( 196499 )  2024/07/31 00:16:47  
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「地球沸騰化」とも言われる近年の夏。部活動の現場では対応を迫られている 

 

各地で猛暑日が続いている。対応を迫られているのが、スポーツの現場だ。なかでも、学校の部活動や地域のスポーツクラブなど、子どもたちが運動する環境が激変しており、多くの自治体で部活動や屋外授業を取りやめる動きが出ている。一方、子どもたちがスポーツを楽しみ、実力を高める機会を奪わないことも必要だ。「熱中症予防運動指針」(日本スポーツ協会)の策定に携わった医師は、「指針はあくまでもベースとし、現場が考えて議論し合い決めることが重要」と話す。学校の教員やスポーツ少年団の指導者など、指導にあたる大人たちのジレンマと、どのような対策が求められるかについて取材した。(取材・文:高島三幸/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部) 

 

スポーツ法にも詳しい置塩正剛さん(本人提供) 

 

「毎週土曜は、朝8時から子どもたちの練習を見ていますが、本当に暑い。今日(今年の7月6日)も10時前にはすでに『暑さ指数31℃』超えでした。練習を終えた10時以降はサッカー部の試合があると聞きましたが……」 

 

そう話すのは、弁護士の置塩正剛(おきしお・せいごう)さん(52)。短距離選手としてマスターズ陸上競技選手権大会に出場しながら、一昨年から木曜(隔週)と土曜に、東京都世田谷区の公立中学校の陸上部で外部指導者として活動している。 

 

「『地球沸騰化』とも言われる近年の夏は、ほとんどの日が『暑さ指数31℃』か、それ以上。この指数を杓子定規に守っていたら練習も試合もできず、子どもたちがスポーツする機会を失う。子どもの体は守りたい。でも運動ができなくなる。これが現場のジレンマだと思います」 

 

防災手帳(情報元:環境省) 

 

置塩さんを始め部活動の指導者などが戸惑うのは、日本スポーツ協会(JSPO)が決めた「暑さ指数31℃で、運動は原則中止。特に子どもの場合には中止すべき」という熱中症予防の運動指針があるからだ。 

 

「暑さ指数」とは、「気温」「湿度」「地面や建物、人体から出る放射熱」などから算出する指標。「暑さ指数31℃」の目安となるのは、気温35℃だ。 

 

近年の猛暑で、各自治体から小学・中学・高校などに「危機管理マニュアル」が発信され、それに基づいて、各校が体育の授業や運動部部活の実施を判断する。その基準として主に用いられるのが、この「暑さ指数」になる。 

 

広島市では、「暑さ指数」が一定基準を超えた場合、部活動やプール授業などを中止するよう定めている。北海道教育委員会は、「暑さ指数31℃」で部活動は原則中止、「熱中症警戒アラート」(暑さ指数33℃以上の予測)が発表されたら臨時休校を検討せよ、とした。千葉県の小学校では7月上旬、午前8時前の気温が36℃だったため、屋外プールの授業を中止した。全国各地で、猛暑に配慮して部活動や屋外授業を取りやめる動きが出ている。 

 

 

中学生の陸上競技記録会の様子。100mのスタート地点後方には多くの生徒が自分の出番を待っている(撮影:高島三幸) 

 

6月中旬、横浜市の中学陸上競技記録会に足を運んだ。正午時点で天候はくもりのち晴れ、気温は30℃で湿度50%。座っているだけで汗がにじむ。 

 

競技場のゴール付近にはミストシャワーが設置され、走り終わった選手が体を冷やす。競技の合間に熱中症を注意喚起するアナウンスが流れ、電光掲示板には「こまめに水分補給してください」と定期的に表示されていた。記録会は1日がかりで実施。電光掲示板のメッセージは、選手だけなく、屋根のないスタンドで観戦する保護者や生徒、審判に向けても発信されているように見えた。 

 

中学生たちに話を聞くと、100mのレースでは男子が78組、女子も50組以上あり、「スタートまでの待ち時間が、日陰がなくて暑かった」という声が上がった。走り高跳びに出場した生徒は、テント下の日陰に入って意識的に水分を補給し、汗をかくので着替えも準備して臨んだという。母親の指示でミネラル入り麦茶を持参していた子もいた。普段の練習でも、こまめな水分補給や日陰で休むなどの熱中症対策をしているが、雨の日に60人近い部員が校内に入って練習するときのムッとした湿気で、気分が悪くなるという意見もあった。 

 

「暑さ指数」について詳しく知らない子もいたが、これによって部活動や試合が中止になることについて意見を聞くと、動揺する声が上がった。 

 

「試合前に練習できないと不安」 

「うーん……、熱中症にはなりたくないけれど中止は困る」 

「せっかく練習したのに試合が中止になるなんて納得できない」 

 

