( 194977 )  2024/07/26 16:50:38  
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なぜ、日本企業から「現場力」がなくなってしまったのか。これには、この20年、日本企業が行ってきた「縮み志向の歪んだ『4なし経営』」が大きく影響している(写真:metamorworks/PIXTA) 

 

経営コンサルタントとして50社を超える経営に関与し、300を超える現場を訪ね歩いてきた遠藤功氏。 

36刷17万部のロングセラー『現場力を鍛える』は、「現場力」という言葉を日本に定着させ、「現場力こそが、日本企業の競争力の源泉」という考えを広めるきっかけとなった。 

しかし、現在、大企業でも不正・不祥事が相次ぐなど、ほとんどすべての日本企業から「現場力」は消え失せようとしている。 

「なぜ現場力は死んでしまったのか?」「どうすればもう一度、強い組織・チームを作れるのか?」を解説した新刊『新しい現場力 最強の現場力にアップデートする実践的方法論』を、遠藤氏が書き下ろした。 

 

【図1枚でわかる】日本の“現場”を殺した「20年間日本企業が行ってきた『4なし経営』」の中身。「これでも本当に「経営」と言えるのか?」 

 

その遠藤氏が、「日本の“現場”を殺した『4なし経営』の重すぎる罰」について解説する。 

 

■長期にわたる「4なし経営」が現場力消滅に大きく影響 

 

 私は過去30年以上にわたり、日本企業の現場を300以上訪ね歩いてきた。 

 

 「現場の人たちとの直接的な触れ合いを大事にしたい」と思い、いまも経営顧問先の現場やコンサルティングを行う企業の現場を訪ね歩いている。 

 

 「現場力」こそが、日本企業の競争力の源泉であると信じてきた。 

 

 しかし、日本企業の現場を取り巻く環境は悪化していき、劣化を食い止めるどころか、現場力は跡形もなく消えてしまっていた。 

 

 なぜ、日本企業から「現場力」がなくなってしまったのか。 

 

 これには、この20年、日本企業が行ってきた「縮み志向の歪んだ『4なし経営』」が大きく影響している。 

 

 では、「4なし経営」とは、どのような経営なのだろうか。 

 

 1つめは「積極的な設備投資や人材育成投資を抑制してきた『投資なし』」経営である。 

 

【①投資なし】「設備投資」や「人材育成投資」を抑制してきた 

 かつて日本のモノづくり企業は、「メイド・イン・ジャパン」で世界市場を席巻した。 

 

 世界のモノの輸出総額に占める日本のシェアは、ピークだった1986年には10.3%あったが、2022年のシェアは3.0%にまで低下した。 

 

 輸出額自体が減っているわけではない。日本の相対的な地位が低下しているのは、中国や韓国などのライバル国が日本以上に伸ばしているからである。 

 

 

 その一方で、国内での設備投資は抑制されてきた。 

 

 日本の国内における設備投資は、この30年間で2割程度しか伸びていない。その間、アメリカやカナダは2倍以上に設備投資を増やし、欧州主要国でも4~8割伸ばしている。 

 

■人材育成投資は「欧米5カ国と10倍以上の開き」がある 

 

 設備投資以上に問題なのは、きわめて低水準の人材育成投資だ。 

 

 GDPに占める企業の能力開発費の割合を欧米5カ国と比べると、日本が突出して低いことがわかる。 

 

 アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、英国がGDPの1%以上を投下しているのに対し、日本はわずか0.1%と、10倍以上の開きがある。 

 

 また、日本企業の多くは、OJT主体の人材育成を行ってきたが、OJTには数多くの問題点があることは以前から指摘されている。 

 

 上司によって指導能力や熱意に大きな差があること、上司が多忙だと指導が後回しになってしまうなどの欠点は深刻である。 

 

 にもかかわらず、多くの日本企業は「体系的な人材育成」を行わず、「人づくり」を放置したままである。 

 

 2つめは「非正規社員に頼り、正社員を抑制してきた『人員増なし』」経営である。 

 

【②人員増なし】「非正規社員」に頼り、「正社員」を抑制してきた 

 日本企業はこれまで非正規社員を増やすことで人件費を抑制し、経営のフレキシビリティを確保してきた。 

 

 人件費を変動費化することで固定費を圧縮し、環境変化に対応しようとしてきた。その流れは、この20年を見ても変わっていない。 

 

■日本の労働者の「約4割は非正規雇用者」 

 

 日本の非正規社員数は、2005年の1634万人から2022年には2101万人と約1.3倍に増えている。日本の労働者の約4割は非正規雇用者である。 

 

 多くの企業が非正規社員から正社員へと転換する制度は整えているが、実際に正社員になりたい人のうち、転換できたのは7%程度にすぎない。 

 

