( 196124 )  2024/07/30 00:46:27  
00

“攻めすぎた”演出に賛否両論のパリ五輪(写真:Getty Images) 

 

 7月26日の夜(日本時間27日早朝)、パリオリンピックの開会式が行われ、正式に大会が開幕した。この開会式が、いきなり物議をかもす状況に陥っている。 

 

【画像】「悪趣味すぎる」と批判が殺到した“生首”演出と、東京五輪を台無しにした“スピーチ” 

 

 最も話題になったのが、フランス革命で斬首された、王妃マリー・アントワネットと思しき女性が、赤い衣装をまとい、自分の生首を手にしながら歌唱、さらにメタルバンドの演奏が行われたことだ。 

 

 ドラァグクイーンらによる、レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」のパロディーと思しき演出には、キリスト教団体などから批判が出ている。 

 

 選手がセーヌ川を船で入場するという斬新な試みもされたが、大雨で選手がずぶぬれになったり、今大会最多631人の選手を送り出したアメリカの船が超過密状態だったりしたことも物議をかもした。 

 

 それ以外にも、韓国の選手入場の際に“北朝鮮”と紹介されたり、五輪旗が上下逆に掲げられたりといった、基本的なミスが起きている。 

 

 開会式出演ダンサーが直前にストライキを起こしたり、フランス高速鉄道TGVへの破壊行為により選手の到着遅れが続出したりといった、会場外でのトラブルの影響も大きかった。 

 

 これら開会式での奇抜な演出について、パリ五輪の大会組織委員会は28日に「本当に申し訳なく思う」と謝罪した。 

 

■物議をかもしたのは、東京とパリくらい 

 

 パリ五輪開会式の話題とともに、X上では「東京五輪の開会式」がトレンド入りし、東京五輪の開会式と比較したり振り返ったりする投稿も多数見られた。 

 

 投稿内容としては、東京五輪のほうが良かったという声もあれば、パリ五輪のほうが印象的だったとする声も出ており、やはり議論は百出している状況だ。 

 

 多様な意見が出ている状況こそが、パリ五輪の開会式、そして比較対象としての東京五輪の開会式の特殊性を物語っているように見える。両者ともに激しい批判を浴びた点では共通しているが、その要因は真逆であり、批判の中身も大きく異なっている。 

 

 今回のパリ大会からさかのぼった、過去5回分の夏季五輪の開催地は下記の通りだ。 

 

2008年 中国・北京 

2012年 イギリス・ロンドン 

2016年 ブラジル・リオデジャネイロ 

2020年 日本・東京(コロナにより、開催は2021年) 

 

 

2024年 フランス・パリ 

 北京五輪は、映画監督のチャン・イーモウが演出の総監督をつとめた(同氏は2022年冬季大会も総監督をつとめる)。「口パク」疑惑、合成位映像の使用などに対する批判は起きたが、演出は高い評価を得ている。 

 

 ロンドン五輪では、映画監督のダニー・ボイルが総監督をつとめたが、イギリスのポップミュージックが満載で、映画『007』のジェームズ・ボンド役ダニエル・クレイグがエリザベス女王をエスコートするという演出もあり、イギリスらしさが出ていると高評価だった。 

 

 リオ五輪の開会式は、予算も潤沢ではなく、前出の2大会ほどの派手さはなく、話題も大きくはなかったが、ブラジルの歴史と文化をリスペクトし、最新テクノロジーを用いた演出の評判は良好であった。 

 

 ちなみにリオ五輪で思い出しておきたいのが、閉会式で日本が行った、リオから東京への引き継ぎ式だ。ハローキティやドラえもん、大空翼など日本の人気キャラクターが多数登場し、故・安倍晋三元首相がマリオに扮して登場したことで話題を集めた。 

 

 他にも東京五輪の期待感を最大限に高める優れた演出となっており、日本だけでなく、海外でも賞賛を集めた。 

 

 振り返ってみると、大きく物議をかもしたのは、今回のパリと前回の東京くらいのようだ。 

 

 北京大会以前は、SNSが今ほど浸透しておらず、“炎上”する可能性も低かったのだが、直近で見ても、パリ五輪の開会式は物議をかもし過ぎであるように思う。 

 

■東京五輪の開会式を振り返ってみると… 

 

 東京パラリンピック閉会式の演出を担当した小橋賢児氏は、パリ五輪開会式の演出に関して「この時代の中で『攻めた姿勢』を見て、うらやましいものがあった」とスポーツ報知に語っている。 

 

 脳科学者の茂木健一郎氏は、Xに「パリ五輪の開会式、ここまで自由にやっていいんだという開放感があってすばらしい。形式化、マンネリ化していたのがすべて吹っ飛んだ感じ」と投稿している。 