こうした子どもの声に、大人たちは何ができるのだろうか。 

 

27年間小学生を指導し「年々猛烈な暑さを感じる」と塩津裕一さん(本人提供) 

 

「暑さ指数31℃」を避けるには、涼しい時間帯に運動すればいい。だが、子どもたちが運動するのに使える場所は限られている。 

 

会社役員の塩津裕一さん(65)は、27年前から千葉県印西市のスポーツ少年団で毎週土日の朝9時から2~3時間、80人近くの小学生にボランティアでサッカーを教えている。夏休みの間だけでも、練習時間を朝6時などの早朝や夕方に変更したいが、小学校のグラウンドの利用時間は9時から17時まで。9時前や17時以降にグラウンドを使わせてくれないかと働きかけたが、近隣住民やグラウンドを管理する自治体側の理解が得られないと、頭を悩ます。 

 

「グラウンドが広いので、住宅街から遠いエリアのみ、早朝や夕方以降に利用できれば、暑さはだいぶしのげますが、使用許可が出ません。市のスポーツ振興課の主な業務は、近隣住民からの苦情対応などの施設管理で、熱中症対策は守備範囲外のように思います」(塩津さん) 

 

学校体育館でのトレーニングも検討したが、ボールを蹴る威力が強く危険、かつ体育館の耐久性も不明という理由で、サッカーの利用はNG。リフティング用の柔らかいボールを使用し、「シュート禁止」などのルールを設けたコンディショニングトレーニングを提案したが、それでもスポーツ振興課の許可は下りなかった。塩津さんの表情からは憤りがにじむ。 

 

「大会は夏を外して開催すればいいと思いますが、練習が悩みの種です。ナイター練習ができる照明が設置された公共施設が理想ですが、まずはグラウンドにスプリンクラーを設置するだけでも暑さが緩和されると思います」 

 

環境省・熱中症予防情報サイトで、印西市の隣、佐倉市の「暑さ指数」を、2014年8月と2023年同月とで比較すると、「暑さ指数31℃以上を記録した日数」は12日から31日と、倍以上に増えている。時間帯を見ても、昼前後だけ暑さ指数が高いわけではなく、2023年は朝8時から「暑さ指数31℃」を超えている日が22日もあり、それが夕方4時ごろまで続くので、ずっと「運動は原則中止」の状態だ。ガイドラインを厳密に守れば、午前中から夕方まで練習ができないことになる。 

 

暑さを避けようと思えば、早朝か夕方に練習時間を変えるしかないが、子どもたちがその時間に運動することについて、自治体や近隣住民の理解が得られない。ここでも「ジレンマ」だ。 

 

 

国立スポーツ科学センターのセンター長も務めた川原貴さん(撮影:編集部) 

 

「熱中症予防運動指針」の策定に携わった専門家は、「現場のジレンマ」をどのように見ているのか。一般社団法人大学スポーツ協会(UNIVAS)副会長で、スポーツドクターの川原貴(たかし)さんは、1980年代に部活動中に熱中症で亡くなった中学生の遺族による訴訟に関わった。 

 

当時はまだ熱中症という言葉は一般的ではなく、日射病や熱射病と呼ばれていた。今のような危機感や対策がないなか、1983年と1984年に、学校管理下でそれぞれ年間12人が熱中症で死亡した。 

 

また、熱中症死亡事故は運動部活動の最中に多く発生しており、1975年から2017年までに学校管理下で起きた熱中症死亡事故170件のうち、145件を占めた。 

 

川原さんが熱中症死亡事故の実態を調査すると、「気温30℃以下でも湿度が高いと起こる」「運動強度が高いと1時間以内の運動でも起こる」「ランニング(持久走やダッシュの繰り返し)で多く発生している」「肥満者に多い」などが明らかになった。 

 

川原さんは、「このままだと死亡事故が絶えない」と危機感を覚え、1991年に日本体育協会(当時)で「スポーツ活動における熱中症事故予防に関する研究班」を立ち上げた。スポーツ活動による熱中症事故の実態調査や、スポーツ現場でのリスク測定などを幅広く研究し、1993年に「熱中症予防運動指針」を発表した。 

 

「子どもの命を守るためには、判断の拠り所となる指針をつくる必要があった」(川原さん) 

 

その後、ガイドブックを学校関係者などに広く配布し、製薬会社の協賛を得て全国各地で「熱中症予防セミナー」を開催。地道な活動が実を結んで、部活動での熱中症による死亡事故は非常に少なくなった。現在は、熱中症で亡くなる人はほとんどが高齢者だという。 

 

学校管理下の熱中症死亡事故の数は近年減少している(撮影:編集部) 

 

熱中症になりやすいか否かは個人要因も大きい。例えば、一般的に入部したばかりの中学1年生は、3年生よりも熱中症になりやすい。体力がなく、暑さに慣れていないからだ。 

 

