

 

 

・定職なし、独身です。 

生き方の限界は身体がついて行けないだけです。個々の家庭環境、家族関係もあるのでね。 

「ダメ人間だから」が通用しないのは違うよ。 

 

ダメだから通用する時もある。それは他者に対する信頼と実績。 

 

中年とか決めつけてるけど、明日は我が身な世の中なのに何言ってんだ(#^ω^) 

 

 

・結局こうなった時、40代で無責任に生きてきた人が慌てて世に馴染もうと思っても社会は認めてくれないし、許してくれないんだろうなって思う。 

何か経験値が有れば良いけど、何も無い40代を使いたい会社なんて無いしなぁ… 

 

 

・あー、これね、同窓会行ったらはっきり差が出るよな〜。みんな同じ学校で同じ勉強して20代は余り差を感じなかったが30 40となり50になるとなんか差を感じるな。そりゃ50年も生きてりゃ毎日1円ずつ貯金箱に入れてても365✕50年で18250円。単純に。そりゃ毎日努力した人とぐーたら生きてる人では差が出ると思う。 

 

 

・年をとったのに、若い時と同じようにやろうとすると、そりゃどうしても無理が出てくる。世の中は広い。人生の先輩から学ぼう。年寄りには年寄りの生き方、流儀というものがある。 

 

 

・人生は短距離走ではなく長距離走だからね。日々行った数々の行動や選択によって人生のゴールが決まるんだと思う。 

 

 

・じゃあ、どう生きてくればよかったのでしょう? 

40代半ばを過ぎておじさん、おばさんと世間から認識されるのは誰でもそうだし。何をやるにも足が重くなるのも誰にでもあること。 

別に今までどう生きてきたとか関係なく誰にでも平等に押し寄せてくる。それが老いというものです。 

 

 

 

・ジョセフが昔言ってた。 

年季の違いを思い出させてやる。ってセリフ。 

どれほど老けようが娘が危篤になったら孫連れてエジプト迄陸路でdio倒しにいけるだけの気力は持っとかないといけないと思ってる。 

 

 

・そうそう、中年になるといろいろなものが面白くなくなるんだよな。歌、映画、テレビ、本、他人のこと、どうでもよくなる。なんでだろうな。だから、家族とか打ち込める仕事とかないと、生きている意味がなくなってやってられなくなると思うよ。 

 

 

・いやー大丈夫だと思うけどな。 

少なくとも普通の人では無いので 

周囲に与える影響は少なくないと思う。 

 

周囲から認められた人が凡人さを自覚する方が結構やばそうに思う。 

 

 

・若さという大きな武器を無くした時に家族や肩書きや芸や若い頃の作品が身を守る武器となる。若い頃に言われてピンと来ない言葉も失ってから理解するんだろう。 

 

 

・ドラマでも言っていたけど「働く事は生きる事だ」って。その通りだと思うよ。定職なし結婚歴なしとは年齢的に厳しいかなぁ。冷たいようだけど小生男だけど未来を考えて選択しない。 

 

 

・この人めちゃめちゃ頭の良い人ですね。そして分かり味が深い。40台中頃の心境をよくこれだけ言語化したと思う。本買います。 

 

 

・気楽に生きるのも良いですが、何も責任を負っ 

ていなかったなら、得るものもないということ 

でしょうか? 

普通の人ならそれが分かっているから、努力 

して責任を増やしていくんですね。 

将来の野垂れ死に予備軍、それも気楽で良いのではないでしょうか? 

 

 

・人生盛りの20代30代が終了し燃え尽きたわけだ 

40代以降社会的信用のない人は世間から白い目で見られる 

脳内と現実において世間の反応のギャップに驚く 

 

 

・20代でしっかりスキルを磨いて30代で課長また40代には部長と行きたい。 

でも現実はそんなうまくは行かないのが人生であり常に一歩間違えば社会の底辺者になる。 

 

 

・楽しい時期があったのなら悔いなしでしょ。 

同世代だけど結婚してからお小遣い制でしがないリーマンだけど子供がいて俺も悔いなし。子供からすると親ガチャハズレかな? 

