( 193208 )  2024/07/21 15:51:24  
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兵庫県の斎藤元彦知事 Photo:SANKEI 

 

 兵庫県の斎藤元彦知事に注目が集まっている。集まっていると言っても、いい意味での注目ではなく、悪い意味、疑惑の真偽やそれへの対処についての注目である。今回のパワハラ疑惑はなぜ起きたのだろうか。(政策コンサルタント 室伏謙一) 

 

● 斎藤知事に係る 7つの疑惑 

 

 兵庫県の斎藤元彦知事に注目が集まっている。集まっていると言っても、いい意味での注目ではなく、悪い意味、疑惑の真偽やそれへの対処についての注目である。 

 

 斎藤知事と言えば、2002年に総務省に入省、旧自治省系の部局を中心に経験を積み、2018年には大阪府に出向し財政課長に就任、3年後の2021年3月末に同省を退職(一応大阪府から総務省に戻って退職という形式が取られる)して兵庫県知事選への立候補を表明。自民党兵庫県連の事実上の分裂選挙となったが、日本維新の会の推薦も受けて同年7月18日に初当選を果たした、若手かつ任期1期目の、言ってみれば新人知事である。 

 

 では、その斎藤知事に係る疑惑とは何か? 

 

 3月12日付で、西播磨県民局長が報道各社や一部の県議に送付された「斎藤元彦兵庫県知事の違法行為等について」と題する告発文書に記載されたもので、(1)五百旗頭真先生ご逝去に至る経緯、(2)知事選挙に際しての違法行為(幹部による事前運動)、(3)選挙投票依頼行脚、(4)贈答品の山(知事のおねだり体質)、(5)政治資金パーティー関係、(6)優勝パレードの陰で(プロ野球阪神・オリックス優勝パレード関係)、(7)パワーハラスメントの7項目にわたる(告発文書の表記のまま。カッコ内は筆者追記)。 

 

 現状で特に注目集まっているのは、パワーハラスメントと企業からの贈答品関係、いわゆる「おねだり」関係である。 

 

 パワーハラスメント(以下、「パワハラ」と言う)関係では、斎藤知事は気に入らないことがあるとすぐに職員を怒鳴りつけるとされ、会場建物入り口より20メートル手前で公用車を降ろされて歩かされただけで職員らを怒鳴り散らす、レクで気に入らないことがあると机を叩いて激怒、チャットによる日時・時間無視の幹部職員への指示の乱発といったことが記載されている。 

 

 当初から斎藤知事はこれらを否定していた。3月27日には、文書の内容の核心的部分事実ではなく、文書は誹謗中傷に当たるとし、この告発文書を作成、配布した局長を解任。さらに、局長は3月末付で退職予定であったが、これを認めず総務部付とした(その後5月に定職3カ月の懲戒処分となった)。そして、斎藤知事は会見において「嘘八百」とまでこき下ろした。 

 

 だが、県議会や県民からの不信感は広がり、6月13日には本疑惑を調査・審議するための100条委員会の県議会への設置が決定された。兵庫県においては、実に51年ぶりのことであると言う。 

 

 

● 県知事に求められる 能力とは 

 

 その後、さまざまな匿名の証言がメディアにおいて取り上げられるようになり、議会のみならず記者会見においても本疑惑に関する質問は増えていったわけだが、斎藤知事はパワハラ疑惑については全面的に否定。20メートル歩かされただけで怒鳴り散らした件についても「業務上必要な範囲内での指導だったので、ハラスメントに該当する認識はない」と釈明している。 

 

 贈答品疑惑、告発文書の言葉を借りれば「おねだり体質」についても同様であるが、これまた同様に、疑惑を否定し続けている。そうした中で、元局長は100条委員会において証人として喚問される予定であったが、それを前に死亡した。自殺と見られている。他にも同告発文に関連する県幹部が死亡している。死亡者まで出た、この疑惑、今後どう解明されていくのだろうか? 