体格も重要な要素だ。川原さんによれば、学校で起きた熱中症死亡事故の7割が肥満(標準体重から20%以上の体重超過)の人に起きており、肥満の人が30分のランニングで死亡した例もあるという。体調不良だと体温調節機能が低下するため、睡眠不足や疲労、風邪なども要注意だ。 

 

環境要因では、気温が30℃以下でも、湿度60%以上といった多湿の環境だと、汗が蒸発しにくくなって、熱中症のリスクが高まる。熱中症になる人が最も多いのは7~8月だが、5月や10月などでも起こりうることはあまり認知されていない。2007年、兵庫県立龍野高等学校の2年生の女子生徒がテニス部での練習中に熱中症で倒れ、一時心停止となり重篤な後遺症が残った。気温が上がってきた5月末で、中間テスト明けの11日ぶりの部活だった。 

 

「指導者の『これぐらいなら大丈夫』といった経験値での判断が最も危険。個人要因や環境要因による悪条件が重なると突然、熱中症は起こります。暑さで頭がぼーっとしてくると、走るのをやめるといった自己判断もできなくなる。だから、指導者が子どもをよく観察し、休憩を頻繁に入れるなどして、いかに体の熱を冷ますコントロールをするか、『暑い時間は運動しない』といった英断も重要です」(川原さん) 

 

 

「熱中症は突然起こる」と川原さん(撮影:編集部) 

 

一方、こうした運動指針だけに頼って、自治体がルールを一本化することに疑問が残る。 

 

「『熱中症予防運動指針』をつくれば、それぞれのスポーツ現場で物議を醸すことは予測していました。スポーツの特性や運動強度、子どもの体力などによって状況は異なりますから、指針はあくまでもベースとし、現場が考えて議論し合い決めることが重要です。例えば、ベンチで休む時間がある野球と、継続的に走り回っているラグビーでは、試合中の運動量がまったく異なる。競技別に指針をつくるべきです」(川原さん) 

 

そもそも気温35℃を超える時間帯に練習すると、練習の質が低下するのでトレーニング効果も低下してしまうという。 

 

「追い込む練習も時には必要ですが、それは涼しいときにやればいい。トレーニング効果を上げるために、なるべく暑くない環境で質の高い練習をしようと考えれば、熱中症は起きないと思うんです」(川原さん) 

 

筆者が訪れた陸上競技記録会会場に設置されていたミスト(撮影:高島三幸) 

 

横浜市立港南台第一中学校では、3年前の夏休みから11~14時の時間帯での屋外の部活動を中止した。県大会や全国大会に進む選手が輩出する同中学陸上競技部顧問・田島聡さん(49)に熱中症対策を聞くと、夏休みの間、長距離選手は午前中に練習。水やスポーツ飲料をこまめに補給することを生徒に言い続け、氷のうに氷を入れて渡したり、気温が急上昇する5月からテントを立てて日陰をつくったり、首や手足にかけるスポンジと氷水を入れたバケツを設置。帰宅前などにすぐ体を冷やせるように、どの部活動も利用できる冷房を利かせた教室も用意している。 

 

また、ミニハードルなどを使って短時間で心拍数が上がるウォーミングアップを行うなど、質を高めて練習時間を短縮する工夫も。「体調を考えながら、走る本数は自分で決めなさい」「水分補給も含め、2年生が1年生の手本になりなさい」など、生徒自身が自分の体調管理を考えて行動できる教育も意識しているという。 

 

「自己申告も判断材料になります。今の中学生は、我慢せずすぐにしんどいと言う子が多いので(笑)。昔に比べて、夏は追い込んだ練習ができなくなり、長距離練習を早朝にしたくても、そんな時間帯に子どもが集まっているだけで不可解に思う近隣住民は多く、理解が得られにくいのがジレンマでしょうか」(田島さん) 

 

世界的な気候変動が指摘されている今、今まで通りのスポーツの在り方でいいのかと我々は問われている。川原さんはこう語る。 

 

「頻繁な水分補給や休憩などの熱中症対策は続けながら、『練習や試合を夕方以降にする』『夜でも安全に運動できる公共施設をつくる』『8月の日中には試合はしない』など、これまでのスポーツの概念や常識を大きく変えるときではないでしょうか。心身の成長に関わるスポーツを子どもたちが続けられるように、指導者や保護者はもちろん、酷暑の時間帯を外してスポーツをする方法や公共の室内施設を使う方法などに関しても、国や自治体、地域住民が一緒に知恵を出して考えていく必要があると思います」 

 

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高島三幸 

編集者、ライター、女性コンディショニング研究家。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。フリーランスで雑誌やWEB媒体、企業媒体などに執筆。元実業団陸上競技短距離選手。 

 

 

 
 

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