( 194947 )  2024/07/26 16:14:23  
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 7月26日より、いよいよパリオリンピックが開催される。しかし、現地フランス・パリではさほど盛り上がっていないようだ。むしろ、反対運動まで起きているという。現地事情に詳しいフランス哲学者の福田肇氏は「パリオリンピックのために弱者が排除されている悲惨な現状がある」とレポートするーー。 

 

 オリンピックなるものに、私はまったく興味がない。というか開催に同意ができない。国際的な「スポーツの祭典」を催すには、当事国には膨大な資金が必要だろう。その資金を捻出できるなら、もっと有益な使い道は別にあるだろう、といつも思う。東京オリンピックの招致も真っ向から反対だった。 

 

 福島第一原発の事故が収束していなかったので、招致に対する他国の同意はありえないとタカをくくっていたが、なぜか決定されてしまった。悔しくて情けなくてその後周囲にあたりちらしたのを覚えている。いわんこっちゃない、新型コロナウィルスの感染拡大でオリンピックは延期(延期により支出がさらに拡大した)、1年遅れで開催されるも、原則として一般観客なし。経済効果どころか、莫大な損失しかないではないか。さらに、招致にあたって「汚染水はコントロールされています」とみえすいた嘘を付いた総理大臣が亡くなるや、オリンピックをめぐる幾多の不正がその封印を解かれて噴出した。 

 

 さて、あと数日で、パリ・オリンピック(フランス語正式名称は、Jeux Olympique de Paris 2024[ジュー・オリンピック・ド・パリ・ドゥーミルヴァンキャトル]という。響きだけはエレガントだ)が開幕する。パリ・オリンピックは過去に2回開催されていて、今回が3回目だ。実は、1500年間途絶していた古代ギリシャのスポーツ大会を再開させるよう提唱したのは、ほかならぬフランス人、ピエール・ド・クーベルタン男爵(Pierre de Coubertin, 1863-1937)だった。 

 

 彼は、21歳で留学したイギリスの体育教育の振興と国家の隆盛に感化され、1892年ソルボンヌの講堂で近代オリンピックの創設をほのめかした。彼の呼びかけに応じて、1896年、第1回国際オリンピック大会が、オリンピック発祥地のギリシャで行われた。そして4年後、第2回目が提唱者の祖国フランスで開かれることになる。1900年のパリ・オリンピックは、しかし、同年開催予定の万国博覧会とぶつかってしまったため、前者は後者の「付属大会」と位置付けられ、そのせいで運営上も大きな混乱をきたしたといわれる。 

 

 そして第2回目のパリ・オリンピックが、1924年、つまりちょうど今から100年前に開催される。アスリートたちの宿泊施設、いわゆる「オリンピック村」もこの大会で初めて建造された。ただ木製の粗末な小屋で、大会終了後すぐ取り壊されてしまったらしい。 

 

 

 パリでの3回目のオリンピックは現地でどう受け止められているのか。2024年4月16日付「リベラシオン」紙(電子版)の記事は、「パリ・オリンピック2024:あと100日、熱狂はいまだ出場資格を与えられず」と皮肉なタイトルの記事を発表した。 

 

 記事によると、マクロン大統領は、4月15日、情報番組に出演、「オリンピック開幕前100日」を宣言しながら、続いて、安全上の理由でセーヌ川で開会イベントができない場合の会場変更のシナリオ「プランB」「プランC」を発表、人々の期待に水を差したということである。 

 

「幸いなことに、安全に関するあらゆる専門部署は、テロのリスクを予見してすでに準備万端だ。[テロのリスクを]過小評価するのは誤っている」とマクロンは述べる。「もしマクロンが、『開幕100日前』なる波に乗り、フランス人たちの熱狂を鼓舞しようとしてテレビに出てこようと思ったのであれば、それは失敗だった。視聴者の記憶に今後留まるであろう主要なメッセージは、安全性に関するメッセージと、自分の息子を開会セレモニーに出席させることを心配する母親のメッセージだけだろう」と「リベラシオン」紙は批評している。 

 

「リベラシオン」紙をななめ読みすると、まるで、フランス人たちのオリンピックに対するもともとあった熱狂を、マクロン大統領が焚き付けようとして逆に鎮火する失態を演じてしまったように一見受け取れる。 

 

 しかし、マクロンのテレビ出演以前にはフランス人たちがオリンピックなるものに大いに関心を惹かれていたかというと、まったくそんなことはない。 

 

 スポーツ分野におけるフランス人たちの最大の関心の的は、なんといってもサッカーであり、「オリンピック開幕前100日」と呼ばれる期間の後半部とすっぽり重なる「UEFA EURO2024」の開催期間(2024年6月24日~7月14日)では、おおかたのフランス人たちの熱狂は、もっぱら後者へ注がれただろう。 

 

