( 195714 )  2024/07/28 17:36:47  
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自分が介護者であることに気づかないケースが多い(写真はイメージ)【写真:Getty Images】 

 

 女性の社会進出が進み、晩婚化・晩産化に伴って、育児と親の介護を同時に担う、いわゆる「ダブルケアラー」が新たな問題になっています。数年後には介護に直面するダブルケアラー予備軍も多く、子育てが終わるまでに3人に1人がダブルケアを経験するという予測も。そこで、フルタイムで働きながら実母を介護し、2人の子どもを育てる40代女性に話を聞いたところ、休業制度や福祉サービスは充実しつつある一方で、ダブルケアラー当事者の健やかな生活や活躍を阻む“見えない壁”の存在が浮かび上がってきました。ダブルケアの実態と、ダブルケアラーの増加が社会に与える影響とはどのようなものなのでしょうか。 

 

【写真】仕事と介護の両立困難による労働生産性損失額は驚きの金額に 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

「まさか自分が介護者になっているとは、まったく気づいていませんでした」 

 

 そう話すのは、重度の自己免疫疾患を患う実母を都内の自宅で介護しながら、私立中学校に通う2人の子どもを育てている40代後半のAさんです。ダブルケアと並行して、大手金融機関で働いています。 

 

 ふたりとも産休のみで復職したAさん。夫は長年単身赴任だったため、出産を機に関西で暮らしていた母が育児を手伝いに来てくれるようになり、やがて同居することになりました。母は10年近くの間、家族の公私バランスを支えてくれる大切な柱でした。 

 

 ところが、その均衡が崩れたのは、下の子が小学1年生だった7年前。母が原因不明の足の痛みを訴え始め、あっという間にまともに歩けなくなってしまったのです。ようやく診断がついたのは、痛みを感じ始めてからおよそ1年後のことでした。 

 

 当時、子どもたちはふたりとも小学生。まだまだ手がかかる時期ですが、仕事で遠くに暮らす夫の手を借りることはできません。Aさんはひとりで家事育児をこなし、自宅での母の介助や有休を使って通院に付き添うなど、知らず知らずのうちにダブルケアラーになっていたのです。 

 

 Aさんが介護していることを自認したのは、母の体に異変が起きてから4年が経った頃。母が寝たきり状態になって初めて、「とっくに介護が始まっていたことに気がついた」と話します。にっちもさっちもいかなくなったAさんは、地域包括センターへ相談しにいくことに。実は、それまでにも車椅子を借りにいくなど利用していましたが、相談には至っていませんでした。 

 

「相談後、要介護認定を受けることになりました。母はすでに普通のトイレへひとりで行くのすら困難な状態でしたが、最初に要介護認定を受けたときの判定は要支援1。家族はこんなに大変なのに……」 

 

 要支援1とは、日常の基本的な動作は自力で行えるものの、部分的な介助が必要な状態をいいます。しかし、Aさんのお母さんは、体調の良い日は体を動かせるものの、寝たきりの日も少なくありませんでした。 

 

「仕事との両立に悩んだことも少なくありません。たとえば、通院送迎サービスを利用し始めた頃、マンションの下まで母を迎えに来るように言われていました。在宅勤務とはいえ、オンラインでの会議などですぐに離席できない場合が多くあります。そのことを説明し、玄関までの移動介助をお願いしたのですが、なかなか聞き入れてもらえず苦労しました」 

 

 介護が始まると、縦割り行政による“見えない壁”がたくさんあると感じたというAさん。また、介護に関することだけでなく、学校や病院など生活のなかでも「それぞれに壁を感じました」と話します。 

 

 とくに学校については、保護者会やPTAの参加など、介護で忙しくても「親ならやって当たり前」という風潮が今でも強く残っています。Aさんは、子どもたちがコミュニケーションを取りにくくなってしまわないよう、介護をしながら根回しにも心を砕いたそうです。 

 

 

 この7年、母の体調が右肩下がりのなか、子どもが不登校になったり、中学受験を希望したりと、状況は常に変化してきました。それでも仕事の成果を変えたくなかったAさんは、早い段階から職場に対し直談判。午前5時に始業し午後2時頃に終業、午後の時間は母の通院介助などに当てる、自分のペースで働くスタイルを確立していったそうです。 

 

