( 195357 ) 2024/07/27 17:20:06 0 00 Photo:PIXTA
● 新NISAの新規開設224万件 海外株式投信への純流入は前年の5倍
新NISA(少額投資非課税制度)への資金流入が急増し、家計資産の海外シフトが起きている。
日本証券業協会によると、証券10社の今年1~5月のNISA口座の新規開設数は224万件と、前年同期の2.6倍だった。NISA口座を通じた買い付け額は6兆6141億円と、前年同期の4.2倍となった。
このかなりが海外に流出している。1月以降、投資信託委託会社などによる対外証券投資は1兆円程度の買い越しで、旧NISA時代の平均を大きく上回った。日興リサーチセンターの調査では、1~5月の海外株式型投信への純流入額は5兆4284億円と、前年同期の約5倍に増えたという。
国内の投信運用会社などによる海外株・ファンドの買い越し合計額や家計の金融資産に占める外貨性資産の比率も過去最高になっている。
今の円安の原因になっているという見方には疑問があるが、資金の海外流出を増やしているのは事実だ。そしてこのこと自体が日本経済を弱体化するものだ。
● 家計金融資産の海外シフト 外貨性資産の割合4.2%と過去最高
「対外及び対内証券売買契約等の状況」(財務省)によると、1~6月の国内の投信運用会社や資産運用会社による海外株・ファンドの買越額合計は、同期間として過去最高の6兆1639億円だった。
これは同期間の貿易赤字額(4兆円前後)を上回る。また、銀行の買い越し(2207億円)を大きく上回る。
また日本銀行の2024年1~3月期の「資金循環統計」によると、家計金融資産のうち投資信託の残高は、24年3月末時点で前年同月比31.5%増の119兆円と、過去最高だった。
家計金融資産のうちの「外貨性資産」(外貨預金、対外証券投資、投資信託の外貨部分)の比率は、24年3月末時点で4.2%と過去最高になった。
このように海外投資が増えた原因が、新NISAによる税制上の恩典なのかどうかは分らない。むしろ、今年になってからのアメリカの株価上昇が著しいからだろう。そして新NISAが大々的に宣伝されたため、若年者を中心として多くの人々が投資に関心を持ったからだろう。
● 円安の直接的な原因ではないが 将来見通しを通じて間接的な原因に
新NISAを通じる海外投資の急増が、円安の原因になっているとの見方も増えている。
しかし、これが円安の直接的な要因になっているかは疑問だ。円キャリー取引などの投機資金に比べて、額がまるで違うからだ。
このことは、本コラム「日米金利差やデジタル赤字だけではない“異常な円安”の『真の原因』」(2024年6月13日付)でも指摘した。
繰り返せば次の通りだ。
BIS(国際決済銀行)の調査によれば、外国為替市場における1日当たりの円の取引高は1.28兆ドルだ。1ドル=160円で換算すると、205兆円になる。 これに比べると、新NISAを通じる海外投資の増加額は、無視し得るほど小さい。
キャリー取引は借り入れによって資金を調達するので、幾らでも規模を膨らますことができる。短期取引だが、いったん取引が終わった時点で再び同じ取引をすれば幾らでも続く。だから、為替レートに直接の影響を与えるのは、こうした投機取引だ。
ただし、新NISAが為替レートに与える影響を無視して良いということではない。
まず注意すべきは、円キャリー取引が生じるには、日米間で金利差があるだけでは十分でなく、将来、円高にならないという見通しが必要なことだ。仮に将来、円高になれば、金利差による利益は簡単に吹き飛んでしまう可能性がある。
ところが新NISAを通じた投資は、若年世代が老後に備えての長期投資である場合が多い。したがって、それが取り崩されるのは、数十年後の将来のことになる。つまり、通常の投資と違って反対売買が起こりにくい。通常の資本流出の場合よりも、近い将来に円高になる可能性は低いと判断できる。
だから新NISAによる海外投資の増加は、日本の家計の海外投資シフトが将来も続くという見通しによって、間接的に円安の原因になっている可能性がある。
ほかにも円安が進んでいる要因として、貿易赤字やデジタル赤字が指摘されることもある。 しかし、これらの実需取引は規模が小さい(すでに見たように、投信による海外株・ファンドの買越額合計は貿易赤字を上回っている)。だから円安の直接的な原因とは考えられないが、将来の見通しに影響を与えるという意味で、間接的に円安の原因になっていることはあり得る。
これらも反対売買がない。そして貿易赤字やデジタル赤字が続けば、円高にならない確率が高まる。だから将来の見通しに影響を与えるという間接的なルートによって円レートに影響を与えると考えられる。
● 金融資産所得優遇の本当の理由は 税軽減求める圧力と人気取り
新NISAは、岸田政権が「貯蓄から投資」というスローガンの下で導入したものだ。
金融資産投資で得た利益に対してかかる所得税を非課税にすることで日本株などへの投資マネーを増やすとされた。
もともと金融資産からの収益については、総合課税でなく分離課税を選択することが可能だ。これによって、税負担は大きく軽減される(特に高額所得者の場合)。NISAは一定の限度で税負担をまったくゼロにするものだ。
分離課税選択制もNISAも、日本独自の制度ではなく諸外国にも広く存在する。実際、日本のNISAはイギリスの少額貯蓄非課税制度をモデルに作られたものだ。
こうした措置が必要なのは、総合課税すると税負担が重くなるので、資金が海外に逃げてしまうからだと言われる。それを防ぐために、他の所得よりは税負担を低める必要があるというのだ。
しかし、本当にそうした狙いで行われ、実際にその効果があるかどうかは疑問だ。
金融資産所得の税負担軽減措置がとられている本当の理由は、税軽減を求める圧力があるからだと考えられる。そして新NISAも入気取り政策としての性格が強い。
実際、日本の場合にはすでに見たように、新NISAが資本流出を引き起こしている。
これらの措置が資産の海外流出をもたらさないために最低限必要な条件は、国内に魅力的な投資先が存在することだが、そうはなっていない。
しかし、日本の場合は、海外投資の収益率が高いために、標榜されている効果とは逆に、資金流出を増大させる結果になっている。
● 「貯蓄から投資」が日本経済を弱める 高リターンの投資先なく海外流出の「悪循環」
「貯蓄から投資」というスローガンも奇妙なものだ。
銀行預金であれ株式投資であれ、家計の立場から言えば貯蓄だ。そして、銀行預金であれ株式投資であれ、最終的には投資に回されるからだ。
これを標榜する人たちが主張しているのは、実はリスクと平均的収益率の関係を、現在の安全重視的なものから、リスクが高いものに変えるほうが良いと言うことだ。
しかし、どのような組み合わせが望ましいかは、資産保有者の個々の事情によって異なる。
しかも、前日のように受け皿となるべき高リターンの投資先が日本にないので、家計資産の海外流出をもたらしてしまった。その結果、日本企業が生産性を高めるために必要な資源が減少する。そして、国内投資先の収益率はますます低下する。
「貯蓄から投資」という政策が全く間違ったものであることが、あらためて明らかになった。
政府の政策として必要なのは、技術革新や人的能力の向上を助けることによって、国内での経済活動を活性化し、国内投資の収益率を高めることだ。
これは、新NISAのような金融資産所得の税負軽減によって実現できるものではない。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)
野口悠紀雄
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