 おまけに、6月後半から7月初旬にかけて、フランスの命運を左右しかねない下院選挙(下院議員を選ぶ選挙)の日程も重なる。「UEFA EURO2024」終了の翌日、7月15日付改訂版(初稿4月16日)の「ル・モンド」紙(電子版)の記事も、「数ヶ月が過ぎた。現況は進展をほとんどみせていない。パリ2024年を準備する立役者のひとりは、オリンピックおよびパラリンピック受け入れの展望から見て『一般の人々のあいだに盛り上がりが見られるとはいえない』と述べる」と報道している。 

 

 

  聖火がパリに到着し、市民の興奮と関心をなんとか焚き付けようとする涙ぐましいイヴェントも催されている。 

 

 7月14日(つまりフランス革命記念日)、女優にして歌手のアリエル・ドンバール(Arielle Dombasle, 1953~)は、パリ市役所広場で、白地に青と赤のラインが胸部と腕に施され、下半身部分が洗濯機の排水ホースのような度肝を抜く衣装で「オリンピック」と題される自作の歌を披露した。このときの映像がネットでフランス人たちの嘲笑と批判にさらされている。 

 

 いわく「世界中の笑い物だ」「すべてにおいて並以下の国だ」「阻止できなかったテロだ」など。フランスのポップソングは、日本人が「フランス」ときいてイメージするような瀟洒なものはごくごく一部であり、大半が恥ずかしくなるくらいダサいのであるが(菊池成孔『歌舞伎町のミッドナイトフットボール』(小学館)第6章の、菊池成孔氏と私の対談を参照のこと)、そのなかでもアリエル・ドンバールのこのショーの破壊力は半端ない。コケにコケたイヴェントであった。 

 

 7月26日のパリ・オリンピック開幕まであと数日を数えることとなったが、ご当地パリは、最大級の厳戒態勢のもとに置かれている。32万6000人の観客が見込まれる開会セレモニーの予定地であるセーヌ川の、周辺の広範な地区への自動車の侵入は禁止。さらにセーヌ川に直近の地区(「グレーゾーン」もしくは「アンチ・テロ・ゾーン」と呼ばれる)では、正当な理由(居住、診療、通勤など)で立ち入ることを証明するQRコードを提示しないかぎり、人々はいかなる交通手段をもっても入ることができない。 

 

 セーヌ川の中洲であるシテ島(ノートルダム大聖堂がある)、およびサンルイ島は半ば要塞と化している。島へアクセスするための8つの橋のうち、2つを除いてあとは閉鎖。観光客を見込めないこれらの島では、商売は上がったりだ。こうしてパリ中心部の近況をリポートした「ル・モンド」紙(電子版)の7月18日の記事は、こんな疑問をつけくわえる。「パリ・オリンピック2024の開会セレモニーが、たった一瞬の輝きをうみだすためだけにそこにあるなら、いったい何の利益が?」。 

 

 

 パリでは、2015年1月に週刊誌「シャルリー・エブド」社襲撃事件、同年11月にはイスラム国の戦闘員たちによる同時多発テロが起きている。2020年9月には、「シャルリー・エブド」社が預言者ムハンマドの風刺画を再掲載したことに抗議し、同社社員を標的としたテロが発生、同年10月には同風刺画を授業で使用した中学校教師が斬首されるなど、大小のテロが頻発している。 

 

 したがって、パリでオリンピックを開催するということは、一方でテロリズムに最適化した場所をあたえて敢えて市民を危険に晒しつつ、他方でそれを阻止するために厳戒態勢を敷いて市民の生活を束縛・制約する、という、なんともバカバカしい〝マッチポンプ〟以外のなにものでもない。割を食うのは、パリ市街地の市民たちと、何も知らずに観光に来たツーリストたちである。 

 

 2023年10月30日、「世界の医療団」(Médecin du monde:フランス人医師ベルナール・クシュネルによって1980年にフランスで設立された、医療ボランティアを世界各国に派遣して人道支援に取り組む国際的なNGO)を含む60以上の協会が、オリンピック組織委員会、アスリート、そして連盟に宛てて公開書簡を送付した。 

 

 公開書簡が懸念するのはオリンピックの準備と警備の名のもとで公然と行われる「社会的清掃」(nettoyage social)である。「オリンピックは街を根こそぎひっくり返してしま」い、ホームレスの立ち退き、緊急避難施設の縮小、受付の閉鎖、食糧支援を提供する場所の減少など、社会的弱者の生存権を脅かす政策が施行される可能性がある。公開書簡はそれを告発するのである( 2023年10月30日付« Capital »誌(電子版))。 

 

 しかし、この公開書簡の請願もむなしく、パリ郊外サンドニでは、現在、選手村の建設を口実に、シリアやアフガニスタンの難民が生活するキャンプの撤去が進んでいる。またスタジアムの近くの労働者の寮が取り壊され、住民たちが反対運動を起こしたこともある(上智大の稲葉奈々子氏のコメント。2024年6月11日付「朝日新聞デジタル」)。 

 

 

 
 

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