 

 たしかに、パリ五輪は“自由”で“攻めた”演出だったと言える。批判の背景には「五輪という世界の多くの人が注目する国際大会の場で、これを行う必要があったのか?」という疑問があるように見える。 

 

 フランスに限らず、ヨーロッパの人びとは、他人の行動にあまり口出ししない傾向がある。多くの国家が隣り合い、国や民族を越えて行き来している地域のため、摩擦も絶えないのだが、「とりあえずは受け入れて、問題が起きたら解決策を講じよう」という基本姿勢を持っているように見える。 

 

 

 開会式の演出についても、「こういう批判が起きるかもしれないからやめておこう」、「こういうトラブルが想定されるから、十分な対策を取っておこう」といった意識は、少なくとも日本人ほど強くは持っていなかったようだ。 

 

 東京五輪の開会式を振り返ってみると、パリ五輪とは真逆で、“不自由”で“守りに走った”ことで、コンセプトが定まらず、インパクトに欠ける演出になってしまったと言える。 

 

 とはいえ、大きなイベントではトラブルが続出するのが通常だ。今大会で起きたような、国名を間違えたり、旗が上下逆になったりするようなトラブルは、過去も起きている。 

 

 2012年のロンドン五輪では、サッカー女子の北朝鮮対コロンビア戦で、試合前に誤って韓国国旗が表示されるトラブルがあった。2014年のソチ冬季五輪の開会式では、五輪の5つ輪のうちの1つが表示されないというトラブルが発生している。 

 

 基本的なミスであっても、当該国の選手や国民の感情を害する結果にもなりかねないため、運営側は細心の注意を払う必要がある。東京五輪はさまざまな批判が起こったとはいえ、こうしたトラブルについては最小限に留めることができていただろう。 

 

■「リスク回避意識」が過剰に働いた東京五輪 

 

 東京五輪の開会式のトラブルは、演出チーム、担当者の相次ぐ変更によるものだった。2020年12月に「コロナ禍に伴う式典の簡素化を短期間で進めるため」との理由で当初メンバーが解散。 

 

 2021年3月には、企画、演出で統括役を務めるクリエーティブディレクターの佐々木宏氏が「渡辺直美さんの容姿を侮辱するようなメッセージをチーム内のLINEで送っていた」との週刊誌報道により辞任。 

 

 開幕直前の7月に入り、楽曲の作曲担当のミュージシャンの小山田圭吾氏が過去の“いじめ問題”により辞任。さらに、開閉会式のディレクターを務める小林賢太郎氏が、過去にコントグループ「ラーメンズ」として行っていたコントの中で「ユダヤ人大量虐殺ごっこ」などのセリフがあったことで解任された。 

 

 さらに、開会式に出演予定だった俳優の竹中直人氏が、過去に出演したビデオの内容が過去に障がい者を揶揄すると批判をされていたことを理由に、開会式前日に出演を辞退していたことも判明している。 

 

 

 筆者は当時、東京五輪の開会式開催中のTwitter(現X)の話題を分析したが、ピクトグラム(今回の開会式でも、当時のこの演出について掘り起こされて話題になっていた)、名作ゲームの楽曲BGMの使用、歌手・MISIAによる「君が代」独唱など、個々の企画については、ポジティブな評価も多かった。 

 

 しかしながら、全体としては、「面白くなかった」、「何を伝えたいのかわからない」、「統一感がない」、「日本の魅力が伝わっていないといった」批判がされていた。 

 

 リオ五輪での引継ぎ式のクオリティーの高さを考えると、日本には素晴らしい開会式を演出する能力も人材も揃っていたはずだ。コロナという不測の事態があったことは考慮する必要があるが、過剰なリスク回避意識がマイナスに働いてしまったことが大きいように思う。 

 

■パリ五輪は、少なくとも多くの人びとの記憶に残った 

 

 不適切な言動を取った人や組織を糾弾し、ボイコットする“キャンセルカルチャー”が、東京五輪開催前後には蔓延していた。 

 

 強力なリーダーシップが不在な中、色々な人が口出しをし、多方面に忖度しながら最大公約数的に落とし所を探っていては、インパクトのあるものはできないだろう。 

 

 筆者自身、パリ五輪の開会式は高く評価はできないが、少なくともインパクトは大きく、多くの人びとの記憶に残ったことは、紛れもない事実である。 

 

 評価するかしないはさておき、「パリ五輪ではここまでやった」ということを頭に入れておけば、「もう少しやってしまっても良いのではないか」、「この程度のことは批判に値しないのではないか」と、楽観的な気持ちになれるのではないかと思うし、それが今の日本には必要なことでもあると思う。 

 

西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授 

 

 

 
 

IMAGE