 

 しかし、その前に、なぜこのようなパワハラ疑惑がここまで大きな話になったのか?それを考えるかぎは、県知事とは何かというところにあるのではなかろうか。 

 

 県知事とは地方公共団体である県のトップである。都道府県や市町村のトップを総称して首長と呼ぶが、地方公共団体は行政機関であるから、首長とは行政機関の長であるということができる。 

 

 行政機関であるからには、その機関を運営し、必要な意思決定を行う能力や知見、経験が必要である。つまり、行政機関における経験や知見が必要であるということであり、元官僚や地方公務員の首長というのはまさにその能力についてはうってつけということである。その点では斎藤知事は相応しいと言えよう。 

 

 ただし、首長は選挙で選ばれる政治家としての側面も持ち合わせているので、行政官としての知見や経験に加えて、県議会議員やその地方公共団体を地元選挙区とする国会議員、さらには同じ地方公共団体内の首長や地方議員たちと上手な関係を築き、渡り合える能力も重要である。 

 

 もちろん、地方公共団体と言っても県ともなれば大組織であるので、知事はそれを率いらなければならない。あらゆる問題、あらゆる部局に知事が首を突っ込むわけにはいかないので、県の職員たちと良好な信頼関係を築き、任せるところは任せ、最終的な決断や責任を知事が担う、そうした能力も求められる。 

 

 今回の疑惑で言えば、まさにこの能力が、斎藤知事についてはどうだったのかというところがポイントだろう。 

 

 

● ネット動画やSNSによる情報発信で もてはやされる若い首長たち 

 

 斎藤知事は若くして総務省を退職して選挙に立候補し、初当選しているが、この十数年は特に、若い首長がもてはやされる時代になっていた。加えてインターネットの動画やSNSを通じた情報発信も当たり前になっているし、そうした首長の動画や書き込みが「バズる」ことも普通になってきた。また、テレビ番組に出て、県政解説のインタビューではなく、コメンテーター的な役割をする知事まで出てきた。 

 

 そうなると、外部から見れば、知事はまるで芸能人のように特別扱いされる人、と見えてしまう場面も出てくるのだろう。若くして首長となった斎藤知事には、そうした勘違いあったのではないか。今回のさまざまな疑惑からはそんなことが見えてくる。 

 

 加えて、県知事は行政機関のトップとは言っても、副知事以下、自分より年齢が上の人はたくさんいる。特に幹部はそうだ。それぞれプライドや性格、癖といったものがある。そうしたことを踏まえて職員を上手に使っていくことが求められる。 

 

 だが、告発文書からは、斎藤知事にはそれが出来ず、人事などを含め、かなり偏った、専制的な対応、運用が横行しているのではないかと思われてならない。 

 

 筆者が総務省在籍時、動きの悪い班員に手を焼き、人事を担当する官房秘書課のキャリア担当の課長補佐(当時)に相談に行ったことがあるが、その時言われたのは「室伏君、君はキャリアなんだから誰でも上手に使わなければダメだよ」というひと言だった。筆者にとっては今でも記憶に残る名言である。 

 

 もちろん時には怒り、叱責することも必要であろう。ただやみくもに怒るのでも怒鳴るのでもなく、相手を見て、丁寧に対応を考えていくことは重要である。ベテラン職員に頼りすぎるのもダメだが、諫言にも耳を傾けることも必要である。 

 

 以前、民間企業の管理職の立場で中途採用の面接をした時に、応募してきた一人に現職の官僚がおり、その人を担当することになったが、面接の中でその人は繰り返し「早く偉くなりたい」と言っていた。 

 

 官僚には偉くなりたい欲というか昇進欲は付きものと言っていいだろう。しかし、昇進することは偉くなることであるとともに、責任が増していくこと、配慮し、考えることが増えていくことである。 

 

 年齢だけの問題ではないかもしれないが、若すぎて経験や知見に乏しければ、こうしたものを引き受けるのは容易ではない。学校や教科書だけで学び、習得できるものでもない。やはり現場における経験が必須である。なんと言っても相手は人間、ナマモノであるから、教科書どおりにいく方がまれであると考えた方がいい。 

 

 教科書や授業だってあらゆるケースを教えているわけではなく、基本となる事項、基礎となる事項を教えているのだから、応用は自ら実践の中で身につけていくしかない。斎藤知事はそうしたことにおいて不足していたのではないか。 

 

 疑惑の真偽に関わらず、決定的に失われた信頼を取り戻すなり再構築するのは並大抵のことではない。斎藤知事は選挙に出るのが少々早すぎたのかもしれない。 

 

室伏謙一 

 

 

 
 

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