「人間が弱っていくプロセスは同じです。私の状況は特別ではないのだと会社にわかってもらうために周囲ともコミュニケーションを取りました。介護の話を日常会話に織り交ぜていくことで、介護の悩みを話しやすい職場の雰囲気ができています」 

 

 現在、母は要介護4に認定され、リハビリに通うようになりました。望むリハビリができるようになり、母は生きる希望を持てるように。そして、Aさんにもようやく少しだけ、自分の時間を持てる余裕が出てきたそうです。 

 

 Aさんが同じくダブルケアをする人や予備軍の人に強く伝えたいのは、「自己犠牲はやめるべき」ということ。もともと、物事を切り離して考えるのが得意なタイプのAさんであっても、家族のために自分が我慢せざるを得ないことも多く、何度も悩み堂々めぐりしてきたそうです。しかし、介護や育児のフェーズは刻々と変わっていきます。家族を支え続け、頑張りたいときに踏ん張るためにも、「自分を一番大切にすることを忘れない」ことが重要だといいます。 

 

NPO法人こだまの集い代表理事・室津瞳さん【写真:Hint-Pot編集部】 

 

 これまで100人以上のダブルケアラーと対話をしてきた、NPO法人こだまの集いの代表理事・室津瞳さんによると、Aさんのように、自身が介護者状態になっていることに気づいていない人はとても多いといいます。 

 

「一般的に、身体的な介護を『介護』だと思っている人が多いですが、たとえば親の声が小さくなった、何度も同じことを言うようになったなどの、ちょっとした異変を気にかける状態からお看取りまでを、私たちは『介護』といっています。けれど、人には正常性バイアスがあって、まだまだ自分の状況は大丈夫、ダブルケアではないと思っている人がけっこう多いんです」 

 

 なかには、介護施設に入所する家族がいても、ダブルケアではないと思っている人も。しかし、自分が介護者であることに早く気づくほど、早めに対策を取ることができ、親が元気でいられる期間が長くなる可能性が高まります。 

 

 

 また、ダブルケアラーのなかにはAさんのように仕事をし、実際にはトリプル以上のケアになっていることも少なくありません。高齢化率が上昇し、現役世代の割合が減少していくなかで、こうした人たちのための制度を整えていくことは急務だと室津さんは警鐘を鳴らします。 

 

「ダブルケアは育児、介護、仕事と常にマルチタスクで、かなりの調整力とスキルが必要になってきます。男女問わず、体力が削られると体だけでなく、うつなど心の病気になる場合も。ダブルケアの健康被害は、これから最大の課題になってくる労働力人口の減少に拍車をかけます」 

 

 こうした、仕事と介護の両立が困難なことに起因する労働生産性低下などによる経済損失は、2030年に約9.1兆円と試算されており、この金額は年々増す見込みです。過去最高を記録した2023年のインバウンドによる経済効果は約5兆円。そう考えると、かなりの損失であることが実感できます。 

 

「この損失は、介護離職によるものだけではありません。86.2%はパフォーマンス低下によるものです。退職していない人が多いのに、これだけ大きな損失があるということに、企業などは早急に向き合っていかなければいけません」 

 

 介護制度や子育て支援は充実してきているものの、大企業であってもうまく運用されていない側面があります。室津さんは、働きたい人が仕事を続け、誰もが介護を理由にキャリアを中断しない社会の実現を願います。 

 

「大介護時代はどうしても避けられないタイムラインだから、みんなが幸せに生きられる仕組みに変えていく――個人で悲観する必要はありません」 

 

 これまで、介護や育児は家族で行うべきものとされてきました。しかし、労働人口が減るこれからは個人レベルで頑張るのではなく、国を挙げてこの実態に対応していかなければなりません。そして、私たち自身も超高齢社会に向けて、意識を改革していく必要があるでしょう。 

 

※この記事は、「Hint-Pot」とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。 

 

◇室津瞳(むろつ・ひとみ) 

NPO法人こだまの集い代表理事。看護師、介護福祉士。ダブルケアと仕事を両立する難しさを実感した自身の経験から、社会支援の整備やダブルケア当事者の課題解決のため、2019(令和元)年5月にNPO法人こだまの集い設立。対話型のワークショップには、現在200人ほどが参加。ダブルケアカフェやセミナー、講演会、研究活動、執筆活動など多岐にわたるアプローチでダブルケアの問題に取り組んでいる。 

 

Hint-Pot編集部・白石あゆみ 

 

 

 
 

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