 非正規社員の賃金も、ほかの先進国と比べると低い水準である。 

 

 正社員と比べた非正規社員の賃金水準は、英国やフランスなど欧州主要国は80%前後だが、日本は65%にとどまっている。 

 

 

 もちろん、必ずしも非正規雇用自体が悪いわけではない。働く側にとっても「自分の都合のいい時間に働きたい」「仕事を固定したくない」などのニーズがあり、それに応える働き方の選択肢のひとつだ。 

 

 しかし、現場の目線から見ると、それほど単純な話ではない。 

 

 正社員、契約社員、派遣社員、請負など多様な「身分」の人たちが同じ現場で方針やルールを徹底させたりするのは容易なことではない。さらに、外国人労働者も増加している。 

 

 「欠勤者の穴埋め」「採用に関わる負荷」「安全対策」「トラブル対応」「メンタルに問題を抱える社員のケア」「外国人労働者のケア」など、現場責任者の負担は間違いなく大きくなる。 

 

 これは、負荷を背負いきれなくなって社員が辞めてしまうという、最悪のシナリオにもつながっていく。 

 

 3つめは「上がった利益は内部留保や配当に回し、給与を上げてこなかった『賃上げなし』」経営である。 

 

【③賃上げなし】利益は「内部留保」や「配当」に回し、「給与」を上げなかった 

 

 OECD主要加盟国における2021年の労働時間当たり人件費を見ると、日本は30.37ドルと主要先進国中最低で、韓国(30.68ドル)をやや下回り、チェコ(28.83ドル)を若干上回る程度の水準である。 

 

 フランス(52.53ドル)、ドイツ(51.49ドル)、アメリカ(48.88ドル)などとは比較にならないほどの差をつけられている。 

 

 アメリカの人事コンサル大手であるマーサーの調査によると、2023年の専門職の平均年収は、アメリカが16万2717ドル、シンガポールは12万6456ドルである。それに対し、日本は7万5317ドルにとどまる。 

 

 アメリカとは2倍以上の差をつけられている。これでは優秀な人材の流出が止まるはずもない。 

 

■多くの日本企業は「低賃金・低生産性」という状態 

 

 主要先進国の労働分配率を見ても、日本はアメリカに次いで低い状況だ。しかし、アメリカと日本ではその背景は大きく異なる。 

 

 アメリカは労働時間当たり名目GDPが他国に比べて高いにもかかわらず、労働時間当たり人件費は他国並みにとどまっているため、低い水準になっている。 

 

 それに対し日本は「生産性は低いけれども、それ以上に人件費が低いために労働分配率が低い」という状態にある。 

 

 

 つまり、「低賃金・低生産性」という縮小均衡が続いているのである。 

 

 4つめは「価値に見合う価格改定を行ってこなかった『値上げなし』」経営である。 

 

【④値上げなし】「価値に見合う価格改定」を行ってこなかった 

 賃金を上げたり、社員の休暇取得を進めたりしようとすれば、当然、企業収益を圧迫する。コスト増に対抗するためには、価格転嫁を進めなければならない。 

 

 しかし、この20年、日本企業は価格転嫁には及び腰だった。 

 

 コストに対する販売価格の比率を示す「マークアップ率」 を見ると、この20年まったく上がっていない。 

 

 コストの上昇分が消費者物価にどれだけ反映されたかを示す転嫁率を見ると、日本の製造業は72%、サービス業は29%だった。 

 

 それに対し、アメリカは製造業78%、サービス業は100%と、コスト増が価格転嫁で吸収されている。 

 

 日本は企業の大小を問わず、コスト上昇を価格に転換しようとする動きがきわめて鈍い。 

 

 デフレ期が長く続き、コストを価格に転嫁するのではなく、コストそのものを削減し、しのごうとする考え方が染みついていた。 

 

■「現場力の再生」なくして「日本の再生」はあり得ない 

 

 こうした「縮み志向の歪んだ経営」が、20年にわたり継続されてきた。 

 

 それらはすべて現場への過度な圧力として、現場を痛めつけ、消耗させ、現場力を減衰させていった。 

 

 そこには「現場力への過信」もあったかもしれない。 

 

 「うちの現場だったら、なんとかするだろう」という経営陣の甘えもあった。 

 

 しかし、その「ツケの代償」はきわめて深刻な形で表出している。 

 

 これからの日本企業は、このような経営を改善し、マイナスから立て直して、「より高次の現場力」を目指していかなければならない。 

 

 その道のりは果てしないが、「現場力の再生」なくして日本企業の再生はあり得ない。 

 

遠藤 功 :シナ・コーポレーション代表取締役 

 

 

 
 

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