( 193288 ) 2024/07/21 17:14:09 0 00 by Gettyimages
2004年度に行われた公的年金の制度改革によって、2023年度には「100年安心年金」が実現しているはずだった。しかし、7月3日に公表された公的財政検証によれば、今後も、基礎年金の給付水準調整が必要とされる。その結果、国民年金の低年金問題が、今後さらに深刻化するおそれがある。ところが、政府は、これに対する制度改革を行おうとしない。
【写真】「専業主婦は普通ではない」「年金は退職後ではない」……年金改革4つの課題
政府は2004年に年金制度の大改革を実施した。保険料を引き上げるが、一定のところで止めてそれ以降は引き上げない。また基礎年金への国庫給付金の比率を50%まで引き上げる。他方で、マクロスライドという制度を導入して、年金額を毎年度少しづつ減らしていく。
この調整過程は、2023年度までに完了するとされていた。つまり、約20年をかけて、年金制度を正常化することを約束したのである。
2023年度以降は、保険料率引き上げやマクロ経済スライドを行わなくても、モデル世帯の所得代替率が50%を下回らない年金を、100年以上にわたって継続できることになっていた(「モデル年金」とは、夫が平均賃金で40年間働いたサラリーマン、妻が専業主婦である世帯の年金。「所得代替率」とは、年金受給開始時点(65歳)における、現役世代の平均手取り収入額(ボーナス込み)に対するモデル年金額の比率)。
これが、日本政府が国民に公約した「100年安心年金」である。
その後5年ごとに財政検証が行われて、この公約が実現するかどうかをチェックしてきた。今年の財政検証が、2004年改正の20年後のものだ。つまり、前述の改革がすべて完了し、公約が実現したかどうかをチェックする重要なものとなっているのだ。
では、前項の公約は実現できただろうか? 保険料率の引き上げと、国庫給付金率の引き上げは実現した。それにもかかわらず、「100年安心年金」が実現できるかどうかは、場合によって異なるものになってしまったのである。そして、所得代替率が5割を切る場合もありうる。
とくに問題なのは、基礎年金の所得代替率が低下すると予測されていることだ。これは、5月26日公開の「『専業主婦は普通ではない』『年金は退職後ではない』……年金改革4つの課題」で指摘したことだが、その具体的な姿が、7月3日に公表された財政検証で明らかになった。
図表1は、今回の財政検証で想定されている4つのケースにつき、マクロ経済スライドの終了時点を示したものだ。
■図表1 調整終了年度
所得比例年金では、ケース1)、2)では、既に終了しており、3)では2026年度で終了する。ところが、基礎年金についてはケース1)で2039年度まで続き、ケース2)では2037年度まで、ケース3)では2057年度まで続く。
ケース4)では、2059年度に国民年金の積立金が枯渇して賦課方式に移行することとなる。このため、給付調整という問題がそもそもなくなってしまう。その年の保険料収入によって年金が決まっていくというだけのことだ。保険料収入が少なければ、所得代替率は大きく低下してしまうだろう。
図表2は、2024年度と2040年度における所得代替率を示したものだ。2040年度で、所得比例年金では、 ケース4を除いては現状とあまり変わりがない。
■図表2 所得代替率
ところが、基礎年金については、いずれのケースにおいても現在の36.2%から大幅に低下する。ケース3では31.4%となり、2024年度の36.2%より13%も低下する。
基礎年金と所得比例年金の両方を受給する厚生年金の加入者の場合には、どのケースでも世帯の所得代替率が5割を下回ることはない。しかし基礎年金だけしか受け取れない国民年金の加入世帯の場合には、所得代替率が現在よりかなり落ち込むことになる。
これでは、老後生活を年金だけで過ごすことは到底不可能だろう。
2024年度において、老齢基礎年金は、月額6万8000円だから、夫婦2人とも国民年金の加入者なら、月額13万6000円だ。それに対して、厚生年金(夫婦2人分の老齢基礎年金を含む標準的な年金額)は23万0483円だ(日本年金機構による)。
したがって、国民年金加入者世帯の年金額は、厚生年金加入者の場合に比べて6割程度と、もともと不十分だ。
それに加えて、上述のように将来の基礎年金の所得代替率が低下するのでは、問題はますます深刻化する。
国民年金加入者は自営業者が多いというイメージが強いのだが、実際には、非正規労働者が多い。国民年金加入者(第一号被保険者)の4割程度がパートタイム労働者などの被用者だ。こうした人たちは、老後に備えた貯蓄も不十分な場合が多いだろうから、基礎年金の減少は、社会不安の原因になりかねない。
こうなった原因は、マクロ経済スライドによる年金額削減がほとんど実行できなかったことだ。
その結果、2024年度の基礎年金の所得代替率は、2004年度の値より高くなっている。つまり、マクロ経済スライドによって所得代替率を低下させるとされていたにもかかわらず、実際には逆に上昇してしまったのだ。このため、上述のように、今後とも負担調整措置を続けなければならないこととなっている。
つまり、現時点での年金受給者の受給額が増え、それと見返りに、調整期間の延長化という形で、将来の世代に負担を転嫁しているのだ。
以上で見た国民年金の低年金問題に対処するため、つぎのようにいくつかの方策が提案されている。そして、今回の財政検証のオプション試算で、それらの効果が試算されている。
1) 厚生年金加入者拡大
2) 国民年金の保険料納付期間延長
3) マクロ経済終了時点一致
政府は、1)の方向での制度改正は準備しており、これによって事態は改善するだろう。しかし、事業者の負担が増えるという問題がある。
2)は合理的な方策と思われるが、政府は、この方策を取らない方針であると報道されている。保険料増加に反発が強いことを配慮したためだといわれる。
しかし、この政策については、誤解も多い。まず、厚生年金加入者には、保険料負担の増加がない。その半面で、基礎年金は増える。国民年金加入者の場合、確かに保険料負担は増えるのだが、年金も増えるので、国民年金加入者にとっても歓迎すべきものだ。そうしたことをよく説明すれば、国民の支持が得られるはずだ。政府は、そうした努力をすべきだ。
3)も合理的な方法だが、基礎年金の役割が増大するので、国庫負担が増加することが最大の問題だ。
バラマキ福祉などの人気取り政策や、企業に対する補助策をやめて、こうした分野に資金を投入すべきだ。また、支給開始年齢の引上げも検討の対象とすべきだ。
問題が放置されている現状は、きわめて問題だと考えざるをえない。
野口 悠紀雄(一橋大学名誉教授)
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