 

 

 

・要は責任が無いから、楽しくないんだよ。 

責任にはツラいことも多いけど、生きるハリにもなる。 

無責任な人生と言ったって、できることはたかが知れてるんじゃないの。 

 

 

・下っ端管理職を長くやり先月定年に。これは昔の部下でよくいたバターン。ほぼみな医師から、軽度の鬱と言われていました。まさにその症状。 

 

 

・40代だろ、甘いよ俺なんか60代後半だよ。それくらいになると孤独感、行き詰まり感、孤独死の恐怖半端ないから覚悟しておいたほうがいい。 

 

 

・確かに若い故に世間が許してくれるってことはありますよね。あのphaさんが世間の尺度を気にし始めるとは、素直に驚きました。 

 

 

・努力をして何かを得るのもその人の運命。何もせずにダラダラ生きるのもその人の運命。結局、誰でも運命の中で生きているだけ。運命は変えられない。 

 

 

・まだ自分の心配だけをすれば良いのは 

物凄く幸せだよ 

本当の地獄は親の介護がはじまってから 

 

 

・中年になっても 

ダメ人間を通して欲しいよ 

おひとり様男性の死亡中央値71歳、 

賃貸暮らしなら、更に寿命は短くなる 

残り20年 

長いようで短いよ 

 

 

・働いたら負け・俺勝ち組って言っていた人だろう。 

 

生活保護受給者の生き方もいいと思うよ。 

頑張れ! 

 

 

・能書きはいいから、今からでも働けばいいだけ。まだ40代、結婚して子供作って、遅くないから。何で言い訳ばかりするのかな?カッコつけるんじゃないよ! 

 

 

・若い頃バカにしていた宗教的な世界観が妙に救いになり、歳を取ると来世むけて頑張ろうと思うようになると言う繰り返しで宗教は消えないで生き残ってきたのだろう。つくづく人間とは構造の奴隷だよな 

 

 

 

・中年には中年で楽しいと思うことがある。 

おそらく老人には老人で楽しいと思うことがあるはずだ。 

 

 

・自分に生まれてきたからには、人生のツケは自分で払うしかないんだよ、自戒をこめてね。わたしも今そう感じてる。 

 

 

・書いてある内容について、 

俺は60代に突入して感じた。50代はまだ活力あったよ。 

「ダメ人間だから」という様な事は言ってないからわからない。 

 

 

・自分も40代ですが、年齢を意識してません。 

あまり衰えを感じないからかな? 

おじさんには違いないけどね 

 

 

・はぁ?ドタキャンをずっと平気でしてんかぁ??そんな人とは若くても付き合いたくないのに、歳行ってもずっとやってりゃあホンマにイヤ。 

生き方の限界とかいう以前の問題やん。 

 

 

・日本人て真面目だな。 

真面目に働いてるのに、諸外国より貧乏。 

 

何かを間違えてるんだろう。 

 

 

・人としてのカテゴリーでやっていくなら 

最低限の努力は必要。 

 

 

・年とってもできる趣味を若いうちにみつけておこう。スポーツ関連で。 

 

 

・本当の、アリとキリギリス物語だな。 

結末も同じになるとは限らないけれど。 

 

 

・これだけ立派な文章を書けるのは素直にすごいな。引き込まれて読んだ。 

 

 

 

・いやいや。こんだけ理路整然と、まともな文章書けるんだから、地頭いいでしょ。騙されてやらないよ。 

 

 

・まともな人は正社員で役職、妻子マイホームマイカーあり。とんでもなく差が広がってしまった 

 

 

・不安定を生き抜ける人間の方が、強いし賢い。 

 

 

・収入源は何でしょうか 

年取っての貧乏はキツイ 

 

 

・結婚してればこういう悩みって無いんかね? 

 

 

・こんなはずではなかったと思うばかりの人生もう手遅れだ 

 

 

・興味深いっすね。 

 

 

・コツコツが大事だよ 

 

 

・喝!!! 

 

 

・高校の同級生は40代でどん底に居た。 

同窓会で身の上話になり、そいつは30代に入った頃、体を壊して透析が必要になり、会社も退職し非正規になった。 

非正規だとどんなに稼いでも手取りは月に15万円程、且つ一週間に一度は透析で潰れる、40代に入り病状は悪化し週に2回は透析が必要。 

この時点で生活は完全に破綻状態。 

四年ごとの次の同窓会で幹事から、そいつが亡くなった事が報告された。 

 

筆者さん生き方の限界というのは逝った同級生の様なヤツが言うセリフです。 

五体満足で健康なら甘ったれとしか言いようが無い。 

生きたくても生きられない人もいる事を忘れるな。 

 

 

 

 
 

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